吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

2008年7月31日/〈津屋崎の四季〉280:さよなら7月

2008-07-31 08:43:27 | 風物
写真①:伸びたススキの穂先にのぞく秋めいた雲
     =福津市竪川で、2008年7月31日午前6時42分撮影

 福津市津屋崎は31日朝、きのうよりは少し涼しさを感じました。きょうで、7月もフィナーレ――。

 「津屋崎干潟」の東岸を走る竪川の道路わきでは、ススキ(イネ科)の穂先が伸びた空に秋めいた雲がのぞいています=写真①=。

 新東区の畑では、稔りの秋を待ちかねているかのように、クリ(ブナ科)の青い実がいつの間にか、丸々と大きくなっていました=写真②=。


写真②:丸々と大きく成長したクリの青い実
     =福津市新東区で、31日午前6時24分撮影
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2008年7月30日/〈津屋崎の四季〉279:瑞穂の国

2008-07-30 08:55:35 | 風物
写真①:青い稲穂にびっしりと実を付けた水稲
     =福津市末広で、2008年7月30日午前7時19分撮影

 福津市津屋崎は、30日朝も散歩しただけでも汗だくになる蒸し暑さ。

 そんな日差しの中、末広の田んぼでは青い稲穂にびっしりと実が付いています=写真①=。

 酷暑の今夏、水稲のできに影響は出ていないか。ちょっと気になりますが、この稲穂の垂れ具合だと、いまのところは大丈夫かもしれません。

 葦原(あしはら)の瑞穂の国は、みずみずしい稲の穂があってこそです。瑞穂を産する国・日本に生まれて、ぶじ瑞穂の実る秋を願わない日本人はいないでしょう。

 田んぼのそばの農道には、草木の種子を食べるカワラヒワ(アトリ科)の群れが舞い降りていました=写真②=。スズメ(ハタオリドリ科)よりやや小さく、褐色味の強い緑色の野鳥です。


写真②:稲穂のそばの農道に舞い降りたカワラヒワの群れ
     =末広で、30日午前7時34分撮影
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2008年7月29日/〈津屋崎の四季〉278:バンの子、すくすく

2008-07-29 07:49:35 | 風物
写真①:親鳥の後を元気に歩くバンのひな
     =福津市的岡の「新堤池」で、2008年7月29日午前6時23分撮影

 福津市的岡の「新堤池」で誕生したバン(クイナ科)のひなは、29日朝も元気な様子で、池の浅瀬を歩く親鳥の後を追いかけていました=写真①=。

 きょうは、いつもの探鳥時刻より遅く、ひなの姿が明るい状態で撮影できました。他のひなたちは、もう1羽の親鳥と池の浅瀬を歩いたり、2羽のやんちゃなひなは水草の上を飛び回って、はしゃいでいるようでした。

 きょうも、日中は暑くなりそうです。池の水温も、ぐんと上がるでしょう。水鳥のバン一家にも、酷暑の夏は過ごしにくいはず。5羽のひなが、無事に成長するといいですね。
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2008年7月28日/〈津屋崎の四季〉277:バン夫婦にひな誕生

2008-07-28 09:09:51 | 風物
写真①:池の浅瀬を歩くバンの親鳥と2羽のひな
     =福津市的岡の「新堤池」で、2008年7月27日午前5時54分撮影

 福津市的岡の「新堤池」で7月14日午前5時40分、バン(クイナ科)夫婦にひなが誕生したのを初めて確認しました。池の葦原の陰の浮き巣の上にいる親子を撮影したのですが、暗がりのためひなが何羽かは識別できませんでした。

 27日早朝、池の浅瀬を歩く親鳥1羽と2羽のひなの姿を撮影しました=写真①=。

 親鳥が浅瀬の西側へ歩き出すと、2羽のひなが後を追ってよちよち歩き――あっ、もう1羽のひなが反対方向にいました=写真②=。


写真②:「こっちへおいで」。親鳥の後を追うひな2羽と反対方向にいるひな1羽
     =「新堤池」で、27日午前5時55分撮影

 そのうち、親子とも水草の上に上がり、見分けがつけにくくなりました=写真③=。近くに親鳥がもう1羽と別のひな1羽を確認。どうやら、親鳥夫婦に、ひな4羽が産まれたようです。


写真③:水草の上に上がったバンの親子
     =「新堤池」で、27日午前5時56分撮影

 28日早朝も、池の東岸でバン一家の元気な姿を撮影できました。暗がりで、黒っぽい体色の野鳥なので識別しにくいのですが、親鳥2羽、ひな5羽が写っているようです=写真④=。そうか、ひなは5羽誕生したのですか。


