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上越秋山紀行 下 5 四日目 和山 3

(散歩道の赤い星 / ルコウソウ)

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

また一人の少婦は肥え太り、種瓢のごとき足を炉中へ投出し、これもまた鶉の衣におどろの髪、油も附けず、赤黒き芋縄にて結び、木櫛一枚差したと云えども、平家の落人ならば、これや鳥坂山落城の、かの樊額女血脉の果てかして、鼻筋低く、頬高く、此評は略して具(つぶさ)に記さず。
※ 種瓢(たねふくべ)- 種子をとるために残しておくヒョウタン。
※ おどろ(棘)- 髪などの乱れているさま。
※ 樊額女(はんがくにょ)- 板額御前(はんがく ごぜん)。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての女性武将。城資国の娘。日本史における数少ない女武将の一人。巴御前と並び称せられ、「巴板額」と称せられた。一説では、不美人の代表とされる。
※ 血脉(けちみゃく)- 血脈。血筋。


さてもこの家の老人に、この村の往昔を問うに、平家の落人の栖(すみか)となす。河向え(向う)の大秋山は卯の凶年に飢死、八軒ともに断絶して、跡方もなきと云うども、この秋山と己(うら)が村は、惣秋山の根本にて、昔はこの村二十二軒、またこの村端れの高い上の台にも、家二十一軒ありて、大村なれども、四十六年以前までは。中絶して今では纔かに五軒切りだと云う。

兎や角、噺の内に、この村の者一人来たり。ハア山へ行くと誘い行く様子。荷掛け棒を携えて、背中に猪(いのしし)の皮を着たるは、腰懸け、たばこ吸うに、この村の氏を問うに、皆な山田と答う。この家の老人は己(うら)山田の惣本家にて、山田彦八と云うで、この五軒の村の惣本家。昔の二十軒余は家持ちだと云う。

   少婦景迹頗似鶉     少婦の景迹頗る鶉(うずら)に似たり。
   宛如襁褓着褥茵     宛(あたか)襁褓の如き褥茵を着る。
   親父山田申彦八     親父、山田彦八と申す。
   先祖平家唱落人     先祖は平家の落人と唱(とな)える。
   由緒系図皆返古     由緒、系図は皆な古えに返える。
   分家九族多没泯     分家九族は多く没泯
   襄中雖無金銭餖     褱中、金銭の餖(たくわえ)無きと雖も、
   粟稗津山不知貧     粟、稗、澤山にして貧を知らず。
※ 景迹(きょうじゃく)- 人のおこなったこと。行状。(「ありさま」とルビあり。)
※ 襁褓(むつき)- おしめ。おむつ。
※ 褥茵(じょくいん)- しとね。敷物。
※ 没泯(れい)- 泯没。消え失せる。(「たいはて」とルビあり。)
※ 褱中(かいちゅう)- 懐中。ふところ。


また問う、この地は年中食物は何が沢山に用い候やと聞くに、栃を飯にしたり、稀れに餅にも杤を搗くと云いながら、若い男に向い、貴様(うぬ)は先へ行(いかず)と云う。また若い男、一つにと云うを、直(じか)に行(いくい)もうと、予が適々(たまたま)(おとな)いたるを、深切に相手になって残り居る。
※ 一つに - 一緒に。
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上越秋山紀行 下 4 四日目 和山 2

(大代川、番いのカルガモ)

昨日、購入した冷凍庫が今日の午後、配達されて、廊下の隅に置くため、電源の工事を、増築の時にお世話になった電気工事屋さんに、早速やって頂いた。これで干柿を心置きなく冷凍保存が出来る。

午前中、女房の在所から頂いた渋柿の残り、52個を干柿に加工して干した。これで、合計308個となった。

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

(あまつさ)え、言葉も里振り、鄙(ひな)めくと云えども、秋山の言葉ひとつもなく、かゝる深山幽谷を像(かたど)り、乕(虎)狼野牛の栖(すみか)とも見ゆる、薦(こも)垂れの内に育ちながら、尋常ならぬは、豈に労(いたま)しくからんや。また蓼好く虫とや云はむ。
※ 蓼好く虫(たですくむし)- 諺「蓼食う虫も好き好き」辛くて苦い蓼を好んで食べる虫がいるように、人の好みは多様性に富んでいるということ。

