●日本再建のために実行すべき課題(続き)
<課題7 誇りある歴史の教育~日本人自らの歴史を伝える>
戦後、日本で流布されたのは、東京裁判で勝者が日本を一方的に断罪するために作り上げた歴史観だった。この歴史観は、アメリカの太平洋戦争史観とソ連の階級闘争史観、中国の民族解放史観が融合したものである。これを東京裁判史観という。
東京裁判史観は、戦後の日本人の意識を深く支配している。その克服は、重要な課題である。日本人の立場に立った歴史観を取り戻さねばならない。
歴史とは、アイデンティティの確認である。自分とは何者か。自分には親があり、親にはそのまた親がいる。生命のつながりの中に自分はある。この親・先祖からの生命の連続性を、事象の継起を通して表現したのが、歴史である。自分が今日あることを、親に感謝する。先祖の苦難と努力に敬いの気持ちを持つ。そこに、日本人として生まれたことへの誇りが湧く。また喜びとなる。
青少年には、日本人のよいところを教え、誇りを持たせることが大切である。そこに自然と愛国心が育つ。過去の反省は、自己肯定の感情あってのものでなくてはいけない。自己否定や自己嫌悪からは、自嘲や自虐しか生まれない。その先に動き出すのは、自滅への衝動である。
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・拙稿「教科書を改善し、誇りある歴史を伝えよう」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06c.htm
<課題8 日本的道徳の回復~教育勅語を復権する>
明治時代にわが国の伝統的な道徳は、教育勅語に集約され、教育勅語に基づく教育が行われた。教育勅語は、家庭道徳、社会道徳、国民道徳の徳目を並べ、伝統を踏まえつつ、近代国家の国民の育成を期したものだった。
敗戦後、GHQは国会で教育勅語が廃除・失効されるように誘導した。これによって学校教育で、日本の道徳は教えられなくなった。明治生まれ、大正生まれの世代が家庭や社会にいる間は、民間において民族の道徳が伝えられた。しかし、その世代が少なくなるにしたがって、戦後教育の影響が顕著になった。
戦後教育は、教育基本法に基づく。教育基本法は、日本国憲法の精神を教えるものである。憲法は、アメリカ人が起草した。憲法は、アメリカ的な自由主義・民主主義・個人主義の価値観に基づいている。その占領者の価値観を身に着けた日本人を育てる教育がされた。日本人を親や先祖とは違う価値観を持つ日本人に変える教育である。その教育が浸透するにつれ、利己主義や拝金主義が蔓延した。家庭が崩壊し、社会が荒廃した。
日本人は、本来日本人が持っていた道徳を取り戻さねばならない。そのためにまずなすべきことは、教育勅語を復権することである。
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・拙稿「教育勅語を復権しよう」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02c.htm
<課題9 家族の復権~生命のつながりの自覚を>
GHQは、日本人の団結力の基盤が家庭にあると見て、日本の家族制度を改変した。憲法・民法を改正した。イエ制度は、封建的で個人を拘束するものとして廃止させた。個人を解放して、自由と権利を拡張した。人類学的には、直系家族型の制度を核家族型の制度に変えるものだった。それによって、集団主義から個人主義への変化が起こり、また父親の権威が低下した。戦後日本では、農村の村落共同体が解体されて都市化が進み、三世代同居の大家族は核家族に分解した。今日では、晩婚化・未婚化が顕著になり、少子高齢化が急速に進行している。少子化は、識字率の向上による出生率の低下という近代化の一般的傾向だが、わが国は、それが極端に進行している。
人は、親子・夫婦・祖孫の生命のつながりの中で生まれ、また育つ。個人はアトム的個人ではなく、家族はアトム的個人の寄り集まりではない。家族は、社会の最小単位であり、また生命と文化の継承の場所である。父性と母性が協力し、それぞれの特徴を発揮するところに、健全な子育てができる。親の愛受けて成長した子供は、自己を確立し、自立した大人となり、自らも家庭をつくり、子供を生み育てる。そこに個人の自己実現が達成されるとともに、集団における生命と文化の継承が実現する。
家族の復権なくして、日本の再建はなしえない。明るい家庭が、明るい社会の基礎である。調和のある家庭が、調和のある世界の基礎である。
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・拙稿「家族の危機を救え!」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02a.htm
<課題10 生命力の発揮~健康と生命に基づく国づくりを>
多くの人は病気になったら薬を飲む。薬が病気を治すと思っている。実はそうではなく、自然治癒力があるから治る。薬は自然治癒力を補助するに過ぎない。不健康な生活をして病気になり、安易に薬や医者に頼る。そのため、今日のわが国では、病院が続々と建てられても満杯になり、医療費が国家財政を圧迫し、財政赤字が増える原因ともなっている。これでは個人としても国家としても、健康な状態ではない。
