goo

「復讐 天橋立」を読む 9

(ネムノキの花 7/25撮影)

午前中、相良へ行き、ハリハラの講座のため、教材の拝借と、受講者があるかどうか、テスト講座を開きたい旨、お願いに行く。いずれも何とかなりそうで、教材となる未読の古文書を数点、画像で頂いて帰った。当面はその教材作りである。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。

両人、前後を亡じたる歎きのありさま見るにつけ、藤弥太、心中にはさこそと察し、不便(ふびん)には思えども、最早(もはや)一旦つがいし詞(ことば)反古(ほご)にならず迚(とて)も、是悲なし。猶(なお)おことらが身の上は某(それがし)計らう子細あれば、聊(いささ)かも気遣いせぞと、いっかなひるまぬ老いの気丈を見るになお、ふたりは只だ伏し沈み、途方に暮れたるばかりなり。
※ つが(番)う ➜ かたく約束する。
※ 反古(ほご) ➜ 無効。取り消し。破棄。
※ おこと ➜ 二人称。相手に対して親しみの情をこめて呼ぶ語。そなた。
※ ひる(怯)まぬ ➜ 気持ちがくじけない。
※ 気丈(きじょう) ➜ 心がしっかりしていること。気持ちをしっかりと保つさま。


このこと、家内(宿内)に取沙汰して、その騒動大方ならず。主(あるじ)、今泉伝右衛門、あなた、こなたへ駈け廻り、双方へ挨拶し、さま/\歎きなだめけれども、承引なく、今や大事に及ぶならんと、諸人、手に汗をにぎりけるが、
※ 大方(おおかた)ならず ➜ 一通りではない。
※ 承引(しょういん) ➜ 承知して引き受けること。承諾。


ここにまた、同国元伊勢山の侍臣、大谷木(おおやぎ)九郎兵衛というものあり。普(あまね)く釼術(けんじゅつ)・柔術にわたり、諸家の奥妙をきわめ、被誉(ひよ)の才、屢(しばしば)、近国に隠れなかりけるが、これも年頃、持病の痰癪(たんしゃく)を患(うれ)いて、この地に来たり、入湯し、この今泉が奥坐敷にありけるを、藤弥太兼ねて聞き及びたることなれば、頓(やが)て九郎兵衛が前に推参し、初めて面会の挨拶を述べ終り、詞を正して申しけるは、
※ 奥妙(おくみょう) ➜ 奥深くてすぐれていること。
※ 被誉(ひよ)の才 ➜ たたえられた才能。
※ 痰癪(たんしゃく) ➜ 痰が出て、胸や腹が急に痛み、けいれんを起こす病気。
※ 推参(すいさん) ➜ 自分のほうから出かけて行くこと。また、招かれていないのに人を訪問することを、詫びる気持ちをこめていう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 8

(散歩道のチョウセンアサガオ 7/25撮影)

チョウセンアサガオは、原産が朝鮮というわけではなく、単に海外から入ってきたことを意味する。アサガオの名を冠するが、ナス科に属し、ヒルガオ科に属するアサガオとは無縁である。かつて、麻酔薬として使われたこともあり、食すると中毒症状を起こすので注意を要する。今は「エンジェルズ・トランペット」と呼ばれ、花を見ると、そちらの名前の方が好ましく思われる。

午後、牧之原市役所のHTさんに連絡をとり、明日朝十時の約束をとる。いよいよ、ハリハラの講座準備にかかる。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。

去りながら、御辺(おへん)等は両人と云い、殊に血気の勇士なれば、我一手(ひとて)にも足らずして、刀の錆とならんは必定、さるに仍(よ)って、女どもにも、とくと、申し置きたきこともあれば、この上の情けに、今日夕方まで勝負を延引し給わるべし。その時刻には必ず出合い、潔(いさぎよ)く討たるべくと、折り入りていうに、貞義いう。しからば夕方までは相待つべし。その時、違変(いへん)あるべからずと、約束をかため、納得しければ、
※ 違変(いへん) ➜ 約束・契約などを破ること。