  秋山の 美人は蓼(タデ)の さとう漬け
    甘いようでも いか
(如何)辛いなり


    玉貌蛾眉勝盡図    玉貌蛾眉勝盡図
    唯惨鶉衣鬢髪踈    唯、惨(みじ)めな鶉衣鬢髪(あら)
    遮莫秋山随一美    遮莫、秋山随一美
    総黌玉母白雲廬    総玉母白雲廬
※ 玉貌(ぎょくぼう)- 玉のように美しい容貌。
※ 蛾眉(がび)- 蛾の触角のように細く弧を描いた美しいまゆ 。転じて、美人。
※ 勝盡図(しょうじんず)- 景色のよいところを描き尽くした図。ここでは、美しい容貌のことを示す。
※ 鶉衣(うずらごろも)- つぎはぎした破れごろも。
※ 鬢髪(びんぱつ)- 頭髪。
※ 遮莫(しゃばく)- 「さもあらばあれ。」どうあろうとも、ままよ。
※ 黌(こう)- まなびや。
※ 白雲廬(はくうんりょ)- 白雲のかかるあたりの家。


  其二             その二
    綻破衣裳雖纏躬    綻(ほころ)び破れる衣裳、躬(み)に纏うと雖ども、
    天然娟貌漫和融    天然の娟貌、漫(そぞろ)和融
    無為此澗第一美    無為この澗(たに)、第一の美
    乕狼野牛在山中    乕(虎)狼野牛、山中に在らんとは
※ 娟貌(けんぼう)-「かおかたち」とルビあり。
※ 和融(わゆう)-「のどかなり」とルビあり。
※ 無為(むい)-「あぢきなし」とルビあり。つまらないの意。


  其三             その三
    茲有美人髪鬖髿    茲(ここ)に美人有り、髪鬖髿
    歌麿錦繪訦山婆    歌麿錦絵、山婆(やまんば)
    倩見辨天似薦薀    倩(つらつら)見る、弁天の薦(こも)に薀(つつ)むに似たり。
    希漬砂糖纏綾羅    希(こいねが)わくば、砂糖に漬けて綾羅に纏(まと)いんことを。
※ 鬖髿(さんさ)- 髪が乱れるさま。「かきみだし」とルビあり。
※ 訦(しん)- まこと。
※ 綾羅(りょうら)- あやぎぬとうすぎぬ。また、美しい衣服。
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上越秋山紀行 下 3 四日目 和山 1

(散歩道のメキシコハナヤナギ)

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

やゝ、和山と云う、纔(わず)かに五、六軒の、家も抹踈(まばら)に営みて、それさえ二軒と並んだる隣もない、いと淋しき晩秋の落葉、ちまた(街)に散り敷き、秋風笠の端を吹き揚げて、峰伝う猿に、腸を断つばかりなる、物わびしき孤村に、往き労(つか)れて、通りかゝりの草の家に立ち寄り、
※ 腸を断つ(ちょうをたつ)- 中国、晋の武将、桓温が三峡を旅したとき、部下が捕まえた子猿の母親が百里余り追いかけた後死に、その腹の中を見たところ腸がずたずたにちぎれていたという故事による。
※ 孤村(こそん)- ぽつんと離れて存在する村。


中食せんと、折柄午時と見え、みそじ(三十路)ばかりの中年の女と、はたちばかりの女、二人、大なる爐(いろり)の稗餅やらん、漬け菜を椀の蓋に盛り、両足を炉にさし込み、喰い居たるに、また六十余りの老人、山畑挊(はたらき)して昼上りと見え、洗足もせず、横座に平坐し、同じく焼餅を喰う。

傍に、桶屋はきょうはなぜ蕪(かぶ)雑水(炊)せぬと問うに、適々(たまたま)の日和にて、刈ものが世話(忙)しいから、今朝こしらいたる焼餅きりと云う。その大きさ我等か家にて餅(餡)焼餅の四つ位も合した大きさなるを、直二つにして喰ふ躰、鬼女の如く、我等は焼餅を焚火にて、木火箸取って火掻よせ温め、その内に出流れの茶を湧かして、大きなる下品の垢付たる茶碗に、煤け色の茶を出し呉れぬ。一口味わうに、木皮でも煎じ出したる如く、一口も咽(のど)へ通らず。
※ 煤け色(すすけいろ)- 薄い墨色。

