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江戸繁昌記初篇 20 千人会 3

(散歩道のタマスダレ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

予、近日屡々(しばしば)空し。豪気稍々(やや)(くだ)け、乃(すなわ)意えらく、吾もまた書を挿して、世に狂奔する者。然れども、一日の走、計るに升米を賖うに足らずして、終年、浮屠の間に衣食すんば、則ち仏縁の薄からざる。薙染して仏に迯(のが)れ、募縁簿を袖にして、年来の識る所に就いて、南鐐一片の憐みを乞い、以って少しく狂奔の労を息(いき)して、且つ以って後生冥福脩すこと、宜(よろ)しくなり。
※ 意えらく(おもえらく)- 思っていることには。考えるには。
※ 賖(かけが)う - おぎのる。掛けで買う。
※ 浮屠(ふと)- 僧侶。
※ 薙染(ていせん)-剃髪染衣。頭髪を剃り、墨染めの法衣を着ること。出家して仏門に入ること。
※ 募縁簿(ぼえんぼ)- 奉加帳。
※ 南鐐(なんりょう)- 江戸時代、二朱銀の異称。1両の8分の1。南鐐銀。
※ 少しく(すこしく)- 少しばかり。いささか。
※ 狂奔(きょうほん)- ある目的のために夢中に なって奔走すること。※ 後生(ごしょう)- 死後の世。来世。あの世。
※ 冥福(めいふく)- 死後の幸福。
※ 脩す(しゅうす)- 修す。修める。


また思えらく、書画会を脩(おさ)め、以って且(しばら)く、一時の緩急を救はんには、如からず左思右想、躊躇(ちゅうちょ)悶する者、忽(たちま)ち恍然として、奮って曰う。野語にこれ有り、砍(き)り取り刼盗は武士の習い。況んやその力に食するをや。薙染(出家)未だ晩(おそ)からず。修会鄙事のみ。その腰を折り、尾を帖(た)れるよりは、面を千百人に曝(さら)さん。
※ 如からず - 不如。~に及ばない。
※ 緩急(かんきゅう)- 差し迫った事態。危急の場合。
※ 左思右想(さしうそう)- いろいろと思案する。ああも思い、こうも考えた。
※ 悶する(もんする)- もだえる。
※ 野語(やご)- 粗野な言葉。田舎びた言葉。
※ 刼盗(きょうとう)- 強盗。
※ 修会(しゅうかい)- 出家の修会のこと。
※ 鄙事(ひじ)- いやしい事柄。つまらない仕事。


寧ろ昏(くらがり)を偸(ぬす)んで、面を裏み、人をして誰れたるを知ら令(し)めずして、これを叱して、これを鬻(売)る。この事簡に気傲(おごり)なるを為さんなり。何ぞ、この狂奔を是(ぜ)として、かの狂奔を非(ひ)とせん。将にかの狂奔を為さんとして、盡渋(しぶしぶ)未だ果さず。なお、この狂奔に苦しむ。自ら、真の豪傑とするに足らずして、卒(つい)に、狂奔に老いることを知る。
※ 裏(ふく)む - 含む。
※ 簡に(かんに)- 簡単に。
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江戸繁昌記初篇 19 千人会 2

(散歩道で、色付いたムラサキシキブ)

今朝、予定されていた防災訓練は、朝方の大雨で中止になった。大雨で中止になる防災訓練とは、何のジョークかと思う。当地は秋雨前線の真っただ中というわけである。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

(太鼓)を擂(たたい)て警を報ず。般若経を僧、読誦す。蓋しこれを祓(はら)いするなり。乃(すなわ)ち、一人出て錐を執って匣(はこ)を劅(つ)く。未だ挙げず。喧嘩(喧噪)寂たり。大風、暴(にわか)に止む。観る者、眼張り、胸悸して、第一牌早くも吏人の手に在り。その目を颺言す。刺して二、三牌に至る。風復(ま)た漸く起り、濤(なみ)(ま)稍々湧く。且つ刺し、且つ呼び、百番にして止む。
※ 胸悸(きょうき)- 胸をどきどきさせること。
※ 吏人(りじん)- 役人。官吏。
※ 颺言(ようげん)- 公然と言うこと。おおっぴらに言うこと。
※ 稍々(やや)- しだいに。ようやく。だんだんに。