国民が健康を失えば、国家は衰亡する。健康という点から、国家のあり方を考え直すべきである。健康と生命に基礎を置いたものの考え方、生き方を回復する必要がある。
生命力を発揮することができれば、人は医薬に頼らずに健康に過ごせる。また大抵の病気は治る。極度に生命力が発揮されるときには、ガン・難病等も治癒する。お産にしても、自然分娩で無痛安産ができる。健康で寿命を全うし、大安楽往生ができる。脳細胞が活性化し、頭部が隆起する。それだけ偉大な生命力が、人間には内在している。その生命の偉大さを自覚してこそ、個人・家族・社会・国家・人類の発展がある。
まず自分に与えられている生命力を維持・増進するよう努力すること。そういう考え方を、個人も国家も基礎に置くことが必要である。脱少子化の取り組みも、ここに根本を置くべきである。
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・拙稿「脱少子化は、命と心の復活から」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02k.htm
<課題11 自然との調和~人類文明を自然と調和あるものに>
文明は自然に働きかけ、環境に変化をもたらす。文明は古代からそういう側面をもっていた。しかし、多くの場合、自然の回復力は人間による変化をはるかに上回っていた。だから、人類は人口を増やし、文化を発達させることができた。しかし、西洋近代文明はユダヤ=キリスト教、資本主義、近代国家、産業革命が合体したことにより、自然を征服・支配する文明を生み出した。これを自然と調和する文明に転換することが必要である。
石油・石炭のような化石燃料をエネルギー源とすれば、温暖化や大気汚染等を引き起こす。これに替わるクリーンな自然エネルギーの活用を推進しなければならない。太陽光を中心とした再生可能な自然エネルギーの活用は、21世紀の産業革命ともいえる産業と文明の変化をもたらすと期待されている。
西洋近代文明の根本は、神なき自然、魂なき自然、物質としての自然という自然観に基づく。これに対し、自然を単に物質・エネルギー循環のシステムと観るのではなく、人間の生命や心霊と通底したものと感じる心を取り戻すことが必要である。環境保全のためのエコロジーも、生命的心霊的な自然観に裏付けられる時、自然と調和した文明を生み出すものとなるだろう。先進国の中で唯一、わが国は今日でも、神道の自然観を保っている。森を守り、海を守る日本人の心を今日の地球に生かすことにより、人類文明の転換に貢献し得るのである。
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・マイサイト「自然」の拙稿
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/j-mind07.htm
<課題12 精神的な向上~日本精神の真髄を学び実践する>
1~11の課題を実行する上で、最も大切なのは、日本の伝統・文化・国柄を知り、日本精神を取り戻すことである。日本人が世代を超えて伝えてきた、人と人、人と自然が調和して生きる生き方を回復することが求められている。日本精神に基づいて、家庭・社会・国家を建て直すこと。さらに、日本精神の奥底に存在する自然の理法を自覚・体得することが、21世紀の日本人の課題である。
西洋近代文明は、西洋近代思想に基づく。西洋近代思想の行き着くところは、個人主義と唯物主義である。心の現象は、脳の物質現象と見る。また人間の存在をパーソナルでローカルなもの、個別的で局所的なものと観る。個人中心で、現実世界限定の人間観は、道徳の低下や精神の荒廃を生み出す。生の目的は、金銭の獲得と欲望の追求になる。既成宗教は陳腐化し、脱宗教化した人々を善導することができない。こうした今日、新しい精神文化の興隆が待望されている。
私は、21世紀の人類を導く精神文化は、日本から出現すると確信している。日本人には、自らの伝統的な精神を取り戻し、その精神に内在する原理を発動して、世界人類を精神的な向上に導く使命があると思う。日本精神の真髄を学び、実践する人が一人でも多く増えることを期待したい。
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・拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09b.htm
・再び「基調」へ
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/keynote.htm
以上、日本人が日本再建のために取り組むべき基本課題を12点提示した。大東亜戦争の総括、占領政策の克服、自主憲法の制定、皇室の復興、国民の復活、自主国防の整備、誇りある歴史の教育、日本的道徳の回復、家族の復権、生命力の発揮、自然との調和、精神的な向上である。これらの課題への取り組みは、後の章で述べる人類の課題を実行する上で日本に期待される役割を果たすためにも必要なことである。