吐くも笑止(おか)しく、漸々ひと口切にて、この程は長途に、茗を呑むと疝気に障ると偽りて、俄かに白湯(さゆ)を湧かさせ、焼餅を右の茶碗に湯漬にして、打違いより栗毛の菜を腸(はら)用意し、家内を予(あらかじ)め窺い見るに、この三十ばかりの婦(おんな)は、老人の噺の内に、兄は畑より帰らぬとあれば、その妻ならん。
※ 長途(ちょうと)- 長い旅路。
※ 茗(めい)- お茶。
※ 疝気(せんき)- 下腹部の痛み の総称。胃炎,胆嚢炎あるいは胆石,腸炎,腰痛などが原因となることが多い。


自堕落の住居に、幽霊の如き乱れ髪からげて、結び揚げたばかりに、衣類は衽(えり)も長(た)けも短く、腕(かいな)も見え、脛(はぎ)も見ゆるばかりなる、破れたるを着ると云えども、その容勝れ、鼻程よく高く、目細う、蛾に似たる黛、顔はこれに日黒むと見ゆれども、鐵水付けぬ歯は雪よりも白く、若人は一目に春心も動かす風情、宛(あたか)も泥中の蓮の如く、雨に綻(ほころ)ぶ芍薬(シャクヤク)の風情に似たり。
※ 自堕落(じだらく)- 雑然としていること。
※ 蛾に似たる黛(まゆずみ)- 蛾黛(がたい)。蛾眉。美人のこと。
※ 鐵水(かね)-鉄漿。お歯黒。既婚女性が歯を黒く染める化粧法。
※ 春心(しゅんしん)- 好色な気持ち。春情。
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上越秋山紀行 下 2 四日目 上の原 2

(散歩道の茶の花)

茶畑で花盛りなのは肥料が足りないためだとか。かつては茶の花は恥ずかしいものとされて、気にしたお婆さんが摘んで回ったという。今はどの茶園も花盛りのように見える。地味な花だが、良くみれば黄色いおしべが白い花弁より目立って面白い。

昨日書き漏らしたが、女房の在所から頂いて来た渋柿、56個を干柿に加工した。これで、合計256個である。

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

一、二遍ずつ読み聞かせ、予、この男に云う、さても秋山中に梅の木は壱本もないと聞く。夜前、小赤津で噺には、春は鶯も沢山鳴くげな。鶯ばかりで、梅のない村は面白からず。殊更、小赤津、この上の原、和山、屋敷の村々は、取りわけ平家の後胤(子孫)と聞くからは、文字なども覚えて能(よ)さそうな事なり。里には天神宮を祭りて、梅なき家には梅の花の枝でも備えて祭る。
※ 夜前(やぜん)- 前日の夜。昨夜。ゆうべ。
※ 天神宮(てんじんぐう)- 菅原道真を祭る天満宮。学問の神様。道真が大宰府に流されたとき、
  東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘れそ
と詠んで、飛梅伝説ができ、天満宮に梅が付きものとなった。


これ読書の神にて、御の歌にも、
※ 宣(せん)- 天子や神が意向を述べること。

  梅あらば 賤しきこんな 伏家まで
    我立ち寄りて 文字を教えん

※ 伏家(ふしや)- 屋根の低いあばらや。

とあれば、梅の木植へてこの神を祭らば、こんな短尺(たんざく)の文字はわかると教えて、

    秋山到處更莫梅     秋山へ到る処、更に梅莫(な)し、
    流石天神不祚来     流石(さすが)天神も来らせず。
    扨社無筆文盲衆     扨(さて)、無筆文盲衆(おお)く、
    短尺逆取見事獃     短尺、逆に取って見ること、獃(おろか)なり。
※ 更に(さらに)- 全く。全然。
※ 祚(そ)- 天からくだされる幸福。福禄。
※ 社(しゃ)-(天神社のある)村社会。


梅に鴬と云う事は、己(うら)も聞(ちい)たが、春は梅はなけれど、里よりも、うぐいすは沢山、戸口まで来る。楳(梅)は里地より三、四層倍寒い処だから、育て申さぬと云うに、能くこの家の様子を見、残る十二軒の家へ立寄りなば、なお興ある事もあらんと、

  大黒の 柱も見えぬ ほっ立て家
    びんぼう神の 住居とや見る

  ほっ立ての 壁の替りは 茅かきて
    これや尾花の 宿とや云ふらん


また湯本は川西にて、遥かに秋山の留めなれば、途(みち)急いで往く程に、村家の辺りのみ、例(おおむね)に山畑広々と、或は茫々たる茅野の中に、栃の木の大樹、独立する如く、亭々として、帆柱の立ちたる風情もあり。または朦朧たる大樹原も過ぎ行く。
※ 亭々(ていてい)- 樹木など の高くそびえているさま。
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上越秋山紀行 下 1 四日目 上の原 1

