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反省しない黒田前日銀総裁

2023年11月10日 | 日本の金融政策

 10月31日の日銀によるYCC=長期金利政策の再調整はドル円相場に円安のインパクトを与えました。今回の政策変更は7月に次いで2回目ですが、いわゆる一般的に言われる政策金利の調整ではありません。一般的政策金利とは翌日物の短期金利のことで、昔の呼び名公定歩合に近いものです。

 日銀は世界の金融界の一般常識に反して、長期金利まで自分の力でねじ伏せようとするYCC=イールドカーブ・コントロールを実施しています。イールドカーブとは、翌日物の金利から3か月物、1年物・・・・10年物などの長期の金利レベルを順にグラフに書くと、金利レベルがカーブを描くのでそう呼びます。中でも日銀のYCCは長期金利の指標となる10年物国債金利を主要なターゲットとしてそれを抑え込もうとしています。

 

 11月6日に植田総裁はYCCを調整した理由を、「副作用が生じるのを和らげるため」と説明しました。この官僚言葉を普通の日本語にすると、「副作用が生じているので、やむなく金利を上方修正した」となります。

 景気をよくするために長期金利まで下げるには、膨大な量の国債を買い続ける必要があります。何故なら日本は財政赤字が巨額なため、常に国債を発行し続けているからです。しかもこの数十年黒字になったことがないため、過去の国債が償還を迎えると、その償還のために借換国債を発行する必要があり、それがまた大量発行に拍車を掛け、日銀がそれを買う。発行体である国が一心同体である日銀に国債を買わせて、まさに自転車操業を行っているのが実態です。

 今年度予算は歳出が史上最高の114兆円。税収とその他収入見込みが79兆円、赤字国債発行が35兆円です。ところが過去に発行された国債を償還するための借換債発行額が160兆円もあるため、実際の国債発行総額は約200兆円にもなります。収入の2倍以上の国債を発行するという異常な予算が毎年常態化しているのです。赤字国債発行額の35兆円など、うそっぱちもいいところであることをみなさんは是非認識しておきましょう。誰がなんと言い訳しようが、年間の国債発行額は200兆円です!

 

 このところ岸田総理が言っている税収増加の還元とは、見込みよりわずか6兆円増えたから大盤振る舞いをすると言っているのです。毎年200兆円も借金をするのに、さらに支出をするとは言語道断。借金を返すべきです。しかしそれを糾弾する声は野党を含めほとんど聞かれません。だれもがその恩恵に浴しそうなので、本気では批判しないのでしょう。国会の論戦で200兆円の国債発行を糾弾する声など皆無です。国会議員ですら国債発行額は新規赤字の35兆円だと思っているからにちがいない。しかたないので私が叫びます。

「国債発行額は毎年の税収の2倍以上、今年も200兆円だ!」

  気の毒なのは将来借金のツケをいつか払わされる若い世代のみなさんです。そのツケを回した張本人はもちろん黒田前総裁です。

 

  日経新聞今月の「私の履歴書」は黒田前日銀総裁です。普段私は社長を退任した方の履歴書などあまり面白くないので読まないのですが、今回は楽しんで読んでいます。いったいあの異次元緩和を黒田氏自身がどう評価しているか知りたいのです。その第一回目で彼はこう言い切ったのです。

 「日銀の同僚と総力を挙げた大幅な金融緩和で「デフレではない」経済は実現した。

 よく言うよ!

 一体就任演説で高らかに歌い上げた「2年で達成する」という約束はどうしたんだ。彼は10年在任し、しかも彼が在任中に国債買い上げのために使ったオカネはなんと500兆円。一人でそんな莫大な額を使ったのは、歴史上黒田氏だけでしょう。

 だいたい今のインフレは10年続けた日銀の緩和策によるものではなく、ロシアのウクライナ侵攻に始まる国際商品価格の高騰と円安による外的要因によることは、誰の目にも明らかです。履歴書の初回からここまで平気で自画自賛するとは、私もあきれ返っています。

 

