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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 9 藤川の宿(五)

(散歩道のナデシコ)


一九之紀行の解読を続ける。

すでにその夜も更(ふけ)ったり。世間もひそまり、しん/\となりたるに、かの女どもは蒲団も踏み脱げ、大の字なりになりて、寝返る拍子に足をどっさり、一九が横腹に載せたるに驚き、ふっと目を覚まし見れば、女郎は居ずただ一人、有明の行灯(あんどう)は消えて、真っ暗闇、
※ 踏み脱ぐ - 布団などを足で蹴ってはぐ。

《一九》いめえましい。コリャ女郎めにかつがれたな。

 ト、ただ一人、小言を言いながら、せめての虫養いにと思い付きて、かの女の寝ている方へ、そろ/\と這いかけ、手をかけると、目を覚まし、
※ 虫養い(むしやしない)- 一時的に空腹を紛らすこと。また,その食べ物。他の欲望にもいう。虫押さえ。

《女》エヽ瘡かきめ、失せ居ったな。《一九》コウ俺だよ/\。
《女》エヽおぞい人でや。アレ何をさらす。
※ 失せ居る(うせおる)-「去る」または「来る」の意。その動作主を卑しめ罵っていう語。「失せ居ったな = 来やがったな。」
※ おぞい - 粗悪な。悪い。


 ト、はね起きて、かの薪雑把にて、それとは知らず一九が腰骨を、嫌という程くらわせる。

《一九》アイタヽヽヽ、コレ何をしやぁがる。

 ト、その手を捉(とら)えんとするを、女途方もなく力のある奴にて、一九を思うさま突き飛ばすと、後ろへどっさり倒れる弾みに、かねてこの二階、竹の簀の子にて、腐りたる所ありしにや、めり/\と踏み抜きて、どつさり下へ落ちたるが、この二階の下には、鶏の鳥屋ありて、一九はその鳥屋の中へ尻餅をつきたれば、かの鳥屋の莚を引っぱりし。縄切れて、そのまゝ一九も、鶏も、かまどの前へ落ち、大きに腰骨を傷め、さすりいるに、鶏もまた半死半生となりて、
※ 鳥屋(とや)- 鳥小屋。

《一九》アイタヽヽヽ。《鶏》ケヱコヽヽヽ。《一九》アイタヽヽヽ。《鶏》ケヱコヽヽヽ。

 ト、この物音に家内の者、目を覚まし、

《亭主》何でや/\。いと鶏が鳴きおるが、どうでや/\。
《二階の女》十太殿の、またわしが寐所(ねどこ)へ来さっせえて、天井抜きからかいて落ちさっせえたにで御座ります。
《てい主》ナニ、十太のやろうめが、ドレ/\。

 ト、亭主が起きて来る様子に、一九は早く逃げようとすれども、腰の骨が痛みて立たれず、這いかけんとすれば、鶏の鳥屋を繋ぎし縄、どうしてやら、一九の首筋へまといて、外さんとするに、一向外れず、まごついているうち、亭主あんどう(行灯)を提げて立たる。見るかい、大きに肝を潰し、
※ かい(会)- ちょうどその時。折。

《亭主》ヤア/\、首釣(吊)りがある。どなたも押さっせえて下さりませ。

 ト、喚き立つるこえに、皆々驚き、起き立ち、出来たり。
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 8 藤川の宿(四)

(挿絵)

(挿絵中の狂歌)
  生れえし 無筆のものも 人並みに
    旅の恥をば かきすてゝ行く     西郊田楽

※ 西郊田楽 - 椒芽田楽(きのめのでんがく)。江戸時代後期の戯作者。尾張牧野村の医師。名古屋の読み本作者として知られ、のち滝沢馬琴の門人となる。本名は神谷剛甫。

《一九》コリヤァ無用心な所だ。コリャアどこへ行っても、寝所がないには困る。悪くすると弐百、棒にふる詮義だ。マアこっちへ来さっし。

 ト、大勢寝ている上を踏み越えて、勝手の方へ出、裏の女をそっと招きて、

《一九》ナント貴様へ頼みがある。この通りで、一向寝る所がねえ。どうぞ貴様の働きで、この子と二人、寝る所はあるめえか。
《女》今夜はお泊りがやっとで、わしが等も、この二階へ上って寝おるでなぁ。そこでもよからずなぁ、おたこさん。
《一九》この期に及んで、どっこでも構わぬ。
《女》それなりゃ、こちへお出まいか。