(夕陽に、光の筋が見える)

「天使の階段」の逆バージョンだが、これも「天使の階段」と同じ現象だという。今夜は予報では雨になるらしい。本来ほぼ平行な太陽光が、ここでは放射線状に見えている。このあたりに「天使の階段」の出現の秘密があると思うのだが。

今日より、「上越秋山紀行 下」の解読を始める。

    秋山記行 二
上の原となん、家数十三軒なる、とある草の家へ立寄り、茶を乞うに、齢五十ばかりの婦、破れたる衣をかゝげ居たるが、俄かに鉄の薬鑵より、出流れの渋茶、茶碗にこぼるゝばかり、大なる白木の盆に乗せて出しぬ。
※ 出流れ(でながれ)- 出がらし。

  笠脱いで しばし休らう 草の庵に
    蓑虫に似た 女子(おなご)茶を出す


何れ秋山は、飲食ともに里地よりも多き所なるべし。また煙草の火を乞うに、燃える火の付きたる、八、九尺ある柴の先、差し出しぬ。これや甚だ興に入り面白ければ、

  たばこの火 遣り放しにぞ さし出(い)だす
    赤旗に似た ほだの長さよ

※ 赤旗(あかはた)- 源氏の白旗に対して、赤旗は平氏の旗であった。ほだの先に燃える火を赤旗と見たのであろう。
※ ほだ(ほだ)- 炉やかまどで焚くたきぎ。小枝や木切れなど。


(すべ)てこの辺りは、取わけ多者粉(たばこ)盆などとは、夢にも女童部は知らず。案内の桶屋が噺なり。況んやその余をや。また傍らを見るに、戸板などは皆大樹の一枚皮を横に、直(すぐ)なる小木の枝を、前後より四通りばかりも、細き縄にてに結わえ付け、故に茅壁などは尚更や。
※ 女童部(めのわらわべ)- 女の子。少女。
※ 乳(ち)- 羽織・幕・旗などにつけた、ひもやさおを通すための小さな輪。


最早(もはや)四つ(午前10時)過ぎと見えて、この婦、蕪の根ようのもの、鍋に切り入れ込んだるを、蓋(ふた)して煮立て頃なるべし。稗(ひえ)の粉やらん、一、二合入れて掻き回すにぞ。これやこの辺りの雑水(雑炊)とかや。

暫くありて、二十ばかりの男、鎌腰にさし、粟は門先におろし、内へ這入る。

  つらの皮 足の皮まで 厚きよう
    はだしであり(歩)く 秋山の人


素足に洗足もせずして、莚(むしろ)のうえに平座して、そんた(其方)衆、此様(こっかい)な処へ能(よ)う来なった。時宜の挨拶に、短尺四、五枚書いて、茶代にさし出しぬ。この男は何んと云うもんだ。読んで呉(くん)なされと云う。
※ 平座(へいざ)- 楽な姿勢ですわること。あぐらをかくこと。
※ 時宜(じぎ)- その時・場合にふさわしいこと。
※ 短尺(たんざく)- 短冊。和歌・俳句などを書き記すための、縦長の料紙。

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江戸繁昌記初篇 72 初編の終りに 2

(散歩道のローズマリーの花)

ハーブのローズマリーであるが、ネットでみると、「香辛料としての使用量程度であれば問題はないが、人に対し大量使用した場合の薬効作用に関しては、信頼のおけるデータは無い」とあった。えっ、そんな程度で使用されているのか。それは、毒薬にもなりうるということなのだろうか。

江戸繁昌記初篇の解読の最終回である。

これを久しうして、終に水虎(河童)の屁気を聞く(嗅ぐ)。予の鼻を掩(おお)いて、嘆じて曰う、水虎もまた水物なり。水原(もと)金を生み、彼の臭変じて、この臭に之(ゆ)く。固より理無きとせず。抑々(そもそも)富まんなるや。この都の繁昌、かくの屁気を輯(あつ)めて、以って太平を鳴らすこと、今なお続きて梯子屁を為す。未だ最後の一屁、何れの時に放了するを知らず。
※ 梯子屁(はしごべ)- 続けざまに出る屁のこと。