次回に続く。
<課題7 誇りある歴史の教育~日本人自らの歴史を伝える>
戦後、日本で流布されたのは、東京裁判で勝者が日本を一方的に断罪するために作り上げた歴史観だった。この歴史観は、アメリカの太平洋戦争史観とソ連の階級闘争史観、中国の民族解放史観が融合したものである。これを東京裁判史観という。
東京裁判史観は、戦後の日本人の意識を深く支配している。その克服は、重要な課題である。日本人の立場に立った歴史観を取り戻さねばならない。
歴史とは、アイデンティティの確認である。自分とは何者か。自分には親があり、親にはそのまた親がいる。生命のつながりの中に自分はある。この親・先祖からの生命の連続性を、事象の継起を通して表現したのが、歴史である。自分が今日あることを、親に感謝する。先祖の苦難と努力に敬いの気持ちを持つ。そこに、日本人として生まれたことへの誇りが湧く。また喜びとなる。
青少年には、日本人のよいところを教え、誇りを持たせることが大切である。そこに自然と愛国心が育つ。過去の反省は、自己肯定の感情あってのものでなくてはいけない。自己否定や自己嫌悪からは、自嘲や自虐しか生まれない。その先に動き出すのは、自滅への衝動である。
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・拙稿「教科書を改善し、誇りある歴史を伝えよう」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06c.htm
<課題8 日本的道徳の回復~教育勅語を復権する>
明治時代にわが国の伝統的な道徳は、教育勅語に集約され、教育勅語に基づく教育が行われた。教育勅語は、家庭道徳、社会道徳、国民道徳の徳目を並べ、伝統を踏まえつつ、近代国家の国民の育成を期したものだった。
敗戦後、GHQは国会で教育勅語が廃除・失効されるように誘導した。これによって学校教育で、日本の道徳は教えられなくなった。明治生まれ、大正生まれの世代が家庭や社会にいる間は、民間において民族の道徳が伝えられた。しかし、その世代が少なくなるにしたがって、戦後教育の影響が顕著になった。
戦後教育は、教育基本法に基づく。教育基本法は、日本国憲法の精神を教えるものである。憲法は、アメリカ人が起草した。憲法は、アメリカ的な自由主義・民主主義・個人主義の価値観に基づいている。その占領者の価値観を身に着けた日本人を育てる教育がされた。日本人を親や先祖とは違う価値観を持つ日本人に変える教育である。その教育が浸透するにつれ、利己主義や拝金主義が蔓延した。家庭が崩壊し、社会が荒廃した。
日本人は、本来日本人が持っていた道徳を取り戻さねばならない。そのためにまずなすべきことは、教育勅語を復権することである。
関連掲示
・拙稿「教育勅語を復権しよう」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02c.htm
<課題9 家族の復権~生命のつながりの自覚を>
GHQは、日本人の団結力の基盤が家庭にあると見て、日本の家族制度を改変した。憲法・民法を改正した。イエ制度は、封建的で個人を拘束するものとして廃止させた。個人を解放して、自由と権利を拡張した。人類学的には、直系家族型の制度を核家族型の制度に変えるものだった。それによって、集団主義から個人主義への変化が起こり、また父親の権威が低下した。戦後日本では、農村の村落共同体が解体されて都市化が進み、三世代同居の大家族は核家族に分解した。今日では、晩婚化・未婚化が顕著になり、少子高齢化が急速に進行している。少子化は、識字率の向上による出生率の低下という近代化の一般的傾向だが、わが国は、それが極端に進行している。
人は、親子・夫婦・祖孫の生命のつながりの中で生まれ、また育つ。個人はアトム的個人ではなく、家族はアトム的個人の寄り集まりではない。家族は、社会の最小単位であり、また生命と文化の継承の場所である。父性と母性が協力し、それぞれの特徴を発揮するところに、健全な子育てができる。親の愛受けて成長した子供は、自己を確立し、自立した大人となり、自らも家庭をつくり、子供を生み育てる。そこに個人の自己実現が達成されるとともに、集団における生命と文化の継承が実現する。
家族の復権なくして、日本の再建はなしえない。明るい家庭が、明るい社会の基礎である。調和のある家庭が、調和のある世界の基礎である。
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・拙稿「家族の危機を救え!」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02a.htm
<課題10 生命力の発揮~健康と生命に基づく国づくりを>
多くの人は病気になったら薬を飲む。薬が病気を治すと思っている。実はそうではなく、自然治癒力があるから治る。薬は自然治癒力を補助するに過ぎない。不健康な生活をして病気になり、安易に薬や医者に頼る。そのため、今日のわが国では、病院が続々と建てられても満杯になり、医療費が国家財政を圧迫し、財政赤字が増える原因ともなっている。これでは個人としても国家としても、健康な状態ではない。
