ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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大筋合意したTPPは本当に国益になるのか3

2015-10-20 08:52:12 | 国際関係
 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、10月6日に大筋合意に至った。TPPは、米国オバマ政権が推し進めてきた貿易協定で、これまでの交渉に5年以上かかった。日米を双頭とする参加12か国の国内総生産(GDP)は計3100兆円。世界全体の40%に及び、人口は8億人を超えて欧州連合(EU)を上回る。
 オバマ大統領は、合意発表の当日、TPPについて言及した際、「中国のような国に世界経済のルールを書かせることはできない。我々がルールを書き、米国製品の新たな市場を開くべきだ」と発言した。また「歴史上のどの協定よりも、労働や環境で強力な取り組みを含んでいる」「21世紀で重要な地域の同盟国との戦略的な関係を強めるものとなる」と述べた。
 TPPを背後で推進し、早期妥結を求めてきたのは、米国の巨大国際金融資本である。各分野の国際的大企業がチームを組んで交渉が有利に進むよう様々な圧力をかけてきた。その一方、米国社会では、オバマ政権の与党・民主党にTPPに反対したり、慎重な姿勢を見せる政治家が少なくない。
 民主党の次期大統領候補の筆頭に挙げられるヒラリー・クリントン前国務長官は、米国の公共放送PBSのインタビューで、TPPには多くの「不明な部分」があるとし、「これまで分かった内容では賛成できない」と語った。クリントンは、米国の労働者の利益になる貿易協定しか支持しないと述べ、「当初から言っているが、米国でしっかりとした雇用を創出し、賃金を引き上げ、国家の安全保障を強める貿易協定でなければならない。このような高い評価基準を満たさなければならないというのが依然として私の信念だ」と語ったと伝えられる。
 クリントン以外にも、民主党から大統領選に出馬表明しているバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)やマーティン・オマリー前メリーランド州知事もTPP反対を表明している。
昨年11月の中間選挙で、野党・共和党が上下両院で過半数を獲得した。共和党はTPP推進の議員が多く、オバマ政権のTPP交渉に好意的である。だが、連邦議会では、上下両院に民主党を中心にTPP反対の議員がかなりいて、条約の批准は難航するだろうと見られる。
 米国のマスメディアにも、慎重な姿勢を見せる有力紙が複数ある。ニューヨーク・タイムズ紙は、6日付の社説で「TPPが米国経済のためになるかどうかは、すべての条項が明らかになるまでは分からない」と書いた。ベトナムなどで問題になっている児童労働や人身売買などの解決に期待を示しつつ、正式署名までに議員や利害関係者が「気に入らない条項を再交渉させるためにオバマ政権に圧力をかける」と分析している。
 ワシントン・ポスト紙は、6日付の社説で、大筋合意を「米国が今でも国際社会で指導力を発揮できることを示した」とした上で、議会での批准は「これまでの道のりよりもさらに難しい」と指摘した。
 ウォールストリート・ジャーナルも7日付社説で、「合意の詳細が明らかになるまで態度を保留する」と表明した。また、今回の合意が6月に成立した貿易促進権限(TPA)法で定められた自由貿易協定が求める要件を満たすかどうかの判断に時間がかかるとして、TPP批准は「2016年の選挙後まで議会で採決されないかもしれない」と書いた。また、製薬会社が後発薬との競合が起きない状況が13~16年程度はないと採算がとれず、新たな薬の開発資金を確保できないと主張していることを踏まえ、「大筋合意は米国の競争力と世界の健康促進に貢献してきた知的集約型産業に打撃を与える」という見通しを述べている。
 TPP交渉を主導してきた米国に、こうした反対論や慎重論がかなりあるのに比べ、わが国のマスメディアの論調は、TPP大筋合意について賛同的である。
 主要紙の社説では、読売新聞・産経新聞・朝日新聞・毎日新聞・日経新聞が積極的に支持している。朝日は「世界の成長を引っ張るアジア太平洋での新たな基準が他の交渉を刺激しそうだ」、読売は「経済活動の自由度が高まり、生産拡大や雇用創出など、様々な恩恵を享受できよう」、産経は「いまだ安定成長が見通せない日本経済が強さを取り戻す上でもTPPは欠かせない」、毎日は「TPPは競争力回復の契機となる」、日経は「日本のGDPを2%分押し上げる効果があるとの試算もある」と書いた。この一方、TPPに懸念を示す新聞もあり、東京新聞は「自由な経済活動を放任すれば弱者は追い込まれ、経済格差は拡大して対立が深まる」と書いた。
 読売・産経は、TPPに中国に対する牽制効果があると見ている。読売は「日米が結束し、同盟関係を深化させる効果も見逃せない。覇権主義的動きを強める中国への牽制となろう。世界最大の経済協定であるTPPの原則は「国際標準」となる。公正、透明なルールに従うよう中国に改革を迫り、世界2位の経済力を世界の繁栄に生かしたい」と書いた。産経は、TPPに「単なる通商協定にとどまらぬ戦略的意義」を認め、経済や軍事で影響力をと強める中国について「覇権主義的な動きには問題が多い」「恣意的な経済運営が目立ち、法の支配も不十分だ」と断じ、AIIB等を念頭に「それで透明性の高い自由市場を築けるのか。TPPはこれを牽制するものだ」と主張する。
 米国の政治家における意見対立や米国有力紙とわが国の主要紙の論調の相違を見る時、TPPがこれまでの外交交渉に例がないほど複雑な問題であることが、より一層浮かび上がってくる。

 冒頭に書いたことを繰り返すと、私は、TPPはわが国にとって多くの問題を孕んでおり、米国への妥協は大きく国益を損なうと懸念する。ここ2年数か月、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。その点、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。
 TPP交渉は公開されておらず、大筋合意の中味は詳細が明らかにされていない。だから、よく分からないことが多い。日米双方の議会からも、このことに関する不満が多く出ている。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。
 TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに唯一意味があるとすれば、台頭する中国への対抗、特にわが国の場合、中国の軍事力からの国防である。実際、わが国には、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。それゆえ、TPP外交交渉が大筋合意に至ったという現在、わが国はこの課題に関することから言っても、憲法改正を急務としているのである。(了)

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