藤弥太、そのままおのが座敷に立ち帰り、娘おみな、おとせにも、この始末を委細にかたり、武士の役目、引くに引かれず、今宵勝負を決する筈なりと。聞くも(あ)えず、おみな大きに驚き、涙をはら/\と流し、御憤(いきどお)りはさることながら、やたけにはやり給うとも、御齢(よわい)と云い、殊更(ことさら)御病気の折りから、さようの無法なる人々の為に御命を失い給わば、御身の恥辱(ちじょく)ばかりかは。跡に残りし我々が歎きよも、さほどのことを思し召し給わぬことはあるまじきに、何とて怒りは休めたまわぬ悲しさよと、涙片手に諌(いさ)むるにぞ。
※ 敢(あ)えず ➜ 十分にしおえることができないで。…しきれないで。
※ やたけ(弥猛)にはやる ➜ 心が勇み立ってあせる。気がもめていらだつ。
※ 片手 ➜ 二つのこと(涙と諌め)を同時に行うこと。一方。


おとせも偕(とも)に取縋(すが)りて、畢竟(ひっきょう)、女のあさはかにて、あなたさまの御聞(ぶん)に入れしゆえ、この一大事に及びしは、我々ふたりの罪遁(のが)れず。ひらに思いとどまり給い、幾重にも断りたて、御身を全うなし給わるべしと。
※ ひら(平)に ➜ へりくだって相手に強く頼み込むさま。


読書:「兄さんの味 小料理のどか屋人情帖23」 倉阪鬼一郎 著
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 7

(散歩道のミソハギ 7/25撮影)

ミソハギは田んぼの畦などに咲き、栽培もされる。お盆の頃に咲き、盆花としても使われて、別名、ボンバナ(盆花)、ショウリョウバナ(精霊花)などとも呼ばれるようだ。

午前中、YMさんのお悔みに女房と行く。享年88歳。この春、叙勲と米寿の祝いをしたばかりだと聞く。合掌。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。

藤弥太、いよ/\腹にすえかね、口惜しくは思えども、娘の愛着(あいちゃく)にひかされ、幾たびも心を取り直し、さほどまでに存じ詰められし、各方(おのおのがた)の執心、若起(じゃくき)うえには、尤ものことながら、また老人の詞(ことば)聞き分けられ、猶予(ゆうよ)し給わるも武士の情け。先ずこの度は幾重にも了簡し給わるべし。帰宅のうえ、また/\、兎も角(ともかく)も宜しく挨拶におよぶべしと、なだめすかせど、強悪(ごうあく)の両人いかな聞き得ず。
※ 愛着(あいちゃく) ➜ なれ親しんだものに深く心が引かれること。
※ 若起(じゃくき) ➜ 惹起。事件・問題などをひきおこすこと。
※ 了簡(りょうけん) ➜ よく考えて判断すること。推しはかり考えをめぐらすこと。
※ 強悪(ごうあく) ➜ 性質や行いが非常に悪いこと。
※ いかな ➜ 如何な。どうしても。いっかな。


さてこそ一寸遁れ(いっすんのがれ)御辺(おへん)舌頭(ぜっとう)たらされ、このまゝに止まる所存ならば、最初より言い出しはせじ。迚(とて)も我々が望み不得心のうえは、互いに運を天に任せ、討ち果し合うが侍の意気地、いざや勝負せん。用意あれと、刀の鯉口(こいぐち)くつろげ、抜き放さんず乞相(きつそう)なれば、藤弥太も、今は遁(のが)れず覚悟を極めいう。某(それがし)を老人と侮(あなど)り、殊に、足弱両人召し連れたる弱みへ附け込み、斯くまでも事を分け、詞(ことば)を尽して断(ことわ)り立つれど、聞き入れぬ無法の舌客(ぜつきゃく)、この上は是悲なし。いかにも尋常の勝負を遂(と)ぐべし。
※ 一寸(いっすん)遁(のが)れ ➜ その場だけをつくろって、一時的に逃れようとすること。
※ 御辺(おへん) ➜ 二人称の人代名詞。 対等以上の相手に、武士などが用いた。 そなた。
※ 舌頭(ぜつとう) ➜ 言葉。弁舌。
※ たらす ➜ 誑す(たらす)。ことば巧みにだます。たぶらかす。
※ 鯉口(こいぐち) ➜ 刀の鞘(さや) の口。(断面が鯉の開いた口に似ているところから)
※ くつろげる ➜ 寛げる。ゆるやかにする。ゆるめる。
※ 乞相(きっそう) ➜ (不明)今にも抜きそうな様子をいうのか?
※ 舌客(ぜつきゃく) ➜ 口の達者な人。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 6

