ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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米国債アップデート、相変わらずのチキンレース

2021年09月29日 | 米国債への投資

  本日やっと自民党総裁選が終わりましたね。相も変わらずの派閥争いだったというのが私の感想ですが、ちょっとだけ評価できるのは、岸田氏が最初に手を挙げて自分の政策をはっきりと出し、真っ先に二階氏を追い出すと宣言したことです。今後果たして党や内閣の人事で自民党改革をしっかりと打ち出せるかを見てみたいと思います。

 

  さて、アメリカではまた始まりましたね、財政支出をめぐるいつものチキンレースが(笑)。何度も同じ演目を演じているので、「いい加減にしろ!」と言いたくなります。

 

  今回も米国債は大丈夫か? と聞かれたら、もちろん「大丈夫です」と答えます。

  理由は単純明快、守る側の民主党も攻める側の共和党もアメリカ政府のデフォルトなど望んでいないからです。本当に政府が資金ショートを起こしデフォルトの認定を受けると、国内金融も恐慌を来たし、世界も金融恐慌になるからです。

  例えば特定債券の利払いあるいは償還ができずにデフォルトの認定を受けるとそれだけでは済まず、政府債務全体がデフォルトの認定を受けるため、何があってもそれは避けるのです。

  米国債は世界でもっとも安全な金融資産であるため、多くの金融取引などで担保として利用されています。それらがすべて担保価値を失うので、瞬時に金融恐慌が起こります。このメカニズムは日本国債でも全く同じで、それだけは絶対に避けなければなりません。

  それを防ぐため一番起こりうるシナリオは、IMFがアメリカ政府に資金を提供するというシナリオです。IMFの最大の役割は金融恐慌を防ぐことです。もし貸さないと恐慌の責任をIMFが受けることになるので、それは絶対に避けるのです。

 

  ではアメリカ国内の責任論はどうなるか。もちろんデフォルトすると即座に犯人捜しが始まります。共和党が強硬姿勢を保ったためにデフォルトしたとなれば、民主党に勝ったはずの共和党は自滅することになります。なので、最後の最後はいつものとおりお互いが折れ、手打ち式となるのです。

 

  それでも実際にデフォルトしたらどうなるか?

 

  デフォルトの認定自体は裁判所が行いますが、同様に格付け会社も彼らの仕事として認定を行います。みなさんもご存知のS&PやMoody‘sなどです。

  しかしアメリカ政府のデフォルトは以前も申し上げましたが、支払い能力がない本当のノックダウンではなく、議会の党派争いによる単なる「スリップダウン」なのです。議会が債務上限の引き上げを承認すればすぐにアメリカ政府は国債を発行し、投資家は喜んでそれを買うためデフォルトは解消します。それがわかっているためボクシングで言うノックダウンではなくスリップダウンなのです。

  ただ今回はいつもとちょっと違い、与党である民主党内が若干割れていることです。それは巨額の財政支出をめぐり生じています。支持率が下がっているバイデンは共和党という敵と党内の敵の双方を納得させる妥協案を探らなくてはならず、国会運営は際どさが最後まで残るでしょう。

  以上、米国債アップデートでした。

 

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ファンド資本主義が資本主義を救う、その6.住友商事の事例

2021年09月23日 | ファンド資本主義への変貌

  私の参加しているネット上のプライベートな「サイバーサロン」には主催者の方を初め、多くの住友商事OBの方がいらっしゃいます。そこで日本企業の例として今回は住商にかかわるESGの話題を提供することにしました。今年の6月の株主総会において気候変動に関する住商の考え方が試されました。

  環境NGOのマーケット・フォースから提出された気候変動問題のパリ協定に関する提案内容と、会社側の反対理由をまず会社のHPからそのまま引用します。

まずは株主提案の内容と提案理由についてです。

第5号議案
定款の一部変更の件(パリ協定の目標に沿った事業活動のための事業戦略を記載した計画の策定、及び開示)

提案の内容(議案の要領)

 「当会社が気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に賛同していることに留意し、当会社は、石炭、石油、ガス事業関連資産の保有量、事業規模をパリ協定の目標に沿ったものにするための指標と短期、中期、長期の目標を含む事業戦略を記載した計画を決定し、年次報告書にて開示する。」という条項を、定款に規定する。

