ロシアは、クリミア併合に続いて、ウクライナ東部に触手を伸ばしている。そこには、ロシア流のやり方が現れている。北海道大学名誉教授・木村汎氏は、ロシア式の外交行動様式や戦術は他国のそれとは異なる特色を持つという。産経新聞4月16日の氏の記事によると、第1は、「目的のためには手段を選ばない性向」である。第2は、「戦術を系統的、定期的に使用し、そして、同じ戦術を飽きることなく執拗に繰り返す」ことである。第3は、ロシア人が愛用し最も頻繁に用いる「パカズーハ(見せかけ)」や「バザール(駆け引き)」戦術である。
クリミア半島を併合したロシアは、現在ウクライナ東部に対して、これらの特色のある行動様式・戦術を用いている。目的のためには手段を選ばないやり方は、クリミアを武力による脅しを用いて併合したことに現れているが、ウクライナ東部にもこのやり方を繰り返そうとしている。また、木村氏の指摘のうち、プーチン政権は「バザール」戦術を用いている。バザール戦術とは、「最初に高値を吹っかけて相手を驚かした後に妥協案を探る形で、当初に狙っていたものを手に入れるという手法」である。木村氏は、プーチン大統領は東部をロシアの手中に収めるかのような大きな危機を演出して、東部に世界の注目を集中させることによってクリミア併合を既成事実化すること、次に、キエフの暫定政権に「連邦制」を採用させることを狙っている、と分析する。
クリミアと同じくウクライナ東部でも、ロシアは親露派武装集団に「トロイの木馬」の役割を演じさせようとしている。この「『トロイの木馬』が独り歩きしたりしない限り、「パカズーハ」「バザール」という伝統戦術に基づくプーチン氏のウクライナ戦略は見事、奏功するだろう」と木村氏は予測している。
ロシアはクリミア併合によって、領土問題に関してかつてのソ連のような強硬姿勢を示すようになった。冷戦終結以来の歴史的な変化である。それによって、北方領土の返還交渉は従来より厳しくなったと見られる。クリミア併合で、プーチンへの国民の支持は急拡大した。併合は、ロシア人の大国意識やナショナリズムの感情を満足させている。そのようななかで、今秋来日予定のプーチンが、国民の感情を裏切る形で、領土問題で譲歩するとは考えにくい。
木村氏は、「プーチンがクリミアで行ったことは、旧ソ連の独裁者スターリンが日本に行ったことと同根だ」として、クリミア併合がソ連時代の領土拡張の動きと酷似していると非難している。木村氏は、今秋来日予定のプーチンは北方領土について2島返還を超える選択肢は考えていないという見方が、ロシア側研究者の間では支配的だという。そして、木村氏は、わが国は「なぜ日本はウクライナの問題で遠慮しなくてはならないのか。むしろ、積極的に対露制裁に踏み込むべきだ」と述べている。
わが国は、ロシアのクリミア併合は断固認められないという姿勢を示さねばならない。もし国際社会がロシアのクリミア併合を結果として容認する形となれば、ソ連=ロシア流の領土拡張がまかり通ることとなり、わが国は北方領土返還交渉で一層、厳しい立場になるだろう。しかし、一方でロシアとの政治、安全保障問題についての対話は絶やさないようにすることが必要である。
プーチン大統領は5月24日、サンクトペテルブルクで主要国の通信社代表と会見し、ウクライナ情勢をめぐって日本が対ロ制裁を発動したことについて「驚いた」と不快感を表明し、日本が北方領土問題について、「交渉のプロセスを止めた」と指摘した。その一方、ロシアには交渉の用意があるとも述べ、柔道の「引き分け」の精神を貫けば、双方の妥協による解決は可能との見解を示した。プーチンは、平和条約締結後の歯舞、色丹2島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言には両島の主権がどの国に属するか明記されていないと指摘、「それは交渉の対象だ」と述べたと報じられる。
プーチンは、領土交渉に気を持たせてわが国がロシア離れするのを防ぎ、領土を餌にして日本にエネルギー資源を売ったり、経済支援をさせようとしているものだろう。そのために、都合がよいのが、二島返還論である。旧ソ連が四島を不法占拠し、ロシアがそれを引き継いでいるのだが、半分半分といえば、あたかも柔道の「引き分け」の精神で公正な態度を取っているかのように演出できる。
だが、2島返還論には、落とし穴がある。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、クリミア併合は「北方領土交渉の意義」を根源的に問い直すことにつながると指摘する。
そして、住民投票を経てクリミアが併合されたプロセスが持つ意味を熟慮すべきだと警告している。