(金谷大井川川越し太鼓の演技)

午後から金谷北交流センター駐車場で、竹下ふれあい夏祭りがあった。昨日台風が通過して、東海地方は今日から梅雨明けで、暑い一日になった。体育委員でボールすくいの出し物の担当し、夕方まで詰めた。思った以上に多くの子供たちが親に連れられて参加してくれた。久し振りの炎天下で疲れた。

今朝早く、女房の亡父の在所の当主、YM氏が亡くなられたと電話があった。もう90歳近いのではなかったかと思う。最後にお会いしたのは。去年の12月頃だったと記憶している。御冥福を祈る。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。

もとより藤弥太、性質堅硬(けんこう)にして、廉直(れんちょく)逞一(ていいち)の武士なりけるゆえ、心中忽(たちま)ちに怒りをふくみ、一言といわせず打ち果すべくも思いけるが、さすがは老人、訖度(きつと)思惟し、相手は血気の壮士、両人もしも仕損じなば、娘どもの難渋と、胸をさすり、無念をしのぎて申しけるは、こは存じよらず、各方の坐興とのみ心得つるが、扨(さて)こそ、実に女どもを懇望に預かる段は、身にとりて祝着(しゅうちゃく)せり。去りながら、両人とも親との名跡を継ぐべきものども、他へ出す事なりがたし。さもなくば、この方にも望む所、近比(ちかごろ)残念なりという。
※ 堅硬(けんこう) ➜ かたいこと。しっかりしていること。
※ 廉直(れんちょく) ➜ 心が清らかで私欲がなく、正直なこと。
※ 逞一(ていいち) ➜ たくましさが一番である。
※ 訖度(きつと) ➜ 屹度。急度。確かに。必ず。
※ 思惟(しい) ➜ 考えること。思考。
※ 壮士(そうし) ➜ 勇ましくて元気のいい男。
※ 祝着(しゅうちゃく) ➜ 喜び祝うこと。うれしく思うこと。
※ 名跡(みょうせき) ➜ 跡を継ぐべき家名のこと。


貞義聞いて、いやとよ、それはさることもあるべけれど、まげてこの方へ申し受けん。武士の一旦口外へいだせしこと、無下(むげ)赤恥かゝされ、何の面目に、この侭(まま)口をつぐんで退(しりぞ)くべき、否や足下の挨拶により、両人とも存ずる旨あり。返答いかにと、居丈高にのゝしりけるにぞ。
※ いやとよ ➜ いや、そうではない。いやいや。
※ 無下(むげ)に ➜ 冷淡なさま。すげなく。そっけなく。
※ 居丈高(いたけだか) ➜ 人に対して威圧的な態度をとるさま。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 5

(散歩道のヤブラン)

午後、NT氏来宅。金谷宿関連の古文書コピーを預かったが、コピーが欲しいかどうか聞かれた。書き込みもあって消すのが大変という。古文書講座に使うなら、手を付けずに、スキャナーして、画像データーがあればよい。修正は出来るからそのままの状態で十分と返事した。文字画像のクリーニングは、この頃得意になった。テキストとして使う分だけなら、そんなに手間はかからない。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。

貞蔵これを聞いて、心中に憤(いきどお)り、言うよう、さては足下(そっか)の御(ごぶん)に入りしは是悲なく、去りながら、不儀と知りつゝ不義をなすも、この道のならいにして、近比(ちかごろ)面目なきことながら、われら御息女の美麗なるに、恋慕(れんぼ)のこゝろ止みがたく、内々書通(しょつう)にさばかりの心ざしを述べつるが、既に足下御承知のうえは、なお折入りて許容を願う一儀あり。某(それがし)不肖(ふしょう)なれども、譜代(ふだい)、永尾家の侍臣(じしん)として、今、供頭(ともがしら)役を勤めり。しからば相当の縁辺(えんぺん)なり。何とぞ御息女をわれら妻に申し受けたし。御聞き届け給わるべしと、こともなげにぞ申しける。
※ 足下(そっか) ➜ 二人称の人代名詞。同等以下の相手に用いる敬称。貴殿。
※ 聞(ぶん) ➜ 聞くこと。また、聞いて知ること。
※ 是悲なく ➜ 是非なく。やむを得なく。
※ 書通(しょつう) ➜ 書面で意を通じること。文通。
※ 不肖(ふしょう) ➜ 愚かなこと。才能のないこと。
※ 譜代(ふだい) ➜ 代々同じ主家に仕えること。また、その家系。
※ 供頭(ともがしら) ➜ 武家時代、供まわりを取り締まる役。
※ 縁辺(えんぺん) ➜ 縁故のある人・家。特に血縁・婚姻による親族関係。


