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「壺石文」 下 23 (旧)二月十日(つづき)




(御前崎のエコパーク、リュウゼツランの花)

午後、休みだった息子に付き合って、御前崎に行く。目的は数十年に一度咲くというリュウゼツランの花を見に行くことであった。御前崎港近くのエコパークにリュウゼツランは幾株もあるので、数十年に一度といっても、花を見られる年は時々あるようだ。二株が、株の中心近くから木の幹のような花茎を高く伸ばして、地味な花を付けていた。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

いさゝけわざして、疾く詣で帰りて、さなん侍りつると、殿人に語らいければ、次々言いののしりて、はて/\は、(おおやけ)にも聞こえ挙げてけり。俄かに仰せごと有りて、殿人の重々しき二人、馬にてぞ物し給う。村長どもに案内(あない)させて、かのあばらなる家に至りて、物多く被け賜えり。
※ いささけわざ(聊け業)- わずかなこと。ちょっとしたこと。
※ 詣で帰る(もうでかえる)- 貴所や貴人のもとへ帰る。
※ 公(おおやけ)- 水戸の話だから、こゝでは水戸藩主のことを示すか。
※ 被く(かずく)- 与える。


かくて後は、より/\に、仰せごと下りて物すれば、村長どもも逃れん方なくて、挙(こぞ)り諮(はか)りつゝ、菅畳より始めて、万(よろず)の調度など、何くれと調じ集(つど)えたり。
※ より/\に - 時々に。おりおりに。
※ 菅畳(すがたたみ)- スゲで編んだ、むしろのような敷物。


あわれ、宿世拙き童なりけんかし。そのまたの年の春、心地(わずら)いて身罷りてけり。病(やま)うの床に臥したりしほどは、さらにも言わず。取り分き仰せ事有りて、世に厳めしう、その作法したりとか、御使のおおやけ/\しきに引き連れて、すがい/\送りする殿人多かりとぞ。
※ 宿世(すくせ)- 前世からの 因縁。宿縁。宿命。
※ 拙い(つたない)- 運が悪い。
※ またの年(またのとし)- 次の年。翌年。
※ 心地(ここち)- 病気。
※ 厳めしう(いかめしう)- 立派に。
※ 作法(さほう)- 葬礼などの法式。
※ おおやけ/\しき(公々しき)- 公的な面にかかわる(人)。
※ すがいすがい(次い次い)- 次から次へと。


水戸の城下(キモト)より五里ばかり北の方、大田の木崎町という所に、梅松院という寺ありけり。その寺の墓所の内、小孝子清太郎が、と麗しう彫(え)り付けたる石文(碑)を立させ給えり。行きて見給えと言う/\、鼻打ち擤(か)みて、また言うものか。
※ 梅松院(ばいしょういん)- 現、常陸太田市木崎町、梅照院。

父はかたわになりて、もごよいつゝも生き残れるを、童なん果敢なう失せけるは、親の病(やま)うに心を痛め、身を苦しめし。(いたづ)の積もりてなめり。さばかりの孝あるものを、見知らぬ顔にて、疾くも訴えごとせざりしは、村長どもの疎か(おろそか)なりきとて、皆、公(おほやけ)より購じ給えりとなん。
※ もごよう - 足腰が立たず腹ばいになって行く。
※ 果敢なう(はかなう)- 束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま。
※ 労き(いたづき)- 苦労。骨折り。
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「壺石文」 下 22 (旧)二月十日(つづき)

(散歩道の八重のムクゲ)

「壺石文 下」の解読を続ける。

けこの器物(うつわもの)に飯を盛りて与うれば、すなわち、頂き奉げて家に持て帰りて、いつも/\病うの床にぞ、進(まいら)せける。嵐激しく吹きし折り、雪打ち散りて寒さこよなき夜々は、衣を脱ぎて父に貸し、自らは赤裸になり、あぐみ居て、藁火焚きてぞ、あたるなる。
※ けこ(笥子)- 飯を盛る器。
※ あぐみ - 足を組んで座ること。あぐら。


