吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

2008年3月31日/〈日記〉222・中国人留学生の津屋崎の印象

2008-03-31 23:43:29 | 日記
写真①:「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」を訪れた張徳友さん
     =福津市津屋崎新町で、2008年3月31日午後2時56分撮影

 福津市津屋崎新町の「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」を31日、中国人留学生張徳友さん(25)が訪れました=写真①=。

 中国・ハルビン師範大日本語学科で日本文学を教えていた石津宏介・「津屋崎千軒 海とまちなみの会」会員(福津市)の教え子です。農家の3番目の子に生まれ、師範大を卒業後、大連で日本の会社のデータ入力の仕事をしていましたが、九州大学大学院に進学したいと日本留学を決意。福岡市東区馬出1の福岡成蹊学園で09年4月まで学び、大学院入学試験を目指しています。両親は農業を捨て、張さんの学費を捻出するため、韓国に出稼ぎに行っているという。

 27日に来日し、石津会員の案内で28日に福津市宮司元町の宮地嶽神社の国史跡・「宮地嶽古墳」(大塚古墳)を見学、31日は〈津屋崎千軒〉通りを訪れた張さんは「古墳の石室の大きさに一番驚きました。一番好きなのは、海がとてもきれいだったこと。中国人には、とても魅力的な観光地になると思う。『藍の家』の立派な建物を観て、日本の建築技術に感心しました」と感想を話していました。

 ハルビンでの日本語ガイドの初級免許を持っている張さんは、福岡成蹊学園の寮で生活しながら、午前中に授業を受け、午後2時以降はアルバイトをする計画。目下、アルバイト先を探しており、寮を出て、暮らせるようにしたいと話しています。
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2008年3月30日/〈日記〉221・「津屋崎駐輪場」縮小へ

2008-03-30 08:37:49 | 日記
写真①:「津屋崎自転車駐車場縮小のお知らせ」と書かれた福津市の看板
     =福津市津屋崎天神町で、2008年3月28日午前8時07分撮影
 
 福津市津屋崎は30日、日曜日なのにあいにく朝から雨が降っています。3月も、あと1日で終わり。

 天神町の旧西鉄宮地岳線「津屋崎駅」跡西側にある「駐輪場」に、「津屋崎自転車駐車場縮小のお知らせ」と赤い文字で大きく書かれた市建設課の看板が建っています=写真①=。

 「縮小のお知らせ」によると、西鉄宮地岳線の廃線に伴い、駐車台数が大幅に減少したため、3月31日で駐車場を縮小することになりました。縮小部分に駐輪してある自転車は4月1日付で開設部分への移動を行うこととなりますので、御理解の程よろしくお願いいたします、という。

 この文章の下に駐輪場の閉鎖部分を赤く、引き続き利用できる部分を青く表示したイラスト地図が描かれています。

 国道495号線沿いにある駐輪場を北側からみると、金網の内側に西鉄宮地岳線「津屋崎駅」の延長記念碑が建っています=写真②=。旧津屋崎町時代の昭和26年(1951年)7月1日、「宮地岳駅」から「津屋崎駅」まで1駅延長され、全町で祝う〝津屋崎どんたく〟が催されました。津屋崎小6年生だった私も、天神町どんたくパレード隊の〈紳士ダンス・チーム〉の一員としてラインダンスを披露した記憶が今も脳裏に残っています。


写真②:西鉄宮地岳線「津屋崎駅」の延長記念碑も建っている駐輪場(向こうは新浜山公園)
     =福津市津屋崎天神町で、3月28日午前8時08分撮影

 07年3月末限りで廃線になった西鉄宮地岳線「津屋崎駅」に関連した駐輪場が縮小されることで、「津屋崎駅」の記憶まで縮小される気がします。「津屋崎駅」への電車延長記念碑は、公害の排気ガスや温熱も出さず、環境に優しく、「ローカルで豊かな自然が残る〈温もりのある懐かしい港町〉・津屋崎」にふさわしい交通機関の郊外電車が走っていた最後のモニュメント――として保存し、まち歩きのガイドにも活用していきたいものです。
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2008年3月29日/〈津屋崎の四季〉218・「津屋崎干潟」でウグイス初鳴き

2008-03-29 08:43:44 | 風物
写真①:久しぶりに「津屋崎干潟」へ姿を見せたクロツラヘラサギ
     =福津市渡で、2008年3月29日午前6時33分撮影

 福津市津屋崎渡の「津屋崎干潟」で29日早朝、ウグイス(ウグイス科)の初鳴きが聞こえてきました。春本番です。

 干潟の浅瀬では、冬鳥のクロツラヘラサギ(トキ科)=写真①=が、28日の1羽に続いて、29日は2羽飛来して、餌を取っていました。

 「まだ〈北帰行〉していません」とでも言いたげです。宮崎市に住む鳥友の話では、宮崎県の一ツ瀬川では22日、10羽が確認され、例年4月末ごろまでいるという。
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2008年3月28日/〈今月・来月の行楽・催事案内〉057

