ほそかわ・かずひこの BLOG

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戦略論24~『戦国策』と『兵法三十六計』

2022-07-08 08:18:37 | 戦略論
●『戦国策』

 話を戦略論の書物に戻す。シナ文明には、武経七書以外にも優れた戦略論を書いたものがある。そのうち、『戦国策』と『兵法三十六計』について述べる。
 『戦国策』は、シナ文明の戦国時代の縦横家の権謀術策を書いた書である。戦国時代とは、紀元前402年の周の安王の即位からから紀元前221年の秦の始皇帝によるシナの統一に至るまでの約250年間をいう。縦横家とは、諸子百家の一つで、戦国時代に諸国を遊説して政策を建言した者たちをいう。
 『戦国策』の著者は未詳である。前漢末の劉向は、縦横家たちが諸国の政治への参与を企ててその国のために立てた策謀の記録を、12の国別にほぼ年代順に整えて編集した。その後、内容の多くは散逸したが、再度収録され、南宋の曾鞏(そうきょう)が古本を復刻した。日本でも江戸時代に広く読まれた
 『戦国策』は兵法書ではなく、武経七書に入らない。だが、戦略論という観点から見ると、国家の戦略に係る内容が含まれている。多くの政客弁士が政治・経済・外交・軍事等の広い分野にわたって権謀術策を述べ、功名を競う姿が描かれている。
 「虎の威を借る狐」「漁夫の利」「まず隗より始めよ」「蛇足」など、本書による故事成句は多い。本書において最もよく知られる建策は、合従連衡である。縦横家の蘇秦は、諸国の連合で秦に対抗する合従策を掲げて、六国の相となって15年間、秦に対抗した。しかし、連衡策を説いて秦の宰相となった張儀は、六国を切り崩して協力させ、合従策を破った。六国を滅ぼした秦は、シナ文明で初めての中央集権国家を樹立した。
 対照的に諸国の連合が大国を破った例は、ナポレオン戦争である。イギリスは強大なフランスに対抗するため、中小国から弱小国までを含む国々と対仏大同盟を結んで勝利した。
 ともに外交戦略の重要性を示している史実である。

●『兵法三十六計』

 『兵法三十六計』は、魏晋南北朝時代の兵法書である。武経七書には入らない。大体5世紀までの故事を17世紀明末清初の時代にまとめたものだと言われている。南北朝時代の南朝宋の将軍・檀道済の書だという説もある。あらゆる状況に対応して勝利を得るために、作戦戦略及び戦術を六系統・三十六種類に分類している。その中には、外交戦略の計略も含まれている。

◆勝戦計: 戦いの主導権を握っている場合の計略

 第一計 瞞天渡海 [まんてんとかい: 天を瞞(あざむ)きて海を過(わた)る]
 何度も繰り返して見せかけで物事を行い、敵がそれを見慣れて警戒心を懐かなくなるようにする。

 第二計 囲魏救趙 [いぎきゅうちょう: 魏を囲んで趙を救う]
 敵を集中させず、分散させるよう仕向ける。敵の正面に攻撃を加えるよりも、隠している弱点を攻撃する。

 第三計 借刀殺人 [しゃくとうさつじん: 刀を借りて、人を殺す] 
 自分の戦力を消耗させることなく、同盟者や第三者が敵を攻撃するように仕向ける。

 第四計 以逸待労 [いいつたいろう: 逸を以(もっ)て労を待つ]
 敵の勢いを衰えさせ枯れさせるには、直ちに戦闘するのではなく、敵の疲弊を誘う。

 第五計 趁火打劫 [ちんかだこう: 火に趁(つけこ)んで打(おしこみ)を劫(はたら)く]
 敵の被害が大きいときは、勢いに任せて利益を取る。

 第六計 声東撃西 [せいとうげきせい: 東に声して西を撃(う)つ]
 陽動によって敵の動きを翻弄し、防備を崩してから攻める。

◆敵戦計: 余裕を持って戦えるか同じ力の敵に対する計略

 第七計 無中生有 [むちゅうしょうゆう: 無中に有(ゆう)を生ず]
 無いものをあるように見せたり、あるものを無いと見せて、相手が油断した所を攻撃する。

 第八計 暗渡陳倉 [あんとちんそう: 暗(ひそ)かに陳倉に渡る]
 「陳倉」は地名。偽装によって攻撃を隠蔽し、敵を奇襲する。

 第九計 隔岸観火 [かくがんかんか: 岸を隔てて火を観(み)る]
 敵の内部で離反が起きて秩序に乱れが生じているなら、あえて攻めずに敵の自滅を待つ。

 第十計 笑裏蔵刀 [しょうりぞうとう: 笑裏に刀を蔵(かく)す]
 笑顔で近づき、戦意を隠して、油断を誘う。

 第十一計 李代桃僵 [りだいとうきょう: 李(すもも)が桃に代わって僵(たお)れる]
 桃の木を守るために李の木を倒すように、不要な部分を犠牲にして、全体の被害を少なく抑えて勝利する。

 第十二計 順手牽羊 [じゅんしゅけんよう: 手に順(したが)いて羊を牽(ひ)く]
 相手は大軍になるにつれて統制の隙が生まれる。敵に悟られぬように細かく損害を与えてゆく。