かくばかり辛(から)き目見つゝ、いたわり、かしずけども、爽やぎもて行かざるを歎きて、とある神垣に夜ごとに詣でて、乞い祈むめり。哀れなること侍りき。殿のはゆまづかいの、夜更けて急ぎくる道に、行き交いに、赤裸なる童の一人来遭いたる。いと怪しと思いて、打ちつけにぞ、捕えたる。おじよ(おじさん)、妾(わらわ)はしかじかの業(わざ)にて、寒詣でするものなん。怪しと覚(おぼ)さで、疾く許し給いねかし、と詫(わ)ぶめり。
※ 爽やぎ(さわやぎ)- 気分がさわやかになる。多く、病気が回復することにいう。
※ 神垣(かみがき)- 神社。
※ 乞い祈む(こいのむ)- 神仏に願い祈る。祈願する。
※ はゆまづかい(駅馬使)- 駅馬を利用する公用の使い。
※ 打ち付けに(うちつけに)- いきなりに。突然に。だしぬけに。


哀れの事よ、こう寒き夜の甚く更けてけるを、さらば、衣一重をだにとて、脱ぎて与え
なんとしければ、さては誓言(ちかごと)に背きぬと言い/\て、疾く過ぎにけり。かの駅使、いとゞ哀れと見持て別れにき。
※ 駅使(うまやづかい)- はゆまづかい。駅馬を利用する公用の使い。

つとめて(翌朝)かの童が家を訪ねて行きて見れば、あばら屋の、莚(むしろ)も敷かざる高簀の子に、よべの赤裸さながら、うつ伏し臥したり。打ち付けの傍ら目(かたはらめ)いと甚(いと)う、あわれに心苦しう覚えて声づくれば、親にや、祖父(おぢ)にや、ぼけ人の太り過ぎたる、打ち驚きて、床の辺にもごようめり。
※ よべ(昨夜)- ゆうべ。
※ 打ち付けの(うちつけの)- いきなりの。突然の。
※ 傍ら目(かたはらめ)- わきから見たところ。
※ 声づくる(こわづくる)- 咳払いする。
※ もごよう - 足腰が立たず腹ばいになって行く。


読書:「倖せの一膳 小料理のどか屋人情帖2」倉阪鬼一郎 著
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「壺石文」 下 21 (旧)二月十日

(たけ山に降りた雲)

午後から、路面を湿らす程度の霧雨が降ったり止んだり、散歩道から見える、たけ山より低く、雲が降りて来た。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

十日、今日は彼岸なりと云うめれど、なお空冴えて雪ふる。例年(れいとし)よりも、こよのう寒き春なりと、人々言うめり。荒町とか云える所に住まうなりと言える檀越(だんおつ)呉公屋の某とか言える男(おのこ)詣で来てけり。つれづれなるまゝに、向い居て煙(けぶり)吹きつゝ、時移るまで物語す。
※ 檀越(だんおつ)- 寺や僧に布施をする信者。檀那。檀家。

もと常陸の国水戸人なりとし言えば、かのわたりの事どもを問うに、何くれと答(いら)えける。序(つい)でに、語らいけらく、あわれ廿年ばかり昔の事なりけり。世に似なく親に孝養ありける童(わらわ)侍りきとて、まず泪ぐみたり。

耳傾(かたぶ)けて聞けば、鼻声になりて言う様、父は左官三次と云いて、家の業をばおさ/\勤めず。酒にふけり、博奕に遊(すさ)びてのみ。されば、常も朝夕の煙(けぶり)だにも、立て侘ぶめるやもめ住みなりけり。(むぐら)より外の後ろ見(うしろみ)もなきに、一年、甚(いた)く煩いて手足もなえて、もごよひ臥しにき。
※ おさおさ - ほとんど。まったく。
※ 侘ぶ(わぶ)- 落ちぶれる。貧乏になる。まずしくなる。
※ 葎(むぐら)- 広い範囲にわたって生い茂る雑草。
※ 後ろ見(うしろみ)- 陰にあって人を助け世話すること。また、その人。
※ もごよう - 足腰が立たず腹ばいになって行く。


