「理想主義を超えよう」を読んで

2006年02月11日 20時42分55秒 | 国を憂う
ちょっと古いのですが、1月の朝日新聞「私の視点」コラムに東大の藤原教授が論を載せてます。
今までの世界は理想像を掲げて、それに向かって努力する世界だった。またその軸で世界中がひとつになれると妄想してきた。でもそれは限界にきてるにではないか。昨今の情勢を見ると、現実に根ざした「妥協」を基本とした論理、交渉をやっていかないとラチがあかない時代でしょう と教授はおっしゃってる。
ひとつの事象は「イスラム社会とアメリカ」の対立であり、もうひとつは「ブッシュ大統領による保守主義とネオコン思想の存在」をあげてらっしゃる。
共に「理想」のぶつけ合いであり、それはテロと鎮圧武力の殺し合いしか生んでいないでしょう と言う。
この2つの問題は結局「妥協」する精神がなかったらおさまらないでしょう としている。
上の2つの事象から現代社会のとるべき方法論は結局「理想をひっこめて、妥協を選択する対話」しかないとおっしゃってる。
僕はこの論を読んで「そういう事なんだ」と感心し、納得しました。「妥協」ってゆずりあいですよね。言い当ててる洞察と見ました。
さて僕自身 理想にかたよった理論展開でありすぎた反省もし、少し妥協する精神を持って現実を見ていこうと考えるようになりました。
でも「理想」をわすれてはいけないと思うのですよ。
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