ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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現代世界史35~人間開発と人間の安全保障

2014-09-05 10:01:39 | 現代世界史
●人間開発と人間の安全保障

 人権に関する取り組みにおいて、1990年代から重要な位置を占めるようになっているのが、「人間開発」と「人間の安全保障」という二つの概念である。
 戦後世界では、国連とともにIMF・世界銀行等の国際金融機関が国際社会の政治的経済的秩序の維持を図っている。これらの国際金融機関は、大戦の疲弊からの復興と経済成長を目指してきた。そこで用いられる開発の概念は、GDPに代表されるような、ものやサービスの生産の量的な拡大を意味するものである。
 これに対し、パキスタン出身の経済学者マーブブル・ハクは、「人間開発」という概念を提示した。人間開発の概念は、従来の経済開発中心の路線から人間中心の発展路線への方向転換を促した。そして国内総生産(GDP)や国民総生産(GNP)に反映されるような商品の生産に偏りすぎていた人々の目を、人間の生活の本質と豊かさに向けさせた。ハクは、人間開発の概念を用いて、国連を中心に国際的な正義の実現を図る政策を推進した。
 政治哲学者ジョン・ロールズの正義論の影響により、1970年代以降、正義(justice)は主に自由と平等に関する公正(fairness)、正義の実現は不平等や格差の是正を意味する。
 インド出身の経済学者アマルティア・センはハクに協力し、「人間開発指標(Human Development Index、HDI)」を作成した。GDP等の数値化された経済指標に対し、人間開発を定量化し、客観的に評価できるように考案したものである。具体的には、出生時平均余命(歳)、成人識字率 (15歳以上)、複合初等・中等・高等教育総就学率、購買力平価で計算した一人当たりGDPによって算出する。数値によって、上位国、中位国、下位国に分ける。HDIによって、人間開発は、21世紀の国際開発協力の新しい理念となった。
 人間開発とともに、もう一つセンが提案して現代世界に重大な影響を与えているのが、「人間の安全保障」の概念である。センは、1994年次の国連開発計画(UNDP)による『人間開発報告書』で、この概念を打ち出した。人間の安全保障とは、「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること」と定義される。人間の安全保障論は、発展途上国における貧困、階級や所得格差に基づく不平等などが内戦・紛争を引き起こす主な原因であり、社会や政治における民主的な発展が、平和を実現する道であることを主張する。伝統的な安全保障は国家安全保障だが、人間の安全保障は個々の人間の安全を保障しようとする。国家の安全保障と人間の安全保障は対立するものではなく、相互補完的な関係にあるとされる。
 人間の安全保障という考え方は、短時日に世界中に広がった。冷戦終結後の世界において、地域紛争の多くは発展途上国で起こっており、その状況に対応するために、人間の安全保障は不可欠の概念となった。
 人間の安全保障の主な領域は、経済・食糧・健康・環境・個人・地域社会・政治の7つある。そしてこのような人間の安全保障を実現する新しい開発のパラダイムとして、「持続可能な人間開発」がある。「持続可能な人間開発」は、地球環境の保全と経済成長の調和を図る「持続可能な開発」という概念をもとにしている。「環境と開発に関する世界委員会」は、持続可能な開発を「将来世代の必要を満たす能力を損なうことなく現存世代の必要を満たすような開発」と定義している。「持続可能な人間開発」は、開発を単に経済的な開発でなく、広く人間開発としたものである。世代間と世代間の公平を重視し、現在の世代も将来の世代もともにケイパビリティ(潜在能力)を最大限に発揮できるような開発である。ケイパビリティは、実際に人が何かをすること、または何かになることができる能力を意味する。「持続可能な人間開発」は、また人間・雇用・自然を重視し、貧困の撲滅、生産性の高い雇用の創出、女性の社会参画、環境の保全と再生を重視する考え方である。
 人間開発と人間の安全保障は相補的なものであり、大まかに言うと、人間開発が自由の拡大を目指し、人間の安全保障が平等に考慮するという関係にあると言えよう。
 国連では、2006年(平成18年)に総会の補助機関として国連人権理事会が設置された。旧人権委員会が格上げされたものである。それ以来、国連の人権活動は新たな局面に入り、国連では人権の主流化が進んでいる。その中で、人間開発と人間の安全保障は、国連の活動の柱となる重要な概念である。

 次回に続く。