ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

友愛を捨てて、日本に返れ34

2010-01-15 09:28:03 | 時事
●東アジアには6つの文明がある

 ハンチントンは、名著「文明の衝突」で次のようにいう。「冷戦後の重要な国際関係に中心舞台があるとすれば、それはアジア、特に東アジアである。アジアは文明の坩堝だ。東アジアだけで六つの文明に属する社会がある。日本文明、シナ文明、東方正教会文明、仏教文明、イスラム文明、西洋文明で、南アジアを含めるとヒンドゥー文明が加わる」と。
 このようにハンチントンは、東アジアには多数の文明が存在し、文明間の複雑な関係が存在するととらえる。またその中で日本は一個の主要文明であり、「一国一文明」とし、日本の進むべき道についても発言している。これに対し、鳩山氏は、従来の国際政治学に則り、国家単位の見方をしている。そのため、日本文明の独自性、日本文明とシナ文明の違い、近代における日本文明の西洋文明への応戦を理解した上で、多文明の東アジアにおける地域統合の困難さを、十分認識することができていない。
 ここではハンチントンの理論には立ち入らないが、ハンチントンが冷戦後の世界において、西洋文明とイスラム文明が衝突する事態を警告したことは、いまや社会常識の一つでさえある。しかし鳩山氏は、イスラム教徒の国家を超えたアイデンティティによる結合が、現代世界でいかに重要な要素になっているかを理解していない。イスラム文明は東アジアにも存在する。イスラム諸国で最大の人口を擁するインドネシア、イスラムを国教とするマレーシア、中国の新疆ウイグル自治区等がそれである。中国はイスラム諸国中最強のイランと、また北朝鮮は核保有国であるパキスタンと深い関係を持っている。
 ハンチントンは、イスラム文明以上にシナ文明の台頭を重視した。そして、「シナ文明=イスラム文明連合」が西洋文明と対決する可能性を警告し、「文明の衝突」では日本がその連合の側につく可能性を予想し、後の著書では日米の双方に日米関係を強化すべきことを提言した。
 またハンチントンは、新興国に対する外交には、バランシングとバンドワゴニングの二つがあると説く。バランシングは、軍事力の均衡を図って相手を抑えながら、時期を見て雌雄を決するという均衡・対決路線である。バンドワゴニングは、新興国と競争・対決することを避け、追随・従属するという追随・従属路線である。
 ハンチントンは、日本が中国に対し、バンドワゴニングの外交を行なう可能性を指摘した。それが最もよく当たっているのが、鳩山氏の政策である。鳩山氏は、日米同盟の重要性を口では言いながら、中国という巨大な新興国に追従する媚態を作っている。文明を単位として言い直せば、鳩山氏の「友愛外交」が向かうのは、日本文明がシナ文明の周辺文明ないし下位文明になるのをよしとする方向である。

●聖徳太子以来の日本文明の「自立」を止めるつもりか

 かつて聖徳太子は、シナ文明の大帝国・隋の煬帝に対して、「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや」「東の天皇、西の皇帝に曰(もう)す」と記した国書を送った。聖徳太子は、シナの册封体制から離脱し、対等な国際関係を築こうとした。その意を受けて、大化の改新後、「天皇」の称号が定着した。また、「日出づる処」を意味する「日本」が、国名として用いられるようになった。これによって、わが国はシナ文明とは異なる日本文明として、「自立」を示した。
 鳩山氏は、知識としてはこのことを知っている。平成17年(2005)の時点では憲法改正試案に、次のように書いていた。
 「『天皇』という称号が登場したのは、天智朝から天武朝の頃だとされる。『日本』という国号もこの頃定まった。当時の日本は、白村江の戦いで唐の水軍に大敗し、大陸からの侵攻も予想される対外的な危機と、壬申の乱という国内的な危機が重なる中で、必死に律令国家体制の確立に邁進していた。
 制度としての天皇は、こうした危機意識の中で大陸文明に対する日本の自己主張の表現として創始された。それ故天皇は『文明としての日本』の核心であり続けたのであり、歴史上内外の危機が高まる度に天皇が浮上した所以もここにある。
 21世紀の日本は、緩やかな衰退を運命づけられている。日常化する危機のなかで、衰退を食い止めるようと苦闘するわれわれ日本人にとって、天皇の存在は今まで以上に大きな意味合いを帯びることになるだろう」と。
 かつてこのように書いた鳩山氏であるが、現在の氏には、天皇を「核心」とする日本文明を、一個の文明として維持・発展させようという意思が感じられない。聖徳太子の独立自尊の気概も感じられない。文明学的な知見に基づいて日本の戦略を立案する構想力も見られない。氏の「友愛外交」は、聖徳太子以来、保ってきた日本文明の「自立」を止め、シナ文明に融合する道でしかない。鳩山氏は、矛盾・偽善・破綻を露呈する「友愛」を捨て、日本文明の立場に立って、多文明的な東アジアにおける外交のあり方を立て直すべきである。

 次回に続く。