ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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1円を削りだせ! 青学の原監督

2023年04月25日 | 社債投資の心得

  クレディスイスのAT1債に関しては、まだ話題が続いていますね。日本国内でも財務省の発表によれば約1,400億円が富裕層を中心に販売されていたとのこと。特に三菱UFJモルガンスタンレー証券はそのうち3分の2の950億円も販売したことを発表しています。

  そんな中衝撃を持って報道されたのは、青山学院駅伝部監督の原晋さんのニュースでした。ネット上のニュースを引用します。

 

引用

『青山学院の原監督は「老後に年1回の旅行を楽しみたい」と少しずつ貯めた貯金で日本の証券会社から債券を購入していたが、「ハイリスクのものという説明はなかった」と主張。「日本のサラリーマンの平均年収のウン倍が紙切れになった」「クレディ・スイスは倒産していないのにどうしてお金が戻ってこないのか」と嘆く。

あえて自身の失敗を語ったのは「安易な気持ちで投資に乗り出したら私みたいな被害にあって人生を台無しにする。同じ失敗をしてほしくないからです」と訴える。』

引用終わり

  

  箱根駅伝で原監督は「1秒を削りだせ」と常々おっしゃっている割には、お金には鷹揚な方のようですので、私から「喝」を入れます。駅伝なら一度くらい転んでも、途中棄権はしませんよね。今回もまだまだ挽回の可能性はいくらでもあります。

  どのニュースを見ても、原さんが証券会社からリスクについて十分な説明を受けていなかったと報道されていて、本人もこう語っています。

 

「ハイリスクのものという説明はなかった」

 

  そもそも日本で販売に従事している証券会社が債券の販売にあたり目論見書を投資家に配布しているのを聞いたことがありません。社債などを買ったみなさんのケースではいかがでしょう。投資家に目論見書を配布し、内容を説明するのは証券会社の義務です。しかし専門家として言っておきますが、外国銀行が発行する劣後債の英文目論見書などシロウトが見ても理解できません。いや、相当な専門家でもない限り、日本語への翻訳も困難を極めるでしょう。専門用語のオンパレード、かつそもそも銀行が国内当局や世界的銀行の監督機関である国際決済銀行BISの資本に関する要求内容を理解していなかったら、とても翻訳などできません。

  それを配布もせずその上高リスクであると口頭でも説明がなかったのであれば、次の一手は、原さん自身が三菱UFJモルガンスタンレー証券を訴えるのです。

 

  この事件で発行体であるクレディ・スイスを訴えても負けます。何故なら倒産時の返済順位は株式よりこの債券のほうが下位だと目論見書に書いてあるからです。しかし販売に当たる証券会社は、そのことを説明する責任と義務があります。セールスの担当者は普段から目論見書など見ず、説明もせずにセールスをしていますので、原さんはそれを盾に100%の賠償金を三菱UFJモルガンスタンレー証券に求めるのです。

 

  アメリカでもより巨額な損失を被っている個人や巨大ファンドなどが、すでに訴訟を準備しています。ロイターなどで英文ニュースを探ると、投資家らは債券の目論見書の中身を熟知した上で投資しているため、説明不足を指摘するのではなく、破綻処理の方法論から発行体銀行や政府の処理方法を攻めようとしています。金額も大きいため非常に大掛かりな訴訟を準備しているようです。

 

  しかし私は日本ではもっと初歩的な攻め口があると思います。それは先ほど書いた通り、説明をしなかった証券会社を攻めるのです。

  と思って日本語でネットを検索すると、すでに該当する投資家を募ろうとしている法律事務所を見つけました。この場で具体名は避けますが、私のアドバイスは

 

「原さん、あきらめるのはまだ早い、1円を削りだせ!」

 

  その事務所に出向き、訴訟に参加することで返済の可能性は大いにあると思われます。その法律事務所のフィーの条件はわかりませんが、この手の訴訟の多くは成功報酬で行われることが多いのです。つまり入り口での支払いは求められず、成功報酬のみを目指しているだろうと思われます。要は投資家を多く集め、回収金額を多くして、大きな儲けを出すことが彼らのインセンティブなのです。