2008-03-28 07:03:54 | 行楽催事
写真①:「蔵・しっくコンサート」開演前から聴衆が詰め掛けた会場の「豊村酒造」玄関前
     =福津市津屋崎新町で、2007年6月16日午後1時46分撮影

〈4月の行楽・催事案内〉

1日朝、行列のできる銘酒醸造元のシーン再現か

〈津屋崎千軒〉のランドマーク
「豊村酒造」で限定販売が始まります
『藍の家』国登録有形文化財記念「原酒豊盛と藍染めバンダナ」

 福津市津屋崎新町の「豊村酒造有限会社」=写真①=が、4月1日午前9時から「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」国登録有形文化財記念・「原酒豊盛と藍染めバンダナ限定販売」を始めます。『藍の家』国登録有形文化財記念ラベル付き「原酒豊盛」(720ml詰め)=写真②=300本と、うち30本は津屋崎人形の「モマ笛」デザイン入り藍染めバンダナ1枚付きで販売する〔30セット限定オプション〕で、津屋崎の記念・贈答品にお勧めのセット商品。


写真②:『藍の家』国登録有形文化財記念ラベル付き「原酒豊盛」(720ml詰め)
     =「豊村酒造」で、2008年3月22日午前10時14分撮影

 この限定販売は、江戸時代から栄えた古い町並みに賑わいを取り戻そうと、4月から〈津屋崎千軒ルネサンス・キャンペーン〉に取り組む「津屋崎千軒 海とまちなみの会」(略称・「海とまちなみの会」、116人)が「豊村酒造」と共同企画しました。

 女性会員が制作したバンダナは完成まで手間がかかり、通常2千円以上でないと割が合わない値段を町興しのために千円として提供、華やかな香り、芳香なコクのある銘酒「原酒豊盛」と合わせて2千円のお買い得になっており、先着順で1人1セット限り販売するため、「バンダナ・原酒セット」を求める客の行列ができそうな気配です。2007年6月16日、同酒造で行われた「蔵・しっくコンサート」開演前から聴衆が詰め掛け、玄関前に列ができたシーンが再現されるかもしれません。

 「豊村酒造」と「海とまちなみの会」が3月27日、同酒造で行った限定販売企画の発表会(プレスリリース)では、明治34年(1901年)建築の紺屋・『藍の家』」(旧上妻家住宅主屋と井戸屋形)が2007年12月5日、文化庁の文化財登録原簿に登録され、市内初の国登録有形文化財(建造物)になった記念に、隣の明治7年創業の清酒醸造元・豊村酒造有限会社(豊村源治社長)が、『藍の家』国登録有形文化財記念ラベル付き「原酒豊盛」(720ml詰め)300本を4月1日から限定販売することを発表しました。

 記念ラベル=写真③=は、『藍の家』の保存活動に尽力した旧「津屋崎町街並み保存協議会」事務局長・柴田治氏(故人)が描いた水彩画・〈「藍の家」と坂門前〉入りで「海とまちなみの会」の女性会員がデザインし、豊村酒造有限会社が和紙に印刷しました。明治31年には九州一の生産量の清酒醸造元として全国酒造家番付に載った豊村酒造有限会社は、『藍の家』とともに江戸時代から〈津屋崎千軒〉と呼ばれて栄えた古い町並みのランドマークとして親しまれています。


写真③:『藍の家』国登録有形文化財記念ラベルのデザイン
     =08年3月22日スキャン

 「モマ笛」デザイン入り藍染めバンダナは、古博多人形の流れを汲む素朴な土人形・「津屋崎人形」(福岡県指定特産民芸品)のモマ笛(モマ=フクロウの津屋崎方言=をかたどった笛)を、「海とまちなみの会」の女性会員がデザインして『藍の家』で藍染めしたこだわりの逸品です。

 記念ラベル付きの「原酒豊盛」と「モマ笛デザインの藍染めバンダナ」は、豊村酒造有限会社(℡0940-52―0001)でのみ販売。販売チラシ=写真④=の申し込み欄に、購入個数を書いてお求め下さい。受け付けは、4月1日午前9時から午後5時までと、翌日から売り切れる日まで同時間です(日曜は休み)。

 限定販売    税込み価格
①1本    =1,020円   
②2本セット =2,000円   
③「原酒豊盛」1本+「モマ笛デザイン入り藍染めバンダナ」1枚=2,000円
〔30セット限定オプション ※お1人様1セット限りの販売でお願いします〕                


