フランス人でパリ経済大学教授トマ・ピケティの分厚い本、すいぶんと評判になっていますね。すでに解説書も山のように書かれています。お読みになった方、いらっしゃいますか。私はまだ読んでいません。本屋で手にはとりましたが、同じくらい分厚い本でも既に読んだ「国家は破綻する」ほどには、読む努力をしようと感じさせてくれませんでした。でも伝え聞く内容は、今回のシリーズ「戦後70年第2の敗戦に向かう日本」にも示唆の多い内容だと思われるため、私なりのコメントを試みます。
よくもあれだけデータを収集したものだと数字ヲタクの私も頭が下がります。しかも各国の納税申告からのデータ収集が多いので、まだ経済統計がほとんどない古い時代でも収集でき、信憑性が高いところがミソですね。
本のアイコンは、
r > g
資本の収益率(r)は歴史的に経済成長率(国民への分配)を上回ってきた。故に資本を持つものと持たざる者の格差は拡大の一途をたどる。なんとかしないと社会は不安定さを増す。
本の9割はそうした数字の解析に費やされています。そして最後に彼なりの解決策を示しています。その主なものは所得税の累進性を強めることと、資産そのものに課税することなどです。もちろんタックス・ヘイブンを取り締まることも。
私は彼の考え方に基本的には賛成です。極端な不平等は税制などを通じて是正すべきでしょう。
私自身が「21世紀の資本」について得た情報は立ち読みを除けば以下のとおりです。
<トマ・ピケティ直接>
・パリ白熱教室、大学での3時間に及ぶ講義ビデオ(学生向けのためわかりやすく、質疑応答が面白かった)
・アメリカや日本のテレビによる直接インタビュー、合計1時間程度
<間接>
・新聞での特集や経済誌の特集 (様々なコメンテーターのコメントが面白いが、お門違いも多い)
・ネットにアップされている主に批判的評論多数(玉石混淆)
・訳者山形浩生氏による反批判、プレゼンテーションがネットで見られます(的確だと思われるし、面白い)
こうしてみると私もかなり時間は使っていますね。だったら読めばいいのにという感じを持たれるかもしれませんが、もともとデータ本の色彩が強いので、ダイジェスト版でも十分ではないかと感じています。と言ってもダイジェスト本も読んでいません。
この本についてはずいぶんと手厳しい批判も多く聞かれます。評論をする人達は批判的に見ることが宿命づけられているので、しかたない部分もあるかと思います。でも批判されればされるほど、実は彼の意図は達成されるのです。何故なら彼はインタビューで「私の提供したデータで資本主義の現状をみんなで議論し直すきっかけになることがこの著書の最大の意図だ」と言っていましたから。
あまりご存知ない方のために付け加えますと、彼はマルクス主義者ではなく、あくまで資本主義の信奉者です。
繰り返しますが、彼の本の内容は次の式で集約されています。
r > g
資本の収益率(r)は歴史的に経済成長率(g 国民への分配)を上回ってきた。資本を持つものと持たざる者の格差は拡大の一途をたどる。それは社会を不安定化するので、政策的に是正されるべきだ、というものです。
私は彼の主張を大筋で支持しますが、数字ヲタクなので次の2つの点で少し違和感を覚えています。
1. gは単なる成長率ではなく、一人当たりの成長率にすべき
経済成長率が資本の収益率より高くなれば格差は縮小し国民は経済的に幸せな方向に向かう。一般論では正しいでしょう。しかし日本のように人口が減少している国では成長は難しい。しかし待てよ、『一人ひとりが今より経済的に恵まれるか否かは国の成長率ではなく、一人あたりの国民所得が上がっていけば達成できる』。つまり成長率がゼロでも、その時人口が1%減少していると、一人当たりはプラス1%になる。これからの日本を考えれば、それもありでしょう。
中国の成長率がいくら高くても日本より幸せに見えないのは一人当たりの所得は日本が中国の数倍もあるからです。逆に成長率が低い小さな北欧の国々が幸せに見えるのは、一人当たりの所得が日本の倍もあるからです。
なので、議論の主旨に沿えば g は単なる成長率ではなく、一人当たりのgに書き直すべきだというのが私の提案です。
2. 資本の収益は我々も享受している
株主の「機関化現象」という言葉をご存知でしょうか。古きよき時代には個人の大金持ちが主な株主でした。今の韓国の財閥、戦前の日本の財閥、アメリカのかつてのロックフェラーやモルガンしかり。それがいまでは個人の株主比率は減少し、替わって金融機関・年金・生保・事業法人などの機関投資家が大半を占めるようになりました。日本の株式分布の現状を以下に示します。東証が昨年6月に発表した14年3月末の上場企業の株式分布です。
金融機関; 27%
証券会社; 2%
事業法人; 21%
個人; 19%
海外法人; 31%
合計; 100%
海外法人を除いた全体を100とすると、株式保有の3分の2は法人が所有し、個人は3分の1です。ということは、資本からの収益を享受しているのは3分の2が機関投資家で、その中に我々の年金や投資信託などが含まれています。つまり資産家でない個人も資本収益をかなりの部分享受しているのです。銀行や生保が株の配当などで儲ければ、それも金利や配当の形で庶民にもある程度は還元されていますし、事業法人が配当や金利をもらえばそれも給与やボーナスで資産家でない個人に還元されます。
日本の場合、株式からの収益は純粋に個人の大金持ちが享受している部分は目くじらたてるほど大きくない。それが株主の機関化の帰結です。そして株のキャピタルゲイン・ロスや不動産の価格上昇・下落を考慮すると、むしろこの20-30年くらいなら、資産家の資産増加率 r はマイナスである可能性のほうが大きいのではないでしょうか。
日本で格差が大きな問題として浮上したのはバブル崩壊以降に成長率(g)が鈍化してからです。であれば、上記の私の推定は当たらずしも遠からずで、「21世紀の資本」どおりではない部分も相当程度ありそうです。
だからといってトマ・ピケティの主張は日本に当てはまらないのではけっしてありません。低賃金や非正規労働の問題をそのままにしてよいのではなく、是非とも解決すべきだと私も思っていますし、金持ちの海外逃避による税金回避は世界的に包囲網を築き防止すべきです。
トマ・ピケティの「21世紀の資本論」は興味深いデータを提供してくれましたし、今後の資本主義社会にとって政治課題の最重要部分であることに間違いはないと思います。
以上、読んでもいない書評でした(笑)