  成功報酬の率は、おおむね30%程度になりますが、原さんが例えば3千万円の損を出しているとして、手間暇かからず7掛けの2,100万円が還ってくれば、十分じゃないですか。法律事務所は集めた投資家の投資額が300億円であれば、100億円も手にできるのです。

以上、「原さん、1円を削りだせ!」でした。

 

  そして再度皆さんに申しあげます。「金利の見た目に釣られて劣後債などには絶対に手を出さないようにしましょう」

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クレディスイスのAT1債と社債投資の心得

2023年03月25日 | 社債投資の心得

  クレディスイスのAT1債の内容が、次第にあきらかになってきましたね。

  3月23日の吉田さんからのコメントにたいして私は以下のように返答しています。まずコメントの一部から。

>社債の件ですが、先生のご助言に背き、既にいくつか劣後社債を購入しておりました。正直5〜6%の利回りに誘惑されました。

そして私の返答の一部を引用します。

>劣後債を購入されていましたか。
今後は是非やめるようにしてください。
劣後債は今回のような極端なリスクを持つものもあれば、比較的マイルドなリスクを持つものもあります。普通社債=シニア債ともいいますが、破綻時に劣後債はシニア債より返済順位が劣後するだけでなく、もっと複雑な条件を持つ債券が数多くあります。期限前償還条項の付いたものや、クレジット・リンク債などです。

 

  そして今回の破綻に際しての疑問、「何故株式より、劣後とはいえ債券が先に価値をなくしてしまったか」については、政府と金融当局が政治的判断でおこなった緊急措置ではなく、AT1債には発行条件の中にその措置の根拠があったという説明がなされました。その内容を、日経ニュースから引用します。
引用

2023年3月24日

クレディ・スイスAT1債全損、当局「条項に従い決定」

スイス金融市場監督機構(FINMA)は23日、スイス金融大手クレディ・スイス・グループの劣後債の一種「AT1債」の価値をゼロとする決定は同債券の条項に従ったものだと発表した。同社のAT1債の目論見書には発行体の「存続に関わるイベント」が起き、政府が特別支援を実施する場合は無価値にするとの規定があると説明した。

同業のUBSによるクレディ・スイスの買収に伴いクレディ・スイス株の価値は一部残り、AT1債の価値はゼロとなる。FINMAは「AT1債について多くの問い合わせがあるため、無価値にした根拠となる情報を提供する」として、スイスでは株式が全損するより前にAT1債が株式に転換されるか全額毀損する設計になっていると指摘した。

FINMAは同時に無価値となるクレディスイスのAT1債の一覧も発表した。2013年から22年に発行した13本が該当する。

一般的に企業の破綻時には債券は株式よりも優先されるため、クレディスイスのAT1債の全額毀損が発表されると社債市場は大きく混乱した。社債権者の間では、決定を不服として訴訟に向けた動きもある。FINMAの発表には決定の正当性を主張する狙いがあるとみられる。

引用終わり

  この説明で債権者の動きが収まるとは思えないのですが、我々が普段目にしない条項が含まれていたのは事実です。

 

  では日本の証券会社はこうした目論見書の内容を把握し、リスクがあるとはっきりと投資家に説明しているでしょうか。私にはそうは思えません。また説明していたとしても、「クレディスイスが破綻する可能性はある」と匂わせることもしないと思います。

  今後クレディスイスもスイス当局も様々な訴訟を受けるでしょうし、最終的解決には非常に時間がかかるものと思われます。それでも損失を取り返すのは非常に困難でしょう。

  例のサウジの皇太子が得意げに運用しているファンドも、これに引っかかっているし、他の中東諸国も株式とAT1債の両方で莫大な資金を失うことになりそうです。今後金融機関の発行する劣後債は、プロの投資家ばかりでなく世界中の個人投資家も避けて通るようになるでしょうし、売却に際しては相当な損失を覚悟せざるを得なくなると思われます。