提案の理由

 本提案は、当会社がパリ協定の目標に沿った事業を行うための指標及び目標を含む事業戦略を記載した計画の決定・開示を通して、気候変動リスクの適切な管理及び株主資産の保全を目的としている。
 気候変動は、人間社会及び経済システムに深刻なリスクをもたらす。この危機を回避するための条約であるパリ協定は、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度を十分に下回ること並びに1.5度に留めるよう努力することを目標にしている。
 他の商社が石炭関連資産(一般炭鉱及び発電所)を処分する中、当会社の石炭事業方針は現在でも、既存の炭鉱取得や発電所新設を許容している。当会社は、石油、ガス事業に関しても、パリ協定と整合するカーボンニュートラル化への道筋を示していない。当会社は、自らの不十分な方針とその実行により脱炭素経済への移行に伴う重大な経済リスクに晒される。本提案により株主は、当会社の当該リスク管理が適切か否かを知り得る。

 (注)TCFDについて日経新聞のサイトを引用します。

「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の略称。気候変動が金融市場に重大な影響をもたらすとの認識が主要国の間で広がったことを背景に、各国の中央銀行・金融当局や国際機関が参加する金融安定理事会(FSB)が2015年に設立した。投資家などに投融資の対象企業の財務が気候変動から受ける影響の考慮を求めたり、企業に情報開示を促したりする。」

  次に上記株主提案に対する住商側の反対意見です。

当社取締役会の意見

1.当社取締役会の意見とその理由

 当社は、持続可能な社会の実現に向けて、気候変動緩和を重要社会課題の一つとして捉えており、パリ協定で定められた目標の達成を含む気候変動緩和の各種課題解決を目指しています。
 この前提のもと、当社は後述の第2項の経営方針に基づいて、定款に定める多様な事業を手掛けるとともに、気候変動問題に関するリスクを適切に管理し、企業価値の毀損を防止しつつ、変化を機会と捉えて持続的成長と企業価値の拡大に努めることで、これからも株主の皆様の期待に応えてまいります。
また、当社は本株主提案に含まれる事業戦略を記載した計画の策定や開示に既に取り組んでおり、本株主提案が求める内容を新たに定款に記載する必要はございません。なお、定款は会社の組織等に関する基本的な事項を定めるものであり、また、必要に応じて機動的に方針や計画を変更し、それを速やかに実行していく観点から、個別具体的な方針等を定めることはせず、現行定款の内容を維持したいと考えています。 したがって、当社は本株主提案に反対いたします。

 上記の提案と会社説明は、以下の住商HPで見ることができます。

https://s.srdb.jp/8053/content-1-5.html

 

  この株主提案は6月の総会で提案され、約2割の株主から賛同を得ましたが反対多数で否決されました。議決権行使アドバイザーのISSのアドバイス内容は不明です。一株主からの提案を会社側がしっかりと受留め、会社の考え方を述べています。今やESGに関わる問題はすべての企業が避けて通ることのできない重要問題となっています。特に住商などの商社は世界で資源ビジネスを幅広く展開しているため、炭鉱開発や石炭火力発電に対する厳しい要求を突き付けられるケースが多く、株主から「ヤメロ」と言われるだけではなく、住商に資金を貸し付ける銀行側からも圧力を受けるようになっています。実はその銀行もまた株主から「CO2を排出する企業に貸し付けをするな」という追及を受けていて、単なる株主の提案などとして放置するわけにはいかないためです。

  同じことは多くの火力発電所を抱える電力会社、それを資金面で支えている銀行、そして電力債券を引き受ける証券会社にも及び、投資家もそうした企業の株や債券に投資しないということがすでに一般化されつつあるのです。

  一方日本では金融庁がこの問題の開示に関して積極的に乗り出しています。

企業の気候変動リスク、開示を義務付けへ 金融庁検討

2021年7月26日 日経ニュース

「金融庁は企業の気候変動リスクに関する開示を義務付ける検討に乗り出す。今夏にも検討会議を立ち上げ、上場企業や非上場企業の一部の約4000社が提出する有価証券報告書に記載を求める議論を始める。法的な拘束力を持つ有報で一定のルールに基づく開示を義務付け、企業の取り組みを加速させるとともに、国内外の投資家の判断材料として役立ててもらう。早ければ2022年3月期の有報から開示を義務付ける可能性がある。」