国民が健康を失えば、国家は衰亡する。健康という点から、国家のあり方を考え直すべきである。健康と生命に基礎を置いたものの考え方、生き方を回復する必要がある。
生命力を発揮することができれば、人は医薬に頼らずに健康に過ごせる。また大抵の病気は治る。極度に生命力が発揮されるときには、ガン・難病等も治癒する。お産にしても、自然分娩で無痛安産ができる。健康で寿命を全うし、大安楽往生ができる。脳細胞が活性化し、頭部が隆起する。それだけ偉大な生命力が、人間には内在している。その生命の偉大さを自覚してこそ、個人・家族・社会・国家・人類の発展がある。
まず自分に与えられている生命力を維持・増進するよう努力すること。そういう考え方を、個人も国家も基礎に置くことが必要である。脱少子化の取り組みも、ここに根本を置くべきである。
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・拙稿「脱少子化は、命と心の復活から」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02k.htm
<課題11 自然との調和~人類文明を自然と調和あるものに>
文明は自然に働きかけ、環境に変化をもたらす。文明は古代からそういう側面をもっていた。しかし、多くの場合、自然の回復力は人間による変化をはるかに上回っていた。だから、人類は人口を増やし、文化を発達させることができた。しかし、西洋近代文明はユダヤ=キリスト教、資本主義、近代国家、産業革命が合体したことにより、自然を征服・支配する文明を生み出した。これを自然と調和する文明に転換することが必要である。
石油・石炭のような化石燃料をエネルギー源とすれば、温暖化や大気汚染等を引き起こす。これに替わるクリーンな自然エネルギーの活用を推進しなければならない。太陽光を中心とした再生可能な自然エネルギーの活用は、21世紀の産業革命ともいえる産業と文明の変化をもたらすと期待されている。
西洋近代文明の根本は、神なき自然、魂なき自然、物質としての自然という自然観に基づく。これに対し、自然を単に物質・エネルギー循環のシステムと観るのではなく、人間の生命や心霊と通底したものと感じる心を取り戻すことが必要である。環境保全のためのエコロジーも、生命的心霊的な自然観に裏付けられる時、自然と調和した文明を生み出すものとなるだろう。先進国の中で唯一、わが国は今日でも、神道の自然観を保っている。森を守り、海を守る日本人の心を今日の地球に生かすことにより、人類文明の転換に貢献し得るのである。
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・マイサイト「自然」の拙稿
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/j-mind07.htm
<課題12 精神的な向上~日本精神の真髄を学び実践する>
1~11の課題を実行する上で、最も大切なのは、日本の伝統・文化・国柄を知り、日本精神を取り戻すことである。日本人が世代を超えて伝えてきた、人と人、人と自然が調和して生きる生き方を回復することが求められている。日本精神に基づいて、家庭・社会・国家を建て直すこと。さらに、日本精神の奥底に存在する自然の理法を自覚・体得することが、21世紀の日本人の課題である。
西洋近代文明は、西洋近代思想に基づく。西洋近代思想の行き着くところは、個人主義と唯物主義である。心の現象は、脳の物質現象と見る。また人間の存在をパーソナルでローカルなもの、個別的で局所的なものと観る。個人中心で、現実世界限定の人間観は、道徳の低下や精神の荒廃を生み出す。生の目的は、金銭の獲得と欲望の追求になる。既成宗教は陳腐化し、脱宗教化した人々を善導することができない。こうした今日、新しい精神文化の興隆が待望されている。
私は、21世紀の人類を導く精神文化は、日本から出現すると確信している。日本人には、自らの伝統的な精神を取り戻し、その精神に内在する原理を発動して、世界人類を精神的な向上に導く使命があると思う。日本精神の真髄を学び、実践する人が一人でも多く増えることを期待したい。
関連掲示
・拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09b.htm
・再び「基調」へ
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/keynote.htm
以上、日本人が日本再建のために取り組むべき基本課題を12点提示した。大東亜戦争の総括、占領政策の克服、自主憲法の制定、皇室の復興、国民の復活、自主国防の整備、誇りある歴史の教育、日本的道徳の回復、家族の復権、生命力の発揮、自然との調和、精神的な向上である。これらの課題への取り組みは、後の章で述べる人類の課題を実行する上で日本に期待される役割を果たすためにも必要なことである。
次回に続く。