誰か知らん、兒郎、女郎を(あがな)に、一つの約(約束)、恃(たの)む所は、懐中一牌(一枚の富くじ)に在ることを、万人、肚裏の算、湊(あつめ)て一人の手に堕(お)つ。南阮(にわか)に富み、北阮益々贍(にぎ)わし。十年傭作の氓(民)一且錦帰の栄を享(う)け、昨日、鏡を典するの婦、今日、瑁瑇の飾りを戴く。銭、泉の如く、金、塊(つちくれ)の如し。既に庶(もろびと)あり。これを富まさんや。三富の外、今の倍して、数十所に至ると云う。
※ 兒郎(じろう)-情夫(おとこ)。
※ 贖(あがな)う -「うけだす」とルビあり。
※ 肚裏(とり)- 腹の中。心のうち。「肚裏の算」で「胸算用」の意。
※ 南阮北阮 - 阮はベトナム王権の姓。「北阮富而南阮貧」は江戸の知識層では常識であった。
※ 庸作(ようさく)- 人にやとわれて物を作ること。
※ 一且(いったん)- いったん。とりあえず。ひとまず。
※ 錦帰の栄(きんきのえい)- 故郷に錦を飾るほまれ。
※ 典する(てんする)- 質に入れる。
※ 瑁瑇(たいまい)-(正しくは「瑇瑁」)海産のカメ。甲羅が鼈甲(べつこう)細工に使われた。


咄々怪事、近年昏(暮れ)を追って狂奔し、叫び過ぎたる者有り。呼ぶが如く、叱るが如し。予初めその何物を為したるを解せず。既にしてこれを聞く。これ場中、今日刺す所、第一牌の目を報ずるなり。一字四銭、これを鬻(ひさ)ぎて生を為す。その狂奔する者、速報するを以って、先を争うのみ。晩間(夕方)の一走、百銭の贏(あまり)、以って一升米を買うに足る。嗚呼、一日の活計(たつき)、これを一刻中に取る。豈(あに)叫んで奔(はし)らざることを得ん也哉(ならんや)。
※ 咄々(とつとつ)- 怒ったり,おどろいたりするさま。
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江戸繁昌記初篇 18 千人会 1

(散歩道に早くもヒガンバナが咲きだした。
ヒガンバナはいち早く秋を感じているのだろう。)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     千人会
※ 千人会(せんにんかい)- 富くじのこと。
札楮二牌、札を原牌と為し、楮を影牌と為す。その数一千、一楮の値、若干銭、預(あらかじ)め日月を尅(刻)して四散、これを(ひさ)、若干金を醵し、期に至り、原牌を匣(はこ)中に盛り、匣上に孔(あな)有り。錐に(きり)刺して、これを出す。百番を額と為す。原を以って影を照らし、一大醵を以って、これを第一番なる者に付す。余醵分賦、九十九番、各々差有り。
※ 札楮二牌(ふだこうぞにはい)- ここでは、木札と楮(こうぞ)紙の札の2枚。
※ 四散(しさん)- 四方に散ってちりぢりになること。
※ 鬻ぐ(ひさぐ)- 売ること。
※ 醵す(きょす)- ある目的のために金を出し合う。
※ 百番を額と為す - 100枚を突いて撰んで当りとする。
※ 余醵分賦 - 余りの醵金を九十九番に分配する。


国語これを名じて富と曰う。諺に云う。乞食人、家に富落ち来たると。嗟夫(ああ!)天道、畢竟有余を以って不足を補う。貧人これを得て暴(にわか)に富む。蓋しこれその名ずる所以(ゆえん)なり。
※ 畢竟(ひっきょう)- つまるところ。結局。
※ 有余(ゆうよ)- 余った数。余分。残余。