写真④:池の東岸に姿を見せたバンの家族
     =「新堤池」で、28日午前5時44分撮影
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2008年7月27日/〈今月・来月の行楽・催事案内〉064

2008-07-27 05:17:46 | 行楽催事
写真①:「津屋崎山笠・まち並み今昔展」に展示されている明治の山笠写真や小道具
     =福津市の〈津屋崎千軒民俗館『藍の家』〉で、2008年7月14日午後2時35分撮影

〈7月の行楽・催事案内〉追加3

「津屋崎山笠・まち並み今昔展」きょう27日まで
―〈津屋崎千軒民俗館『藍の家』〉


 福津市津屋崎の〈津屋崎千軒民俗館『藍の家』〉で開催中の「津屋崎山笠・まち並み今昔展」=写真①=は、きょう27日午後4時、閉幕します。入場無料。

 津屋崎祇園山笠に合わせ、例年開催されており、今年は14日から津屋崎の山笠祭りに使われた、のぼり旗・桶などの小道具や衣装、津屋崎のまちを写した昔の写真を展示。この中には、「津屋崎千軒 海とまちなみの会」(略称・「海とまちなみの会」)が企画・制作した明治時代の高さ10㍍もあった山笠や、『藍の家』の前を走る締め込み、法被姿の男衆と子供たち、昭和11年に津屋崎行き旧「博多湾鉄道」のバスの前で記念撮影する乗務員らの写真3点も含まれています。

 「海とまちなみの会」でも14日から18日まで、「ふてえがってえ! 津屋崎千軒・祇園山笠〝懐かシーン展〟」と題して、江戸時代の津屋崎浦の古地図や明治から大正、昭和までの〈津屋崎千軒〉通りの写真などのパネル27点を旧「乙藤商店」(津屋崎上本町)1階に展示しました。

 津屋崎祇園山笠のハイライト・裸参りが行われる19日には、福津市文化会館1階のホワイエで午前10時から午後5時まで27点を移動展示。うち山笠の写真2点と「明治の山笠標題下絵」写真1点を、午後6時から10時まで「第1回サマーナイトインふくつ」会場(津屋崎天神町・JA宗像津屋崎支所跡地)に展示し、好評でした。

 「津屋崎山笠・まち並み今昔展」でも、勇壮な山笠の姿や津屋崎のまちの移り変わりをご観覧ください。
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2008年7月26日〈福津市津屋崎の野鳥〉122:アカエリヒレアシシギ

2008-07-26 15:35:44 | 福津市津屋崎の野鳥
写真①:水田で餌を探す旅鳥・アカエリヒレアシシギ
     =福津市末広で、2008年7月25日午後6時10分撮影

 福津市末広の水田で25日朝、旅鳥・アカエリヒレアシシギ(シギ科)を見つけました。随分前、宮崎県での探鳥で観察して以来の珍鳥とのご対面です。

 午前6時45分、津屋崎での初対面のシーンは、朝日の差す逆光撮影だったのと、水田の東端寄りで餌を探しているところだったので、不鮮明な写真しか撮れませんでした。夕日を背にした午後6時10分、幸運にも水田の西端寄りで餌を探している姿を鮮明に撮影できました=写真①=

 体長19㌢。喉と頬が白く、頸は橙色で、上面は黒褐色。嘴は細くて黒い。

 普通、陸地を離れた海上で、春と秋に見られる野鳥です。渡りの途中、「津屋崎干潟」の東側にある末広の水田に立ち寄ったのでしょう。
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2008年7月25日/〈津屋崎の四季〉276白花のキョウチクトウとコチドリ

2008-07-25 09:35:00 | 風物
写真①:白い花が咲き誇るキョウチクトウ
     =福津市宮司5丁目の畑で、2008年7月25日午前5時56分撮影

 福津市津屋崎は25日、気温35度以上の「酷暑日」となる気象予報が出ています。うんざりする暑さが、続く毎日ですね。

 赤い花のキョウチクトウ(キョウチクトウ科)は、夏の暑さを感じさせる彩りですが、宮司5丁目の畑にはいくらか涼しさを呼びそうな白花のキョウチクトウが咲き誇っていました=写真①=。

 末広の水田では、コチドリ(チドリ科)=写真②=がちょこまかと砂地を歩き回っています。夏バテ知らずの元気な個体のようでした。


写真②:砂地を元気に歩き回るコチドリ
     =福津市末広で、25日午前6時46分撮影
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2008年7月24日/〈津屋崎の四季〉275・アオサギの昔語り