 この状況下それを商売ダネにしようとする弁護士事務所が日本にもありました。私が「クレディスイスAT1債」とググったところ、最初に出てきたのが

○○法律事務所による無料相談の宣伝サイトでした。内容は、

AT1債元本削減よるの損失を回復できる可能性があります。無料法律相談にお申込みください。○○法律事務所はクレディスイス発行のAT1債保有投資家のために無料法律相談を開始。Web相談24時間受付中・法律相談初回無料。」

 なかなかしたたかですね。なんか「払い過ぎたクレジットの利息は取り戻せます」というTVの宣伝みたいです。でも冒頭から誤植がそのままになっている法律事務所なんて、誰が信用するのでしょう(爆笑)。私のブログを見ている関係者がいたら、即訂正を!

 

 

  では社債投資のおさらいをしておきます。

ブログ・カテゴリー「社債投資の心得」、16年3月1日の記事です。

再掲引用

目白のおっちょこちょいさんからいただいた「社債投資はどうか」という問い合わせへの回答です。

  低金利の米国債に代わり、もう少しイールドの取れる社債への投資を検討とのことですが、「社債を買う場合考慮すべきこと、リスクは何か」について、他のみなさんにも参考になると思いますので、本文にてじっくり解説いたします。

   ご質問内容と、目白のおっちょこちょいさんが例として上げられていたのは、以下の債券です。

 引用

なかなか米国債金利が上がらない状況が続いております。
ドル転した米ドルはMMFにあり安全なのですが、資金の一部で10年以内の米ドル建て社債でも購入しようかと考えています。
例)
シティ 利回り 3.129% 2026/01/12
米国債 利回り 1.654% 2026/02/15
金利差 1.475%

以下のようなことは分かっているのですが、もし何かアドバイスなどございましたらご教示下さい。
・社債と米国債で違うところは、社債は倒産などもろもろありリスクが伴う。
・米国債よりも金利が高いのは、儲かるからじゃなくってリスクが高いから。
・似たような年限の米国債金利を基準として、どれだけ上乗せされているかがリスクプレミアム。

引用終わり
 

  コメント内容にもありましたが、私は著書でも社債への投資には触れていません。私が一般の方に社債をおすすめしない理由は、

1.流動性がないから

2.社債の内容はそれぞれ変化に富んでいて、一般の方が理解するのが難しいから

3.理解できても価格の妥当性が判断できないから

   以上の3点です。もう少し詳しく解説します。

  社債の基本的リスクは、すでに書いていらっしゃるとおりです。

   日本の証券会社が薦める海外の社債は大半が金融機関の発行する債券です。それは見かけの利回りが高いからです。「見かけの良い投資対象には罠がある」と考えるのが、投資の心得の一つです。

   特に金融機関債になるととても複雑で見えないリスクが満載です。その詳細内容は「発行目論見書」を調べる必要があるのですが、私の社債引き受け経験によれば、発行目論見書は英文でおよそ50-100ページにもなり、その中の20ページほどはかなり重要な条件が書いてあります。それも字が電話番号帳ほど小さいので、とても見る気がしないしろものです。

  内容をかいつまんで言えば、格付情報や、当該企業もしくは金融機関固有のリスクや、そのインダストリーのリスク。また金融機関でありがちなのは

①劣後性の有無

②期限前償還条項の有無

③株式への転換条項の有無

  劣後債ですと、デフォルトした時に残余財産をもらえる可能性がほかの一般社債(シニア債)より低く、リスクは高いことになります。また期限前償還条項がついていると、せっかく高利回りだと思ったらすぐに償還されてしまったりします。そして株式転換条項によっては、債券だと思って買ったら、業績が悪くなると株に転換されてしまうものもあります。(これは日本でみんなが騙されたExchangeable Bondとは違います。)このように金融機関債の条件設定は極めて複雑怪奇なのです。

   日本の証券会社が薦める社債はほとんどが「プレーン・バニラ」と呼ばれる仕組みのないものが多いとは思います。しかし、債券をプロとして扱ったことにないセールスマンがほとんどなので、目論見書も読んだことはないでしょう。ですので、上記条件の有無をセールスマンに確認する必要がありますが、聞いてもわからない場合、本社の債券専門家に確認してもらい、理解したうえで投資を判断すべきです。