予、浅学にして、漢土もまたこの事有りて、何如(どのよう)にか、これを名ずることを、未だ識らず。且(しばら)く名じて、千人会と曰う。然し聞く。近来、札数倍に徙(うつり)し。処置、前に比べれば、細密殊に極める。買い習う者にあらざるよりは、固(もと)より弁識し易(やす)からざる時は、則ち、畢竟、この名もこの名に当らず。谷中の感応寺目黒の泰叡山湯島の菅公廟、これを都下の三富と謂う。
※ 漢土(かんど)- 中国のこと。もろこし。
※ 買い習う(かいならう)- 買い慣れ親しむ。
※ 弁識(べんしき)- 物事の道理を理解すること。わきまえ知ること。
※ 谷中の感応寺 - 現、護国山天王寺。かって谷中の五重塔があった。
※ 目黒の泰叡山(たいえいざん)- 泰叡山瀧泉寺。通称、目黒不動尊。
※ 湯島の菅公廟(かんこうびょう)- 湯島天満宮。通称、湯島天神。


本日殿上に、先ず一匣(はこ)を両楹(柱)間に安じ、階下に閑(間)を施し、闌入(乱入)を許さず。人群れ漸く湧く。喧嘩(喧噪)淘々たり。検點使至り、警衛に備う。既にして幹人並び起ち、匣を倒(か)えし、底を鼓し、牌を點(あらた)め、以って納める。
※ 検點使(けんてんし)- 富くじのチェックする人。
※ 警衛(けいえい)- 警戒し護衛すること。また、その役の人。
※ 姦(かん)- よこしま。不正。
※ 幹人(かんじん)- 富くじの勧進元の者。
※ 鼓す(こす)- たたく。
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江戸繁昌記初篇 17 戯場 4

(散歩道のサルビア)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

由良之助、急にこれを呼び止めて曰う、如(も)本階よりせば、恐らくは幇間強住し、更に勧盃に困(くるし)まん。これを為さんこと奈如(いか)ん。適々(たまたま)墻外に一つの梯子有るを見る。乃(すなわ)ち、大いに喜びて庭に下り、自ら梯子を将(もっ)楼闌倚住して曰う、幸いなり。この九級梯子、径(みち)にこれを躡(ふ)みて、これを降(おり)れ。
※ 本階(ほんかい)- 本来の階段。
※ 幇間(ほうかん)- たいこもち。
※ 強住(きょうじゅう)- とどまることを強いること。(座を立つことを許さない)
※ 勧盃(かんぱい)- 相手に杯を差し出して酒を勧めること。
※ 墻外(しょうがい)- 垣根の外。
※ 楼闌(ろうらん)- 楼欄。楼の欄干。
※ 倚住(きじゅう)- 寄せて固定すること。
※ 九級梯子 - 九段のはしご。


隹児(お軽)曰う、これ平生、躡(ふ)む所の物にあらず。乃(すなわ)ち危険なること無しや。由良之助曰う、これを言うは、この妙年身上の事、目今は一たび趾(つまさき)を挙げて、三歩間を跨がり過ぐるも、復た膏薬の破裂を醫するに及ばず。隹児(お軽)曰う、冗語を費やすこと莫(なか)れ。動揺かくの如き、恰(あたか)も船に乗るに似たり。良之助曰う、宜なるかな
※ 妙年(みょうねん)- 女性の若い年ごろ。妙齢。
※ 身上(しんじょう)- からだ。からだの上。
※ 目今(もっこん)- ただいま。現今。
※ 冗語(じょうご)- むだな言葉。よけいな言葉。また、むだ話。
※ 宜(むべ)なるかな -(肯定する気持ちを表す)なるほど。いかにも。


天后聖母を出現し来る時に、看棚中、忽(たちま)ち争闘を起す。喧嘩沸騰、児女踏践し、苦を叫んで、並びに本舞台を望んで走り上る。由良之助、阿隹児(お軽)など、皆な錯愕す。乃ち向(さき)仮驚、却って今の真驚を作す。九大夫もまた狼狽潜居し得られず、階下より出身して、頓(とみ)に三階上に位す。多時ならず。天成り、地平らぎ、復た前伎を続く。
※ 天后聖母(てんごうせいぼ)- 媽祖。航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の 女神。(「ふなだまさま」とルビあり)
※ 児女(じじょ)- 女子供。
※ 踏践(とうせん)-踏みにじること。
※ 錯愕(さくがく)- 驚きあわてること。
※ 仮驚(かきょう)- 一時的な驚き。
※ 真驚(しんきょう)- 本当の驚き。
※ 潜居(せんきょ)- 隠れ居ること。
※ 多時(たじ)- 長い時間。


