●結び~人類の文明は大転換しつつある
エマニュエル・トッドに関する論考は、ここで結びとする。移民と外国人参政権の問題については、別に補説として書く。
トッドは、人類の人口は21世紀の半ばには均衡に向かい、世界は政治的に安定すると予測している。私は彼の主張のうち、この点に最も注目している。本稿の冒頭に書いたが、人口爆発は、新しい技術の活用によるエネルギー、環境、食糧、水等の問題への取り組みを、すべて空しいものとしかねない。だから、人口増加を制止し、「持続可能な成長」のできる範囲内に、世界の人口を安定させる必要がある。この難課題に関し、トッドの主張は、一つの希望をもたらすものである。
私見によれば、人類は、文明の「衝突」と「接近」を含みつつ、かつてないスケールで「大転換」しつつある。その「大転換」の様相として、三つ挙げておきたい。西洋からアジアへ、石油の時代から「太陽の時代」へ、新しい精神文化の興隆の三つである。
第一に、西洋からアジアへ、である。
トッドの関心は、主に西洋文明内部でのアメリカとヨーロッパの相違と競争、及びイスラム諸国に向けられている。そのため、西洋文明から非西洋文明へ、欧米からアジアへと、人類文明の中心が移動している、その大きな構図を見とれていない。トッドの視界には、台頭するアジアの姿がよく映っていない。2050年の世界を語る際に、今後大きく成長する可能性のある中国・インドの将来像はあいまいである。アジア及び世界における日本の役割についても、明確でない。
この点、ハンチントンは、「長期にわたって支配的だった西洋文明から非西洋文明へと、力は移行しつつある」と、大局的にこの変化をとらえている。そのうえで、西洋文明の存続や繁栄、再興のための方策を、欧米人に提案している。
1960年代に日本が高度成長に入り、70年代には韓国・台湾・シンガポール・台湾がこれに続いた。80年代には、タイ・マレーシア・インドネシア等も成長の軌道に乗り、「東アジアの奇跡」と呼ばれるようになった。90年代には、中国が急速に成長をはじめ、21世紀には、中国とインドが大国となると予想されている。アジアは世界の人口の3分の2を占め、経済や成長可能性において、他の地域を遥かに凌駕している。
人類の文明は、西洋文明から非西洋文明へ、欧米からアジアへと、明らかに中心が移動しつつあるのである。
第二に、石油の時代から「太陽の時代」へ、である。
19世紀は石炭の時代、20世紀は石油の時代だった。20世紀の後半から21世紀の初頭にかけては、石油、天然ガス等の資源の争奪が世界的に繰り広げられた。21世紀には、食糧と水がこの争奪の対象に加わってきている。こうした資源の問題が改善に向かわないと、世界は安定に向かえない。この改善のために、石油中心の経済から、太陽エネルギーを中心とした経済への移行が始まっている。自然と調和し、太陽光・風力・地熱・潮力等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」が、いまや起こりつつある。いわば石油の時代から「太陽の時代」への転換である。
トッドの将来世界の展望は、この点を欠いているようだが、1970年代の初め、人類はエネルギー、環境、食糧、人口の危機にあると唱えられるようになってから、自然エネルギーの研究が進められてきた。2008年(平成20年)9月の世界経済危機によって、自然エネルギーの活用は、世界各国の現実的課題となり、活発に活用が勧められることになった。
この変化は、人類の文明に大きな変化を生み出す出来事である。
第三に、新しい精神文化の興隆である。
基本的にトッドは、近代化論者なのだろう。控えめな言い方をしてはいるが、西洋文明における脱宗教化・個人主義化をよしとし、近代化による自由主義的民主主義の普及が、世界に平和をもたらすとトッドは期待している。しかし、私は、近代化の進行によって、人々の心が全面的に近代化=合理化するのではないと考える。私は、拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」において、この点を論じた。
キリスト教、イスラム、仏教等の伝統的宗教は、紀元前から古代にかけて現れた宗教であり、科学が発達し、人々の意識が向上するにつれて、その役割を終え、発展的に解消していくだろう、と私は考えている。伝統的宗教の衰退は、宗教そのものの消滅を意味しない。むしろ既成観念の束縛から解放された人々は、より高い霊性を目指すようになり、従来の宗教を超えた宗教を求めるようになると考える。近代化の指標としての識字化と出生調節は、人々が古代的な宗教から抜け出て、精神的に成長し、さらに高い水準へと向上する動きだと私は思う。
近代化=合理化が一定程度進み、個人の意識が発達し、世界や歴史や宇宙に関する知識が拡大したところで、なお合理化し得ない人間の心の深層から、新しい精神文化が興隆する。新しい精神文化は、既成宗教を脱した霊性を発揮し、個人的ではなく超個人的となる。それに応じた政治・経済・社会への改革がされていく。この動きは、西洋からアジアへのトレンドと重なり合う。
アジアから新しい精神文化が現れる。特に日本が最も期待される。またその精神文化は、自然と調和し、太陽光・風力・水素等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」と協調するものとなるだろう。こうした動きが拡大していって、初めて、世界の平和と人類の繁栄を実現し得ると私は考える。
関連掲示
・拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion09b.htm
参考資料
・エマニュエル・トッド著『世界像革命 家族人類学の挑戦』『新ヨーロッパ大全』『経済幻想』等(藤原書店)
・トッド著『帝国以後 アメリカ・システムの崩壊』、トッド+榊原英資他著『「帝国以後」と日本の選択』(藤原書店)
・トッド+クルバージュ著『文明の接近―「イスラームVS西洋」の虚構』(藤原書店)
・サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社)『引き裂かれる世界』(ダイヤモンド社)