写真④「原酒豊盛と藍染めバンダナ限定販売」チラシ
    =08年3月27日スキャン

 

「豊村酒造有限会社」(福津市津屋崎新町):◆交通アクセス=〔バスで〕西鉄バス「商工会津屋崎支所前」下車、徒歩5分〔電車で〕JR鹿児島線「福間駅」下車、タクシーで約10分〔車で〕九州自動車道古賀インターから国道495号線経由で約20分。

豊村酒造
       「豊村酒造」の位置図
       (ピンが立っている所)
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2008年3月23日/〈津屋崎の四季〉217・「津屋崎干潟」のカワウ

2008-03-23 09:08:09 | 風物
写真①:「津屋崎干潟」で泳ぐカワウ
     =福津市渡で、2008年3月23日午前7時32分撮影

 福津市津屋崎は23日、朝から小雨が降りました。渡の「津屋崎干潟」では、カワウ(ウ科)=写真①=が泳ぎ回っています。

 水面に浮いている時は、体の半分が沈んだように見えます=写真②=。


写真②:水面に浮いている時は体の半分が沈んだように見えるカワウ
     =「津屋崎干潟」で、23日午前7時33分撮影

 「津屋崎干潟」に飛来していた冬鳥のカモ類の姿が、めっきり減りました。絶滅危惧種のクロツラヘラサギ(トキ科)も、9日に干潟近くの用水路で1羽を確認して以来、見かけません。北帰行したのでしょうか。
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2008年3月22日/〈日記〉220・「胡弓」コンサート

2008-03-22 02:59:11 | 日記
写真①:『藍の家』で開かれた「有形文化財登録記念コンサート~胡弓の夕べ~」
     =2008年3月22日午後6時38分撮影
 
 福津市津屋崎新町の「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」で、22日午後6時30分から「『藍の家』有形文化財登録記念コンサート~胡弓の夕べ~」が行われました=写真①=。

 明治34年(1901年)建築の町家形式の商家・『藍の家』(旧上妻家住宅)が2007年12月、福津市で初めての国登録有形文化財になったのを記念して開かれたもので、入場無料。出演は、福岡市に住む中国胡弓奏者の趙国良(チョウ・コクリョウ)さん=写真②=で、03年度福岡県文化賞を受賞、04年にはニューヨークのカーネギホールでリサイタルを開くなど活躍中です。


写真②:胡弓を演奏する趙国良さん
     =『藍の家』で、22日午後6時40分撮影

 元藍染め紺屋の『藍の家』(木造2階)では、ボランティアの市民が1階座敷に座布団を並べたほか、入り口の土間に臨時客席を特設。約百人の入場客を前に、趙さんは〝中国のバイオリン〟と呼ばれる弦楽器・胡弓で、「花」や「蘇州夜曲・何日君再来」などの曲を情熱的に演奏し、大きな拍手を浴びていました。


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2008年3月21日/〈日記〉219・「名呑池」工事終わる

2008-03-21 06:00:25 | 日記
写真①:下部に石垣を築いた「名呑池」南側堰堤
     =福津市在自で、2008年3月20日午後4時28分撮影

 福津市在自の農業用溜め池「名呑池(なのみいけ)」で2007年11月から行われていた堰堤改造工事が、20日までに終わり、下部に石垣を築いた南側堰堤の全容が姿を見せています=写真①=。

 この「県営ため池等整備事業(一般)名呑地区堤体工事」は、福岡県福岡農林事務所農地整備課が施行。以前、草がはえていた堰堤南斜面は階段状に土が削られ、下部に石垣を築造。堰堤下にあった田んぼは、いったん土で埋められました。

 南側堰堤の頂上から西を見ると、階段状に土が削られていた南斜面は赤土の斜面にならされ、頂上は平たく東西方向に歩けるようになっています=写真②=。赤土の斜面に草が生え、アザミやタンポポの花が咲く土手が復元するには時間がかかりそう。


写真②:「名呑池」南側堰堤の頂上から西方向に見た斜面の様子
     =福津市在自で、20日午後4時26分撮影

 南側堰堤頂上から北側を見下ろすと、水がなくなった池の様子が分かります=写真③=。早く水が溜められ、カモやサギ類が舞い降りられる元の池の状態に戻ってほしいものです。


写真③:南側堰堤頂上から見る水がなくなった「名呑池」と北側の様子
     =福津市在自で、20日午後4時26分撮影
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2008年3月20日/〈津屋崎の四季〉216・春分の日

2008-03-20 18:02:09 | 風物
写真①:岸辺を元気に泳ぐオオバン
     =福津市的岡の「新堤池」で、2008年3月20日午前7時24分撮影

 20日は、「春分の日」。福津市津屋崎は風が強く、寒い一日でした。的岡の「新堤池」では早朝、冬鳥のオオバン(クイナ科)=写真①=が、岸辺をすいすい泳ぎ回って元気そうです。