 ト、すゝいたる梯子(はしご)をおろし、二階へかけ、女手燭を燈して案内する故、その梯子より二階へ上りて見れば、物置にて平生人も寝ざる所なれども、今夜、客大勢にて、台所の口までも詰りたる故、女どもの寝る所なく、この物置へ寝る積りと見え、莚敷きたる上へ、薄べりなどを敷きてあり。一九、そこに蒲団を下し敷くと、
※ すゝいたる - 煤けたる。

《女》お寒からずに、ま一つ蒲団をとって来ませず。

 ト、そこにある、真っ黒なあんどう(行灯、あんどん)へ火を移して、下へ降りて行く。

《一九》コリャア話の種だ。おいらはいゝが、こんな所に寝させて、おめえ気の毒だな。
《女郎》わし、うざってせず事がない。肝が煎れるでなァ。
※ うざい - あれこれとうるさい。わずらわしい。
※ せず事がない - せずようがない。どうしようもない。
※ 肝が煎れる(きもがいれる)- 腹が立つ。癪に障って気がいらいらする。


 ト、女郎は手水に行くと見えて、下へ降りる。この内、女、蒲団を持って来たり、着せる。

《一九》女郎衆はどうした。《女》今に来ませず。
 
 ト、この内、下より小女が蒲団と寝ござをかつぎ上げると、上より女受け取り、敷き並べ、小女と二人、そこに寝る様子にて、

《女》コレいつもの棒を持って来てくれさっせえたか。《小女》そこに置いたがなぁ。
《一九》コリャア、賑やかでいゝわえ。コウ、おめえ、その枕元へ、なぜ薪雑把を置くのだえ。
※ 薪雑把(まきざっぱ)- 薪にするために切ったり割ったりした木切れ。
《女》ヲホヽヽヽ、コリャわし所(とこ)の瘡かき男が、来おりてならんでなぁ。
《一九》聞こえた。夜這いをそれで、どやすのだな。コリャ酷いわ。

 ト、一つ二つ話す中、女どもは早や高鼾(いびき)、一九も昼のくたびれにて、思わず寝入りて他愛なし。

(この項続く)
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 7 藤川の宿(三)

(庭の住人、アマガエル)

昨日の夜から当地は涼しく感じる風が吹いて、ずいぶんとしのぎやすい。昼間の日差しは厳しいけれども、夜は外気を入れると寒いくらいである。庭に散水するとアマガエルがあちこちで鳴きはじめる。アマガエルはその昔子供が返したオタマジャクシから大量に発生し、我が庭を棲家にするようになった、我家の目立たない同居人である。もっとも30年以上も長生きするわけではないから、どこかで何度か代替わりしているのであろう。

一九之紀行の解読を続ける。

《蒟蒻屋の親爺》ハイどなたもお先へ、コリヤァ、兄くじと弟くじへ取るのだな。よし/\、南無奇妙頂礼大山不動明王、この鬮に当らせ給へ。その替り、私好物の品、何なりとも、一生人には、食べさせますまいとけつかる、ハヽヽヽ。サア/\この跡はどなた。
《つちや》俺だ/\、南無妙見大菩薩、このくじにお当て下さりましたらば、本堂建立すっぱりと致して上げます事は出来ませぬが、せめて石の鳥居御寄進もやっぱり出来ませぬから、その替り、提灯一対、これは急度さし上げます事も覚束ない。とんと間違いのない所は、十六文ただ捨てたと思って、絵馬壱枚さし上げましょう。どうぞ当りますように、お守りなされて下さりませ。サアいゝぞ/\、だん/\お順にこれへ/\。

 ト、居並びたる人、段々とくじを切り、仕舞いあとに一本残りたるを、

《一九》ドレ私が見て上げよう。《皆々》どうだ年増か、新造か。
《一九》ハヽァ、うまい盛りだわえ。《皆々》丁当りか、半当りか。
《一九》どっちかしら当りであろう。ドレ/\、廿壱番が残っているから、廿番と廿二番のお当り。
《蒟蒻屋》ヲツト、廿二番、こゝにおわします。
《今一人》廿番はわしが当ったに、コリャア、詰まらねえ。わしは痳病で、出入りは出来ねぇ。望みて人があらば、この鬮売ってやろうか。
《土屋》ヲヽ隠居、おいらが百文で引き受ける。
《隠居》とんだ事をいう。しろものを見なせぇ。コレこの子だ。
《女郎》ヲホヽヽヽ、やぁだにのう。
《一九》弐百、現銭(げんなま)で買いやしょう。
《隠居》負けてやれ。しゃん/\/\。
《一九》コリャ有難てぇ。サア女郎、郎(おとこ)はおれだぞ。おめえは名は何という。
《女郎》たこと言いますでなぁ。
《一九》おたこさんか。よし/\、サアこっちらへ来てくんな。

