1月13日にイエレン財務長官が、「財政の崖に対処せよ」と発言し、ニュースになっています。また愚かな「財政の崖」をめぐる争いが始まりそうです。単なる政争に過ぎずわざわざ話題にしたくないのですが、心配をされる方もいらっしゃるかと思い、簡単に解説します。
「財政の崖」問題は、私が著書を出版した11年9月の寸前に最初に発生しました。アメリカ政府は日本と違い、歳出の行き過ぎを制限するため債務の上限を決めているのですが、その上限を突破しそうになり、国会が上限を引き上げないと資金が調達できず、アメリカの政府債務に定義上のデフォルトが起ってしまう危険性があることを指します。
これは、アメリカが財政上本当にデフォルトするか否かではなく、単に国会が上限の引き上げを承認するか否かのテクニカルな問題です。上限引き上げを渋るのはいつも共和党保守派で、私に言わせれば彼らは「自分の首に縄を結び付け、『崖から飛び降りるぞ!』と叫んでいる愚か者」となります。その後も債務の上限に近づくたびに同じ愚を繰り返し、今回もまたか、ということです。
一応アメリカ財政の責任者であるイエレン財務長官へのインタビュー記事を見てみます。ロイター電を引用します。
引用
イエレン米財務長官は13日、米国は1月19日に31兆4千億ドルの法定債務上限に達する可能性が高く、財務省は特別な資金管理措置に着手せざるを得なくなると述べた。
議会指導部宛ての書簡で「上限に達すれば財務省が米国のデフォルト(債務不履行)回避に向け特別措置に着手する必要がある」と指摘。議会に債務上限引き上げに向け迅速に行動するよう要請した。
また「財務省は現時点で、特別措置によって政府の債務支払いを継続できる期間を推定することはできないが、現金や特別措置が6月上旬までに枯渇することはない」とした。
財務省のデータによると米連邦債務は11日の時点で上限を780億ドル下回っている。
引用終わり
とまあ、「この時点でわざわざニュースにするほど深刻ではない」というのが、私のコメントです。共和党の強硬派とて、アメリカが崖から落ちるまで突っ張るかといえば、必ず寸止めするにちがいないのです。
では財政赤字について日米を比較します。数字は日本の財務省のHPからの引用で、といってもこれは大本営発表ではなく、むしろ楽観的な政治家と国民をいさめるため、本当の姿を知ってもらおうとする意図を感じます。GDPに対する累積債務の比率です。
22年末、日本265%、アメリカ125%です。
何故GDPに対する比較で見るのか。その理由は、GDPは税収の根本的要素だからです。たとえば消費税収入は家計の消費支出に比例します。消費はGDPの3分の2近くを占め、消費が大きければ当然GDPも大きく、税収も比例して上がります。そのためGDPと債務の比率を比較するのは重要なのです。
さらに別の角度からアメリカの死角を見ておくことにします。新年にちょうどよい解説がありました。それは新ボンド帝王と呼ばれ、ボンド投資の第一人者であるアメリカの巨大債券ファンドを運用する、ジェフリー・ガンドラック氏へのインタビュー記事です。とても長いので、1月1日の日経ニュースを部分引用します。
引用
米運用会社ダブルライン・キャピタル創業者で「債券王」の異名を持つガンドラック氏。長期にわたる物価と金利の低位安定が終わったと指摘したうえで、グローバル化の巻き戻しが投資環境の「ニューノーマル(新常態)」になるとの認識を示した。
――22年の金融市場はインフレ高進と金利上昇に見舞われ、株式と債券は歴史的な価格下落を記録しました。潮目は変わったのでしょうか。
私の年代やその下の世代が知っている市場の動きは、40年間にわたるインフレと金利の低下という長期トレンドで事実上、すべて説明できる。この間、経済のグローバル化が進んでいた。ところが新型コロナウイルスのパンデミックを機に輸入の中国依存を見直す動きが広がっている。
多くの市場参加者は、過去40年の経験で自分たちが知っていること、学んできたことに自信を持ちがちだが、気をつけたほうがよい。次の数年間で起きる事象は過去40年間の経験と異なるものになるだろう。
――低インフレ時代が終わった後の「ニューノーマル」は何ですか。
グローバル化の巻き戻しだ。地政学的な緊張は明らかに高まっている。米国は財政難にもかかわらず、ウクライナ向けの武器を買うために、本来必要のないお金を使っている。同様に台湾を支援する可能性がある。今の米国が同時にロシア・中国との代理戦争に突き進んだ場合、十分な人材や貯蓄、実質経済成長力がない。
米国と欧州の人々は中国の超低賃金で生産された安価な商品に頼って生活してきたが、今後はできなくなる。生活水準は向上するどころか、悪化していくだろう。欧州の一部地域は貧しくなっている。日本も貧しい。中国もあまりよくない。さらに高齢化で生活の質が落ちる。生活の悪化が各地で民族主義を助長し、世界は地政学的な緊張にさらされやすくなる。
――米ドル相場の見通しを教えてください。
23年のストーリーは『FRBが政策金利を引き上げず、他の中央銀行が金利を上げる可能性が高い』というものだ。ドル安が進むとみている。通例では不況になると米ドルは下落しやすい。
米財政赤字の対国内総生産(GDP)比率は歴史的にみて非常に高い水準にある。米国がひどい不況期に入ると、政府は再びお金をばらまくようになるとみている。米ドルの価値が本格的に下がるのはその時だ。ドル安予想に基づき、新興国株の投資判断を『オーバーウエート(買い)』としている。このテーマは23年だけで終わらない。今後3年間は続くとみて大丈夫だ。
引用終わり
以上が発言の要旨です。新ボンド帝王の発言と言われると、このご託宣は信用のおけるものに感じられる方もいらっしゃると思います。ドル安の予想など、米国債投資を考えるみなさんには、「都合の悪い予想」ではありますが、あえて取り上げました。
しかしこの帝王、過去に大きな間違いを起こしています。それは私が忌み嫌って何度もブログでも取り上げ、バクチ呼ばわりしていた仮想通貨に関する予想です。彼は仮想通貨の将来性を高いものだとして推奨していたことがあります。もちろん最近はそれに賛意を示す人は皆無でしょう。仮想通貨など、しょせんバクチのサイコロに過ぎませんでした。
それは別にしても彼のように超長期視点で物を見ることは非常に大切で、私の経済や金融市場の見方も常に超長期視点をバックに持って見ています。