佐藤氏は、3月22日の「SANKEI EXPRESS」の記事で次のように述べている。「北方領土に日本人が定住する中長期戦略を構築する必要がある。日本側の要求が全面的に満たされ、北方四島が返還され、択捉島とウルップ島の間に国境線が引かれ、日露平和条約が締結されたとする。現状から推定すれば、色丹島、国後島、択捉島の住民の大多数はロシア系であろう(歯舞群島は無人島)。このロシア系住民が、4島の独立宣言を行った上で、ロシアへの再編入を求めるという住民投票を行い、それが賛成多数となれば、クリミアの例にならって、ロシアに編入される可能性がでてくる。一旦、合意して決定した国境が、一方的に変更される危険をはらんでいる状態では、領土交渉を行うこと自体の意味がない。
北方四島は、われわれの祖先が開拓した固有の領土なので、その返還を絶対に諦めてはならない。今こそ、北方領土に日本人が定住することができるメカニズム構築を真剣に考えるべきだ。仮にクリミアに居住するウクライナ人が、圧倒的多数を占めていたならば、ロシアも今回のような強硬策を取ることはできなかったと思う」と。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140322/erp14032214040010-n1.htm
この日本人の定住ということは、北方領土返還交渉における重要なポイントである。既に北方四島には、多数のロシア系住民が住んでしまっているから、これを返還と共に、排除することは難しい。また返還後、ロシア系住民の人口を越える日本人が移住しないと、佐藤氏が指摘するロシアへの再編入がされる可能性は大きい。ロシア政府とすれば、日本に全面的に譲歩して四島を返還しても、四島を餌に日本から経済的利益を得たところで、民主的な手続きを踏んで四島を再編入すれば、領土もそっくり戻ってくるというわけである。
これに対して、わが国はどういう中長期戦略を立てるか。政府・外交当局者はよく研究してもらいたいものである。
関連掲示
・拙稿「クリミア併合後、プーチン訪中で中露は連携を強化した」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
目次から項目53へ
・拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
目次から項目2へ
・拙稿「対ロシア『包括的アプローチ』は焦らずに~木村汎氏」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5ef3a847ff0c1c1462797091fb03bddd
クリミア半島を併合したロシアは、現在ウクライナ東部に対して、これらの特色のある行動様式・戦術を用いている。目的のためには手段を選ばないやり方は、クリミアを武力による脅しを用いて併合したことに現れているが、ウクライナ東部にもこのやり方を繰り返そうとしている。また、木村氏の指摘のうち、プーチン政権は「バザール」戦術を用いている。バザール戦術とは、「最初に高値を吹っかけて相手を驚かした後に妥協案を探る形で、当初に狙っていたものを手に入れるという手法」である。木村氏は、プーチン大統領は東部をロシアの手中に収めるかのような大きな危機を演出して、東部に世界の注目を集中させることによってクリミア併合を既成事実化すること、次に、キエフの暫定政権に「連邦制」を採用させることを狙っている、と分析する。
クリミアと同じくウクライナ東部でも、ロシアは親露派武装集団に「トロイの木馬」の役割を演じさせようとしている。この「『トロイの木馬』が独り歩きしたりしない限り、「パカズーハ」「バザール」という伝統戦術に基づくプーチン氏のウクライナ戦略は見事、奏功するだろう」と木村氏は予測している。
ロシアはクリミア併合によって、領土問題に関してかつてのソ連のような強硬姿勢を示すようになった。冷戦終結以来の歴史的な変化である。それによって、北方領土の返還交渉は従来より厳しくなったと見られる。クリミア併合で、プーチンへの国民の支持は急拡大した。併合は、ロシア人の大国意識やナショナリズムの感情を満足させている。そのようななかで、今秋来日予定のプーチンが、国民の感情を裏切る形で、領土問題で譲歩するとは考えにくい。
木村氏は、「プーチンがクリミアで行ったことは、旧ソ連の独裁者スターリンが日本に行ったことと同根だ」として、クリミア併合がソ連時代の領土拡張の動きと酷似していると非難している。木村氏は、今秋来日予定のプーチンは北方領土について2島返還を超える選択肢は考えていないという見方が、ロシア側研究者の間では支配的だという。そして、木村氏は、わが国は「なぜ日本はウクライナの問題で遠慮しなくてはならないのか。むしろ、積極的に対露制裁に踏み込むべきだ」と述べている。