嗚呼(ああ)、この若き争闘、乍(たちま)ち発し、かくの若(ごと)き沸騰、乍(たちま)ち歇(や)む。箇(か)は這(こ)れ、江戸人の気質。但し、この都の繁昌ならざる何如(いかん)で、この争闘を起し、何如(いかん)ぞ、この沸騰を発し、然れば、即ち、この争闘を以って、この沸騰を以って、この繁華を粧うと言うも、なお信なりや。
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江戸繁昌記初篇 16 戯場 3

(散歩道のシコンノボタン)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

本舞台三間の内、正面に亭有り。左は、右は門楼、下に一箇の吊燈を掛く。夜色静寂、由良之助、方(まさ)に、人無き時に乗じ、主夫人送る所の書簡を手にして悄立吊燈を照らし展読し過ごす。
※ 楼(ろう)- 遊女と遊興することのできる店。揚げ屋・遊女屋など。
※ 門楼(もんろう)- 門の上に設けた楼。
※ 由良之助(ゆらのすけ)-「仮名手本忠臣蔵」の登場人物。実在した赤穂藩の家老、大石内蔵助がモデル。
※ 主夫人(しゅふじん)- 御台所。貴人の妻。奥方。「みだいさま」とルビあり。
※ 悄立(しょうりつ)- ひっそりと静かに立つこと。
※ 吊燈(つりとう)- 吊り灯籠。
※ 展読(てんどく)- 書簡や書籍を広げて読むこと。


(いず)れか意(おも)わん。阿隹児楼欄倚定し、鏡を把(と)り、これを照らし、九大夫、階下より頸(くび)を延べて、その紙端を捉(とら)えり。斜めに月光を引く。一紙の長箋、三人読み得て、正に熟する時、隹児(お軽)が頭上の金釵溜り落とし、地を撲(う)ち、響き有り。
※ 阿隹児(おかる)- お軽。「仮名手本忠臣蔵」で早野勘平の妻。夫のために祇園の遊女となる。大星由良之助の密書を、一力茶屋の階上から鏡で盗み見る場面が有名。
※ 楼欄(ろうらん)- 楼の欄干。
※ 倚定(きてい)- 寄りかかること。
※ 長箋(ちょうせん)- 長いふみ。「ながぶみ」とルビあり。
※ 金釵(きんさい)- 金製のかんざし。
※ 溜る(したたる)- ここでは、「すべり落す」とよむ。ルビあり。


由良之助吃驚して、急に紙を背後に掩(おお)い、面を仰(あお)ぎて、始めて、楼上人有るを知る。階下の人もまた錯愕して身を潜む。三人は三様の趣有り。観る者喝采(ひとし)く呼ぶ。山崩れ海翻る。
※ 吃驚(きっきょう)- 驚くこと。びっくりすること。
※ 錯愕(さくがく)- 驚きあわてること。
※ 喝采(かっさい)- 声を上げて褒めそやすこと。


隹児(お軽)旋々(やがて)驚襟を正し、を粧(よそお)い、笑みを含み、由良之助を呼ぶ。由良之助曰う、汝、楼上に在りて、何をか為る。隹児(お軽)曰う、妾、君に勧酔せられ困苦に堪えず。風に倚(よ)りて、を吹く。由良之助曰う、然るが如きは、甚はだ善し。但し、我れ、汝と言うこと有らんと欲す。奈何(いかん)せん、双星相見て、徒(いたずら)に銀河のを守る。請う、楼を下り来たれ。隹児(お軽)曰う、暁り得たり。将に身を起さんとす。
※ 驚襟(きょうきん)- (「襟(えり)」は、位置が近いから、胸あるいは心の意。)驚く心。
※ 嬌(きょう)- なまめかしい。
※ 勧酔(かんすい)-酔い(酒)を勧める。
※ 酲(てい)- 悪酔い。
※ 双星(そうせい)- 並んで見える二つの星。ここでは、牽牛星と織女星。
※ 阻(そ)- けわしい所。
※ 暁(さと)り得たり - 心得たり。
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江戸繁昌記初篇 15 戯場 2