月日経(へ)て、活計(たつき)なくなりゆくまゝには、(かだま)く、性無(さがな)心も、いよ/\立ち勝りて、かの童(わらわ)一人をぞ、わりなうはしたなめせめぐなる。さりけれど、侘しげなる気色も見えず。親の心に露も背かで物しけり。
※ 活計(たつき)- 生活の手段。生計。
※ 奸し(かだまし)- 心がねじけている。性質がすなおでない。
※ 性無し(さがなし)- 意地悪だ。性格が悪い。
※ わりなし - ひどい。甚だしい。この上ない。
※ はしたなむ - きびしくとがめる。たしなめる。
※ せめぐ - 責め苦しめる。


(よわい)十にも足らわざりける、幼い心に営みて、昼はひねもす、辺り(ほとり)の人々に乞い、雇われて、さるべき雑事(ぞうじ)など、取りまかなう業(わざ)おおな/\、まめ/\しげなりければ、誰も/\見放(はな)たざりけりとなん。
※ おおな/\ - ひたすら。
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「壺石文」 下 20 (旧)二月六日(つづき)、七日~、九日

(散歩道のサルスベリ(赤))

庭のサルスベリは白花だが、当地では赤が普通で、白花のサルスベリは珍しいらしい。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

露ばかりの手遊(すさ)びと、書き初(そ)めてける、この草枕の日記よ。月日の重なるまゝに、数多く積りてき。旅衣、立ち帰るさに、仙台に至れる頃おいには、三巻というもの、書き終りてけり。
※ 頃おい(ころおい)- ころ。その時分。

今一巻、二巻、物してんと思えど、料紙なければ如何はせん、と思い煩いて、ある人の家刀自(とうじ)疎からぬに、しかじかの由、言いければ、主、聞き付けて、やがて麗しき紙を数々、殊更に調じ出て贈られければ、いと嬉しくて、すなわち綴じ、巻に物してかくなん。
※ 疎からぬ(うとからぬ)- 親しい。疎遠ではない。

   浦かけて 寄する真砂の 数々に
        浜の千鳥の 跡留めてん

※ 浜の千鳥 - 和歌では千鳥の足跡の連想から「あと」「行方(ゆくえ)」などの語を導く言葉とされる。

七日、桐壺の巻の講説果てゝ、古今集の会、講じ始む。そもそもこの光源氏の物語はしも、我ことに好める書なるからに、廿年余りこの方、京に、鄙(ひな)に行き交いつゝ、こゝかしこにて、数多度(あまたたび)、説き事しけれど、いつも/\果敢のう日数のみ積りて、はて/\は、皆なかいなでに聞き取り、おぼろげにて止みぬるを、独りこの南阿法師は、際殊(きはこと)に物して、こう一、二日ばかりに、うまく聞こえ溜めるは、こよのうこそ。
※ 果敢のう(はかのう)- はかなく。
※ かいなでに(搔い撫でに)- ありきたりに。とおり一遍に。
※ 際殊(きはこと)- きわだっているさま。格別なさま。