(かたわ)らにありつる飯貝(いがい)丹下、これも同じ血気の若もの、何の思慮にも及ばず、いうよう、いかさま大見崎(おおみさき)演述(えんじゅつ)至極せり。(とて)もの義、某(それがし)も御相談申したし。貴所(きしょ)の免じ連れられし、おとせどのとかや云えるを、我れ貰い請けたく、両人ともの同腹(どうふく)の願い、自他とも聞き済(ずみ)下さるべしと、傍若無人の体。
※ 演述(えんじゅつ) ➜ 武家時代、供まわりを取り締まる役。
※ 至極(しごく) ➜ きわめて道理にかなっていること。
※ 迚(とて)もの義 ➜ ついでのことに。いっそのこと。
※ 貴所(きしょ) ➜ 二人称の人代名詞。 あなたさま。あなた。
※ 同腹(どうふく) ➜ 心を同じくすること。
※ 傍若無人(ぼうじゃくぶじん) ➜ 人のことなどまるで気にかけず、自分勝手に振る舞うこと。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 4

(散歩道のジャンボタニシの卵)

水の張られた休耕田、一株の稲に、赤い花?を見た。アップしてみると、ジャンボタニシの卵である。ジャンボタニシは卵は水中には生まないようで、一株しかないこの株に、集中して生んだようだ。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。


(「復讐 天橋立」挿絵3)

今壱人の女はこの藤弥太が姪にて、同家中の娘なり。これも多病ゆえ、幸いのことなりとて友引(ゆういん)し、湯宿、今泉伝右衛門方に逗留し、つれづれなるまゝに、同宿の旅客と碁など打ちて慰(なぐさ)みけるが、爰(ここ)に、同州永尾の家臣、大見崎(おおみさき)貞蔵、飯貝(いがい)丹下という若侍二人、これも入湯に来たり。今泉が方にありけるが、朝夕、藤弥太が座敷に立ち入り、碁の相手となりて、次第に心易くなりゆくまゝに、兼ねて藤弥太の娘おみな、ならびに同伴の娘おとせとも、両人、おとらぬ器量のあでやかなるに、この侍ども、執心(しゅうしん)をかけ、様々、雑談の序(つい)で、物によせ、事にかこつけて、口説(くど)きけれども、こなたは仮にも猥(みだ)りがましきこともいわず、一向に取り敢えねば、貞蔵・丹下申しあわせ、艶書(えんしょ)をしたため、送る事再三なり。
※ 友引(ゆういん) ➜ 誘引。誘い入れること。
※ つれづれ(徒然)なり ➜ 誘引。誘い入れること。
※ 執心(しゅうしん) ➜ ある物事に心を引かれて、それにこだわること。
※ 一向(いっこう)➜ 全然。まったく。
※ 艶書(えんしょ) ➜ 恋心を書き送る手紙。恋文。 懸想文(けそうぶみ)。


娘どもあぐみはてぜひなく藤弥太にかくと語りければ、藤弥太、重ねて、かの両人に出合い、はなしの序でに申しけるは、各(おのおの)方定めて坐興(ざきょう)にはあるべけれど、我等召し具したる女どもへ、執心のようすにて、度々艶書を送らるゝよし。不束(ふつつか)なるものども、必定(ひつじょう)御辺(ごへん)等が当坐の慰みものにせらるゝと覚えたり。以来さようの戯(たわぶ)れは、御用捨に預かりたしと、詞(ことば)やわらかにぞ申しける。
※ あぐみはて(倦み果て)➜ ほとほといやになって。
※ ぜひなく(是非無く)➜ しかたがなく。やむを得なく。
※ 坐興(ざきょう)➜ 座興。その場かぎりの冗談や戯れ。
※ 必定(ひつじょう)きっと。かならず。
※ 御辺(ごへん) ➜ そなた。貴公。貴殿。
※ 御用捨(ごようしゃ)➜ 許すこと。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 3

(散歩道のモミジアオイ)