近世物價(価)漸く貴(高)し。浴場銭十文、今二文を益(ま)す。屁價(価)もまた、然らん。然も未だ聞かず、その益す所、一首幾銀を加えるを。但し聞く、今年衆屁中、最も一大屁を放つ者、十五金を捐(す)つと。嗚呼、炮家者流をして、これを聞かしめば、彼必ず言わん。如(も)し、この費(ついえ)を以って、これを我に放たば、なお能く一大敵船を粉すべしと。
※ 炮家(ほうか)- 砲術家。
※ 者流(しゃりゅう)- その仲間の者。その連中。


嗟々(ああ)、屁もまた太平の物にして、且つ、これ等の大屁を放つ輩、この都を除くの外、悪(いずく)んぞ、数有るを見ん。都下の繁昌、嗅ぎて知るべきもの、これなり。

茂杏君、斯く篇に題するに曰う、
   皎骨未容豪世塵   皎骨、未だ世塵を豪(おご)ることを容(ゆる)さず。
   貧寠守節徳親珍   貧寠、節を守りて、徳親(みずか)ら珍とす。
   窮膓不冩離騒恨   窮膓離騒の恨を写さず。
   綵筆翻鳴盛代春   綵筆、翻(ひるがえ)って鳴らす、盛代の春、
   擲地應聴金石響   地に擲(なげう)たば、聴く応(まさ)に、金石の響き、
   開厨恰看丹青新   厨(台所)を開いて恰(あたか)も看る、丹青(色彩)の新たなるを、
   凌雲賦就知音少   凌雲就いて知音少々、
   為惜無人起隠淪   為めに惜しむ、人の隠淪を起す無きを。
※ 皎骨(こうこつ)- きよく、信念を曲げないさま。
※ 世塵(せじん)- 世の中の煩わしい雑事。俗事。
※ 貧寠(ひんる)- 非常に貧しいこと。また、貧乏をしてやつれること。
※ 窮膓(きゅうちょう)- 追い詰められた胸の中。
※ 離騒の恨(りそうのこん)- 「離騒」は、中国、戦国時代、屈原が、讒言によって追放され、失意の心境をうたった詩。屈原はその後、汨羅(べきら)の渕に身を投げる。
※ 綵筆(さいひつ)- 美しい詩文。
※ 凌雲(りょううん)- 超然として俗世間の外にあろうとする志。
※ 賦(ふ)- 詩歌。
※ 知音(ちいん)- 互いによく心を知り合った友。
※ 隠淪(いんりん)- 世をのがれて隠れること。


賞誉、情に過ぐ。居士赧慙悦ばず。君の笑いて曰う、また所謂(いわゆる)水虎(河童)の屁のみ。奈何(いか)んぞ、徳を累さん。請う、徳を累するの戒を奉ぜん。曰う、戒めよや、子、これを頒(わか)って銭を収め、書画会人、香豆賦僧、一般の様子を為すこと勿(なか)れ。
繁昌記初篇終り。
※ 賞誉(しょうよ)- ほめたたえること。
※ 赧慙(たんざん)- 恥じて赤面すること。
※ 香豆賦(こうずふ)-「なっとうくばり」とルビあり。


終りを無理やり屁の話に例えて結ぶ当たり、変骨精軒居士の面目躍如といったところである。
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江戸繁昌記初篇 71 初編の終りに 1

(庭のドウダンの紅葉)

昨夜、東京では「木枯らし一番」が吹いたという。めっきり涼しくなって、庭のドウダンの紅葉も進んだ。

午前中、女房の在所の渋柿の残りを収穫してきた。150個ぐらいあったであろうか。早速、その内、48個を干柿に加工して干した。これで、今までの合計が、ちょうど200個になった。

江戸繁昌記初篇の解読も今日を入れて2日で終える。一冊に2ヶ月半掛かった。今までで最長である。江戸繁昌記は6編まで続くが、気分を変えて、次に解読する本は、「上越秋山紀行下巻」とする。上巻は江戸繁昌記初篇の前、8月に読み終えた本である。下巻はその続きとなる。江戸繁昌記の2巻以降はいつかまた読むことになるであろう。