   綾衣 と(説)くとはすれど 紫の
        根ずりの色の 乱れがちなる

※ 綾衣(あやごろも)- 綾織りの衣。綾絹でつくった衣服。
※ 根ずり(ねずり)- ムラサキソウの根ですり染めること。


うら恥ずかしうなん。

九日、古しえ今の古言(ふること)、言挙げし果てゝけり。すべて千首(ウタ)、廿巻(ハタマキ)を、隈も落ちず二日、三日のほどに、(せち)問い尽されてければ、答えせし身の舌根もたゆて、屈し甚(くしいた)心地するに、雪さえいといみじう降りければ、
※ 隈も落ちず(くまもおちず)- 奥まったところも残らず。隈から隈まで。
※ 切に(せちに)- ひたむきに。いちずに。
※ たゆ(弛)- 疲れて力が出ない。だるい。
※ 屈し甚き(くしいたし)- ひどくふさぎ込んでいる。非常にしょげる。


   春なれど 夜昼と言わず 降ることは
        飽き果てゝけり 雪の山寺


ここは、八ツ塚の田中の遍照寺と言いて、躑躅ヶ岡も遠からざりける野寺なりけれど、日頃、降り積りたる入りを見やりて、かくは言えるなりけり。
※ 入り(いり)- 日が没すること。日没。


読書:「Y駅発深夜バス」青木知己 著
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「壺石文」 下 19 (旧)二月五日、六日

(庭のシュモクレン狂い咲き一輪)

どこでもへそ曲がりはいるもので、庭のシュモクレンも、毎年一輪だけ、真夏の今の時期に花を咲かせる。もちろん早春と違って、その肉厚の花びらは暑そうだ。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

五日、六日、嫌が上に降り積もりて、寒さこよなし、夜となく、昼となく、埋め火に添い臥して歌詠む。その歌は、白石の城(キ)の主、片倉主の請わせ給うなる、その隠れ家、常盤崎の十景、一樹の岳の晩風、
※ 白石の城(しらいしのき)- 宮城県白石市にあった日本の城である。別名益岡城。仙台藩伊達氏の支城として用いられ、片倉氏が代々居住した。
※ 片倉主(かたくらぬし)- 白石片倉家第11代当主、片倉宗景。伊達家家臣。
※ 常盤崎(ときわざき)- 片倉家第10代当主、片倉景貞の隠居所。常盤崎の別邸があった。


   丘の名の 一木の蔭に 葉隠れて
        忍び/\に 宿る夕風


不忘の峰余雪

   春霞 かゝれど冬は 忘れずの
        峰ども寒き 雪の白妙

※ 白妙(しろたえ)- 白い衣。

桝崎花

   春の色の 昨日に今日は ます崎の
        花の白波 咲き数うらん


田中鳴蛙

   春深き 小田の蛙(かわず)の あしでがき
        詠みつゝ遊ぶ 水の泡沫
(うたかた)
※ あしでがき(葦手書き)- 平安時代に行われた書体の一つ。水辺の光景を描いた絵に文字を葦・鳥・石などに絵画化して散らし書きにする書き方。
※ 泡沫(うたかた)- 水面に浮かぶ泡。(はかなく消えやすいもののたとえ)


後圃牡丹

   おばしまに 寄りて愛(め)ずらん 貴人(あてびと)
        富みて尊
(とうと)き 春の花園
※ おばしま(欄)- てすり。欄干。
※ 貴人(あてびと)- れい。


楼月
※ 邨(むら)- 村。

   錦敷く 十邨(とむら)の木々の 色見えて
        月澄み昇る 秋の高殿

※ 高殿(たかどの)- 高くつくった建物。高楼。

前川遊漁

   前川は 水の民さえ 楽しげに
        遊ぶ心の 底も見えつゝ


不老園古松
   千代経ても 松の老いせぬ 園のうちは
        死なぬ薬の 有りもこそすれ


北村樵路
※ 樵路(しょうろ)- きこり道。

   (こ) 外面(そとも)の村の 夕煙(けぶ)
        絶え絶えかかる (そわ)の通い路
※ 伐る(こる)- 立ち木を切り倒す。伐採する。
※ 外面(そとも)- 山の、日の当たらない面。物の背面。裏手。また、北。れい。
※ 絶え絶え(たえだえ)- 今にもとぎれそうでいながら、やっと続いていること。
※ 岨(そわ)- 山の斜面の険しい所。がけ。