   ここまでは基本中の基本です。さらに重要なのは「価格の妥当性」です。一般の方にはCitibankのスプレッド、上記の例では金利差 1.475%の妥当性を判断できません。市場を離れてしまった私にももちろん判断はできません。価格が妥当であるか判断できないものを、証券会社の言いなりで買うことになるのは覚悟してください。

   それと最も重要なのは、多くの方が普段は気にしていない大事な大事な「流動性」です。流動性とは、「売りたいときに売れるか」です。そして、売れたとしても大幅なディスカウントになる可能性もあります。もう少し説明を加えますと、

   例えばCitibankが怪しくなったとき、Citibank株は市場で投げ売れば売れるでしょう。しかしCitibankの債券は足元を見られて、全く売れないかもしれません。売れたとしても相手はディストレスト・ファンドなどの墓場のダンサーかもしれません。するととんでもないディスカウント率になることもあります。墓場のダンサーとは、デフォルト間近、あるいはデフォルト済の債券を買いたたいて、将来大きく儲けようとするリスクテイカーを指します。

   ちょっと脅かしすぎたかもしれませんが、一応こうしたことを理解したうえで投資しないと、あとで泣きを見ます。ということで、国債やスーパーソブリンではない債券投資には、いろいろと難しいことがつきまとうのです。

  これらの理由から、私は社債投資をお薦めしていませんし、著書でもとりあげていないのです。

  まあ、それでも、ということであれば、証券会社でさきほど示した債券の条件を聞いたうえでリスクを取るのを、止めはしません(笑)。できれば証券会社とのやり取りを後ほど報告してください。

  以上、フィクストインカムの専門家流、社債投資の心得でした。

引用終わり

  

 

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ホントは恐い、社債の危険性

2023年03月20日 | 社債投資の心得

  クレディスイスの危機は、中央銀行であるスイス国立銀行のサポートとUBSによる救済合併で収束すると見られています。先週のシリコンバレー・バンク騒ぎに次いで、銀行破綻が連鎖しました。今後も銀行破綻は問題銀行に連鎖する可能性があることをみなさんもしっかり頭に入れておきましょう。

  今回の救済スキームは新聞だねとしては終わった感があるのですが、債券の専門家の間では、大きな衝撃を持って余震が続いています。それがタイトルにある「ホントは恐い、社債の危険性」の話です。

 

  私が個人的にアドバイスを差し上げている個人の方々のポートフォリオには、驚くほど多くの社債が含まれています。しかも多くの方はその社債のリスク内容をしっかりと把握していないので、今回はそれを取り上げて警鐘を鳴らします。

   その前に、今回の破綻救済スキームの何が問題なのかを、専門家の観点からみてみます。クレディスイスは多くの社債を発行していて、その中に破綻の際だけ帰趨が関係する劣後債の性格を持つ債券が存在していました。

  銀行を含む破綻企業の処理では、債権者の権利を守る順番が決まっています。例えば負債総額100億円などと破綻の大きさを表しますが、最初にゼロになるのは株式で、投資家には1円も戻りません。その次は貸付をしている銀行や社債の保有者になりますが、残余財産を比例配分することになります。

  社債にも種類があって、いわゆる「劣後債」というカテゴリーの債券の権利は、株式より上ですが普通社債より劣後します。ということは株式同様、負債が大きければ戻りはゼロになる可能性が高いのです。ですのでリスクを取る投資家は普通社債より高い金利ももらえます。私の懸念は、そのリスクを知ってか知らずか、劣後債に投資をされている方がとても多いのです。

 

  この返済順序を頭に入れて、クレディスイスの処理を見ると、とんでもないことが起っています。今回はUBSがクレディスイスの株式を、時価の1.86スイスフランより6割低い0.76スイスフランで買収することが決まりました。ということは、株式価値はゼロにはならずに半分弱返ってくる勘定になります。

  ところが今回クレディスイスの発行しているAT・1というタイプの劣後債の価値をゼロにするというのです。しかもその発行額は2兆2,800億円にのぼります。これは先ほどの原則論、まず株式がゼロになるのとは違う処理になったということです。