(散歩道のかかし)

少し不気味で、傑作とは言えないけれども、効果はあるだろう。ともあれ、今年も収穫時期も近い。静岡県は平年並みか、やや不良というが、農家は収穫まで気がもめることであろう。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

(午前6時)に始め、酉(午後6時)に終る。こはこれ、演戯常式。題して「看棚頭に在り」。東方、将に白(しら)けんとす。鼓声始めて震う。例しで、三番叟舞を為す。次いで家芸を演ず。俗にこれを脇狂言と謂う。中村氏は酒呑童子の事を演じ、市村氏は七福神舞、森田氏は猩々舞。
※ 演戯(えんぎ)- 演劇。演技。芝居。
※ 常式(じょうしき)- きまった方式。常の方式。
※ 看棚頭 - さんじきのうえ(桟敷の上)とルビあり。。
※ 鼓声(こせい)- 太鼓の音。
※ 例し(ためし)- 前にすでにあったこと。先例。前例。
※ 家芸(いえげい)- お家芸。その家に伝わる独特の芸。歌舞伎の市川家の「勧進帳」の類。
※ 脇狂言(わききょうげん)- 江戸時代の歌舞伎で、1日の興行の最初に行う三番叟 に次いで演じられた狂言。祝言性の濃い儀礼的なもの。前狂言。
※ 酒呑童子(しゅてんどうじ)- 丹波の大江山に住んでいたという伝説上の鬼の頭目。歌舞伎などの題材となる。
※ 猩々(しょうじょう)- 古典書物に記された架空の動物。各種芸能の題材となる。


既にして旭日、始めて招牌爛燦と映す。喧塵漸く揚がる。田舎人は早炊して已に往き、女児(おなご)は夜粧(めかし)して急走し、一来(むさぼ)る。麇(むらが)り、陸続と至る。聚(あつま)ること、四方よりす。
※ 招牌(しょうはい)- 看板。
※ 爛燦(らんさん)- 鮮やかに輝くさま。華やかで美しいさま。燦爛。
※ 喧塵(けんじん)- 雑踏の砂埃。
※ 早炊(そうすい)- 早飯。
※ 一来(いちらい)- ややもすれば。
※ 陸続(りくぞく)- あとから あとからと絶えないで続くこと。


人山人海鼠戸開いて、閉めるに暇あらず。棚欄撓して、将に傾き折れんとす。東西の看棚(桟敷)紅氈連接、真に霽(は)れざるの虹。台面の前棚、人頭鱗次、真に未だ雲あらざるの龍。
※ 人山人海 - 黒山のような人だかり。「大入り」とルビあり。
※ 鼠戸(ねずみど)- 鼠木戸。木戸や門扉の一部を小さなくぐり戸としたもの。近世、芝居・見世物小屋などで、観客の出入り口を、無料入場を防ぐため、狭くした。
※ 棚欄 - 桟敷の手すり。
※ 撓(とう)す - たわむ。
※ 紅氈(こうせん)- 紅い毛氈。
※ 連接(れんせつ)- つながり続くこと。
※ 台面の前棚 - 舞台正面の桟敷席。
※ 鱗次(りんじ)- うろこのように並びつづくこと。
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江戸繁昌記初篇 14 戯場 1

(裏の畑で、落ちた種から咲いたホソバヒャクニチソウ)

午前中、パソコンのワードが不具合で使えず。夜、息子に見て貰い、回復して事なきを得た。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

