前回は日銀のバランスシートがいかに巨額か、数字をもってお示ししました。その大きさは、日本全体のGDPに匹敵するほどになっていると指摘しました。
その記事に、Invest shiftさんから次のような質問がきました。ちょうどこの件が予定していた記事の内容そのものですので、以下に回答させていただきます。ちょっと難しい部分があるかもしれませんが、池上彰君にならい、なるべく「やさしく」を心がけました。
>日銀が債務超過になっても、日銀が国債を償還まで持ち続ければ何も起こらないような気もしますが、どうなのか気になります。
残念ながらそうはいきません。理由は二つあります。まず簡単な回答から。
その1.もしなにも起こらないのなら、財政で行き詰った世界中の国はみんな同じことをすればいい
ところがそんなことをして危機を食い止められた政府・中銀などありません。
その2.中央銀行が信用を失い、通貨が暴落する
歴史はいつもそうした経緯をたどります。
日銀を企業に読み替えて考えてみましょう。するとすぐに理解できます。
企業が資産の減価により巨額の債務超過に陥ると、どうなるでしょう。ちょうど90年代はじめに資産バブルが崩壊した時の不動産会社などがそれです。
サブプライムローンをしこたま抱えて倒産したリーマンもそうでした。信用を失い、資金調達ができなくなり、破綻しますよね。シャープは債務超過が見えたためにホンハイに売られてしまい、東芝はその解消のため、子会社を売却します。
日銀の場合、東芝程度の債務超過ではなく、自己資本の何十倍もの債務超過になる可能性大です。
よく国や中央銀行と企業は違うとか言い張る人がいます。国家は破綻しないとか、日本国には十分な資産があるとか言う人たちです。日本国に売却可能な資産は多くないということはこれまで何度も説明しました。今一つ大事なことを説明します。
「日本国は違う」と言い張る人たちは、バランスシートとは何かの基本的知識に欠ける人たちばかりです。ここからが説明の核心部分です。
日銀が国債を400兆円もバランスシート上にキープできる裏付けは、それをファイナンスできているからです。
すみません、池上彰君にならい、やさしい日本語で言いなおします。彼は同じ慶応経済同期卒で、クラスは隣の隣なので、君と呼ばせていただきます(笑)。
国債を資産として貸借対照表上に保有し続けることができるのは、それに見合う資金調達ができているからです。貸借対照表とは、左側が資産、右側が借り入れなどの資金調達です。資産合計と負債・資本合計は常に同じ数字でなくてはバランスしません。先週も掲げた日銀の17年3月末の貸借対照表を簡単に再掲します。
資産 負債・資本
国債 412兆 銀行券 100兆
貸付金 44兆 当座預金 343兆
ETF 13兆 その他 39兆
その他 21兆 資本・準備金 8兆
資産合計 490兆 負債・資本合計 490兆
日銀の場合、国債を買うための資金調達の大部分は貸借対照表上の右側、負債の項目にある当座預金です。資産にある国債を412兆円保有するために、市中銀行から当座預金を343兆円受け入れ、プラス100兆円の日銀券を発行してまかなっています。
343兆円はブタ積みと言われますが、日銀にとってはそれがなくなると同額の国債を売却しなくてはならなくなる、大事な資金調達源なのです。誰から調達しているかと申しますと、日銀に口座を持つことのできる市中銀行です。国債の売却は金利上昇につながります。そして当座預金がなくなるということは、市中銀行に預金を返済するということです。
一方、銀行はみなさんのおカネを預金として調達し、企業に資金を貸し付けたり、投資をしたりします。本来国債に投資していた資金を、今は日銀の当座に預金としてブタ積みしているのです。日銀は市中銀行の当座預金をあてにして、それをもって国債に投資しています。よく言われる打ちでの小槌、お札を刷って国債を買っているのではありません。
A銀行が日銀に国債を売却し、数兆円単位で当座預金を有している場合を考えましょう。日銀が価格の暴落した巨額の国債を抱えていたら債務超過となり危ないので、当座預金をとりあえずおろしておこうと思うはずです。
そのままにしていてお金を取り戻せないとなったら、頭取を初めとする取締役は責任を追及され、個人で何兆円もの返済を強いられます。国債暴落に気づいたら役員連中はまずは日銀から逃げ出しておこうとしますよね。それが自己防衛です。
当座預金が引き下ろされると日銀はどうなるでしょう。国債を保有する裏付けがなくなるので、暴落している国債をさらに安値で売却して、返済資金を調達する必要に迫られます。悪夢のような負のスパイラルが始まります。持ち切って沈んだままにすることなどできません。
さらに、国債の売却は日銀の損失を確定させます。つまり帳簿上の評価損ではなく、実現損になってしまうのです。
ここまではご理解いただけますでしょうか。
預金者であるみなさんご自身のことをついでに考えておきましょう。
みなさんがB銀行に1,000万円預金しているとします。もしB銀行の頭取がA銀行とは違い政府の意を受けて、日銀への当座預金を引き下ろさず心中しようとしたら、みなさんはどうしますか。私だったら即座に全額引き下ろしにかかります。当然ですよね。
日本人のそうした自己防衛パニックは、73年のトイレットペーパー騒ぎや、それから20年以上たった90年代の平成の米騒動を思い起こせばすぐ理解できます。トイレットペーパーやコメでもそうなるのですから、ましてやなけなしのおカネとなれば、大パニックです。
それだけでは済みません。国債暴落は市中銀行も郵貯も生保も同じように直撃します。どこもが取り付けに襲われ、同時多発パニックになります。
きのうまで大丈夫と思っていても、金融機関の取り付け騒ぎは実に簡単に起こります。もしかするとこの記事を誰かがツイッターでばらまいただけで生じる話かもしれません。信用というのはそのような脆弱極まりない、カラス細工でできているのです。
誰もがSNSを使う時代の新しいパニックは、あの超独裁者リビアのカダフィを一撃で倒したりするほど、威力抜群なのです。
こうして理詰めで見てくると、裏付けのない虚構に支えられた日本国の信用など、ひとえに風の前の塵に同じだということがわかると思います。2020年のプライマリーバランス達成などどこ吹く風という安倍内閣、気を付けよう格付け会社と暗い道(笑)。
ここまで一生懸命やさしく解説したつもりなのですが、それでも「そんなこたー、むずかしくてよーわからん」と言う人がいるかもしれません。でもそんな人ほど、実は簡単にパニクル人たちなのでしょう。Owlsさんが指摘されたとおりだと思います。
以上が「日銀が国債を償還まで持ち続ければ何も起こらないような気もしますが」、ということへの回答です。
Invest shiftさん、回答になりましたでしょうか。
つづく