●移民問題は「現代の最も重要な問題の一つ」
『新ヨーロッパ大全』で近代ヨーロッパの徹底的な研究を経たトッドは、最後に移民の問題に触れた。そして、この問題に深く取り組んでいった。その成果が、『移民の運命』(藤原書店、1999年刊)である。
本書においてトッドは、移民の問題を「現代の最も重要な問題の一つ」と位置づける。トッドは本書で、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、ヨーロッパの抱える移民問題の深刻さを明らかにする。そして、移民を隔離したり、排除したりするのではなく、同化すべきとする。また、フランスは独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。
こうしたトッドの研究と主張は、ヨーロッパの内部のものであり、特にフランスにおけるものだが、私は、移民の問題に直面しているわが国にとっても、大いに参考になるものと思う。そこで、次にトッドの『移民の運命』の内容を整理・検討する。そのうえで、日本における移民問題について私見を述べたい。
トッドの移民論は、社会的文化的な人類学の成果に基づいている。それゆえ、トッドによって移民問題を考えるには、ある程度、人類学の知識が必要である。そこで、遠回りのようになるが、『移民の運命』の内容に入る前に、移民問題のための人類学の基礎知識を書いておきたい。その中で、若干の私見を述べることをお断りしておく。
●家族制度の四つの類型
トッドの移民論は、人類学的な家族制度の分析を、基本的な方法論とする。移民論の理解には、家族制度論の理解が必要である。そこでこの項目の最初に、トッドの家族制度論の概要を示す。
トッドによると、家族型には8つの型があり、うちヨーロッパには平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、共同体家族の四つの型がある。これらの四つのパターンを、具体的に見ていこう。
①平等主義核家族
核家族では、子供が結婚すると独立し、親の家を離れる。そのため、父と子の関係は自由主義的である。核家族には、平等主義核家族と絶対核家族がある。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す価値観は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる傾向がある。この傾向をトッドは普遍主義という。通婚制度、つまり結婚の仕方は族外婚といって、配偶者を自分の所属する集団の外から得る制度が取られている。
平等主義核家族は、ヨーロッパでは、フランスのパリ盆地を中心とする北フランスと地中海海岸部、北部イタリア、南イタリアとシチリア、イベリア半島の中部および南部に分布する。西欧以外では、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、エチオピアに見られ、スペイン・ポルトガルの植民地だったラテン・アメリカではほぼ全域に分布する。
自由・平等を掲げるフランス革命がパリ盆地で起こったのは、この家族型の価値観による。フランスは、中心部が普遍主義なので、国全体が普遍主義の傾向を持つ。
②絶対核家族
絶対核家族は、父子関係が自由主義的である点は、平等主義核家族と同様である。違いは、遺産相続において、特に親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心な点である。この型が生み出す価値観は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる傾向がある。この傾向をトッドは差異主義という。通婚制度は族外婚である。
絶対核家族は、世界中で西ヨーロッパにしか見られない特異な型だった。大ブリテン島の大部分(イングランド、ウェールズ)、オランダの主要部、デンマーク、ノルウェー南部、それにフランスのブルターニュ地方に分布するのみ。植民によって、アメリカ合衆国とカナダの大部分にも分布を広げている。
アングロ・サクソンの家族型は、絶対核家族である。英米のアングロ・サクソン文化は個人の自由を重んじる。自由主義的かつ個人主義的である。その文化の中で発達した思想や制度、資本主義にもその特徴がある。
次回に続く。
■上記を含む拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」は下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm
『新ヨーロッパ大全』で近代ヨーロッパの徹底的な研究を経たトッドは、最後に移民の問題に触れた。そして、この問題に深く取り組んでいった。その成果が、『移民の運命』(藤原書店、1999年刊)である。
本書においてトッドは、移民の問題を「現代の最も重要な問題の一つ」と位置づける。トッドは本書で、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、ヨーロッパの抱える移民問題の深刻さを明らかにする。そして、移民を隔離したり、排除したりするのではなく、同化すべきとする。また、フランスは独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。
こうしたトッドの研究と主張は、ヨーロッパの内部のものであり、特にフランスにおけるものだが、私は、移民の問題に直面しているわが国にとっても、大いに参考になるものと思う。そこで、次にトッドの『移民の運命』の内容を整理・検討する。そのうえで、日本における移民問題について私見を述べたい。
トッドの移民論は、社会的文化的な人類学の成果に基づいている。それゆえ、トッドによって移民問題を考えるには、ある程度、人類学の知識が必要である。そこで、遠回りのようになるが、『移民の運命』の内容に入る前に、移民問題のための人類学の基礎知識を書いておきたい。その中で、若干の私見を述べることをお断りしておく。
●家族制度の四つの類型
トッドの移民論は、人類学的な家族制度の分析を、基本的な方法論とする。移民論の理解には、家族制度論の理解が必要である。そこでこの項目の最初に、トッドの家族制度論の概要を示す。
トッドによると、家族型には8つの型があり、うちヨーロッパには平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、共同体家族の四つの型がある。これらの四つのパターンを、具体的に見ていこう。
①平等主義核家族
核家族では、子供が結婚すると独立し、親の家を離れる。そのため、父と子の関係は自由主義的である。核家族には、平等主義核家族と絶対核家族がある。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す価値観は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる傾向がある。この傾向をトッドは普遍主義という。通婚制度、つまり結婚の仕方は族外婚といって、配偶者を自分の所属する集団の外から得る制度が取られている。
平等主義核家族は、ヨーロッパでは、フランスのパリ盆地を中心とする北フランスと地中海海岸部、北部イタリア、南イタリアとシチリア、イベリア半島の中部および南部に分布する。西欧以外では、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、エチオピアに見られ、スペイン・ポルトガルの植民地だったラテン・アメリカではほぼ全域に分布する。
自由・平等を掲げるフランス革命がパリ盆地で起こったのは、この家族型の価値観による。フランスは、中心部が普遍主義なので、国全体が普遍主義の傾向を持つ。
②絶対核家族
絶対核家族は、父子関係が自由主義的である点は、平等主義核家族と同様である。違いは、遺産相続において、特に親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心な点である。この型が生み出す価値観は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる傾向がある。この傾向をトッドは差異主義という。通婚制度は族外婚である。
絶対核家族は、世界中で西ヨーロッパにしか見られない特異な型だった。大ブリテン島の大部分(イングランド、ウェールズ)、オランダの主要部、デンマーク、ノルウェー南部、それにフランスのブルターニュ地方に分布するのみ。植民によって、アメリカ合衆国とカナダの大部分にも分布を広げている。
アングロ・サクソンの家族型は、絶対核家族である。英米のアングロ・サクソン文化は個人の自由を重んじる。自由主義的かつ個人主義的である。その文化の中で発達した思想や制度、資本主義にもその特徴がある。
次回に続く。
■上記を含む拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」は下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm
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