 ト、手を取っておのれが居所へ連れて来たり。ふとん敷きて寝ようとするに、そこにも早や、大勢床を取りて、押し合い寝かける。

《人々》コレ/\そんなもの、ここに寝さす事はならぬ。寝ると邪魔をして、よっぴと居寝かさねぇぞ。あっちへ行かっし。
《一九》コレハ情ないことを言う。どうぞ寝かして。
《皆々》イヤ/\、ならねぇ/\。
《一九》ハテ、邪見な。恋を知らぬ手合いだ。

 ト、寝間着の尻をからげ、布団一つ肩にひっかたげ、箱枕を二つ手拭にてくゝり、右の手にひっさげ、左の手に女郎を引っ張り、そこ、こゝをうろ/\、きょろ/\、

《客》アイタヽヽヽ、おれが足を酷く踏みやぁがった。
《一九》ハイ御免なせぇ、モシどうぞこゝらに、寝かして下さりませぬか。
《皆々》イヤ、ならねぇ/\。
《女郎》オヽ痛い。誰さんやら、わしの尻をつねらせえた。
《一九》コリャ、悪差礼(じゃれ)をしめえぞ。
《女郎》アレふとんをかぶせて、ひこずりこまっせる。

(この項続く)
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十返舎一九展と熱中症

(一九展のチラシ)

先の土曜日のこと。昼食にそばを作って食べた後、静岡で十返舎一九展があるというので出かけた。猛暑の真っただ中、金谷図書館で借りた本を返してから、国一バイパスに乗った。いまいち気分がすぐれないとは思いながら、野田インターを過ぎたころ、急激に気分が悪くなった。このまま運転するのは危険と思い、路肩の駐車帯に車を停めた。気分はどんどん悪くなり、胸のあたりがじっとしておれないような気分の悪さで、吐き気さえ催す。とにかく、今までにない経験であった。頭はぼ-として、食中りかなぁと思っていた。そう言えば、今朝から腹下しで、トイレに2度も行っていた。気持ちの悪さが胸から湧き上がって来るようで、自宅に引返そうと思っても、このままでは車が動かせない。助けを呼びたくても、携帯を自宅へ置いてきてしまった。

渋滞気味で、すぐ脇を車が次々に通るから、ドアを開ければ助けは呼べると考えながら、少しでも楽な姿勢を取ってみたり、色々試みながら20分もそこにいただろうか。何とか最悪の状態は脱して、気持ち悪さも少し治まってきた。これなら何とか運転出来そうに思い、車をゆっくり発進した。谷稲葉インターでUターンして、自宅へ何とか帰り着いた。女房に気分が悪くなって戻ってきたと話すと、それは熱中症だという。水分を補給し、アイスノンを枕にして、冷房の効いた部屋に休んだ。一時間も寝ただろうか。目が覚めると気分がすっきりしていた。

後で、女房の言う通り、あれがニュースを賑わしている熱中症なのだろうと思った。朝から気温が35℃位まで上がったであろう。午前中は冷房も入れずに、パソコンを前に「一九之記行」の解読をしていた。水分を十分取っているつもりだったが、腹を下していたから、水分が身体に十分に吸収出来ていなかったのだろう。いい経験をしたと思った。これで、熱中症になった人たちの気持もを理解できる。あの気持ち悪さは救急車の御世話になるのも無理はないと、今では理解出来る。対処が遅れれば、命取りになることも、納得であった。

諸氏も熱中症には十分気を付けましょう。

十返舎一九展は、翌日出直した。今年は十返舎一九生誕250年に当るとか、駿府生まれの十返舎一九は、物書きで生計を立てた、日本初の職業作家と言われている。会場は静岡浅間神社境内にある静岡市文化財資料館であった。展示内容はミニ企画展とうたっていたように、常設展示の中の、ささやかな展示であった。わざわざ、熱中症になる危険を冒してまで、足を運ぶほどの事でもなかった。

