ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トッドの移民論と日本8

2010-06-19 08:51:43 | 国際関係
●家族型の違いによって移民への対応が違う

 トッドは、人類学の研究に基づいて、家族型の特徴による価値観の違いを明らかにした。ヨーロッパは均一ではなく、家族型の違いにより、主に4つの価値観が存在している。
 ここでは簡単に書くが、家族型には平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、共同体家族の四つがある。これらの家族型は、結婚後の親子の居住と遺産相続の仕方に違いがある。その違いが親子間における自由と権威、兄弟間における平等と不平等という価値観の違いとなって現れる。そして自由と権威、平等と不平等の二つの対の組み合わせによって、四つのパターンに分かれる。すなわち、平等主義的核家族は自由と平等、絶対核家族は自由と不平等、直系家族は権威と不自由、共同体家族は権威と平等である。
 トッドは『新ヨーロッパ大全』で、こうした家族制度論をもとに、ヨーロッパの諸社会を分類し、ヨーロッパの文化的な多様性を明らかにした。家族型に基づく価値観は、伝統的な社会が近代化する過程においても、また近代化した後であっても、人々の心性に強く影響し続ける。近代ヨーロッパ社会に現れた種々のイデオロギーにも、家族制度とそれに基づく価値観の違いが表われる。社会的無意識の内容と、政治的社会的な思想には、相関関係がある。こうしたことをも、トッドは解明した。そして、その成果をもとに、移民の問題に取り組むのである。
 トッドは、ヨーロッパの多様性は、非ヨーロッパからの移民の対応における違いとしても現れていることを指摘する。
 フランスは平等主義核家族、ドイツは直系家族、イギリスは絶対核家族が、それぞれ主な家族型である。この家族型の違いによって、各国で移民に対する考え方が違う。移民に対する対応は、家族型に基づく「自由か権威か、平等か不平等かという伝統的価値によって答えが変わっている」とトッドは言う。
 フランス、ドイツ、イギリスのヨーロッパ三大国が、外国人流入に対して選択した態度は互い異なっている。
 フランスの中心部であるパリ盆地は、平等主義核家族が主であり、自由と平等が価値である。「自由と平等という価値は相変わらずこの国に、ヨ-ロッパ系だろうと、イスラム、アフリカ、アジア系であろうと、在留外国人を同化する必要があるとの教条を押しつけ続けている」とトッドは言う。国籍に関しては、フランスは出生地主義を取っており、アルジェリア移民の子供であってもフランスで生まれれば、フランス国籍を獲得しフランス国民になれる。
 ドイツは直系家族が支配的である。権威と不平等が価値である。トッドは1990年当時、「ドイツで外国人の親から生まれた子供の95%は外国人のままであると保証する」「外国人との結婚はドイツでは非常に稀である」と書いた。
 フランスは移民を同化し、ドイツは隔離する。この二国は対極的である。一方、イギリスは絶対核家族が多い。自由と不平等が価値である。「その非平等主義的個人主義は、独特の在留外国人観を生み出す」とトッドは言う。移民を容認するが、それは徹底した個人主義による容認であり、個人としては認めるが、集団としては同化せず拒否するのである。

●移民対応の違いによるヨーロッパ統合の危うさ

 先に見たように、フランス、ドイツ、イギリスでは家族型的価値観の違いにより、移民への対応が違う。
 「もしアルジェリア人の子供がフランス人となり、トルコ人の子供がドイツ在住のトルコ人となり、パキスタン人の子供が特殊な型のイギリス市民となるとして、西暦2000年にヨーロッパ人となるのは一体、何者なのだろう」とトッドは問う。2000年とは、1990年の時点で10年先のことを言ったものである。
 トッドは「在留外国人の存在は、フランス、ドイツ、イギリスの国籍についての考え方の違いから来る反目を、ヨーロッパにおいて再びかきたてている。共通の市民権を確定しようと努めているヨーロッパにとって、この問題は枢要である。ヨーロッパ各国の国民が、政治的であるよりはむしろ人類学的な、これらの数千年来の差異を乗り越えることができるかどうかに、統一ヨーロッパというものの形態が掛かっており、もしかしたらヨーロッパが現実に存在し得るかどうかも掛かっているのである」と述べる。
 そして、次のように、本書を結んでいる。
 「ヨーロッパは普遍主義的であるだろうか。差異を尊重することになるだろうか。それとも自民族中心主義的であるだろうか。ヨーロッパ各国の国民は、まず最初に他者とは何かの定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人というものを作り出すことはできないだろう」と。
 最後の部分で、「普遍主義的」とはフランス、「差異を尊重」とはイギリス、「自民族中心主義的」とはドイツの移民に対する対応の態度を言うものである。トッドは、移民への対応の違いを乗り越えられるかどうかに、統一ヨーロッパの形態、さらに存在までもが掛かっていると言う。そして、まず他者の定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人を作り出すことはできないだろうと言う。
 『新ヨーロッパ大全』の結尾で、トッドが移民問題に触れた理由は、二つある。一つは、彼がヨーロッパに関して行なった人類学的分析が、非ヨーロッパから流入する移民とその対処についても有効か、という学問的な課題である。もう一つは、移民がヨーロッパ統合の阻害要因となっていることへの懸念である。非ヨーロッパからの外国人労働者への対応は、ヨーロッパの各国で違う。その対応が統一されなければ、ヨーロッパの統合は不可能になるのではないか、とトッドは憂慮する。そして、トッドは移民問題への取り組みを深めていく。

 次回に続く。