 在自の畑には、冬鳥のツグミ(ツグミ科)が舞い降りて、胸を張っていました=写真②=。


写真②:舞い降りた畑で胸を張るツグミ
     =福津市在自で、20日午前9時45分撮影

 午前中、福津市津屋崎1丁目の和菓子店「ささ舟」でおはぎを買い、天神町の私の実家で両親の仏壇に供え、手を合わせました。

 福岡管区気象台の観測によると、21日からはまた暖かくなりそうです。
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2008年3月20日/〈津屋崎まちなみ散策〉011・〈津屋崎千軒・町歩きスポット〉22

2008-03-20 08:40:02 | 津屋崎まちなみ散策
写真①:「年毛神社」拝殿
     =福津市勝浦で、2007年12月9日正午撮影

〈津屋崎千軒・町歩きスポット〉 22 

:年毛神社

 福津市勝浦の「年毛(としも)神社」=写真①=は、勝浦浜・西東の氏神様です。年毛宮、トシモ様とも呼ばれます。

 祭神は、もとから祀られ、大漁祈願と五穀豊穣の神として信仰されてきた志賀三神(底津綿津見神=そこつわたつみのかみ=、中津綿津見神、上津綿津見神)と住吉三神(底筒男神=そこつつおのかみ= ・中筒男神 ・表=うわ=筒男神)、それに塩浜の塩田開発後に祀られた塩竃(しおがま)神。

 古老の伝えによると、昔、神功皇后が朝鮮から帰る時、勝浦の東の山に登り、「加津羅」と言われたので、この山を加津羅岳(桂岳=勝浦嶽とも書く=、標高165㍍)といい、この里を勝浦、海岸を勝浦潟というようになったという。この時、神功皇后が志賀・住吉大神を祭られたのが、年毛神社の始まりとされています。

 昔、神社が火災に遭い、ご神体もなくなり、その年の12月の晦日の夜、氏子たちが焼け跡に集まって、年籠りをしていると、海の沖から大きな火がやってきます。だんだん近づくと、石が波に運ばれてきています。それを取り上げ、仮殿を造って安置し、ご神体としたと伝えられています。

 宗像神社(宗像市田島)の75末社の中でも、宮地嶽神社(福津市宮司元町)、縫殿神社(同市奴山)とともに宗像神社と特に密接な関係にあったと見られ、鎌倉時代の宗像神社年中行事記録のうち末社の神事のほとんどに年毛神社の名が記載されているという。

 拝殿には、京都御所紫宸殿で行われた大正天皇御即位式典を描いた「御大典記念図」(大正4年=1915年=奉納。縦109㌢、横152㌢)の絵馬=写真②=をはじめ9面の絵馬が掲げられています。


写真②:拝殿に掲げられた「御大典記念図」
     =年毛神社で、2008年3月4日午前10時26分撮影


 本殿北側の境内には、江戸時代中期の享保8年(1723年)建立の庚申塔=写真③=もあります。「庚申尊天」の碑文字が読み取れます。


写真③:「庚申尊天」の碑文字が読み取れる庚申塔
     =年毛神社で、2007年12月9日午後0時14分撮影

年毛神社
        「年毛神社」位置図
        (ピンが立っている所)
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2008年3月19日/〈日記〉218・「五十肩」復活

2008-03-19 16:16:59 | 日記
写真①:雨の降る畑を元気に歩くケリ
      =福津市上西郷で、2008年3月19日午後1時37分撮影

 19日の福津市津屋崎は、朝から雨模様。おかげ様でスギ花粉の飛散は少なく、花粉症予防のメガネなしに早朝の散歩をすませることができました。

 午前中、近くの歯科医で歯の治療を終えたあと、痛みが日々強まっていた左肩の診療にと、福津市上西郷の「宗像水光会病院」へ。平成11年、同病院で右肩の「五十肩」治療を受けて治った経験から、今度は左肩が「五十肩」になったとみて受診しました。

 整形外科医の診断は、やはり「左肩関節周囲炎」。9年ぶりの「五十肩」復活――といっても、鉄腕稲尾様の強肩復活ではないので、喜べませんね。

 いったん帰宅して昼食後、リハビリテーションを受けるため向かった「宗像水光会病院」南西の畑で、ケリ(チドリ科)が雨に濡れながらも元気に歩いている=写真①=のを見つけ、肩の痛みをちょっと忘れた気分になれました。

 ケリの姿をしばし観察し、午後から同病院でリハビリをスタート。電気治療や左肩に温湿布をしたあとマッサージを受け、湿布薬や痛み止めの飲み薬をもらいました。

 21日からもしばらく続くリハビリの合間に、ケリの探鳥を楽しめそうです。

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