ちょうど、「一九之記行」を読み始めたところだったので、静岡の図書館で「一九之記行」の後半部分のコピーを取ってもらう序もあったため、立寄ってみたのだった。展示から、一九と言う人は才能のほとばしり出るような人で、戯作だけではなく、絵や狂歌など様々な分野に突出した才能を示したということは判った。
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 6 藤川の宿(二)

(一九之紀行の挿絵)

(挿絵中の狂歌)
  楽しみは とかく呑み喰い なればとて
    上戸酒盛り 下戸は飯盛り     十返舎


一九之紀行の解読を続ける。

《清治》コリヤ喧しい。時に聞いたような声がする。

 ト、唐紙の隙間より、隣りを覗き見て、
※ 唐紙(からかみ)- 唐紙障子の略。ふすま。

《清治》モシお前さんの御近所で、見たような人がおります。《一九》ドレ/\。

 ト、同じく覗きて、

《一九》イヤァ、あの薬鑵頭は、おいらが河岸(かし)銅壺屋だわえ。それにアノ壁を塗るような手つきして、踊っておるは、へっつい河岸の土屋の親父、あっちらにぶる/\と振るっている男は、幽霊橋の蒟蒻屋、ハヽヽヽこれは珍らしい。
※ 銅壺(どうこ)- 銅または鉄で作った湯沸かし器。かまどの側壁に取り付けたり、長火鉢の灰の中に埋めたりして、火気によって湯が沸くようにしたもの。

 ト、その唐紙をずっと開けて、隣座敷へ入ると、そのうちに、日頃心安き者、四五人ばかりも居て、皆々肝を潰し、

《銅壺屋亭主》イヤ、一九さんじやァねえが、コリャどうだ。
《土屋》ハヽア、この間から旅行と聞いたが、こゝで逢おうとは思いがけもねぇ。先ずは御機嫌の良過ぎる体、珍重々々。早速ながら持ち合わせた、一つあげ田のからくりとしやしょう。
《一九》これは忝(かたじけ)ありません。
《蒟蒻屋》ところで、お酌半四郎か、コリャういて来たわえ。とてものことに、たぼを二、三枚、入れればどうだ。
※ お酌半四郎 - 岩井半四郎は女形を代表する大看板であった。ここではお酌に女っ気のないことを言った。
※ たぼ - 若い女性をさす俗な言い方。

《つちや》イヤ、妙案がある。なんでも壱人前、銭五拾づゝ出しなせえ、わしが風をひかぬようにして、しまっておいた知恵がある。
《銅壺屋》その五拾づゝはどうする。
《つちや》ハテ、銭の集まっただけ、女らを買って酌をさして楽しんだ胴殻は、大坂くじにする趣向だ。
※ 胴殻(どうがら)- 肉を取り去ったあとの骨。がら。あら。
《蒟蒻屋》コリャ奇妙/\、今日は土屋が何を喰ったやら、無性にいゝ知恵が出る。胴八二人で、五十づゝ集めよう。サア/\臍の下縁弘法大師の御作、飯盛りの杓子如来本堂建立、御壱人前五拾銅ずつ、御信心のお方は施主にお付きなせえ。一代飯盛りの杓子当りよく、おたまじゃくしのような、頭がちな奴をも、かの貝杓子のうちへ、ずる/\
と、掬(すく)い取らせ給わんとの御誓願でござります。お志しはござりませぬかな。

 ト、喋り散らして、銘々より五十文ずつ取り集めて見れば、銭壱メ三百文ありける故、五百文ずつにて飯盛り二人を呼びよせ、各々車座になりて、大騒ぎに呑みかけ、果てはかの鬮(くじ)取りにせんと、講頭(こうがしら)の親爺ども、人数ほどくじをひねりかけ、燭台に結び付けて、

《つちや》サア/\座鬮は面倒だ、これから何でも席順にお切りなせぇ。どなたも、信心してお取りなせぇ。
※ 座鬮(ざくじ)- 本鬮をひく順番を決めるためのくじ。

ト、懐中の鋏を取り出し宛がえば、まず一番に切るは、

(この項続く)

判らないこと
「一つあげ田のからくり」おそらく、江戸の地口と思われるが、判らない。江戸では「あげ田のからくり」は有名だったのだろうが?
「大坂鬮」くじの方法に色々有るのだろうが、どんな方法か判らない。先を読むと何となく想像はできるが。
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 5 藤川の宿(一)