来迎朝暉
※ 壑(がく)- 谷。

   客人(まらうど)と 見たにもせげに 玉敷て
        朝日峰
(ね)向かう 露の笹原


読書:「ご隠居さん」野口卓 著
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「壺石文」 下 18 (旧)二月三日、四日

(散歩道のグラジオラス)

グラジオラスはまだ自分が故郷に居るころ、もう半世紀以上前になるが、親父が日曜百姓で借りた畑で、毎年のように作っていた。今のようにカラフルでは無かったが、切り花を御近所に配ったりしていた。我が家の近所では写真のような色のグラジオラスをよく見かける。

午後、夕立でかなり雨が降った。草薙球場では藤枝明誠と日大三島の決勝戦が、雷雨で3時間近く中断するなど、大変な試合で、スコアも23対10と、文字通りどろんこゲームとなり、藤枝明誠が優勝した。夕方、車で出かけたら、外気温25℃と涼しくなった。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

三日、昨日の朝明(あさけ)より、空掻き暗し、夕暮れかけて夜もすがらに、いや降りに降り積りたる雪の曙の景色いわん方無くをかし。

   寺々の 鐘の音冴えて 杉村(群)
        雪より白む 暁の空


心あらん人に見せばやと思うも甲斐なし。よう/\に、朝寝(あさい)あるじも驚きて、眠(ねぶ)たげなる顔、打ちもたげ、枕上なる文(ふみ)でもて、我居たる南面の学の窓に入り来て、うちつけに硯に向いて、後(しり)加えがちなるも、またをかしかし。
※ 驚く(おどろく)- 目覚める。
※ うちつけに - あっという間に。


   かつ散れば 咲き添う春の 言の葉の
        花面白き 雪の朝明け

※ かつ散る(かつちる)- 紅葉してかつ散る。(「紅葉且散る」俳句独特の用語。)

朝明け、かかる朝(あした)にも、なお懈怠せざる念仏心はまめ/\しきや。
※ 懈怠(けだい)- 仏道修行に励まないこと。

   雪清き つち響(とよ)むまで 打ち鳴らす
        木の洞
(うろ)くずの 声あわれなり
※ 木の洞(うろ)くず - 木魚のことを云うか?

四日、暁の鐘打ち鳴らして遣り戸そゝぎ開けてみれば、昨夜(よべ)も降り積もりたり。
※ 注ぐ(そそぐ)- 心・力などをそのほうに向ける。集中する。

   庭も狭に 継ぎてし降れば 待ち見ても
        珍しからぬ 雪の友垣

※ 庭も狭に(にわもせに)- 庭も狭しとばかりに。
※ 継ぎてし降れば(つぎてしふれば)- 止み間無く降れば。
※ 友垣(ともがき)- 友だち。(交わりを結ぶことを、垣根を結ぶのにたとえていっ た語)


   梅の花 咲くかと見れば 色こそあれ
        香やは薫れる 二月
(きさらぎ)の空


読書:「変幻」今野敏 著
図書館から昨日借りて、今朝1時頃から読み始め、350頁の単行本を明け方までに読み終えた。この年寄をそこまで引っ張って読ませた、今野敏という作家に脱帽である。
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「壺石文」 下 17 (旧)二月朔日(つづき)~

(大代川の小魚の群れ立つ波)

夕方の散歩道、大代川の橋の上から、川面に小魚が群れ集って波立つところが2ヶ所見えた。写真にアップして撮ってみれば魚影も見えるかと思ったが、無理であった。波立ちは5分ほどで消えた。どんな魚の何の習性なのだろう。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