     (初編の終りに)
友人川口氏来る。案(机)上に就きて、繁昌記を読み、哂(わら)いて曰う、篇中、大師に賽する一医生ある者は、豈に我を写すに非ざることを得んや。

予曰う、何ぞ必ず然らんや。僕、固(もと)より、門を売り、衣を売り、媚を売り、薬を売る者と交わらざれば、則ち、識る所の医流は、並びにこれ隻眼、先生豈に独り。兄を写すと為(おも)うや。但し、兄が著わす所の「断痘発揮」「傷寒復古」等の書に因って、これを言わば、兄が隻眼殊に大なりと為さんのみ。
※ 隻眼(せきがん)- ものを見抜く眼識。すぐれた識見。
※ 兄(けい)- 二人称の人代名詞。男子が手紙などで親しい先輩や友人などに用いる敬称。


因って思うに、兄が当今世に居る医の為したることを欲せざるは、甚だ快し。然もこれを以って、これ為さば、終身或は術の施すべき無からん。世間、具眼の病人少なし。我が隻眼を如(し)く、何んぞ如(し)かず。この大隻眼を以って、これを観物師に鬻(あきな)うは、必ず万金を得ん。便(すなわ)ち、兄(けい)の一生を安着して、僕もまた余沢を沐さらんなり。相視て大いに笑う。心に逆うこと莫れ。
※ 具眼(ぐがん)- 物事の本質を見抜き、是非・真偽などを判断する 見識をもっていること。
※ 観物師(みものし)- 見世物屋。
※ 沐す(もくす)- 浴する。恩恵などを受ける。


嗟乎(ああ)、この大都会内、似る者何んぞ限らん。篇中、士を曰い、商を曰い、僧を曰い、儒を曰う。皆、情を以って推すのみ。豈に必ずその人有りて、これを模せん。似るを以ってこれを責めば、居士、将に辞(ことば)は無かれと。

篇中収録する友人の詩賦、皆な吾が臆記する所のものに係る。その得意の作には非ざるなり。何ぞや、如(も)し初めよりこれを告げば、その采録を許さざるを恐るゝゆえ尓(のみ)。且つ吾が辞藻無き、固(もと)より、一字を筆削すること能わざれば、則ち当今名有る詩人、その集中、銭の多少によりて、琢磨、光を加える金玉なるものの如きには非ざるなり。
※ 臆記(おくき)- 記憶に基づいて記すこと。
※ 采録(さいろく)- 採録。取り上げて記録すること。
※ 辞藻(じそう)- 詞藻。詩文に対する才能。
※ 筆削(ひっさく)- 文章の語句を書き加えたり削ったりすること。添削。
※ 琢磨(たくま)- 玉などをみがくこと。転じて、学問・技芸などを練り磨いて向上につとめること。


而して、或は聞く、金玉、暗に銅臭を帯ると。予の試みに、その集を借りて、これを嗅ぐ。果して信なり。嗅ぎて、小伝中、丈高く意深き処に至るに及んで、臭気もっとも甚し。奇なるかな。
※ 銅臭(どうしゅう)- 銅銭の持つ悪臭。金銭をむさぼるなど、金力にまかせた処世を卑しむ語。
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江戸繁昌記初篇 70 上野 10

(土手のイヌタデの花)

雑草と云う名の草はない。どんな雑草にも名がある。その小さな花も、気付けば、それぞれに美しい。

午後、金谷宿の「古文書に親しむ」講座に出席する。最後に講師より、来年より講師を私に託す旨、話があった。この講座はもう20年近く続けて来た。始めのころは生徒が5名に足らなかったこともあったと、話される。私も少し話をした。来年、皆んな変わらずに続けてくれればよいがと思う。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

今、牛耳を都下に執る。廩(くら)に腐れ栗有り。庖(台所)餘蔬を積む。なお屋漏に愧(お)じ、己れを欺き、更に財府を広めんとし、更に門閭を大にし、驕(おご)りを売りて、威を取り、脚力未だ病まざるに、故(ことさ)らに肩輿に駕し、名を売り貨を致し、益無き書を刊して、終に初めを改めず。老いて死なず。得にこれ在る戒めを乖(そむ)きて、公門を巡走して、衣裾を引くに苦しむ。
※ 牛耳(ぎゅうじ)を執る -(中国の春秋戦国時代、諸侯の盟約のとき、盟主が牛の耳を裂いて血を呑み誓い合った故事から)団体の中心となって自分の思いどおりに事を運ぶ。牛耳る。
※ 餘蔬(よそ)- 余った野菜。
※ 屋漏(おくろう)- 人の目 につきにくい所。(「屋漏に愧じず」は、人の見ていない所でも 恥ずかしい行いをしない。)
※ 財府(ざいふ)- 財(たから)の倉。
※ 門閭(もんりょ)を大にす - 子孫を繁栄させる。
※ 肩輿(かたこし)- 肩で担ぐ乗り物の総称。輿や駕籠などをいう。
※ 公門(こうもん)- 役所の門。


これを思う毎に、慚愧身に迫って、居(きょ)、居るを安ぜず。孔子面前、自ら罪の紓(と)くべきなきを知る。冀(こいねがわ)くば、大師慈を垂れ、周旋、予を救わんことを言えど、未だ畢(おわ)らず。

一僧、傍らより低い声、言いて曰く、貪道もまた仏家の罪人、衆善奉らず。諸悪妄(みだ)りに作(な)す、不如法なる者、極めて多し。便(すなわ)ち、大師面前、また罪の紓(と)くべきなきを知る。因って救いを孔廟に乞わんと欲す。然れども未だ、夫子もまた能く慈を垂れんや否やを知らず。請い問う、これを為さんこと如何(いか)ん。
※ 貪道(どんどう)- むさぼりの道。
※ 衆善(しゅうぜん)- 多くの善人。
※ 不如法(ふにょほう)-「如法ならず」。仏の定めたる法や道理の如くに行われない行為や考え方のこと。非法に同じ。
※ 夫子(ふうし)- 長者・賢者・先生などを敬っていう語。


先生(一宿儒)、顧(かえりみ)てこれに応えて曰う、吁々(ああ)、聖廟は厳(おごそか)なり。輙(たやす)く僧侶の入ることを許さず。子、これを何如(いかん)や。かつ、道同じにあらざれば、相為すに謀らずと。我躬(みずか)ら、られず。豈に子を恤(うれえ)るに、遑(いとま)あらんや。相視て大息して去る。
※ 閲(えつ)- 改め調べること。
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江戸繁昌記初篇 69 上野 9

(「ギャザーリング」と呼ぶ、寄せ植え)

先日、JAの集まりで女房が作ってきた寄せ植え。「ギャザーリング」というらしいが、雰囲気は、和の生花である。

夜、故郷の次兄より電話。柿の枝を取ってしまったことの断わり。枝を残すことは考えもしなかったという。今日残りの31個を作業して干した。(今までの計152個)熟し過ぎで、加工できなかったものが3個あった。こんなに作ってどうするのかと女房に言われた。どうするか、あんまり考えていなかった。

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

一壮男、身大に衣薄し。跪(ひざまづ)きて白(もう)す。近日運悪くして、を賭すれば、を出し、奇を叫べば偶に遇(あ)う。或は更に奇偶間出して射る所、中(あた)らず。今、旬月を渉る。百物典じ尽して、家を売り、妻を鬻(う)る。なお、負う所多し。
※ 一壮男(いちそうなん)- 一人の元気さかんな男。
※ 偶、奇(ぐう、き)- 丁半博奕では、偶数を丁、奇数を半と呼ぶ。茶碗ほどの大きさの笊であるツボに入れて振られた、二つのサイコロの出目の和が、丁(偶数)か、半(奇数)かを客が予想して賭ける。
※ 旬月(じゅんげつ)- 10ヶ月。
※ 典ず(てんず)- 質に入れる。


伏して願うは、仏力一臂の助け、好目をして十日連出せしめんことを。若(も)し、この如くにして已(や)まば、人を貨に殺越せざれば、則ち溝瀆経れ、これを知らるゝこと莫(なか)らんなり。
※ 一臂(いっぴ)- 片方の腕。転じて、わずかな力。少しの助力。
※ 好目(すきめ)- 好い賽の目。
※ 人を貨に殺越 - (「殺越人于貨」孟子)金品のために人を殺す。
※ 溝瀆(こうとく)- みぞ。どぶ。
※ 経る(くびる)- 縊死する。


宿儒来たり。再拝稽首して一紙の祭文を捧ず。辞に曰う、某月某日、某百拝し、謹んで青銅十二文のを以って、当山両大師の霊を祭る。その右文の世に生かし、幼きより儒書を讀み、経史百家は固(もと)よりなり。小説雑史も略々覧て、余すこと無し。
※ 宿儒(しゅくじゅ)- 年功を積んだ儒者。名望ある学者。
※ 稽首(けいしゅ)- 頭を地に着くまで下げてする礼。
※ 祭文(さいもん)- 祭りの際に、神にささげる祝詞。
※ 奠(てん)- 供え物。(ここではお金)
※ 経史(けいし)- 経書と史書。
※ 百家(ひゃっか)- 儒家、道家、 墨家、名家、法家などの学派。