(庭のセミの抜け殻)

酷暑である。わが故郷の豊岡(兵庫県豊岡市)では午前中に37.5℃に達したと、お昼の全国ニュースで報じていた。熱中症で死者が出たとか。尋常な暑さではない。

一九之紀行の解読を続ける。

かくて、それより有松を過ぎ、芋川、今岡、一里山村などを打越え、早くも池鯉鮒の駅に至る。棒鼻の茶屋より、
※ 棒鼻(ぼうはな)-〔境界を棒杭で示したところから〕宿駅のはずれ。
《女》お休みなされ/\。
《駕かき》旦那、駕(かご)いらまいかい。安目でやらずに。
《一九》駕に乗るよりか、晩におやまにのるわ。
※ おやま -(上方で)遊女のこと。
《駕》イヤ、駕の方が結果でよからず。おやまは心よう乗せそうもない顔付きじゃな、ハヽヽヽ。

 ト、この内早くも、東西の矢作村を過ぎて、岡崎に至る。この所より、藤川への帰り馬を取って打乗り、急がするほどに、たちまち藤川に至り、この所に宿を取って泊る。

《宿屋の女房》お早う御座りました。サア奥へ御案内申しませず。

 ト、この内荷物も奥へ運ばせ、三人とも打通りて、

《清治》モシこの内には、美しいしろものが見えます。
《一九》ソリャ野暮でねえの。
《権八》えい新造でもあらば、わしもハイひとちよっきり、やらずいやァ。
※ ちょっきり- ほんのちょっと。ほんのすこし。

 ト、この内勝手より亭主出きたり。

《亭主》よう御泊り下さりました。さて御願いが御座ります。お江戸の衆で、大勢見えますが、どうぞ、あなた方御座敷をこの次の間になされて下さりませ。御気の毒ながら、御願いで御座ります。
《一九》ナニどこでもよう御座りやす。《亭主》左様ならどうぞ。

 ト、荷物を次の座敷へ運ぶ。銘々に雑物(ぞうもつ)を引下げ、次の間へ居りたる所、かの江戸の客というは、伊勢の太太に行く手合いにて、上下三拾人余り、どや/\と押し掛け、口々に喧しく、各々座敷二間とその次の間、店先まで居並び、遠慮会釈もなく、べちゃくちゃしゃべる。
※ 伊勢の太太(いせのだいだい)- 伊勢の太太神楽。伊勢神宮に奉納される太神楽のうち、最も大がかりな神楽。

《一九》コリャァ、謝るはえ。
《清治》女中、蒲団を貸してくんなせえ。
《権八》コリャハイ、寝られずもんか。あてっともないこんだいやぁ。
※ あてっともない - あてどもない。行くあてがなくて、さまよう様子などを指す表現。

 ト、かくと云いながら、三人は横になって話すうち、勝手より膳も出て喰い掛かるに、隣り座敷はわやくやと、これも膳半ばの様子、酒肴の注文をせしと見えて、さいつおさへつ呑みかける様子にて、いよ/\声高(こわだか)になり、一口ずつの浄瑠璃イタコも、無性やたら出放題にて、
※ さいつおさへつ - 差しつ差されつ。盃が盛んにやり取りされる様子。

《口三味線》トッチリトン/\、それ/\、きなさい/\。
《字上りイタコ》焔浮檀金、信州の川中島に、御鎮座まします、善光寺の如来様は、難波の地より、上がりたがって、善光(よしみつ)/\と、お呼びなさるも知らずに、うか/\と。
※ 焔(閻)浮檀金(えんぶだごん)- 閻浮樹の森を流れる川の中から出るという、美しい砂金。
《タチ三味線》チッチツテシャン
《歌》本田よしみつ、振り返って、河童が出たかとびっくりして目を回す。ソレ/\、まだ/\、チッテトツチンシャン。

(この項続く)
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 4 鳴海の茶屋(後)

(隣の茶畑が散水する)

梅雨が開けて、猛暑到来である。あちこちで熱中症がニュースを賑わしている。我家では午後3時頃になると、隣の茶畑が一斉に散水を始めて、気温が3℃くらいは下がる。散水は暗くなるまで続くから、夕方は随分凌ぎやすい。もちろん、我家のための散水ではないから、あなた任せなのだが、この所、何日かは助かっている。猛暑の夏は始まったばかりで、まだまだこれからである。