手づから写して、秘め置きたりけん、古今歌集をと取(と)う出て、片端ずつ問いもてゆく序でに、てにをはという事の意は如何にか侍ると言えば、己れ答えけらく、こは先達方も心々に解かれたるなりけり。さりけれど、何れも何れも肯(うべな)い難き。時毎にて侍り。菅雄、心を潜めて、年頃に(かうが)得たりと思う一節(ひとふし)、なきにしもあらざりけれど、このことよ、ふつに問う人もなかりければ、今始めて説き侍るになん。
※ 手づから(てづから)- 自分自身で。みずから。
※ 古今歌集 - 古今和歌集のことか?
※ 先達(せんだつ)- 他の人より先にその分野に進み、業績・経験を積んで他を導くこと。また、その人。
※ 考う(かうがう)- 習慣や暦・先例などに照らして事を定める。判断する。
※ ふつに - 絶えて。全く。


「て」は経(タテ)のつゞめ、「に」は緯(ヌキ)のつゞめ、「を」は終(ヲハリ)、「は」は始(ハジメ)の義(ココロ)ならんかと見ゆめり。今様の押し並べての俗説(サトビゴト)にも、万の事に首(ハジメ)尾(ヲハリ)の整わざる事を、てにはの合わぬと云うもこの意なるべし。しかあれば、歌文章の上のみにいう言にもあらざめりと覚ゆ、など猥り過ぎがわしう、答(いら)えすれば、
※ つゞめ(約め)- 短くしたもの。縮めたもの。
※ さとびごと(俚び言)- 世俗の言葉。俚言。俗言。
※ てにはの合わぬ - 助詞の使い方が適切でなく、文がおかしいさま。転じて、文章能力が低い、話のつじつまが合わないことなどを意味する。


しばし丸頭(まろがしら)を傾(かたぶ)け、躊躇(ためら)いて、うべ/\、知る侍らん/\。仏の経文の経も、聖人の経書の経も、経(たて)(ぬき)の義(ココロ)なめり。されば万の事、経緯始終(たてぬきはじめおわり)こそ大事なれ。こは動(うご)くまじき説(トキゴト)なりと、手を打ちて、愛(め)でののしりければ、
※ 丸頭(まろがしら)- 坊主頭。
※ うべ/\(宜宜)- なるほど、なるほど。


   色香知る 人を相見て 言の葉の
        初花開く 春の嬉しさ
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「壺石文」 下 16 (旧)二月朔日

(掛川市立図書館の近所で見かけたムラサキカッコウアザミ)

夜、電話があり、金谷宿大学の役員会は欠席ですかと電話があった。慌てて30分遅れで出席した。話が少し前に進んだようで、何よりである。要項の検討に入るということで、その部会に出ることになった。

会が終って、囲碁の教授のNさんが古文書を読んで貰えないかと声を掛けられた。何でも天徳年中の日付が入っているという。天徳年中と云えば、西暦957~961年の年号で、1000年以上前の文書である。それが本当なら、文化財級の古文書だと思う。見せて頂けるというので楽しみである。

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「壺石文 下」の解読を続ける。

如月のつきたち(朔日)、天気(ていけ)は良けれど、風荒らかに吹き、雪高く降り積りたりければ、寒さこよなし。長老は南阿法師と言いて、最上わたりの人なるが、この二年ばかり、こゝに来居て、この寺の主だち、物すとぞ。廿ばかりの若人なるが、いと雅びやかに自重なる本情にて、仏に仕うる。
※ 如月(きさらぎ)- 陰暦で二月のこと。
※ 自重(じちょう)- 言動を慎んで、軽はずみなことをしないこと。
※ 本情(ほんじょう)- そのものに本来そなわっている性質。


六時の念仏の、晦(つごもり)には、書見、歌詠み、物書き遊(すさ)みなどして、おほな/\(ねんご)ろなりければ、うらやす(心安)げなる心地して、こゝに日数を巣喰いにき。
※ 六時の念仏(ろくじのねんぶつ)- 一昼夜を六分して、晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜の六時に分けて、この時間ごとに念仏などの勤めをする修行のこと。
※ おほな/\(おおなおおな)- 心を込めて。ひたすらに。
※ うらやす(心安)- 心が安らかなさま。


