ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

人権160~価値の移転と権力関係

2015-06-09 09:28:17 | 人権
●権力関係を加えないと価値の移転は説明できない

 西欧における資本家と労働者の権利と権力の関係の変動は、西欧だけで行われたものではない。近代資本主義は、西欧とラテン・アメリカ、アフリカ、アジアとの関係の中で発達した。イマヌエル・ウォーラーステインは、「近代世界システム」は、中核―半周辺―周辺の三層に構造化された「資本主義世界経済」として形成されたとする。半周辺は、中核と周辺の中間領域である。西欧を中核部とし、東欧・ロシアを半周辺部、ラテン・アメリカ、アフリカ、アジアを周辺部とする支配・収奪の構造が、資本主義を発達させた。西欧におけるいわゆる人権の発達は、この構造における上部集団の権利の獲得・拡大である。
 世界的な資本主義の中核部と周辺部の間には、権利と権力の関係が形成された。ウォーラーステインは近代世界システムの分析において、中核部と周辺部の間で商品交換が行われる際、周辺部において競争的に生産される産品は弱い立場に置かれ、中核部において独占に準ずる状況で生産される産品は強い立場を占めるとし、「結果として、周辺的な産品の生産者から中核的な産品の生産者への絶え間ない剰余価値の移動が起こる」と説く。しかし、ウォーラーステインは、剰余価値という用語を使っていながら、この用語は「生産者によって獲得される実質利潤の総額という意味でしか用いていない」と断っている。
 アルギリ・エマニュエルは、周辺的産品が中核的産品と交換されるときに、剰余価値の移転を伴うとし、これを「不等価交換」と呼んだ。これについて、ウォーラーステインは、「不等価交換は、政治的に弱い地域から政治的に強い地域への資本蓄積の移転の唯一の形態ではない。たとえば収奪というかたちもあり、近代世界システムの初期の世界=経済に新しい地域が包摂される際には、広い範囲でしばしば行われた」と述べている。すなわち、「政治的に弱い地域から政治的に強い地域への資本蓄積の移転」には、収奪、不等価交換等の形態があるとしている。
 私見を述べると、不等価交換は、市場での交換における価値の移動の非対称性をいう。形式的には等価交換に見えるが、実質的には不等価交換になっているために、一方的に価値が移動していくわけである。これに比べ、収奪は、強制的に奪い取ることである。売買という経済的な行為ではなく、権力による政治的な行為である。多少の対価が支払われても、極度に非対称的な場合は、収奪という。
 ウォーラーステインは「政治的に弱い地域から政治的に強い地域へ資本蓄積の移転」と書いているが、私は、価値の移転は、経済の原理によるだけではなく、政治学的な権力関係によると考える。そして権力関係という社会的要素を重視しなければ、資本主義の根本構造は理解できないと思う。
 いわゆる人権は、とりわけリベラル・デモクラシーとナショナリズムが融合した国において、資本主義の発達とともに、主に国民の権利として発達した。

●中核部の資本主義は変貌しつつ発達を続けている

 資本主義は、19世紀の後半から様々な点で変貌しながら生き延び、またますます発達を続けている。マルクスは、『資本論』において、資本制社会はブルジョワジーとプロレタリアートに二極化し、労働者は絶対的に窮乏化すると予想した。恐慌が必ず起こり、プロレタリアートが蜂起して革命が起こるといって、革命運動を煽動した。だが、絶対的窮乏化、階級の二極分化、恐慌の不可避性という彼の予想はことごとく外れた。
 階級については、マルクスは、資本家と労働者の中間に中産階級があるとしていた。プティ・ブルジョワともいう。中小商工業者・自営農民・自由業者等を指し、社会の中間層をなす。中産階級は、小所有者階級として所有者意識を持つ反面、生活上は労働者に近いという二重の立場に立つ。マルクスは、中産階級は資本主義社会の発展とともに衰退・分解する不安定な階級とした。しかし、近代世界システムの中核部は、周辺部から収奪する富によって社会全体が豊かになり、労働者の生活も豊かになった。また資本主義の高度な発達によって、19世紀後半より労働者は精神的労働者と肉体的労働者に分化し、精神的労働を担うホワイトカラーが増加し、かつての中産階級を旧中間層とすれば、新中間層を形成するようになり、かつ極度に増大していった。
 また株式会社の発展により、大会社の場合、資本所有者である株主の数が増加し、中小株主が増えて株式所有が分散し、大株主の持ち株が低下する傾向が現れた。その一方、経営管理の職能が専門化し、所有者と経営者の分離が進んだ。企業だけでなく国家においても、高度な知識・技術を持つ経営者や官僚、すなわち精神的労働者の役割が重要になった。また労働者も株式を購入することで、資本の所有に参加することができるから、小所有者が増加した。
 社会の変動は、権利・権力の闘争によってのみ起こるのではなく、協調・融合によっても起こる。19世紀末期以降の欧米諸国では、生活水準が向上し、労働者階級の多くは、プロレタリアートというすべてを奪われ、失った階級ではなくなっていった。また議会制民主主義による漸進的な社会改良が進んでいった。こうした変化を可能にした条件の一つが、中核部による周辺部の支配・収奪だった。周辺部からの価値の移動をもとに、中核部の諸国では、国民経済が成長し、富と豊かさが増大した。それとともに、労働者階級を含む国民全体の権利は拡大・強化されていった。それが、欧米における人権の発達に関する国際間の経済的社会的構造である。

 次回に続く。