一九之紀行の解読を続ける。

《権八》エヽわしも、がらく一口喰ったが、胸がむっか/\せるやぁ。
※ がらい - ついうっかり。つい誤って。
《一九》清治、ちと肴でもくわねえか。
《一九の供、清治》イヤ私も今のお話で、その魚は、御免でござります。
《一九》駿府の御客も、コリャアもうお嫌か。有難てえ。私が一人で引き請けやしょう。

 ト、無性に突き散らし、一人でうまそうに喰う。

《権八》エレ、コリャすめたい/\、わしどもに喰わせないで、一人で喰わずと思って、船頭の糞を喰う魚だの、なんのと、言ったもんであらずいやぁ。
※ すめたい - 合点が行った。
《一九》そうでもねえが、そんなら、ちとあがりますか。《権八》やぁだい/\。
《一九》ハテこの美味い物をなぁ。

 ト、わざと美味そうに一人で喰らう。いったいこの目算なれば、一九、心のうちに可笑しく、段々と箸をもって突き散らし喰ううち、かの黒鯛の腹より、たわしの如き藁、一束ね出ずる。箸に挟みひねくり回し、
※ 束ね(つかね)- まとめて一つにくくること。また,その物。

《一九》コリャとんだものが腹のうちから出たわえ。
《権八》ハヽヽヽすめたこんだい。叩いた藁が、鯛の腹にあったは。コリャ、ハイ船頭が尻を拭いたもんであらずいやぁ。
※ すめた(済めた)- 納得がゆく。
※ 叩いた藁 - 稲わらは稲の茎だから、そのままでは何にしても使えない。叩いて軟らかくして、様々な用途に使う。「藁打ち仕事」が大切な作業になる。

《清治》ホンニ、その尻を拭いた藁を、糞と一所に、この鯛が喰ったのでござりましょう、ハヽヽヽ。

 ト、これを聞いて、一九本当に胸を悪くし、顔をしかめて

《一九》エヽいめえましいことをいう、ケッ/\/\。
《清治》どうぞなさいましたか。
《一九》コリャアとんだ目にあった。どうか、吐きそうで胸が悪い、ゲイ/\/\。
《権八》ハヽヽヽ、そうでもあらずいや、アハヽヽヽ。
《一九》ナニ、可笑しくねえの。

 ト、真面目な顔をするほど、そばでは可笑しく、果ては大笑いとなりて、この所の払いをなし、やがてこゝを立ち出づるとて、

  黒鯛を ひとり喰わんと 船頭の
    糞のようなる 目にあいにけり
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 3 鳴海の茶屋(前)

(一九之紀行の挿絵)

(挿絵の中の狂歌)
  談合の 膝栗毛こそ 好むなれ
    とにかく足に まかす駅路

※ 駅路(むまやじ)- 宿駅のある街道。えきろ。

一九之紀行の解読を続けよう。

それよりこの所を立ち出で、戸部村、笠寺、田畑などを打ち過ぎ、鳴海の駅に至りける。宮の湯あみ地蔵辺りより、道連れとなりたる男は、駿河府中在のものゝよし。僕(やつがれ)生国なれば、かれこれ話口合いて、共にここもとの茶屋に休み、
※ 生国(しょうごく)- 一九は駿河国府中の、町奉行の同心の子として生まれた。
※ 口合う(くちあう)- 二人の話がよく合うこと。あいくち。


《一九》コウ、姉さんいゝ酒があるか。《ちゃ屋の女》ハイあげませずか。
《一九》おめえ、御酒はどうだ。
《駿河の人、名は権八》わし、ハイ大好きだんて。今朝っから、ハイ呑み続けでござるやぁ。
《一九》ソリヤァ面白え、一つやりかけやしょう。肴は何だの。
《女》鯛で上げませず、なぁ。
《権八》ソレ、よからずやぁ。時に、言わないこたぁ済めないが、これからハイおまいと駿府まで、同志にいかずにやぁ。何でもハイ出しっこにしませずやぁ。
 ト、この内、女、徳利、盃と、黒鯛の煮つけだのを、皿に入れて持ち来たる。
《権八》コリャ、ハイ、がいに旨まからずやぁ。
※ がいに - 程度のはなはだしいさま。非常に。ひどく。
《一九》イヤ黒鯛だな。《権八》年役に、わっちから始めずやぁ。
※ 年役(としやく)- 年長者として当然務めるべき役目。

