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再びの巨木巡礼 41 焼津神社のクスノキ


境内の広い焼津神社
目的のクスノキとクロマツは拝殿左手に見えている



10月2日の最後は、焼津神社のクスノキとクロマツである。焼津神社は説明の用もないと思うが、JR焼津駅の南西1キロの、街中にある。

焼津(やいづ)の地名の由来には、次のような伝説がある。東国平定に向う日本武尊(やまとたけるのみこと)は、敵に欺されて草むらの中で四方から火を点けられて窮地に陥った。とっさの機転で、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ) で草をなぎ払い、無事窮地を脱することができた。この伝説から、この地は「ヤキツ」と呼ばれるようになり、現在の焼津という地名の由来となった。焼津神社は主祭神として、この日本武尊を祀る。

焼津神社のクスノキ


「焼津神社のクスノキ」は、焼津神社拝殿左側に接するようにある。自然の造形ではあるのだが、何とも珍妙な形のクスノキである。「静岡県の巨木」のデーターによれば、幹回り6.9メートル、樹高20メートル、とある。


このクスノキの写真をじぃーっと見ていると、両手をあげて空を見上げる女性に見えてこないか。何やら艶めかしくもある。正面に廻れば、胸の谷間もあるから、好事家は焼津神社まで確認に行かれるとよい。

前述の伝説には続きがある。日本武尊の妃、弟橘姫(おとたちばなひめ)が、相模の海が荒れて船が進めない時に、海に身を投げ、海は静めて、日本武尊は無事対岸に渡ることができた、という伝説である。

このクスノキは、身を投げた弟橘姫の入水の瞬間が顕われたものと言えば、新たなパワースポットになるかもしれない。

焼津神社御朱印

読書:「糸切れ凧 研ぎ師人情始末2」 藤井邦夫 著
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