ほそかわ・かずひこの BLOG

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現代世界史34~国際人権規約と各種国際人権条約

2014-09-04 08:44:50 | 現代世界史
●国際人権規約と各種国際人権条約

 1960年代には、国連に加盟する発展途上国の数が急増した。「国際連合=連合国」は、第2次大戦の戦勝国による国際秩序の固定化を目指す組織だが、新興国が大挙して加盟したことにより、その性格を変えてきた。アジア、アフリカで増加する国民国家は発言力を増し、旧宗主国と旧植民地、白人諸国と有色人種諸国、大国と中小国等の間の強力や調整が求められるようになった。国際社会の多数派を占めるに至った有色人種新興国は、人権を享有する上で民族自決は前提条件であると主張した。この大きな流れの中で、国際人権規約が、1966年(昭和41年)12月16日に、国連総会で採択された。
 国際人権規約は、世界人権宣言のもとで、人権の理念を具体化し加盟国を直接に拘束する効力を持つ条約である。国際人権規約は、A規約・B規約という二つの規約の総称である。A規約は社会権規約、B規約は自由権規約である。これらの規約は基本的に世界人権宣言を条約化したものであり、人権の国際的保障の仕組みにおいて、最も重要な位置を占めるものとなっている。
 人権は近代西欧で、まず国家権力の介入からの自由として発達した。それゆえ、その権利すなわち自由権は「第1世代の人権」と呼ばれる。次に、資本主義の発展により生じた社会的矛盾を解決するために、国家の積極的関与によって実現される権利が発達した。それゆえ、その権利すなわち社会権は、「第2世代の人権」と呼ばれる。これら第1世代、第2世代の人権は、ともに20世紀半ばに、世界人権宣言及び国際人権規約に規定されるものとなった。
 さらに国際人権規約は、第1世代、第2世代だけでなく、新たな権利をも定めた。それが「第3世代の人権」と呼ばれるものである。自由権、社会権に対し、「連帯の権利」と称される。その代表的なものが「発展の権利」である。他に「環境と持続可能性への権利」「平和への権利」等が提起されている。
 「第3世代の人権」のうち「発展の権利」は、白色人種の支配から独立を勝ち得た有色人種の要望によって承認されたものである。自由権規約・社会権規約の双方に定められた。そして1986年の「発展の権利宣言」、1993年の「ウィーン宣言及び行動計画」を経て、国際社会に定着した。
 世界人権宣言及び国際人権規約は、主に普遍志向的な権利を定めたものだが、それだけでなく、特殊的権利をも定めている。その後者を拡張する形で特殊志向的な人権条約が制定されてきた。それが地域的人権条約及び個別的人権条約である。これらの人権条約は、第1世代、第2世代の人権を特殊志向的に発達させてきた。
 1951年(昭和26年)に欧州人権条約、69年(44年)に米州人権条約、81年に(56年)アフリカ人権憲章等が採択されてきている。これらを地域的人権条約という。欧州に続いて、米州・アフリカで地域的な人権条約が作られたことは、非西洋社会は西欧発の人権観念を受容すると、これを自分たちの権利意識に合うように修正しつつ、発展させていることを示している。なお、世界で最大の人口を擁するアジアでは、地域的な人権条約は作られていない。このことは、アジアの権利意識が欧米と共通だからではない。逆に違いが大きいためである。
 国連は総会が採択した国連憲章と世界人権宣言のもとに、漸次国際人権法の拡大をはかり、個別的条約を制定してきた。個別的人権条約には、ジェノサイド、人種差別、アパルトヘイト、女子差別、拷問等の特定の行為や慣習を禁止する禁止条約と、難民、子ども、障害者、移住労働者、先住民族等の特定の集団の権利を保護する保護条約がある。
 国際人権諸条約に定められた個人の自由及び権利が国家の体制のいかんを問わず、実現すべき価値であるという認識は、大局的には深まりつつある。また国際人権規約の自由権規約及び社会権規約は、今日ともに160以上の国が締約国となっている。個別的人権条約についても、締約国が最も多い子どもの権利条約は190以上の国が締約国となっている。また女性差別撤廃条約も締約国は180以上となっている。それにもかかわらず、人権の思想の根本にあるべき人間観について、人類は未だ共通の認識を形成できていない。人類が共有しうる新しい人間観の構築が求められている。

 次回に続く。