 ト、手酌に注いで、ぐっと干し、また重ねて注いで呑む。この親爺(おやじ)生得すゝどいやつにて、割り合い酒はちっとでも、人より余計に飲むが徳と、構えたる吝ん坊のお口なり。一九それと見てとり、この肴を喰わせぬ算段にて、
※ 生得(しょうとく)- 生まれつき。もともと。
※ すゝどい(鋭い)- 機をみるに敏である。わるがしこい。
※ 吝ん坊(しわんぼう)- けちな人。けちんぼう。しみったれ。


《一九》モシこのくろ鯛という奴は、美味(うま)い魚だが、これほど汚ねえ魚はねえの。
《権八》ソリヤァなぜだい。
《一九》これは船中で、とかく船頭の糞をたれる所にばかり、固まっている奴で、糞ばかり喰つているから、うめへはずだね。
《権八》エゝ、穢いやぁ。
《一九》そのまた船頭というものは、無性になんでも大喰(おおぐら)するものだから、そのためか糞も、黒いのや、赤いのや、紫色のぶつ/\したやつをし、皆この黒鯛めがくらってしまうそうさ。
(この項続く)

一九之紀行の書き出しは中々格調高く、さすが本家は違う、と感心していたのも束の間、いきなり汚い話になってきた。江戸の民衆は素朴だから、こんな話に大笑い出来たのであろう。それはそれで、仕合せだったのかもしれない。
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 2 附言、はじまり

(畑のつるむらさき)

「つるむらさき」は茎から葉まで食べられる。茹でて刻んで、鰹節と醤油で簡単にいただけて、ねばねばがあって、栄養満点である。

「一九之紀行」本編の前に附言が付く。中には別の戯作者の宣伝も入っている。

附言
この記行、すべて道中膝栗毛に類す。なお遠州掛川より秋葉山に至るは、東都よりの順道なれども、名古屋より帰路の序(ついで)、かの堂に至るの趣きをつづる事、書肆の需(もとむ)るに依ってなり。
※ 東都(とうと)- 東方のみやこ。日本では、京都に対して江戸または東京をいう。

宮駅より御油宿までは、膝栗毛に尽くしたれば、大概にして縮略。御油追分より鳳来寺道に入るよりして、その所々土人の風習、俚言方語など、その外全体を詳しくす。
※ 俚言(りげん)- 俗間で使われる言葉。また,土地のなまり言葉。俗言。俚語。
※ 方語(ほうご)- 方言。


この書に等しき「尾張津嶋みやげ」といえるは、石橋庵増井なる人の著述なり。既に初編行われて、今年その次編に至る。予、草稿を閲せしに、俳語、滑利ともに尽くせり。予、序詞を加えて近刻す。高覧の君子、宜しく評し給わらんことを願うのみ。
※ 石橋庵増井 - 石橋庵真酔。江戸時代後期の戯作者。名古屋の貸本屋の読み物作家となり、雑俳の宗匠もつとめた。作品に「小説不実梅」「津島土産」など。



秋葉山鳳来寺一九之記行上編
          東都 十返舎一九著

鴨の長明が海道記に載せざる羇中の行き交う様を見れば、月の晦日といえども、掛取りと同道せざれば、せがまるゝ愁(うれ)いもなく、また米櫃の世話する顔一つも見えず。旅雀の骨頂、大道にひよぐり、新参の馬士(むまかた)、かえって片陰に垂れ流し。飯盛の年明(ねんあけ)、氏なくして玉の馬に打ち乗りゆくあれば、抜け参りの童(わっぱ)腎虚せざれども建場の蝿を頤(あご)にて追いかけ、金毘羅参りの若者、銭なければ天狗の鼻を褌におしはさみ、夫婦連れたる順礼の野宿を、さこそと、うらやまし顔に見ゆも痛々し。
※ 羇中(きちゅう)- 旅中。
※ ひよぐり - 立小便
※ 腎虚(じんきょ)- 房事過度などのために衰弱すること。


されどもこの東街道は、高貴安富の御通行多くして、駅々の繁昌、なかんずく尾張なる宮の宿こそ、七里の海上をうけて、往来ここに足を止むる繁花の地なれば、僕(やつがれ)名古屋を立ちしより、初てこの所の柳屋といえるに、足を休めて、名物の温鈍(うんどん)に、腹をやしないながら、例の戯気を尽くしける。
※ 高貴安富 - 身分が高く裕福。
※ 戯気(たわけ)- ふざけること。ばかげた言動。