2008-07-24 09:23:50 | 風物
写真①:ビニールハウスの枠に向かい合って止まり、対話している(?)アオサギ
     =福津市末広で、2008年7月24日午前6時23分撮影

「山の端が、霞んでいるね」
「霞んでいるね」

「昔、この辺は津屋崎塩田だったんだよね」
「だったよね。今は、末広っていう所だけどね」

「旧筑前国宗像郡津屋崎村だったころの末広は、津屋崎から北の梅津に伸びる入り江の東側に〈千間土手〉という石垣があった」
「そう。〈千間土手〉の東側に集落が開け、南は津屋崎の土居に接し、北は須多田の川尻まで細長く連なる村だったというね」

「〈千間土手〉は江戸時代初期の元禄14年(1701年)、入り江の東岸に土手を築いたのが始まりさ」
「それで、塩田開拓がスタートし、讃岐から来た大社元七(おおこそ・もとしち)が塩庄屋となり、江戸時代中期の寛保3年(1743年)に初めて塩を焼いたんだね」

「明治時代には、塩田は50町に増え、5万石を生産するまでになった」
「五十集(いさば)船が毎日、塩を積み込んで津屋崎の港から博多などへ運び、帰り荷で荒物や金物、陶器などを持ち帰った。それが、〈津屋崎千軒〉と呼ばれた町並みの賑わいをもたらしたんだよね」

「末広村は、江戸時代末期には塩田にちなんで『塩浜』と言っていた。昭和30年、津屋崎町と北隣の勝浦村が合併した時、勝浦にも塩浜という地区があったから、同33年に公民館が落成したのを機に『末広』に改称した」
「そうだってね。明治44年(1911年)、塩の専売制で塩田は廃止され、跡地は農地になった」

「産土は、末広公民館そばにある塩竈(しおがま)神社だよね。元七が、宮城県塩釜市の塩釜神社から寛保・延享年間に勧請した分社で、祭神は塩をたく神様・塩土翁(しおつちのおじ)」
「村の人たちは、明神様と呼んでいるよ。境内には、大社元七の顕彰碑が建っている。〈庚申尊天 天明四甲辰歳正月吉日〉と刻まれた庚申塔も1基あるね」

「こののどかな田園が、塩田で栄えていたなんて、夢のようだね」
「ああ、あの山の端のように霞んでいるね」
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2008年7月23日/〈津屋崎の四季〉274・洗心のハス

2008-07-23 07:34:33 | 風物
写真①:田んぼで開いた白いハスの花
     =福津市津屋崎在自で、2008年7月22日午前6時2分撮影

 寝苦しい熱帯夜が明けた23日朝、福津市津屋崎在自の田んぼでハス(ハス科)の花が開きました=写真①=。純白の花びらを眺めると、こちらの心まできれいに洗われそうです。

 ピンク色の花も、咲いています=写真②=。お盆の仏壇のそばに飾る灯明を思い浮かべました。今年も8月15日夜、古くから伝わる津屋崎の盆踊り大会に、里帰りする孫娘を連れて出たいです。

 『博多柳町ぶし』と『須磨の浦ぶし』という独特の哀調がある節回しの唄と、太鼓、三味線の伴奏に乗り、輪になって楽しく踊る津屋崎の盆踊り。07年に初参加し、津屋崎の素晴らしい芸能文化の一つだと体感しました。軽快な囃子言葉に合わせ、今年は孫に教えてやれるくらいに上達したいものです。


写真②:ピンク色のハスの花
     =在自で、22日午前6時1分撮影

 午前7時前、新東区ではクマゼミ(セミ科)の鳴き声が途切れ、在自山(標高249㍍)からホトトギス(ホトトギス科)の「キョキョキョキョ…」という物憂い声が響いてきました。
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2008年7月22日/〈津屋崎の四季〉273・「大暑」のスイカ

2008-07-22 08:02:08 | 風物
写真①:3つの実がころがるスイカ畑
     =福津市津屋崎的岡で、2008年7月22日午前5時51分撮影

 22日は、二十四節気の「大暑」。1年のうちで、最も暑い時期とされる通り、福津市津屋崎ではきょうも気温30度は軽く上回りそう。朝からクマゼミ(セミ科)の鳴く声が響いています。

 きのう午後、〝ハマボウの並木〟を観に訪れた福岡県前原市では、にわか雨に見舞われましたが、津屋崎では夕立もありませんでした。きょうは、お湿り程度でいいから一雨ほしいですね。

 的岡の畑で22日朝、スイカ(ウリ科)が生っていました=写真①=。3つの実は、暑さのなか、たっぷりと甘い果汁を溜め込んでいるように見えます。
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