わが国は、ロシアのクリミア併合は断固認められないという姿勢を示さねばならない。もし国際社会がロシアのクリミア併合を結果として容認する形となれば、ソ連=ロシア流の領土拡張がまかり通ることとなり、わが国は北方領土返還交渉で一層、厳しい立場になるだろう。しかし、一方でロシアとの政治、安全保障問題についての対話は絶やさないようにすることが必要である。
プーチン大統領は5月24日、サンクトペテルブルクで主要国の通信社代表と会見し、ウクライナ情勢をめぐって日本が対ロ制裁を発動したことについて「驚いた」と不快感を表明し、日本が北方領土問題について、「交渉のプロセスを止めた」と指摘した。その一方、ロシアには交渉の用意があるとも述べ、柔道の「引き分け」の精神を貫けば、双方の妥協による解決は可能との見解を示した。プーチンは、平和条約締結後の歯舞、色丹2島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言には両島の主権がどの国に属するか明記されていないと指摘、「それは交渉の対象だ」と述べたと報じられる。
プーチンは、領土交渉に気を持たせてわが国がロシア離れするのを防ぎ、領土を餌にして日本にエネルギー資源を売ったり、経済支援をさせようとしているものだろう。そのために、都合がよいのが、二島返還論である。旧ソ連が四島を不法占拠し、ロシアがそれを引き継いでいるのだが、半分半分といえば、あたかも柔道の「引き分け」の精神で公正な態度を取っているかのように演出できる。
だが、2島返還論には、落とし穴がある。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、クリミア併合は「北方領土交渉の意義」を根源的に問い直すことにつながると指摘する。
そして、住民投票を経てクリミアが併合されたプロセスが持つ意味を熟慮すべきだと警告している。
佐藤氏は、3月22日の「SANKEI EXPRESS」の記事で次のように述べている。「北方領土に日本人が定住する中長期戦略を構築する必要がある。日本側の要求が全面的に満たされ、北方四島が返還され、択捉島とウルップ島の間に国境線が引かれ、日露平和条約が締結されたとする。現状から推定すれば、色丹島、国後島、択捉島の住民の大多数はロシア系であろう(歯舞群島は無人島)。このロシア系住民が、4島の独立宣言を行った上で、ロシアへの再編入を求めるという住民投票を行い、それが賛成多数となれば、クリミアの例にならって、ロシアに編入される可能性がでてくる。一旦、合意して決定した国境が、一方的に変更される危険をはらんでいる状態では、領土交渉を行うこと自体の意味がない。
北方四島は、われわれの祖先が開拓した固有の領土なので、その返還を絶対に諦めてはならない。今こそ、北方領土に日本人が定住することができるメカニズム構築を真剣に考えるべきだ。仮にクリミアに居住するウクライナ人が、圧倒的多数を占めていたならば、ロシアも今回のような強硬策を取ることはできなかったと思う」と。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140322/erp14032214040010-n1.htm
この日本人の定住ということは、北方領土返還交渉における重要なポイントである。既に北方四島には、多数のロシア系住民が住んでしまっているから、これを返還と共に、排除することは難しい。また返還後、ロシア系住民の人口を越える日本人が移住しないと、佐藤氏が指摘するロシアへの再編入がされる可能性は大きい。ロシア政府とすれば、日本に全面的に譲歩して四島を返還しても、四島を餌に日本から経済的利益を得たところで、民主的な手続きを踏んで四島を再編入すれば、領土もそっくり戻ってくるというわけである。
これに対して、わが国はどういう中長期戦略を立てるか。政府・外交当局者はよく研究してもらいたいものである。
関連掲示
・拙稿「クリミア併合後、プーチン訪中で中露は連携を強化した」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
目次から項目53へ
・拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
目次から項目2へ
・拙稿「対ロシア『包括的アプローチ』は焦らずに~木村汎氏」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5ef3a847ff0c1c1462797091fb03bddd
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます