◆フランス
フランスは来年(2017年)4~5月に大統領選挙が行われる。その選挙で、国民戦線(FN)の党首マリーヌ・ルペンが勝つ可能性は少なくないと見られている。
ルペンは、トランプの勝利後、「イギリスがEU離脱を決めたのに続いて、トランプが勝利した。我々はトランプが差し出した手を握って進まねばならない」と述べた。トランプの勝利は、ルペンへの追い風になっている。逆に、再選を目指す社会党のフランソワ・オランド大統領には大きな打撃となった。オランドは支持率が5%というひどい低率になっており、再選に出馬しないことを明らかにした。それにしても、パリ同時多発テロ事件以後、ヨーロッパで最も危機管理に力を入れていながら、この支持率は情けない。
もともとフランスにおける共和党と社会党の違いは、自由主義と社会主義の違いである。だが、これらの政党はともにEUを支持しており、現在はEU支持勢力の中の右派と左派の違いでしかない。共和党は、1990年代からイギリスやアメリカの新自由主義の影響を強く受けて、新自由主義が主流となっている。フランスのグローバリズム的なリージョナリズムにおける新自由主義と社会主義は、脱国家・脱国民では共通している。これに対抗するのは、反グローバリズムかつ反リージョナリズムのナショナリズムである。
FNは、リベラル・ナショナリズムの政党である。ユダヤ人排外主義・反移民とネイションの強化を主張するジャン=マリー・ルペン党首に率いられて、1980年代に勢力を拡張した。だが、娘のマリーヌが2代目党首になると、排外主義のトーンを下げ、社会保障重視政策を掲げて支持者を拡大してきた。
マリーヌ・ルペンは、昨年11月、パリで同時多発テロが起きた後、「イスラーム主義はフランスの価値観に合わない」と移民受け入れの適正化を主張し、EUが進める自由貿易を批判して、社会党の基盤である労働者層に支持を広げてきた。本年6月、英国の国民投票でEU離脱が決まると、ルペンはこれを歓迎し、「フランスにはEU離脱のための理由が、英国以上にある。その理由はフランスはユーロ圏に属し、シェンゲン協定に加盟しているからだ」と語った。シェンゲン協定は、ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定である。
父のジャン=マリーは、2002年の大統領選で社会党候補を破って決選投票に進んだ。だが、社会党はFN政権を阻止するため、保守系のシラク大統領(当時)を支持し、シラクが約8割の得票率で圧勝した。娘マリーヌにとっては、親子二代の大統領への挑戦である。経済改革に失敗した社会・共和、二大政党及び既成政治家に対する批判がかつてなく強まり、来年の大統領選挙ではマリーヌへの期待が高まっている。
こうしたなか、最大野党の共和党は、11月27日、大統領選の中道・右派陣営の統一候補として、フランソワ・フィヨン元首相を選出した。フィヨンはニコラ・サルコジ政権で首相を務め、サルコジ同様、新自由主義とリージョナリズムの立場である。構造改革を重視し、特に労働市場の改革を通して市場原理を活かすことを目指している。法人税の引き下げや企業への支援を通じて経済の再生を図る。その一方、移民の受け入れには否定的であり、この点がこれまでの有力政治家と異なる。FNは嫌だが、移民の増加は制止したいという層の支持を集めやすい。
仏大統領選は2回投票制で、最初の投票で過半数を得票した候補がいない場合、上位2人が決選投票に進む仕組みである。現在の大方の予想としては、第1回で過半数を獲得する候補はなく、フィヨンとルペンで決選投票が行われると見られる。
11月27日の中道・右派の予備選が行われた後、最初に公表された世論調査によると、大統領選第1回投票の得票率予想は、フィヨンが26%、ルペンが24%だった。ルペンにとっては、ここ数カ月で最も低い数字となった。
フィヨンは、予備選・決選投票において、FNが強い地盤で最も高い得票率を記録した。フィヨンの保守的な姿勢と移民への強い態度には、ある程度FNの支持者を引き付けるものがある。それがルペンの支持率の低下をもたらしていると見られる。
ルペンは、大統領に当選したら、「EU離脱の是非を問う国民投票を実施する」と公約している。「離脱により、わが国はドイツや欧州官僚から主権を取り戻す」と主張している。FN副党首のフロリアン・フィリッポも、「我々が政権の座に就いたら、まず6カ月以内にユーロの使用を取りやめ、フランを再導入する」と断言している。社会党と共和党は、ルペン阻止のため決選投票で結託するだろうから、トランプ勝利のような「まさか」の事態が起きる可能性は、現時点では高くはない。だが、国民の不満が増大する事態が続けば、「まさか」の結果が起るかもしれない。
大統領選挙に続いて、2017年6月には国民議会選挙が行われる。ここでFNが議席を伸ばせば、社会党と共和党によるフランスの二大政党制が揺らぎ出すだろう。
ルペン大統領の誕生ないし国政でのFNの勢力伸長は、ドイツと並ぶ大国フランスのEU離脱に現実味を与えるだろう。英国のEU離脱を「ブレグジット(Brexit)」というのに対し、フランスのEU離脱を「フレグジット(Frexit)」という。英国は外様である。だが、フランスは、ドイツと並ぶEU二本柱の一つである。英国と違ってユーロ使用国である。フレグジットは、ブレグジット以上に、フレグジットはEUに強力な打撃を与えるに違いない。フランスが離脱すれば、その他の欧州各国でも、反EU、脱ユーロの勢力が増進し、次々に離脱が進むと予想される。EUは単なる規模の縮小にとどまらず、ドイツを中心とした再編を余儀なくされ、解体の道を進むかもしれない。
◆その他の国々
オーストリア、イタリア、フランス以外の国でも、オランダ、ドイツ、フィンランド等の多くのEU加盟国で、自国の決定権を取り戻し、移民や難民を規制ないし排除して自国民の利益を優先するリベラル・ナショナリズムの政党が台頭している。それらの政党にも、トランプ旋風の追い風が吹く。
オランダでは、英国のEU離脱決定後、リベラル・ナショナリズム政党・自由党のウィルダース党首が、EU離脱を問う国民投票の実施を主張した。ウィルダースへの支持率が上昇しており、来年3月の総選挙で自由党が第1党に躍り出る勢いを見せている。
EUの本丸は、ドイツである。ドイツはEU・ユーロ圏で一人勝ちしている。域内最大の工業力を持ち、輸出主導型の経済を推進しているドイツにとって、EUは自国繁栄に絶好の機構である。西独は東独との統一を機に、東欧からの安い労働力を利用し、さらにトルコ以外のイスラーム教国からさらに安い労働力を大量に入れることで、輸出競争力を強化してきた。EUはナチスが出来なかったドイツによるヨーロッパ支配を実現した「ドイツ第四帝国」であるとか、ユーロもマルクが名前を変えたに過ぎないとかという見方さえある。
だが、そのドイツでさえ、移民の規制、難民支援の削減、EU離脱を主張するリベラル・ナショナリズムの政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、勢力を伸長しつつある。今年の州議会選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が伸び悩む中、AfDが躍進した。AfDのペトリ代表は「もう一つのヨーロッパ、つまり諸国から成り立つヨーロッパ実現のための機は熟した」と語り、ヨーロッパ最大の反EU・ナショナリズムの勢力であるフランスの国民戦線(FN)との連携を強めている。2017年秋の連邦議会選挙ではAfDが国政に進出するとみられており、グローバリズム的リージョナリズムの与党がAfDに票を奪われれば、政権交代が起る可能性さえ出て来る。「欧州安定の要」とされるメルケル首相も盤石とはいえない。ドイツでさえも統合から分離への逆流が起るかもしれない。
もしドイツで、反EU・ナショナリズムの政権が誕生したら、EUは死に至る。もちろん近い将来、一気にそこまでの変化が起こるとは考えにくい。だが、そうした巨大な地殻変動が起きるエネルギーが、ヨーロッパには蓄積しつつある。アメリカにおけるトランプ政権の誕生は、太平洋を隔てて通底するヨーロッパの歴史的な変化を加速する駆動力を秘めている。
次回に続く。
フランスは来年(2017年)4~5月に大統領選挙が行われる。その選挙で、国民戦線(FN)の党首マリーヌ・ルペンが勝つ可能性は少なくないと見られている。
ルペンは、トランプの勝利後、「イギリスがEU離脱を決めたのに続いて、トランプが勝利した。我々はトランプが差し出した手を握って進まねばならない」と述べた。トランプの勝利は、ルペンへの追い風になっている。逆に、再選を目指す社会党のフランソワ・オランド大統領には大きな打撃となった。オランドは支持率が5%というひどい低率になっており、再選に出馬しないことを明らかにした。それにしても、パリ同時多発テロ事件以後、ヨーロッパで最も危機管理に力を入れていながら、この支持率は情けない。
もともとフランスにおける共和党と社会党の違いは、自由主義と社会主義の違いである。だが、これらの政党はともにEUを支持しており、現在はEU支持勢力の中の右派と左派の違いでしかない。共和党は、1990年代からイギリスやアメリカの新自由主義の影響を強く受けて、新自由主義が主流となっている。フランスのグローバリズム的なリージョナリズムにおける新自由主義と社会主義は、脱国家・脱国民では共通している。これに対抗するのは、反グローバリズムかつ反リージョナリズムのナショナリズムである。
FNは、リベラル・ナショナリズムの政党である。ユダヤ人排外主義・反移民とネイションの強化を主張するジャン=マリー・ルペン党首に率いられて、1980年代に勢力を拡張した。だが、娘のマリーヌが2代目党首になると、排外主義のトーンを下げ、社会保障重視政策を掲げて支持者を拡大してきた。
マリーヌ・ルペンは、昨年11月、パリで同時多発テロが起きた後、「イスラーム主義はフランスの価値観に合わない」と移民受け入れの適正化を主張し、EUが進める自由貿易を批判して、社会党の基盤である労働者層に支持を広げてきた。本年6月、英国の国民投票でEU離脱が決まると、ルペンはこれを歓迎し、「フランスにはEU離脱のための理由が、英国以上にある。その理由はフランスはユーロ圏に属し、シェンゲン協定に加盟しているからだ」と語った。シェンゲン協定は、ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定である。
父のジャン=マリーは、2002年の大統領選で社会党候補を破って決選投票に進んだ。だが、社会党はFN政権を阻止するため、保守系のシラク大統領(当時)を支持し、シラクが約8割の得票率で圧勝した。娘マリーヌにとっては、親子二代の大統領への挑戦である。経済改革に失敗した社会・共和、二大政党及び既成政治家に対する批判がかつてなく強まり、来年の大統領選挙ではマリーヌへの期待が高まっている。
こうしたなか、最大野党の共和党は、11月27日、大統領選の中道・右派陣営の統一候補として、フランソワ・フィヨン元首相を選出した。フィヨンはニコラ・サルコジ政権で首相を務め、サルコジ同様、新自由主義とリージョナリズムの立場である。構造改革を重視し、特に労働市場の改革を通して市場原理を活かすことを目指している。法人税の引き下げや企業への支援を通じて経済の再生を図る。その一方、移民の受け入れには否定的であり、この点がこれまでの有力政治家と異なる。FNは嫌だが、移民の増加は制止したいという層の支持を集めやすい。
仏大統領選は2回投票制で、最初の投票で過半数を得票した候補がいない場合、上位2人が決選投票に進む仕組みである。現在の大方の予想としては、第1回で過半数を獲得する候補はなく、フィヨンとルペンで決選投票が行われると見られる。
11月27日の中道・右派の予備選が行われた後、最初に公表された世論調査によると、大統領選第1回投票の得票率予想は、フィヨンが26%、ルペンが24%だった。ルペンにとっては、ここ数カ月で最も低い数字となった。
フィヨンは、予備選・決選投票において、FNが強い地盤で最も高い得票率を記録した。フィヨンの保守的な姿勢と移民への強い態度には、ある程度FNの支持者を引き付けるものがある。それがルペンの支持率の低下をもたらしていると見られる。