   温鈍の 辛子はきゝて 旅人の
     今も目をふく 柳屋の見世
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秋葉山鳳莱寺一九之紀行(上) 1 自序

(「秋葉山鳳莱寺一九之紀行」自序)

次の本として「ちんてき問答」を読み進んでいたが、「秋葉山鳳莱寺一九之紀行」が手に入ったので、これを先に読もうと思う。今年の1月25日~2月7日に、「秋葉街道似多栗毛」という珍本を読んだ。一返舎半九なる著者が,膝栗毛を真似てものした秋葉街道の道中記である。弥次喜多コンビが主人公のところまで同じである。もちろん十返舎一九の作ではない。それでは、十返舎一九は秋葉街道を書いていないのだろうかと疑問に思い、調べたところ、「秋葉山鳳莱寺一九之紀行」という本があることを知った。ようやくその本の影本を見つけたので、今回急きょ取り上げ、解読することにした。よって、予定していた「ちんてき問答」はこの後に回す。

「一九之紀行」を書く経緯は、その自序に書かれているように、名古屋の書肆からの依頼であった。おそらく弥次喜多シリーズの江戸の版元に遠慮してだろう、同じ道中記ながら、自分(一九)を主人公にしている。そんな事情はともあれ、解読を始めよう。

秋葉山鳳莱寺一九之紀行 上編 東都 十返舎一九著

自序
風月の才ありて、松風羅月を翫(もてあそ)び、心のまゝに、杖曳きたらんは、さこそ楽しかるべきに、は才も無く、財もなく、原(もと)より無風流にして、何一つ覚えたることもなければ、古歌に名だたる名所旧跡なぞ、娑婆で見し与次郎ほどにも思わず、旅中目に留むるは、ただ飯盛りおじゃれの、髪の毛の縮れたるこそ好ましけれ。たまたま女馬(めむま)の乗心地よきに、気をいするもまた可笑しかりき。
※ 風月(ふうげつ)- 自然の風物を題材に詩歌・文章を作ること。また、文才のあること。
※ 羅月(らげつ)- 蔦蔓(つたかずら)からもれる月光。
※ 杖曳く(つえひく)- 旅をする。
※ 予(よ)- われ。自分。
※ 与次郎(よじろう)- 京都で、乞食の頭(かしら)の通称。
※ おじゃれ - (「おじゃれ」と呼び客を引いたところから)旅籠の下女。(売春もした)
※ いする - まかせる。


頃は文月の末つかた、鳥が啼く、東(あづま)街道に杖を馳せて、山鳥の尾張の名護屋に、年頃親しき、書肆を尋ねて、心なくも十日余りを、喰い潰したれば、その雑用(ぞうよう)の代にとて、秋葉山、鳳来寺の記行を編めよと、書肆頻りに攻め求む。
※ 文月(ふみづき)の末つかた - 7月の末。
※ 山鳥の - 「尾」に掛かる枕詞。
※ 書肆(しょし)- 書物を出版したり、また、売ったりする店。書店。本屋。


そこで予が思う様、五右衛門は生熱(なまにえ)の時一首を詠み、忠度は腕のあるうち、書置かれたればこそ、その歌千載集に撰(えら)ばれたり。予も置土産に筆を揮(ふるっ)て、喰い逃げの譏(そしり)を免(まぬが)れんと、行がけの駄賃、立つ鳥跡を濁さずとは、嘘の皮、赤恥をかき残して、すこしはお茶を濁すに当れり。
※ 忠度(ただのり)- 平忠度。平清盛の弟。和歌をよくした。一ノ谷の戦いで戦死。謡曲の中で、僧の夢に忠度の霊が現れ、読み人知らずの千載集の自作に、作者名をつけてほしいと頼んだ。

嗚呼(あゝ)旅は憂きものにあらずや。かゝる義理とふどしの長口上を、序(いとぐち)の言葉に結びぬ。
※ ふどし - ふんどし(褌)。「義理とふんどしは欠かされぬ」

  文化亥(12年、1815)晩秋
          東都 十返舎一九 識(しる)す。


「ふどし」とは、褌(ふんどし)の関西地方の呼び方だとネットで知り、その前後の意味が、霧が晴れるように理解できた。解読していると、こんな経験が何度もある。その時の達成感が楽しくて、解読をやっているように思う。文字は解読できても、意味が理解できない。そんな時に猛然とファイトが湧いてくる。
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