 

  もっとも金融機関までも巻き込んだ最近の企業包囲網は一部で行き過ぎであるという意見も出されています。現代の魔女狩りになるほどの拡がりを見せているためですが、こうした問題をしっかりと認識せずに個別企業に投資したりすると、手痛い目に遭う可能性があるので要注意です。

 

 

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ファンド資本主義が資本主義を救う その5.世界の資本市場のキーワード、ESG投資

2021年09月19日 | ファンド資本主義への変貌

  このシリーズは何度か中断してしまいましたので、簡単にその1から4までをレビューをしておきます。

 

その1 モノ言う株主

日本の報道では「モノ言う株主」という言葉がたびたび使われ一般化しているが、この言葉は「日本と言うガラパゴス列島ではふつう株主はモノを言わないのだ」ということを表している。しかし今やモノ言う株主こそ、資本主義を救う救世主になる。

 

その2 超巨大化する世界のファンド

現代の資本市場を席巻するファンドはとてつもなく巨大化していて、世界最大のファンドは1社で1,000兆円を運用し、日本の全株式市場の時価総額750兆円をはるかにしのいでいる。

 

その3 世界の機関投資家のアドバイザー ①

ファンドを含む世界の機関投資家に大きな影響を与えるアドバイザーがいて、アドバイザーは世界の将来を真剣に見通して的確なアドバイスを行う能力を有し、ファンドは議決権行使で彼らのアドバイスにおおむね従っている。

 

その4 世界の機関投資家のアドバイザー ②

世界で最も有力なアドバイザーはISSで、大きなシェアーを持っているため、甚大な影響力を有する。

 その5は世界の資本市場のキーワード、ESG投資です。

 

  現在、日本でも世界でも最も重要視されているのは異常気象への対処です。人類が利便性・効率性を追求した結果、人類だけでなくあらゆる動植物、美しい自然を破壊し尽し、いずれは死滅しかねません。どの国でも政府、自治体、企業、そして国連を始めとする国際機関も、歴史上初めて一つの目的に向かってベクトルを合わせています。

  それは個人にもおよび、だれもが参加しているプラスチックゴミの削減や、あらゆる企業がCO2削減を目標に掲げるところにまで至っています。カーボンニュートラルゼロ・エミッションも同じ意味を持っています。

  その目標に向かうにあたって、重要なキーワードがあります。それがESGで、三つの言葉の筆頭にEが掲げられています。これは投資の世界でも同じで、ESGというキーワードが投資のあり方を変えるほどのインパクトを持つに至りました。

「ESG」EとはEnvironment環境SとはSocial (responsibility)社会的責任GとはGovernance企業統治です。ESGというキーワードが今や世界の一大潮流になりつつあります。

 

  企業が持続的に成長するためにはESGへの取り組みが重要との認識が急速に広まっていて、その取り組みの甘い企業への投資は行わないという事になりつつあり、それに逆らう企業は今後投資対象から外され、淘汰される可能性すらあると思われます。今回はESG投資とは何かを深堀します。

 

  ESG投資を一言で言えば、「環境・社会・企業統治に十分な配慮をし、責任を持つ企業を選別して行なう投資」のことです。何故そうした企業を投資対象として取り上げるのか。その理由はESG評価の高い企業は事業の社会的意義、成長の持続性など優れた特性を持つ企業だからで、今後の成長余力が高いと見られています。社員の採用面で注目され、商売相手として選ばれ、融資も受けやすく、それゆえ投資対象として選ばれるのです。

 ではそのESG投資の規模感をつかんでおきましょう。朝日新聞ニュースの7月19日版を引用します。

引用

日米欧などの普及団体でつくる「世界持続可能投資連合」(GSIA)が7月19日発表した2020年のESG投資額は35兆3千億ドル(約3880兆円)で、18年の前回調査から15%増えた。

 GSIAの調査は2年に1度、年金基金や資産運用会社などを対象にESG投資額を調べるもので、今回が5回目。特に米国は年金基金などが積極的に投資を増やし、前回から42%増の17兆810億ドル(約1880兆円)となった。