  このように銀行が発行する劣後性債券は、スキーム自体が複雑で破綻処理も単純ではないのです。2.3兆円もの債券の価値がゼロになり、株式投資家が救われるのは、順序がおかしいと感じる専門家が多いのです。

 

  しかも過去にプロの投資アナリストなどが出しているコメントもお門違いだったことになります。金融専門ニュースのプルームバーグに載っている以下のコメントを参考までに引用します。世界的に有名な投資会社アライアンス・バーンスタインのアナリストコメントで、22年2月のHPからの引用です。

タイトル;銀行セクターは劣後債が魅力的

AT1債は一連の信用格付の各ポイントにおいてより高いバリュー(林の注;金利が高い)を示すのみならず、その具現化されたリスクも銀行株式と比べて低い。そして、過去5年間のハイイールド債のデフォルト率が年間3~4%だった一方で、AT1債が株式転換された例はなく、返済が繰り延べられたケースも数えるほどであった。

もちろん、これらの統計データは時と共に変化する。しかし、アライアンス・バーンスタインは、銀行のバランスシートが現在のように健全であることを考えれば、リスクバランスは劣後債に有利であると見ている。

引用終わり

 

以下は同じHP上の会社の自己宣伝です。

「アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーは、世界有数の資産運用会社です。
世界の機関投資家、富裕層、一般の個人投資家の皆様に、それぞれの国や地域のニーズに即した広範囲な投資運用サービスをご提供しています。
2022年12月末現在、ABの運用資産総額は約85.3兆円(6,464億米ドル)です。株式、債券、マルチアセット、オルタナティブ運用等、幅広い運用商品をご提供しています。」

 

さて、みなさんはこの立派で巨大な投資会社の分析と、破綻処理結果の齟齬をどう思われますか。

  今回の記事のタイトルは、「ホントは恐い、社債の危険性」です。普通社債ならまだしも、劣後債やクレジット・リンク債などは普通社債より若干高い金利をもらえるのですが、シロウトの方には判読不能なスキームが埋め込まれているため、避けるようにしましょう。わずかな利回り欲しさで、証券会社の甘い言葉に引っかからないようにしましょう。

 

「気を付けよう、甘い言葉と暗い道」

 

安全な債券は、米国債のみです!

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社債投資の心得、目白のおっちょこちょいさんへの返答

2016年03月01日 | 社債投資の心得

  目白のおっちょこちょいさんからいただいた「社債投資はどうか」という問い合わせへの回答です。

  低金利の米国債に代わり、もう少しイールドの取れる社債への投資を検討とのことですが、「社債を買う場合考慮すべきこと、リスクは何か」について、他のみなさんにも参考になると思いますので、本文にてじっくり解説いたします。

   ご質問内容と、目白のおっちょこちょいさんが例として上げられていたのは、以下の債券です。

 引用

なかなか米国債金利が上がらない状況が続いております。
ドル転した米ドルはMMFにあり安全なのですが、資金の一部で10年以内の米ドル建て社債でも購入しようかと考えています。
例)
シティ 利回り 3.129% 2026/01/12
米国債 利回り 1.654% 2026/02/15
金利差 1.475%

以下のようなことは分かっているのですが、もし何かアドバイスなどございましたらご教示下さい。
・社債と米国債で違うところは、社債は倒産などもろもろありリスクが伴う。
・米国債よりも金利が高いのは、儲かるからじゃなくってリスクが高いから。
・似たような年限の米国債金利を基準として、どれだけ上乗せされているかがリスクプレミアム。

引用終わり
 

  コメント内容にもありましたが、私は著書でも社債への投資には触れていません。私が一般の方に社債をおすすめしない理由は、

1.流動性がないから

2.社債の内容はそれぞれ変化に富んでいて、一般の方が理解するのが難しいから

3.理解できても価格の妥当性が判断できないから

   以上の3点です。もう少し詳しく解説します。

  社債の基本的リスクは、すでに書いていらっしゃるとおりです。

   日本の証券会社が薦める海外の社債は大半が金融機関の発行する債券です。それは見かけの利回りが高いからです。「見かけの良い投資対象には罠がある」と考えるのが、投資の心得の一つです。

