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やっぱり銃か

庭のオニユリ

トランプが撃たれた。銃社会のアメリカでは、やっぱり銃になってしまうのか。

戻り梅雨で涼しくなったのもつかの間、暑さが戻って来た。

「坐漁荘」は昔から今まで「ざぎょそう」で、「ざぎょうそう」とは呼んだことも、呼ばれたこともない。そんな記述があれば、それは間違いである。

歴史講座の曽根氏が詳しい人に確認してくれたところ、そんな回答であった。
中国の故事来歴から「坐漁(ざぎょ)」と公望が自ら命名したもので、「ざぎょう」と呼ぶのは失礼であるとのこと。「ざぎょ」が正しい読み方なる事は、承知の上であったが、庶民が親しむ中で呼びやすい「ざぎょう」の呼び方が始まったのだと思う。その辺りのことを知りたかったのだが、‥‥

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7月10日 午後、まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座。
7月11日 午後、掛川古文書講座受講。
7月13日 午後、「駿遠考の古学と歴史」講座受講

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駄々句
  被告人とぼけ老人の戦い、天の声はないのか
  78年の慣れ、座して大小区別出来ず
  続く事故は、綱紀の乱れからだった
  自信なきものほど吠える
  「サヨナラ」は歓喜の声と共に
  銃は天の声にはならない

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読書:「南町奉行と酒呑童子 耳袋秘帖」 風野真知雄 著
読書:「雨を見たか 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理 著
読書:「修羅の契り 風の市兵衛 弐 22」 辻堂魁 著
読書:「冬桜 隅田川御用帳(六)」 藤原緋沙子 著
読書:「帰郷 鬼役 三十四」 坂岡真 著
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