引用終わり

  世界の株式市場の時価総額が現在約1京円ですので、この投資額が株式メインとすれば全体の約4割になります。株式投資を語る上でESGは避けて通れないし、世界の主な機関投資家はESGをしっかりと意識していない企業には投資を行わないようになりつつあります。

  では何故それほどまでESGを意識するようになったのか。先ほども指摘しましたが、最大の理由は地球温暖化に対する危機感です。災害列島日本に暮らす我々も、年を追うごとにひどくなる気温上昇やそれが原因で激甚化する台風や大雨・洪水に悩まされています。アメリカや欧州ではそれらに加えて山火事の大規模化があり、アフリカや中央アジアでは降雨量の減少による砂漠化、南の島々では水面上昇による国土全体の水没が迫っています。

  このため政治の世界でも日本の菅政権は「2050年までにカーボンニュートラルを実現」するという宣言を出し、世界の潮流もカーボンニュートラルゼロ・エミッションに向かった政策を打ち出さないと国民の支持を得られなくなっています。特にかなり以前からみどりの党のあるドイツや、環境問題に関心の高いフランスなどは国民の意識も非常に高く、自動車メーカーも100%の電動化を急ぐようになっています。

  実際EUはガソリンエンジンばかりでなく、ガソリンと電動の両方を有するハイブリッドすら許さない方向に動き出しました。

時事通信の7月16日版を引用します。

欧州連合(EU)欧州委員会が14日、2035年に域内でのガソリン車など内燃エンジン乗用車の新車販売を実質的に禁じる方針を打ち出した。50年の温室効果ガス排出「実質ゼロ」実現に向け、電気自動車(EV)シフトを加速させる。ハイブリッド車(HV)も禁止対象となり、HVを得意とする日本メーカーは欧州戦略の見直しを迫られそうだ。

引用終わり

 

  こうなると当然投資家もその政策に沿った方向を目指す企業へ投資せざるを得ず、これまでのように企業価値を利益や成長力だけで計ることが許されなくなっているのです。

  では日本の国内投資家の投資行動はどうなっているか見てみましょう。日本株の投資をリードする海外投資家はESG重視ですから、当然同じ方向に向かわざるを得ません。それを目に見える形にしているのは、ESG投資を標榜する投資信託の存在です。国内のESGを標榜するファンドは現在すでに168本、約3兆円に達しています。それでも全体への貢献度はまだまだ低く、世界の趨勢には大きく後れを取っています。

 

 

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私のナイン・イレブン

2021年09月10日 | ニュース・コメント

  911、私にとってこの数字を読む「ナイン・イレブン」という言葉は、いまでも大きな意味と響きを持つ言葉です。

  それはこの日の夕方、私が働いていたソロモンブラザースの本社ビル、7ワールドが倒壊したからです。実際に私が7ワールドにいたのは入社教育期間の半年程度で、90年の夏ごろのことです。

  みなさんはワールドトレードセンターとは1ワールドと呼ばれる北棟と2ワールドと呼ばれる南棟の2棟からできていると思われていることでしょう。しかしそれだけではありません。ソロモンが7ワールドに入っていたということは周辺には3も4もあり、7までビル群があって、そのすべてがワールドトレードセンターを構成していたのです。

  ワールドトレードセンターはニューヨークとニュージャージーにより開発された非常に大規模な開発で、ポートオーソリティーと呼ばれる空港・港湾施設をつかさどる公共団体が開発主体でした。

  7ワールドは北棟と道一つを隔ててすぐ隣にあって、北棟とは空中のブリッジで結ばれ、真冬の極寒の時期には地下鉄のワールドトレードセンター駅から7ワールドまで外気に触れずに通うことができました。2つのタワーは110階建てで、7ワールドは47階建てのため高さは半分もなく、形も横長で赤っぽい花崗岩の外装のため、目立たないビルでした。

  北棟にアメリカンの航空機が突入したのは午前8時46分です。その後2機目のユナイティッドの航空機が南棟に突っ込み、2つの棟が倒壊したのは激突から1時間40分ほどあとのことでした。北棟の倒壊による衝撃と破片や火花による火災が7ワールドを襲ったのです。しかし6~70メートルほど離れたしっかりとした作りのビルが、まさか一瞬で倒壊するとは誰も考えていませんでした。私はテレビで自分が働いていたビルの倒壊の瞬間を見て、生まれて初めて腰が抜けてへたり込む体験をしました。人間って、ほんとに腰が抜けるんですね(笑)。