◆攻戦計: 相手が一筋縄ではいかない場合、上手く勝つための計略

 第十三計 打草驚蛇 [だそうきょうだ: 草を打って蛇を驚かす]
 草むらでは不意に棒で草を払うと蛇を驚かせる、状況が分からない場合は偵察を出し、反応を探る。

 第十四計 借屍還魂 [しゃくしかんこん: 屍(しかばね)を借りて魂を還(かえ)す]
 死んだ者を持ち出して、大義名分にして目的を達する。

 十五計 調虎離山 [ちょうこりざん: 調(はか)って虎を山から離す]
 敵を本拠地から誘い出し、味方に有利な地形で戦う。

 第十六計 欲檎姑縦 [よくきんこしょう: 擒(とら)えようと欲(ほっ)すれば姑(しばら)く縦(はな)て]
 敵をわざと逃がして、敵を追い詰めずに、気が弛んだところを捕える。

 第十七計 拠磚引玉 [ほうせんいんぎょく: 磚(かわら)を抛(な)げて玉を引く]
 磚はレンガで、玉は宝石。大したことのない者を使って囮(おとり)にし、敵をおびき寄せて、撃破する。

 第十八計 擒賊擒王 [きんぞくきんおう: 賊を擒(とら)えるには王を擒(とら)えよ]
 敵の王を捕えることで、敵を弱体化する。

◆混戦計: 相手がかなり手ごわく、混戦の時の計略

 第十九計 釜底薪抽 [ふていちゅうしん: 釜底の薪を抽(ぬ)く]
 釜は、燃料の薪を引き抜けば、沸騰が止まる。兵站、大義名分などを攻撃破壊することで、敵の活動を制し、あわよくば自壊させる。

 第二十計 混水摸魚 [こんすいぼぎょ: 水を混ぜて魚を摸(と)る]
 水をかき混ぜて魚が混乱している時に、魚を捕まえるように、敵の内部を混乱させて弱体化させる。

 第二十一計 金蝉脱穀 [きんせんだっこく: 金蝉、殻を脱す]
 蝉が抜け殻を残して飛び去るように撤退したり、軍隊を移動させる。

 第二十二計 関門捉賊 [かんもんそくぞく: 門を関(と)ざして賊を捉(とら)う]
 敵の退路を断ってから、包囲殲滅する。
 
 第二十三計 遠交近攻 [えんこうきんこう: 遠きに交わり近きを攻む]
 遠くの相手と同盟を組み、近くの相手を攻める。

 第二十四計 仮道伐鯱 [かどうばつかく: 道を仮(か)りて虢(かく)を伐(う)つ]
 攻略対象を買収等により分断して、各個撃破する。

◆併戦計: 同盟国間で優位に立つための計略

 第二十五計 偸梁換柱 [とうりょうかんちゅ: 梁(はり)を偸(ぬす)み柱に換(か)う]
 敵の布陣の「柱」の部分の攻撃を同盟軍に押し付け、自軍の立場を優位にする。

 第二十六計 指桑罵槐 [しそうばかい: 桑を指して槐(えんじゅ)を罵(ののし)る]
 本来の相手ではない別の相手を批判し、間接的に本来の目的を達する。

 第二十七計 仮痴不癲 [かちふてん: 痴を仮(か)りて癲(くる)わず]
 愚か者のふりをして相手を油断させ、時期の到来を待つ。

 第二十八計 上屋抽梯 [じょうおくちゅうてい: 屋(おく)に上げて梯(はしご)を抽(はず)す]
 屋根に上らせてから梯子を外せば、敵は下りたくとも下りられないように、敵の自縄自縛を促す。

 第二十九計 樹上開花 [じゅじょうかいか: 樹上に花を開(さか)す]
 小兵力を大兵力に見せかけて敵を欺く。

 第三十計 反客為主 [はんかくいしゅ : 反(かえ)って客が主(あるじ)と為(な)る]
 いったん従属あるいはその臣下となり、内から乗っ取る。

◆敗戦計: 自国が極めて劣勢の場合に用いる計略

 第三十一計 美人計 [びじんのけい]
 相手に土地や金銀財宝を献上するから、美女を献上して敵将を色に溺れさせる。

 第三十二計 空城計 [くうじょうけい]
 自分の陣地に敵を招き入れることで敵の警戒心を誘い、攻城戦や包囲戦を避ける。

 第三十三計 反間計 [はんかんけい]
 敵の間者(スパイ)に偽情報が流れるように工作する。敵の間者を直接に脅迫ないし買収して二重スパイにする。

 第三十四計 苦肉計 [くにくのけい]
 人間は自分で自分を傷つけることはないと思い込む心理を利用して敵を騙す。

 第三十五計 連環計 [れんかんのけい]
 敵の勢力が強大な時は正面から攻撃するのは愚策。敵内部に弱点や争点をつくりだし足の引っ張り合いをさせる。

 第三十六計 走為上 [そういじょう: 走(に)ぐるを上(じょう)と為(な)す]
 勝ち目がないならば、戦わずに全力で逃走して損害を避け、次回に備える。「三十六計逃げるに如かず」ということわざの由来。

 これらが三十六計である。そのうち、第二十三計「遠交近攻」は、外交戦略の計略として知られている。また、第三計「借刀殺人」、第十四計「借屍還魂」、第二十六計「指桑罵槐」、第二十七計「仮痴不癲」、第三十計「反客為主」、第三十一計「美人計」なども、外交戦略の計略と見ることができる。このように考えるならば、三十六計のうちの7つ、約2割が外交戦略に関わるものである。『兵法三十六計』は、軍事戦略において外交戦略を重視し、軍事と外交を総合した兵法書なのである。

●この項目の結び

 以上で、シナ文明の軍事思想の概述を終える。
 シナ文明では、軍事において戦略的な思考が発達していたとともに、政治と軍事、国家的な戦略と軍事的な戦略の関係についても、深い思考がされて来た。そして、今日においてもシナ文明の軍事思想から得られるものは多い。研究は、シナ文明を礼賛するためではない。『孫子』の「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」の実践のためである。

 次回に続く。

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