然れども、これを以って口を糊する、言行齟齬せざるを得ず。時俗を追って、考證を奉ず。大学、中庸、徒らに異同を弁じ、剽竊雜鈔暗合の説、載せて大車に満つ。誠意正心、諸(もろもろ)を度外に置き、中の中たる、何如(いかん)を省(かえりみ)せず、幸いに虚名を収め、周旋米以って耕耡に代えるに足る。
※ 言行(げんこう)-口で言うことと実際に行うこと。
※ 齟齬(そご)- 食い違うこと。
※ 時俗(じぞく)- その時代の人情風俗。
※ 剽竊(ひょうせつ)- 他人の作品・学説などを自分のものとして発表すること。
※ 雜鈔(ざつしょう)- 諸々の写し取ったもの。
※ 暗合(あんごう)- 偶然に一致すること。
※ 度外(どがい)- 法度の外。範囲の外。
※ 周旋米(しゅうせんまい)- 「周旋」は、当事者間に立って世話をすること。とりもち。なかだち。「周旋米」はその手数料としての米。
※ 耕耡(こうじょ)- 土を掘り起こしてたがやすこと。農事を行うこと。
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江戸繁昌記初篇 68 上野 8

(昨日作ったみの柿の干柿の様子/たこ糸による細工の成功)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

武人頓首し言いて曰く、僕生れて武を好み、馬を馳せ剣を試み、武教全書を右にし、武門要鑑を左にし、甲越二流の兵学、今、その奥(義)を窮む。門徒三千中、に達する者、七十余人。日、相与するに、城を築き、陣を布(し)くの事を請(こう)ず。
※ 頓首(とんしゅ)- ぬかづくこと。
※ 武教全書(ぶきょうぜんしょ)- 山鹿素行の著した、山鹿流の兵法書。
※ 武門要鑑(ぶもんようかん)- 謙信流の兵学書。衆生済度や慈悲に根差した仏教思想を、武法体得の中に取り入れているのが特徴。
※ 訣(けつ)- 簡潔に言い切った秘伝の文句。奥義。
※ 与する(くみする)- 仲間に加わる。味方する。


常に恨む、不幸にして太平の世に生れ、羽扇を秉(と)り、天文を数え、四輪に駕し(乗り)三軍を麾(さしまね)き、八門遁甲、これをことに施すことを得ざることを。墜(遂)卒に席上に死せんのみと。今老たり。漸く前言の非なるを悟る。
※ 羽扇(うせん)- 鳥の羽で作った扇。諸葛孔明が軍の指揮を、羽扇を以ってしたことは有名。
※ 三軍(さんぐん)- 古兵法の先陣・中堅・後拒、または左翼・中軍・右翼。転じて全体の軍隊。全軍。
※ 八門遁甲(はちもんとんこう)- 中国に伝えられた卜占の方法の一つ。天地の鬼神が各方隅を循環して生殺するとの信仰から生じたもの。
※ 卒に(そつに)- にわかに。
※ 席上(せきじょう)- 座席の上。敷物の上。(「たたみのうえ」とルビあり)


願うは、天下太平、四海無事、羽扇、四輪の労を見ざらんことを。近時、節を折りて、儒生某に従い、七書の講義を受く。顧(おも)うに、二流の奥義、全くその囲範(範囲)中に在り。吾が秘訣と称するもの、その実は屁の如し。然るに誓いを立て、神を誣(し)い、年来この屁を伝えて、許多(あまた)の銀両を収むは、紙上の空談、傲然世を欺(あざむ)く。
※ 七書(しちしょ)- 武家七書。「孫子」「呉子」「尉繚子」「六韜」「三略」「司馬法」「李衛公問対」の七書。
※ 二流(にりゅう)- 甲越二流の兵学。
※ 傲然(ごうぜん)- おごり高ぶって尊大に振る舞うさま。


今にしてこれを思うは、神に戦(おのの)き汗出づ。自ら罪の重きを知る。懺悔に罪を滅すと聞く。願いは仏、かくの罪過を救いて、子孫繁昌、弥勒の世を終るまで、太平のを浴すらんことを。これ望む。これ望む。
※ 罪過(ざいか)- つみ。あやまち。罪悪。
※ 弥勒の世(みろくのよ)- 仏教で、弥勒菩薩がこの世にくだって衆生を救うとされる未来の世。
※ 澤(たく)- めぐみ。恩恵。恩沢。
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