 

  一緒に働いていた同僚たちはどうなったんだろう、1分ほどで我に返った私が第一に思ったことです。そして何故離れているビルまでが倒壊してしまったのか、それが次に出てきた疑問でした。改めてWikipediaなどを見ても、原因はさきほど書いた「北棟の倒壊による衝撃と破片や火花による火災が7ワールドを襲い、倒壊した」としか出ていませんので、いまだに私の中では疑問符がついたままです。

 

  幸いにもソロモンの社員は全員が無事でした。それにはそれなりの布石となる事件がありました。1993年3月、1ワールドの地下でテロによる爆破事件がありました。6人が死亡し、約千人が怪我をするという大爆発でしたが、みなさんはきっと記憶にないと思います。その大爆発にもかかわらず1ワールドはびくともしませんでした。

  しかしそのことにより、テロによる爆破や火災に備えて、ソロモンでは普段から避難訓練を行っていたため、911でもその訓練が役に立ち、全員が即時避難していたのです。倒壊の翌日それを聞き、本当に安堵しました。

 その日から世界は変わったと言われますが、私も本当にそう思います。

  以上、「私のナインイレブン」でした。

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ファンド資本主義が資本主義を救う その4.世界の機関投資家のアドバイザー②

2021年09月09日 | ファンド資本主義への変貌

  アフガニスタンでは政府の陣容が発表されましたが、女性が排除されタリバン陣営だけが登用されるなど、「国内の様々な勢力からなる政府を作る」というタリバンの言っていたこととは大きく異なる政府になっていますね。こうした混乱に乗じてタリバンの上層部とつながりカブールに大使館も残している中国が、アフガンで存在感を高めつつあります。中国の狙いは、

  • 中国と欧州を結ぶ一帯一路にアフガンを取り込む
  • アフガンの資源、特に中国が欲しい豊富な地下資源の利権を手に入れる

 

  前回経済を立て直せず統治に失敗したタリバンにとって、経済支援の手を差し伸べる中国は渡りに船そのものです。専制主義同士は相性がよいのでしょう。しかしそんな専制主義国家中国などに負けてたまるか。それが「ファンド資本主義が日本を救う」シリーズの重要テーマです。

  このシリーズを7月に始めてからオリンピック、アフガン混乱などでだいぶ時間が経過してしまいました。再開にあたりこれまで3回にわたって書いてきたことを簡単にまとめます。

その1 モノ言う株主

日本の報道では「モノ言う株主」という言葉がたびたび使われ一般化しているが、この言葉は「日本と言うガラパゴス列島ではふつう株主はモノを言わないのだ」ということを表している。この言葉を使う新聞・TV・雑誌などの報道関係者の常識のなさを自ら体現している。

 

その2 超巨大化する世界のファンド

現代の資本市場を席巻するファンドはとてつもなく巨大化していて、世界最大のファンドは1社で1,000兆円を運用し、日本の全株式市場の時価総額750兆円をはるかにしのいでいる。

 

その3 世界の機関投資家のアドバイザー

ファンドを含む世界の機関投資家に大きな影響を与えるアドバイザーがいて、アドバイザーは世界の将来を真剣に見通して的確なアドバイスを行う能力を有し、ファンドは議決権行使で彼らのアドバイスにおおむね従っている。巨大化したファンドは1社で世界の数千社、あるいは万に及ぶ企業に投資をしているため、総会での議案の一つ一つに的確な判断ができなくなっている。そこで総会の議案を精査したうえで賛否のアドバイスをする有力アドバイザーにゲタを預けるのだが、有力アドバイザーは世界でたった2社しかない。最大の会社はISSと略されるInstitutional Shareholders Servicesで、もう一社はグラス・ルイスという会社である。ISSのほうが歴史も古く、サイズもグラス・ルイスの2倍ほどあるが、この2社で世界の主な機関投資家をカバーしていて、そのカバー率は世界のファンドを含む機関投資家の6割を超えている。

ここまでが前回までのストーリーでした。

 