     戯場
※ 戯場(ぎじょう)-芝居などを演じる場所。舞台。劇場。
演戯(えんぎ)、国語これを謂いて芝居と曰い、歌舞伎と曰う。蓋し、在昔、平城帝大同中に開く。南都、猿沢の池の側で、烟(けむり)を吹く。觸るゝ者は即ち病む。因って大いに薪を焼きて、以って、その気を圧す。且つ三番叟舞を、興福寺の門前、芝を生ずるこの地に舞わす。(本邦古誤言結縷草を芝とする)而(しこう)して、祲毒を禳う。これこの名の縁(ゆか)りて起こる所以(ゆえん)なり。
※ 在昔(ざいせき)- むかし。往古。
※ 大同(だいどう)- 平安時代の年号。806年から810年まで。平城・嵯峨天皇の御代。
※ 三番叟(さんばそう)- 能の「翁」で、千歳・翁に次いで三番目に出る老人の舞。直面の揉みの段と黒い尉面をつける鈴の段とからなり、狂言方がつとめる。
※ 本邦古誤言 - 我が国の古い誤った言葉。
※ 結縷草(こうらいしば)- 高麗芝。イネ科の多年草。
※ 祲毒を禳う(しんどくをはらう)- 妖気の毒を祓う。


風俗、歌舞、俗妓等の名目、既に続日本記に見えて、鳥羽帝の世礒の禅司なる者、舞を善くす。或は男舞いと曰う。或は白拍子と曰う。また歌舞妓と曰う。これ、これなり。
※ 続日本記(しょくにほんぎ)- 平安時代初期に編纂された勅撰史書。日本書紀に続く六国史の第二にあたる。文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで95年間の歴史を扱う。
※ 鳥羽帝の世 - 鳥羽天皇の在位期間、1107~1123。
※ 礒の禅司(いそのぜんじ)- 静御前の母。
※ 男舞い(おとこまい)- 白拍子の舞の名称。
※ 白拍子(しらびょうし)- 平安末期から鎌倉時代にかけて流行した歌舞。また、それを演じる遊女。男装で舞ったので男舞といわれた。
※ 歌舞妓(かぶき)- 近世まで歌や舞をする女性という意味から、「歌舞妓」の字が用いられた。


四海家と為る後、寛永の初年(1624)猿若勘三郎、命を賜りて、創(はじめ)て戯場を中橋街に開き、九年に至り人形街に移り、次いで、都、市村二氏の場、また皆成る。慶安四年(1651)、また今の地に徙(うつ)す。而して、山村氏の場を木挽街に起す者、正保元年(1644)に在り。
※ 四海家と為る - 江戸幕府が開かれて、全国が統一されたことを示す。
※ 猿若勘三郎 - 初代中村勘三郎。
※ 中橋街 - 中橋広小路のこと。現代の八重洲通りである。猿若勘三郎が寛永元年(1624)に猿若座を建てた。(のちの中村座)
※ 人形街 - 現在の日本橋人形町。太鼓の音が登城の太鼓と紛らわしいとして移転させられた。
※ 都、市村二氏の場 - 都座と市村座の芝居小屋。
※ 木挽街(こびきがい)- 現在の木挽町。銀座と築地の間にあたる。また江戸時代には山村座、河原崎座、森田座などの芝居小屋があった。
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江戸繁昌記初篇 13 吉原 8

(散歩道のサルスベリ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

娼忙がず慌てず、徐々に説き出て曰う、過日は約す。今にして後、主(ぬし)を待つは、また客を以ってせずと言う。なお耳に在り。曷(いずくん)ぞ、これを忘るゝの速やかなる。遂にその懐を探りて、夾袋烟具を奪う。曰う、今夜、予じめ期す。他人遣るの後、緩々(ゆる/\)君と同じく夢みんと。且つ肝要の説話有り。然るに君が短見この長策を察せず。却って、風波を翻(ひるが)えす。吁々(ああ)男子なる者は強気(きづよい)胡為(なんす)れぞ、この若(ごと)くなると。
※ 夾袋(きょうたい)- 紙入れ。
※ 烟具(えんぐ)- 喫煙具。煙草入れ。
※ 胡為(なんす)れぞ - どうしてからか。


已にその帯を解き、またその上衣を褫(うば)う。客これに於いて、身軟かなること綿の如し。然れども、口なお刺々(とげとげ)帰るを道(い)う。娼、(并扁に頁)爾として、口、噫々(ああ)、人を挑するのみと。一力(ひ)き取って、他の肩頭(かたがしら)を咬(か)む。
※ ■(并扁に頁)爾として -「つんとして」とルビあり。
※ 挑(ちょう)する - いどむ。
※ 一力(いちりき)- 自分一人の力。


客、叱(しつ)して曰う、戯(たわむ)るゝことなかれ。若し住(とど)まらば、則ち曷(なに)をか為(す)る。娼、低声して曰う、この如くするのみ。遂に、卒(つい)に相抱きて、一塊と為る。時にを報ずる梆子の声。搰々(かつかつ)
※ 寅(とら)- 寅の刻。午前四時を中心とする約二時間。
※ 梆子(ぼうし)の声 - 拍子木の音。


或は云う、近世繁華漸く涸れ、復た昔日ならざるなりと。予、甚だ惑どう。蓋しこの境の盛衰、以って江都の盛衰を候ずべし。係る所また大なり。彼(この境)は則ち此(江都)の由(ゆう)、流るゝなり。その源、益々盛んにして、その、漸く衰うる者は必ず無きの理、抑々(そもそも)洑流外に溢れ、漏るゝ所有りて、然るや、物情古今一轍、この楽園を舎(とり)て、何(いず)くに適(行)かん。嗚呼、人豈に天上に生ずることを厭うて、地獄に陥ることを願わんや。蓋し、繁華に習うの言のみ。
※ 繁華(はんか)- 人が多く集まり、にぎわっていること。 また、そのさま。
※ 昔日(しゃくじつ)- むかし。往時。いにしえ。
※ 江都(こうと)- 江戸の異名。
※ 候(こう)ず - うかがう。のぞく。
※ 委(い)- 細かい(部分)。
※ 洑流(ふくりゅう)- 伏流。地表流水が地下に潜入して 地下水として流れること。物事の基底に、 ある内容や動きが存在すること。
※ 物情(ぶつじょう)- 世人の心情。世間のありさま。
※ 古今一徹(ここんいってつ)- 今も昔も一筋。
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江戸繁昌記初篇 12 吉原 7

(散歩道に生えたキノコ)

土手の草地に生えたキノコ。図鑑で調べたが名前は分らなかった。一見、食べたらうまそうであったが、近くのおじさんに聞いたら、毒だと言われた。

午後、孫たちは一斉にそれぞれの家へ帰って行った。夏休みの、この二週間は出たり入ったり、孫四人が我が物顔で、我が家を遊び場にしていた。ムサシのストレスはピークに達していたようだ。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

耳辺に復た跫然の響きを上す。思うにこの跫(あしおと)これなり。前に依って假睡して、戸を開いて入る者、楼丁の来たりて、灯膏を加注するなり。奇貨再び贋(にせ)なり。耐え難し。怒気湧き上り、突起、衣を披(ひら)いて出づ。始めて知る、小妓の屏風の外に熟睡するを。径(ただち)に烟管をもって微(かる)くその脇を搶(つ)く。
※ 跫然(きょうぜん)- 人の足音がするさま。
※ 假睡(かすい)- うそね。寝たふり。
※ 楼丁(わかいもの)-妓楼に雇はるる男をいふ。五十に至るも六十に及ぶも皆壮者と共に押なべて若者といふ。
※ 灯膏(とうこう)- 灯りに使う油。
※ 奇貨(きか)- 利用すれば思わぬ利益を得られそうな事柄・機会。
※ 突起(とっき)- だしぬけに起きること。


妓なお夢中に在り。口内含糊にして曰う、誰ぞ厭うべし。喜助丈(どん)、客喝醒すること勿(なか)れ。妓摩挲して目を拭い、この模様を視て、錯愕言いて、曰う、君将に何(いず)くに之(ゆ)かんとする。曰う、且(まさ)に帰らんとす。曰う、君帰りて然り。報いあらず。我が罰、軽からず。請う、且(しばら)く住(とど)まれ。将に走り報せんとす。
※ 含糊(がんこ)- あいまいな。はっきりしない。(「むにゃ/\」とルビあり)
※ 喝醒(かっせい)- 声を掛けて起こすこと。
※ 摩挲(まさ)- さする。なでる。
※ 錯愕(さくがく)- 驚きあわてること。