午前中、掛川の孫3人来る。梅雨明け直前で暑いので家の中でごろごろ、夏休みの宿題を見てやったが、30分持たなかった。

西日本は梅雨明けしたものの、東日本はまだで、しかし気温は30℃をはるかに越えた。日照不足で米の不作が懸念されたが、どうやら持ち直したようだ。1993年の凶作の年は、米不足からタイ米が輸入され、会社の給食ではタイ米を食べた。パサパサのお米で、好んで食べたいものではなかったことを覚えている。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。はじめに目次があるが、これは省略する。

   風聲夜話 天橋立
              東都 十辺舎一九編

〇第一回

丹後国峰山より行程一里を阻(へだ)て、中禅寺といえるあり。往時(むかし)、弘法大師、諸人の難病を助(じょ)せんがために、この山中に涌出(ゆうしゅつ)する冷水をもって湯とならしめ、普(あまね)く難治(なんじ)の症(しょう)をして、こゝに浸(ひた)さば、すみやかにその功験(こうけん)あるべしと宣言し給い、それよりして、万治、寛文の比(ころ)までは、湯宿あまた軒をならべて、近辺、他邦(たほう)の旅客(りょかく)競い集り、各(おのおの)名湯の奇瑞(きずい)を蒙(こうぶ)り、繁昌、日々に超過せしが、今は絶えて、その影闇(あと)のみ残れりと言い伝う。
※ 万治(まんじ)、寛文(かんぶん)の比(ころ) ➜ 1658~1673年頃。
※ 奇瑞(きずい) ➜ めでたいことの前兆として起こる不思議な現象。


こゝに、同国岩谷の城主、笠松何某(なにがし)どのに仕えて、百五十石を賜わり、粉骨細身の功を積みたる、忠信無双の勇士あり。名を日下部(くさかべ)藤弥太(とうやた)とて、今年六十有余に及ぶまで、物頭(ものがしら)目付役兼帯(けんたい)し、少しも私(わたくし)なく勤めけるが、兼ねて持病の疾(しつ)ありて、しのびがたく、かの温泉ありし時節にやありけん、しばらくの暇(いとま)を願い、こゝに来たり。
※ 物頭(ものがしら) ➜ 頭だつ役。長。かしら。
※ 目付役(めつけやく) ➜ 監視する役。監督役。
※ 兼帯(けんたい) ➜ 一人で二つ以上の職務を兼ね帯びること。兼任。


入湯しける序(つい)でに、召し具(ぐ)したる娘、両人あり。一人は藤弥太が実子にして、名をおみなといえり。同家中、何某(なにがし)を養子聟(ようしむこ)となして、程なく男子を出産し、寵(いつく)しみ育てけるが、はからずも去年、夫(おっと)何某は身まかり、おみな、それ愁傷に感じて病にうち臥し、漸(ようや)くこの程、快方におもむきけれども、猶も保養のためにとて、一子要太郎は乳母に添えおき、その身は父とともに入湯しける。今年二十五歳なり。
※ 愁傷(しゅうしょう) ➜ 嘆き悲しむこと。また、その悲しみ。


読書:「想い人 あくじゃれ瓢六」 諸田玲子 著
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 2

(葵タワーのガラス拭き)

昨日、「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション」鑑賞後、静岡市立美術館が出て来て、その高層ビル(葵タワー)を見上げると、窓ふきの作業が行われていた。田舎から出てくると、そんなものすら珍しい。命綱一本に身をゆだねて、左右に揺らしながら、誠に手際よく窓ふきをしている。高所恐怖症では見ているだけで足がすくむ。作業する人たちは、岩登りをしている人たちのアルバイトなのだろうか。高層ビルが林立する時代に、窓ふきが人力に頼っているのは如何にもアンバランスであるが。

現役のころ、雨後の筍のように次々に建つ、上海の高層ビルを見ていて、この国ではビルの外壁をクリーンアップすることなど、端(はな)から考えていないのではないかと思った。出来た次の日から、スモッグと黄砂で日々薄汚れて行くのであろうと想像した。それからすでに久しいが、今ではそれらのビル群はどうなっているのであろう。

松坂屋で昼食と買物後、地下駐車場から出てくると、作業はすでに終わっていた。

********************

「復讐 天橋立」の解読を続ける。


(復讐天橋立 挿絵1)


(復讐天橋立 挿絵2)

右図面(上の挿絵)にあらわす、天の橋立松原敵討(かたきうち)なり。岩谷、永尾ともに、いにしえ、北国目代(もくだい)の陣屋にして、今にその影跡のみ残れりという。元伊勢山はむかし、天照太神(あまてらすおゝんかみ)の降臨ましましたる所にて、後に伊勢の国、度会(わたらい)の郡(こおり)に飛び去り給うと言い伝う。それよりして、元伊勢と号し、今に内外(うちと)玉垣連綿(れんめん)として、近辺他邦の輩(ともがら)参詣す。城跡は、天の岩戸西南の方、梺(ふもと)にあり。予、ことせ、この地に漂泊して丹後縞といえる写本を得たるに、その事あり。こゝに略す。なお、馴合観音、切渡文珠の縁起等は末に委しく著す。
※ 目代(もくだい) ➜ 室町時代以降、代官のこと。
※ 元伊勢(もといせ)➜ 現在の、元伊勢籠(この)神社。
※ 玉垣(たまがき)- 神社・神域の周囲にめぐらされる垣のことである。瑞垣(みずがき) ともいう。
※ 連綿(れんめん) ➜ 長く続いて絶えないさま。
※ ことせ ➜ 今年。
※ この「復讐天橋立」は天の橋立の観光案内を兼ねていたのだろう。今で言うならタイアップ作品といったところか。「丹後縞」は参考資料として持ち込まれたものなのだろう。ならば、「復讐 天橋立」は天の橋立に送られて、土産物として売られていた可能性が高い。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「復讐 天橋立」を読む 1

(静岡市立美術館の浮世絵展)

朝から、静岡市立美術館へ、「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション」を見に、女房と行く。1200円の観覧料が、70歳以上は800円、これは大きい。今日は同年配の入場者が多くて、見て回るのに渋滞が起きるほど、200枚の作品に2時間半ほど掛かり、年寄にはきつかった。浮世絵に書かれた文字が曲りなりにも読めるのが楽しい。よく見る絵、初めて見る絵など、その意匠など、アメリカ人の女性収集家がどこまで理解できたのだろうと、疑問を持ちながら回った。一枚の版画の中に、浮世絵師たちは様々な謎や情報を描き込んでいる。また、これでもかというばかりに、見る人を驚かせようとする手段(てだて)がみえて、一枚一枚大変面白い。

今日から、十辺舎一九の「復讐 天橋立」という戯作を読む。


   梅雨(つゆ)いまだ お笑いの目に 涙かな

お笑いに、涙は似合わない。

********************

「復讐 天橋立」の解読を始める。

  復讐 天橋立 十辺舎一九著 一陽齋豊國画

    復讐奇語 天橋立序
古語に曰く、凡て(すべて)物に争いて勝つは失(しつ)の本(もと)にして、負くるは得の本なり。また、争わずして負くるは大道なり。されや、この諍いに、血気と義理の二(きょう)あり。義理には、却って従いなびくの敵(かたき)あり。血気には、倶に身を打ち屠(ほう)るの味方ありて、理を謬(あやま)ることありとかや。
※ 大道(だいどう) ➜ 人の行うべき正しい道。
※ 茎(きょう) ➜ 細いものを数えるのに用いる。


今は昔、丹後永尾荘侍臣(じしん)、大見崎(おおみさき)、飯貝(いがい)の双士なるもの、性狼戻(ろうれい)にして、その身を斃(たお)せしは、血勇の甚だしきによってなり。
※ 狼戻(ろうれい) ➜ 欲深く道理にもとること。
※ 血勇(けつゆう) ➜ 向こう見ずの一時的な勇気。


続いて岩谷の藩中に、日下部(くさかべ)(それがし)の災害は、義理に逼(せま)るよりおこり、終(つい)天年(てんねん)を害(そこな)い、その子倶(とも)に天を戴かざるの仇(あだ)を報(むく)うに、英士元伊勢山の大谷木が同腹の功あることを編輯し、そは同州の馴合(なれあい)観世音霊応の著明(いちじる)きによる所以(ゆえん)をあらわし、切渡(きれと)文殊の、思案酒、智恵の餅、といえる、名物の濫觴を探り需(もと)めて、頓(とみ)に復讐天橋立の標題を被(こうぶ)るらしむ。
                    東都 十辺舎一九題
※ 天(てん)年(ねん) ➜ 天から受けた寿命。天寿。
※ 馴合(なれあい)観世音 ➜ 成相山成相寺。
※ 霊応(れいおう) ➜ 神仏のあらわす不可思議なしるし。霊験。
※ 切(きれ)渡(と)文殊 ➜ 天橋山 智恩寺。「切渡」あるいは「切戸」は天の橋立の内海と外海を繋ぐ切れた部分を呼ぶ。智恩寺はその側に建つ。
※ 濫觴(らんしょう) ➜物事の起こり。始まり。起源。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「江戸繁昌記 三編」を読む 93

(散歩道のムクゲ/18日撮影)

総理の参院選勝利談話と、吉本社長記者会見が、午後2時にダブった。

********************

「江戸繁昌記 三編」の解読を続ける。「裏店(うらだな)」の続き。

今日の賑わい、咸(みな)言う、始めて天恩の大を知ると。晩(おそ)し、これを知ること。(伍)長戒(いまし)めよ。(伍)長率いて以ってこれを正さば、孰(いずれ)か、敢えて正しからざらん。君がこれを何如(いか)に未だしと謂うかは、我もまた肯(うなづ)きて解せず。予が思う所以って、これ言わば、手下すべきの所を窮め、足容るゝべきの地を極め、孜々矻々、斃(たお)れて止(や)んで、なお正しからざるや。これ、これを奈(いかんぞ)未だと云うと謂わんや。手を袖にして、職に尸(ふ)し、唯宿賃を責め、唯樽料を貪る、貪る/\。我は與(くみ)せざるなり。
※ 孜々(しし)- 学問、仕事などにいっしょうけんめい励み努力してやすまないさま。
※ 矻々(こつこつ)- 地味ではあるが着実に物事を行うさま。
※ 樽料(たるりょう)- 酒代。祝儀。


且つ、(伍)長と名主との如き身、賤(いやし)まれんといえども、職重し。須(すべから)く少しく学問すべし。苟(いやし)くも人の上為(た)る、大義を解せざるは、また人を誤り、また己れを誤らん。君、僕に内謁を勧むるが如き、即ちこれなり。昇平文運の盛んなる寒郷僻地も、名主と称する者は、皆な学ばざること莫(な)し。然し、江戸は則ち、反して然らざるなり。
※ 昇平(しょうへい)- 世の中が平和でよく治まっていること。
※ 文運(ぶんうん)- 文化・文明が発展しようとする気運。学問・芸術が盛んに行われるさま。
※ 寒郷(かんきょう)- 貧しく、さびれた村里。


那の名の字(名主)なる者、大概(おおむね)薄鬢鉤髽半掛け短く披(ひら)かす幇間耶(おやじ)、名主か耶(おやじ)か、殆んど分別無し。表は徳の符、面を照して、臓を知るべし。慎しまざるや。
※ 薄鬢(うすびん)- 江戸時代の男子の髪形で、額を広くそり上げ、左右の鬢を幅狭くしたもの。
※ 鉤髽(ちょんまげ)- ちょんまげ。「髽」は、くくり髪。
※ 半掛け(はんかけ)- 跳ね元結(はねもとゆい)。結んだとき、端がはね返るようにした元結。
※ 徳の符(とくのふ)- 神仏などの加護のお札(ふだ)。


時に見る、一丁男の蕎麺(そば)頒送するを。直(ただち)に戸を推し、径(みち)に措(お)いて去る。(伍)長、顧(かえりみ)て曰う、今朝、新賃人有り。(新僦居者、例として河漏(そば)を送り、親を通ず)(先)生、色(=声の響き)喜び、肚裏暗に謂う、今晩、飢えを免れん。驟(にわか)に看る、雪花窓に唾(だ)し、風刀壁を剥(は)ぐ。(伍)長出づ、天を仰ぎて曰わく、祥瑞、屢々(しばしば)(い)たる、来年は豊々。
繁昌記三篇終り
※ 丁男(ていだん)- 一人前の男。成年に達した男。
※ 頒送(はんそう)- 分け送ること。
※ 賃人(ちんにん)- 賃借人。
※ 僦居者(しゅうきょしゃ)- 借家人。
※ 肚裏(とり)- 腹の中。心のうち。
※ 雪花(せっか)- 雪の結晶、または雪の降るのを花にたとえたもの。
※ 祥瑞(しょうずい)- めでたいことのあるしるし。


「江戸繁昌記 三編」の解読をこれで終える。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