  今回はそれほどまでに巨大化したファンドに大きな影響を及ぼす議決権行使アドバイザーについてです。世界最大のISSがどのような基準でアドバイスをするか、概要から見ていきます。

  彼らのアドバイスは、Accountability、Stewardship、Independence、Transparencyの原則にのっとって行うと謳っています。上記の4つは日本語では若干表しにくいのですが、およそで言いますと順に、説明責任、受託責任、独立性、透明性となり、その原則に則ったアドバイスを行います。

  また彼らは国ごとの内情をよく分析していて、例えば日本の場合は取締役会の独立性が低いとか、親子上場という奇妙な慣習があるとか、監査役すら企業内の「あがり」ポジションであるとかを心得ています。そうした悪しき慣習・前例を踏襲するような人事案には反対票を投ずるようアドバイスします。

  今年の東芝の総会において、取締役会議長の人事案が否決されたことが大きなニュースになりましたが、それが好例です。そのニュースを6月25日のNHKのサイトから引用します。

引用

東芝の株主総会で、永山治取締役会議長ら社外取締役2人の再任が反対多数で否決されました。会社が提案した人事案が否決されるのは異例で、いわゆる“モノ言う株主”への対応などをめぐり企業統治の責任を株主から厳しく問われたかたちです。東芝では、株主に選任された外部の弁護士が去年の株主総会の運営についての報告書で、会社と経済産業省が連携し筆頭株主でいわゆる“モノ言う株主”の提案を妨げるため、一部の株主に不当な影響を与えたと指摘し、「公正に運営されたものとはいえない」と結論づけました。

引用終わり

 

  これと似たことはアメリカでも世界的大企業であるエクソンで起こりました。これもISSのアドバイスが効いた例です。今年5月の朝日新聞ニュースを引用します。

 

引用

米石油大手エクソンモービルが26日に開いた株主総会で、同社に環境対策の強化を求める投資ファンドが推薦した取締役候補2人が選ばれた。エクソンは2人の選任に反対していたが、多くの株主は環境重視の姿勢に賛同。エクソンは今後、いっそうの環境対策が求められることになる。

 投資ファンド「エンジン・ナンバーワン」はエクソンに対し、「本格的に事業を多角化する努力をせず、将来の石油やガスの大量の需要を前提とした投資をしている」などとして、「株主の価値を守り高めるためには、変化しなければならない」と主張。一方のエクソンは、エンジンが「将来のエネルギーシステムにおける石油やガスの役割を無視している」「配当を維持・成長させるために必要な資金を危険にさらす」などと指摘し、反論していた。

 エンジンが持つエクソン株の比率は0・02%だが、機関投資家に議決権行使を助言する米ISSなどがエンジン側の取締役選任案に賛成を推奨。エクソン大株主の資産運用会社などが賛成票を投じたとみられる。

引用終わり

 

  このニュースは全米ではたった0.02%しか保有していない株主の提案が通った驚異的なできごとだと報じられ、ISSの力を示したものと解釈されています。

  そしてエクソンの総会でもう一つ中心議題となったのが「ESG」です。EとはEnvironment環境、SとはSocial (responsibility)社会的責任、GとはGovernance統治です。ESGというキーワードが今や世界の一大潮流で、企業が長期的に成長するためには、ESGへの取り組みが重要との認識が急速に広まっていて、その取り組みが甘い企業への投資は行わないという事になりつつあり、それに逆らう企業は今後株式投資の対象から外され、淘汰される可能性があると思われます。

  上記の東芝のケースはちょっとわかりにくいのですが、総会の運営の仕方が不当でG、つまりガバナンスがなっていないという意見が通って取締役会議長が再任されませんでした。そしてエクソンはE、つまり環境問題に対する姿勢が甘いとされ、わずか0.02%しか保有していない株主の提案が通りました。これらはいずれもその陰で助言会社であるISSが動き、機関投資家がそのアドバイスに従った好例です。

 

 資本主義の根本原理であるはずの多数決が、衆愚政治的単純多数決ではなく、独立性を持った議決権行使アドバイザーにより、透明性責任ある判断なしには済まされない状況に変化しつつあるのです。

 

  次回はエクソンで見られた環境問題への配慮が、世界的に機関投資家と企業の行動を律するものになりつつあることを、さらに具体例をもってお示しします。

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