おさ/\訪いくる人も有らざりければ、ただ二人のみ向かい居て、昼はひねもす、夜はよもすがら、埋火(うずみび)の灰、掻き崩しつゝ、唐の、大和の、天竺の、尊く奇(くす)しき法の道、麗しう雅たる古代の手ぶり、(さ)れたる今様のおこ物語など、或るは同じ心に言いしろいつゝ微笑まれ、或るは、こと/\に思い取りて、論論(あげつろ)いつゝ、かたみに(互いに)腹立ち演ずる折節も混じりて、様々をかしさ業なりけり。
※ 戯れたる(されたる)- たわむれの。
※ おこ物語(おこものがたり)- まじめで賢明な人物でなく、人を笑わせる愚か者などを主人公とした物語。
※ 言いしろう(いいしろう)- 言い争う。言い合いする。


登れば下る稲舟の事など、問いみ、語りみ、強いて留むるにしも有らざめれど、この月ばかりとを思いなれど、如何あらん知らずかし。五夜行い、果てぬる頃おいは、風もやゝ治まりて、少し暖かげなり。
※ 稲舟(いなぶね)- 最上川で使われた幅の狭い船。


読書:「一九戯作旅」野口卓 著
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「壺石文」 下 15 (旧)一月廿七日(つづき)~

(散歩道のムクゲ)

「壺石文 下」の解読を再開する。

ここまで来て、菅雄さんは初めて、自分のことを語る。「古文書に親しむ(経験者)」の受講者、服部菅雄さんの子孫にあたるH氏の話では、服部家に婿養子に入った菅雄さんは、結局家業を傾かせ、何もかも放り出して、「壺石文」の旅に出てしまった。御先祖の菅雄さんのことを色々と調べながら、菅雄さんの行状を認められない、H氏の複雑な心情は聞いてはいたが、ここで、菅雄さんの口から、当時の事情の一端を聞くことになる。

あるじの長老も野郎も、物へ物して、ただ独り、つれづれと(なが)暮らす古寺の雪は、道踏み分けて、さらに訪い来る人も無きまゝに、および(指)を折りて、かき数うれば、あわれおとつとせ(一昨年)長月ばかりの事なりけり。
※ 野郎(やろう)- 若い衆。
※ 物へ物して(ものへものして)- どこか、仏事でもあって、揃って出かけたのであろう。
※ 詠め(ながめ)- 歌を詠じること。
※ および(指)- ゆび。
※ 長月(ながつき)- 旧暦9月の異称。


世の中おかしからず、身を用無きものに思いなりて、かつがつ、病(やまい)付ける心地しつれば、妻子(めこ)の諌めをも聞かず、世の誹(そし)りをも思わず、湯浴みせず、梳(くしけづ)らざりければ、髪も髭も垢づきて、ひた乱れに乱れにたりき。
※ おかしからず - つまらない。
※ かつがつ(且つ且つ)- 少しずつ。


空ん事だに物憂きまゝに、おふし立てぬれば、木の葉を着ざる山人と見えて、我ながらも、むくつけく覚ゆ。今は、よう/\(つか)にも余れるが、半ば過ぎて白うさえなりぬれば、鏡を照らして掻き撫でて見るには、つれづれなる折り/\の心の(なぐさ)の一草(ひとくさ)なりけり。
※ 空ん事(そらんごと)- そらごと。つくりごと。
※ おふす(生ふす)- 生(は)やす。伸ばす。
※ 木の葉を着ざる -(参考)「木の葉衣」木の葉をつづって作った衣。仙人が着るという。
※ 山人(やまびと)- 仙人・世捨て人。
※ むくつけし - 気味が悪い。むさくるしい。
※ 束(つか)- 手の指の巾、四本分の長さ。8センチほど。(ここでは髭の長さを示す)
※ 慰(なぐさ)- 心を慰めるもの。なぐさめ。音から「七草」に通じる。