ルペンは、大統領に当選したら、「EU離脱の是非を問う国民投票を実施する」と公約している。「離脱により、わが国はドイツや欧州官僚から主権を取り戻す」と主張している。FN副党首のフロリアン・フィリッポも、「我々が政権の座に就いたら、まず6カ月以内にユーロの使用を取りやめ、フランを再導入する」と断言している。社会党と共和党は、ルペン阻止のため決選投票で結託するだろうから、トランプ勝利のような「まさか」の事態が起きる可能性は、現時点では高くはない。だが、国民の不満が増大する事態が続けば、「まさか」の結果が起るかもしれない。
大統領選挙に続いて、2017年6月には国民議会選挙が行われる。ここでFNが議席を伸ばせば、社会党と共和党によるフランスの二大政党制が揺らぎ出すだろう。
ルペン大統領の誕生ないし国政でのFNの勢力伸長は、ドイツと並ぶ大国フランスのEU離脱に現実味を与えるだろう。英国のEU離脱を「ブレグジット(Brexit)」というのに対し、フランスのEU離脱を「フレグジット(Frexit)」という。英国は外様である。だが、フランスは、ドイツと並ぶEU二本柱の一つである。英国と違ってユーロ使用国である。フレグジットは、ブレグジット以上に、フレグジットはEUに強力な打撃を与えるに違いない。フランスが離脱すれば、その他の欧州各国でも、反EU、脱ユーロの勢力が増進し、次々に離脱が進むと予想される。EUは単なる規模の縮小にとどまらず、ドイツを中心とした再編を余儀なくされ、解体の道を進むかもしれない。
◆その他の国々
オーストリア、イタリア、フランス以外の国でも、オランダ、ドイツ、フィンランド等の多くのEU加盟国で、自国の決定権を取り戻し、移民や難民を規制ないし排除して自国民の利益を優先するリベラル・ナショナリズムの政党が台頭している。それらの政党にも、トランプ旋風の追い風が吹く。
オランダでは、英国のEU離脱決定後、リベラル・ナショナリズム政党・自由党のウィルダース党首が、EU離脱を問う国民投票の実施を主張した。ウィルダースへの支持率が上昇しており、来年3月の総選挙で自由党が第1党に躍り出る勢いを見せている。
EUの本丸は、ドイツである。ドイツはEU・ユーロ圏で一人勝ちしている。域内最大の工業力を持ち、輸出主導型の経済を推進しているドイツにとって、EUは自国繁栄に絶好の機構である。西独は東独との統一を機に、東欧からの安い労働力を利用し、さらにトルコ以外のイスラーム教国からさらに安い労働力を大量に入れることで、輸出競争力を強化してきた。EUはナチスが出来なかったドイツによるヨーロッパ支配を実現した「ドイツ第四帝国」であるとか、ユーロもマルクが名前を変えたに過ぎないとかという見方さえある。
だが、そのドイツでさえ、移民の規制、難民支援の削減、EU離脱を主張するリベラル・ナショナリズムの政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、勢力を伸長しつつある。今年の州議会選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が伸び悩む中、AfDが躍進した。AfDのペトリ代表は「もう一つのヨーロッパ、つまり諸国から成り立つヨーロッパ実現のための機は熟した」と語り、ヨーロッパ最大の反EU・ナショナリズムの勢力であるフランスの国民戦線(FN)との連携を強めている。2017年秋の連邦議会選挙ではAfDが国政に進出するとみられており、グローバリズム的リージョナリズムの与党がAfDに票を奪われれば、政権交代が起る可能性さえ出て来る。「欧州安定の要」とされるメルケル首相も盤石とはいえない。ドイツでさえも統合から分離への逆流が起るかもしれない。
もしドイツで、反EU・ナショナリズムの政権が誕生したら、EUは死に至る。もちろん近い将来、一気にそこまでの変化が起こるとは考えにくい。だが、そうした巨大な地殻変動が起きるエネルギーが、ヨーロッパには蓄積しつつある。アメリカにおけるトランプ政権の誕生は、太平洋を隔てて通底するヨーロッパの歴史的な変化を加速する駆動力を秘めている。
次回に続く。
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