この間、恰(あたか)も好し、大娼来り到る。衡氣で少(しばら)く動かず。曰う、呵呀(おや)(ぬし)は何をか為(す)る。客気急なり。曰う、吾帰る、吾帰る。若(こん)な腐娼、吾また何をか言わん。我れ吾が脚を用いて帰る。誰か敢えて不の字を道(かた)らん。
※ 大娼(だいしょう)- 娼楼の女将?
※ 衡氣(こうき)- つりあいのとれた精神の働き。平気。
※ 客気(かっき)- 物事にはやる心。血気。


娼、扯(ひ)き住(とどめ)し。肯て放たず。曰う、、主(ぬし)帰らんと欲す。帰るが宜しい。但し、少(しばら)く留まれ。我れ将に一言を奉ぜんとす。客聴き得て、怒気稍々(やや)(そ)ぐ。覚えず挽(ひ)かれて坐に還る。
※ 肯(がえんじ)て - がんとして~しない。
※ 諾(だく)- よろしいと承知する。うべなう。
※ 怒気(どき)- 怒った気持ち。腹立ち。
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江戸繁昌記初篇 11 吉原 6

(散歩道のタカサゴユリ)

午後、金谷の「古文書に親しむ」講座に出席した。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

(しばら)くこれを舎(おき)て、情郎の様子を談じて、予をして、これを聴かしめんには如(し)かず。曰う、三千世界、誰有る。一人妾を悦ばし、且つ人悦ぶ者は。妾もまた敢せず。然れども、恃(たよ)り一人有り。(郎)曰う、羨むべきかな。願いはその名字を聴かん。妓、哂(わら)い答えず。郎、復た曰う、云々これ言うも、何ぞ妨(さまた)げん。
※ 子(し)- 二人称代名詞、あなた。
※ 情郎(じょうろう)- 恋愛中の男性。彼氏。
※ 敢せず(かんせず)- 思い切って行動しない。


妓、頃(しばら)く有りて曰う、これ別人ならず、即ち君なるのみ。郎、胸悸(どきどき)す。故(ことさら)に笑いて曰う、妙に人を騙(あやな)す。(妓)曰う、決して偽り無し。然れども、妾が如き者、君、豈に顧んや。(郎)曰う、謙することを休(や)めよ。君如き当世の佳人。(妓)曰う、唯々十分調弄せよ。
※ 謙(けん)する - へりくだる。
※ 唯々(いい)- はい/\。
※ 調弄(ちょうろう)せよ - 「おなぶりなんし」とルビあり。


(郎)曰う、否(いな)なり。落花情有らば、流水奈何(いか)んぞ心無からん如し。(妓)曰う、誠に然りなり。(郎)曰う、誓言せんことを請う。(妓)曰う、假(うそ)と雖ども、なお喜ぶ可し。(郎)曰う、その言、即ち假ならん。(妓)曰う、真(まこと)なり。(郎)曰う、試みん。早く一脚引いて、他の双股間に挿み入る。妓曰う、冷脚悪(にく)むべし。
※ 藕(ぐう)- 蓮根。

三更を打ちし。楼闔(とじ)て、眠りに就く。ただ棒を打ち、火を戒むる声を聞く。客有り。輾転として睡らず。長く等(待)ち、短く等(待)ち、歎き、欠伸し、百を以ってこれを筭(かぞ)う。炉火すでに灰となり、燈に就きせり。烟を食(喫)い、纔かに無聊を遣(や)る。幾拈(ひね)りの迻魂草(たばこ)、未だその人を彷彿中において招き得ず。
※ 柝(たく)- 拍子木(ひょうしぎ)。
※ 三更(さんこう)-「五更(ごかう)」の第三。午後十二時。また、それを中心とする二時間。


(たちま)ち、長廊に上履(うわぞうり)の声(音)を聞く。遠々跫然、漸く近し。敵娼(あいかた)来たり到ると意(おも)うに、急にを蒙(こう)ぶて、睡を粧(よそお)う。何ぞ、足音これを隣房に失わんとは意(おも)わん。爾後、気愈々(いよいよ)(す)み、眼愈々明なり。起きて厠に如(ゆ)く者両回、已に漏れ声を数え尽くし、また当直(とまりばん)の日数を算(かぞ)う。かれを想い、これを憶う。
※ 跫然(きょうぜん)- 人の足音がするさま。
※ 衾(ふすま)- 寝るときに掛ける夜具。

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