 こうした彼の自信がいったいどこから出ているのか、その一端が11月7日、7回目の投稿に見られるので引用しながら説明します。

 それは彼が大蔵省からロンドンのケンブリッジに留学した時代にヒックス教授から受けた授業によると書いてありました。ヒックス教授とはノーベル賞を受賞した高名な経済学者で、私も大学時代にゼミで経済政策を専攻したので、彼の著書を読んだ覚えがあります。ケインズ理論を進化させたIS=LM理論の構築者です。ヒックス教授の言葉として黒田氏が書いている内容を以下そのまま引用します。

 

ヒックス教授が述べたのは、「イングランド銀行(日銀にあたる中央銀行)が公定歩合をわずか0.5%上げただけで景気過熱が止まり、物価上昇が収まる。そこには中央銀行の決意が示されているからだろう」。金融政策でのコミットメントの重要性を述べた指摘は、半世紀後に、はからずも日銀総裁となった私にとって、これほど有益なものになるとは思いもしなかった。

 

 私はこのパラグラフで彼の頭の中の大半がどうなっているかをだいぶ理解できたと思いました。就任時の公約「資金供給を2倍にすることで、2年で2%の物価上昇を達成する」とプラカードを使って公約を掲げました。多分彼は日銀総裁が強力にコミットしさえすれば、ヒックス教授から得た「決意だけで経済はどうにでもなる」と信じていたに違いない。

 常に無謬性を誇る元大蔵官僚の自画自賛、そしてオールマイティー幻想。その思い込みのために今後500兆円のツケを払わされることになる若い世代の方々が本当に気の毒です。

 

 一方で私は先ごろアメリカの連銀=FRB議長でリーマンショックを作ってしまったグリーンスパン元議長のことを書きました。彼は非常に長期にわたり議長を務めてマエストロと称賛されました。退任直後の回顧録で自画自賛して見せたのですが、すぐに世界的大ショックとなった金融危機が起こってしまったため、「このバブルを作ってしまったのは私です。ごめんなさい。」と回顧録の補足版を有料で出版しました。

 それを知っているに違いない黒田氏は回顧録を書けるだろうか。2年のコミットが10年もかかっても実現できず、結局外的要因でインフレになり、500兆円のツケを後世代に残した責任を感じていれば、自画自賛の出版などできるとは思えません。日経新聞私の履歴書に書くのがせいぜいでしょう。

 

 最後にとどめを刺します。それはみなさんもあまり感じてはいない円資産の目減りです。彼が日銀総裁になった13年4月のはじめのドル円レートは、95円でした。それが今や150円ですから、

150円÷95円=1.58・・・つまり円資産は約6割も目減りしているのです。もし円をドルにして米国債を買っておけば、金利分も加算されます。

 この目減りは円の預貯金・株式・債券ばかりでなく、ヘッジは難しいですが給与や年金もそうだし、不動産の価値も同じく安くなっているのです。

 彼の就任直後に「この緩和はヤバイ、ドルにしておこう」と思ってドルヘッジをした方は、きっと人知れずほくそ笑んでいることでしょう。

 今からでも遅くはありません。しっかりとご自分の円資産のヘッジを行っていきましょう。

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2 コメント

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Unknown (みっちょん)
2023-11-12 12:04:46
私も、学者や労組の人たちなどでつくっている某雜誌に、黒田前総裁の政策検証と新総裁の政策展望についての小論文を書きました。黒田前総裁の政策は全く評価できる点がなかったです。日経の私の履歴書に、黒田前総裁が登場したのには唖然としました。私の懺悔録の間違いかと、思いました。「黒狸」から「黒田抜き」の日銀の政策への転換を今後も注視していきたいと思います。
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みっちょんさんへ (林 敬一)
2023-11-16 10:08:26
コメントをいただき、ありがとうございます。

>私も、学者や労組の人たちなどでつくっている某雜誌に、黒田前総裁の政策検証と新総裁の政策展望についての小論文を書きました。黒田前総裁の政策は全く評価できる点がなかったです。

小論文を投稿ですが、素晴らしい。
2年で100兆円使ってあっという間にデフレ脱却をすると宣言したはずなのに、500兆円も使って何もできずにつけを残した人物が、懺悔抜きで自己礼賛とは、本当にあきれかえりますね。

同感していただき、ありがとうございます。
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