   特に金融機関債になるととても複雑で見えないリスクが満載です。その詳細内容は「発行目論見書」を調べる必要があるのですが、私の社債引き受け経験によれば、発行目論見書は英文でおよそ50-100ページにもなり、その中の20ページほどはかなり重要な条件が書いてあります。それも字が電話番号帳ほど小さいので、とても見る気がしないしろものです。

  内容をかいつまんで言えば、格付情報や、当該企業もしくは金融機関固有のリスクや、そのインダストリーのリスク。また金融機関でありがちなのは

①劣後性の有無

②期限前償還条項の有無

③株式への転換条項の有無

  劣後債ですと、デフォルトした時に残余財産をもらえる可能性がほかの一般社債(シニア債)より低く、リスクは高いことになります。また期限前償還条項がついていると、せっかく高利回りだと思ったらすぐに償還されてしまったりします。そして株式転換条項によっては、債券だと思って買ったら、業績が悪くなると株に転換されてしまうものもあります。(これは日本でみんなが騙されたExchangeable Bondとは違います。)このように金融機関債の条件設定は極めて複雑怪奇なのです。

   日本の証券会社が薦める社債はほとんどが「プレーン・バニラ」と呼ばれる仕組みのないものが多いとは思います。しかし、債券をプロとして扱ったことにないセールスマンがほとんどなので、目論見書も読んだことはないでしょう。ですので、上記条件の有無をセールスマンに確認する必要がありますが、聞いてもわからない場合、本社の債券専門家に確認してもらい、理解したうえで投資を判断すべきです。

   ここまでは基本中の基本です。さらに重要なのは「価格の妥当性」です。一般の方にはCitibankのスプレッド、上記の例では金利差 1.475%の妥当性を判断できません。市場を離れてしまった私にももちろん判断はできません。価格が妥当であるか判断できないものを、証券会社の言いなりで買うことになるのは覚悟してください。

   それと最も重要なのは、多くの方が普段は気にしていない大事な大事な「流動性」です。流動性とは、「売りたいときに売れるか」です。そして、売れたとしても大幅なディスカウントになる可能性もあります。もう少し説明を加えますと、

   例えばCitibankが怪しくなったとき、Citibank株は市場で投げ売れば売れるでしょう。しかしCitibankの債券は足元を見られて、全く売れないかもしれません。売れたとしても相手はディストレスト・ファンドなどの墓場のダンサーかもしれません。するととんでもないディスカウント率になることもあります。墓場のダンサーとは、デフォルト間近、あるいはデフォルト済の債券を買いたたいて、将来大きく儲けようとするリスクテイカーを指します。

   ちょっと脅かしすぎたかもしれませんが、一応こうしたことを理解したうえで投資しないと、あとで泣きを見ます。ということで、国債やスーパーソブリンではない債券投資には、いろいろと難しいことがつきまとうのです。

  これらの理由から、私は社債投資をお薦めしていませんし、著書でもとりあげていないのです。

  まあ、それでも、ということであれば、証券会社でさきほど示した債券の条件を聞いたうえでリスクを取るのを、止めはしません(笑)。できれば証券会社とのやり取りを後ほど報告してください。

  以上、フィクストインカムの専門家流、社債投資の心得でした。

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米国債に代え、公社債投資はどうか

2016年01月27日 | 社債投資の心得

米国在住債券初心者さんのご質問に対する回答です。

  米国在住債券初心者さんから、「米国の公社債投資についてどのようにお考えか取り上げていただけないでしょうか。」というご質問がありましたので、こちらの本文にて回答させていただきます。

  債券「初心者」とハンドルネームにはついていますが、債券投資に関してかなり勉強されているのではないかと推察します。なにせ「デュレーション」という難解な言葉を抵抗なく、的確に使われていますので。