エマニュエル・トッドに関する論考は、ここで結びとする。移民と外国人参政権の問題については、別に補説として書く。
トッドは、人類の人口は21世紀の半ばには均衡に向かい、世界は政治的に安定すると予測している。私は彼の主張のうち、この点に最も注目している。本稿の冒頭に書いたが、人口爆発は、新しい技術の活用によるエネルギー、環境、食糧、水等の問題への取り組みを、すべて空しいものとしかねない。だから、人口増加を制止し、「持続可能な成長」のできる範囲内に、世界の人口を安定させる必要がある。この難課題に関し、トッドの主張は、一つの希望をもたらすものである。
私見によれば、人類は、文明の「衝突」と「接近」を含みつつ、かつてないスケールで「大転換」しつつある。その「大転換」の様相として、三つ挙げておきたい。西洋からアジアへ、石油の時代から「太陽の時代」へ、新しい精神文化の興隆の三つである。
第一に、西洋からアジアへ、である。
トッドの関心は、主に西洋文明内部でのアメリカとヨーロッパの相違と競争、及びイスラム諸国に向けられている。そのため、西洋文明から非西洋文明へ、欧米からアジアへと、人類文明の中心が移動している、その大きな構図を見とれていない。トッドの視界には、台頭するアジアの姿がよく映っていない。2050年の世界を語る際に、今後大きく成長する可能性のある中国・インドの将来像はあいまいである。アジア及び世界における日本の役割についても、明確でない。
この点、ハンチントンは、「長期にわたって支配的だった西洋文明から非西洋文明へと、力は移行しつつある」と、大局的にこの変化をとらえている。そのうえで、西洋文明の存続や繁栄、再興のための方策を、欧米人に提案している。
1960年代に日本が高度成長に入り、70年代には韓国・台湾・シンガポール・台湾がこれに続いた。80年代には、タイ・マレーシア・インドネシア等も成長の軌道に乗り、「東アジアの奇跡」と呼ばれるようになった。90年代には、中国が急速に成長をはじめ、21世紀には、中国とインドが大国となると予想されている。アジアは世界の人口の3分の2を占め、経済や成長可能性において、他の地域を遥かに凌駕している。
人類の文明は、西洋文明から非西洋文明へ、欧米からアジアへと、明らかに中心が移動しつつあるのである。
第二に、石油の時代から「太陽の時代」へ、である。
19世紀は石炭の時代、20世紀は石油の時代だった。20世紀の後半から21世紀の初頭にかけては、石油、天然ガス等の資源の争奪が世界的に繰り広げられた。21世紀には、食糧と水がこの争奪の対象に加わってきている。こうした資源の問題が改善に向かわないと、世界は安定に向かえない。この改善のために、石油中心の経済から、太陽エネルギーを中心とした経済への移行が始まっている。自然と調和し、太陽光・風力・地熱・潮力等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」が、いまや起こりつつある。いわば石油の時代から「太陽の時代」への転換である。
トッドの将来世界の展望は、この点を欠いているようだが、1970年代の初め、人類はエネルギー、環境、食糧、人口の危機にあると唱えられるようになってから、自然エネルギーの研究が進められてきた。2008年(平成20年)9月の世界経済危機によって、自然エネルギーの活用は、世界各国の現実的課題となり、活発に活用が勧められることになった。
この変化は、人類の文明に大きな変化を生み出す出来事である。
第三に、新しい精神文化の興隆である。
基本的にトッドは、近代化論者なのだろう。控えめな言い方をしてはいるが、西洋文明における脱宗教化・個人主義化をよしとし、近代化による自由主義的民主主義の普及が、世界に平和をもたらすとトッドは期待している。しかし、私は、近代化の進行によって、人々の心が全面的に近代化=合理化するのではないと考える。私は、拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」において、この点を論じた。
キリスト教、イスラム、仏教等の伝統的宗教は、紀元前から古代にかけて現れた宗教であり、科学が発達し、人々の意識が向上するにつれて、その役割を終え、発展的に解消していくだろう、と私は考えている。伝統的宗教の衰退は、宗教そのものの消滅を意味しない。むしろ既成観念の束縛から解放された人々は、より高い霊性を目指すようになり、従来の宗教を超えた宗教を求めるようになると考える。近代化の指標としての識字化と出生調節は、人々が古代的な宗教から抜け出て、精神的に成長し、さらに高い水準へと向上する動きだと私は思う。
近代化=合理化が一定程度進み、個人の意識が発達し、世界や歴史や宇宙に関する知識が拡大したところで、なお合理化し得ない人間の心の深層から、新しい精神文化が興隆する。新しい精神文化は、既成宗教を脱した霊性を発揮し、個人的ではなく超個人的となる。それに応じた政治・経済・社会への改革がされていく。この動きは、西洋からアジアへのトレンドと重なり合う。
アジアから新しい精神文化が現れる。特に日本が最も期待される。またその精神文化は、自然と調和し、太陽光・風力・水素等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」と協調するものとなるだろう。こうした動きが拡大していって、初めて、世界の平和と人類の繁栄を実現し得ると私は考える。
関連掲示
・拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion09b.htm
参考資料
・エマニュエル・トッド著『世界像革命 家族人類学の挑戦』『新ヨーロッパ大全』『経済幻想』等(藤原書店)
・トッド著『帝国以後 アメリカ・システムの崩壊』、トッド+榊原英資他著『「帝国以後」と日本の選択』(藤原書店)
・トッド+クルバージュ著『文明の接近―「イスラームVS西洋」の虚構』(藤原書店)
・サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社)『引き裂かれる世界』(ダイヤモンド社)