  氷の肌(はだへ)、何ならん、
  雪の髭こそ、目出たけれ、
  はこやの山の、山人と、
  人も見るがに、老いてけり。
※ はこやの山(藐姑射の山)- 中国の想像上の山名で、仙人(せんにん)が住むとされる。


読書:「人生の一椀 小料理のどか屋人情帖1」倉阪鬼一郎 著
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市野村出入の一件(4)、終り - 古文書に親しむ(経験者)

(掛川図書館近所のユリの花〈ソルボンヌ〉の群落)

午後、掛川図書館主催、第2回の「お茶と文学者」講座に出席した。今日出されたお茶は、玉露であった。文学講座として受けたつもりであったが、文学講座には少し物足りない。かと言って、お茶のインストラクターが講師だから、お茶に詳しいのかと思ったらそうでもなさそうである。もう一回あるので、感想は3回目が終ってからにしよう。

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「市野村出入の一件」を続ける。

一 三月十九日夜、忰儀、内匠方に禁錮致され候土蔵逃出し候趣、行衛相分り申さざる段、内匠方より沙汰これ有るに付、生死計り難く、早速罷り越し掛け合い、相尋ね申したく候えども、何分無頼の者ども集り居り、又候(またぞろ)私へ何様の儀計り難く、忰行衛相尋ね候内、一子生死心痛仕り、それより病気に付、久々親類に引籠り居り候処、
※ 久々(ひさびさ)- 久しく。


息子の龍太郎さんは土蔵から逃げ出したというが、自宅へ帰った様子がない。いったいどこへ行ってしまったのか。「市野村出入の一件」の古文書が外にも幾つもあるが、そのどこにもその情報がない。内匠方で殺されてしまったと考えられる。150年も前のことながら、心配なことである。

尾州様御添翰、願い書とも御返納方、延引に及び候間、代人を以って、四月三日返上仕り候処、内匠儀は当村百姓引連れ、信州へ出去され仕り候に付、何の掛け合いもこれ無く、閏四月朔日出立、同十日京都へ着き仕り、浜松藩へ属して、太政官へ御願い申し上ぐべき心程にて、右御藩へ御伺い申し上げ奉り候処、
※ 出去(しゅっきょ)- 外に出る。
※ 太政官(だじょうかん)- 明治維新政府の最高官庁。慶応四年(一八六八)閏四月の政体書により議政官以下七官を置き太政官と総称、翌年の官制改革で民部以下六省を管轄。
※ 心程(しんてい)- 心情。心の中にある思いや感情。


三州吉田宿、御裁判所へ罷り出、御願い立て仕り、漸く六月朔日、願い書御取り上げ、早速右京之進御引っ立てにて御吟味中、六月十七日、御裁判所御廃止相成り申し候に付、一同帰村仰せ付けられ候。

一 八月廿八日早朝、浜松藩へ朝廷より内匠儀、御不審の次第これ有り、大勢御召捕り方御出張りの砌り、何れの者や、炮発致し、捕り手の者壱人、打ち殺し申し候。右に付、内匠家内残らず御召し捕り相成り申し候儀に御座候。その余、御尋ねの儀は口上にて申し上げ奉り候。
※ 炮発(ほうはつ)- 発砲。

右の通り御尋ねに付、始末申し上げ奉り候、以上。

                   遠州長上郡
                    市野村
                     名主心得
 明治弐巳年十月十五日             喜伝次
                     差添組頭
  静岡御役所                 平七

※ 静岡御役所 - 時期的に見て、徳川宗家の静岡藩の郡役所、あるいは奉行所と思われる。

以上で「市野村出入の一件」を読み終える。同一件については、まだ別の古文書もあるので、何時か教材に使おうと思う。
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