  回答に先立ち「公社債」という用語を説明します。国債以外の債券です。アメリカ市場で代表的なものは、住宅ローン債権を証券化した債券商品や、それらを扱う公社であるファニーメイ、フレディーマック、学生ローンを扱うサリーメイなどがあり、超巨大市場です。地方自治体の債券も免税のものが人気もあり、大きな市場です。そして銀行やその他金融など金融機関の債券や一般企業の債券が非常に大きな市場を形成しています。なかでも銀行の劣後債券市場は利回りが高いため人気があり、プライベートバンクなどと付き合うと、それらを積極的に薦められますが、仕組みが複雑なので要注意です。またハイイールド債もありますが、これはカテゴリーを分けられています。

  ではご質問に沿って回答いたします。質問は、

>もちろんクレジットリスクが高い分スプレッドは上乗せされておりますが、債券ということで基本的性質は国債に似ていると考えております。投資適格の社債で(今後の金利上昇リスクを見込んで)デュレーションが短いものを運用対象にしておりますが、プロの目から見てのご意見をいただければ幸いです。

  おっしゃるとおり、米国債とその他の公社債の差はリスクの大小に従ったクレジット・スプレッドの差だけで、投資の基本的要件は同じです。

  アメリカの公社債市場は格付けに従ってかなり厳密なスプレッド較差が付けられています。従ってご自分の取り得るリスクを大きくしていけば、それなりの利回りが得られます。しかし私は著書においてもブログでも、お薦めしたことがありません。その理由は、

1.個別銘柄の信用リスクを個人が判断するのは困難であること。格付け会社に任せるという手はありますが、自分の投資対象の把握を他人にまかせることになる

2.価格の妥当性(=利回りの妥当性)判断をする際、米国債イールドと上乗せスプレッドの二つを判断する必要があり、特にスプレッドの判断は個人には不可能であること

3.日本では国債とスーパーソブリン債以外は、ほとんど手に入らないこと。大手の証券会社の在庫にもほとんどありません。これはアメリカなら事情は違います。

そして最後ですが最も大切なことは、

★★★『流動性がないこと』★★★

  つまり買いたいときに買えず、売りたいときに売れないのです。もちろんものによっては流動性がけっこうあるものもあります。アメリカの例で説明します。

  さきほど公社債の説明で出した住宅ローンの抵当証券を扱うファニーメイとかフレディーマックの発行する債券は、ある程度の流動性もあります。個人でも買えますし、売れます。しかしリーマンショック時、それらの債券は価格が暴落し、流動性を失いました。最終的に破たんはしていません。

  一般的に流動性に欠けるということは、買いたいと言えばプレミアムを要求され、売りたいと言えばディスカウントされる。つまり売買スプレッドが大きくなってしまうことになるのです。もちろん持ちきりを前提にすれば、売りのディスカウントはありません。

  私の著書の最初に、投資で大事なことは1にも2にも「流動性だ」と書いてあります。投資で一番大事なことが、日本では債券でも株式でも無視されています。それこそが、日本の投資界の後進性の証左です。

  例えアメリカ市場においても、国債の流動性に比較するとその他の社債は数十分の一、あるいは数百分の一しか流動性はありません。債券は株と違い、一つの銘柄の発行量は小ぶりで、大きくてもビリオン・ドル、つまり1千億円の単位です。小さいとその10分の1、あるいは100分の1程度ですから、それが既発債として市中で取引される確率は非常に少ないのです。

  例えば巨大会社GEを考えてみましょう。GEの株はどの株も同じで1つの価格しかなく、いつでも売買可能です。しかしGEの社債(ほとんどはかつてのGE Capital 発行)は何百種類もあり、その個別銘柄の価格の妥当性などプロ中のプロにしか判断できません。それに、誰が所有しているかなどの情報は債券専門の証券などが持っていて、ほとんど公開されていませんので、証券会社でも探すのは容易ではありません。

  以上が公社債の投資は個人では非常に困難な理由です。流動性の低さがそのまま売りたいときに売れないというリスクになるのです。

  まとめますと、

「公社債は日本では売っていないし、たとえアメリカでも一部を除き流動性に欠けるので投資すべきでない。」  となります。

  すると公社債への投資は、投資信託で行う以外なくなります。債券投信のお話は次回いたします。

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