先週私が尊敬している政治学者で、地政学的リスクの専門家であるイアン・ブレマー氏が来日して、複数の報道番組に出演していました。それらの番組で彼が指摘していたことを一言で要約してお知らせしますと、現在の世界の地政学的状況について、リスクどころか
「地政学的恐慌が起きつつあるのに、それを当事者である大国が認識していない」
そしてトランプが国際機関である国連の演説で国際機関の役割を否定し、グローバリゼーションを否定したことに触れ、
「ここまでくると地政学的恐慌は戦争ともいえる状態になっている」
とも指摘もしていました。
おや、やっぱりトランプが世界のリスクを作っている張本人じゃないですか。
今年も年初に私は彼の主催するユーラシアグループによる今年の10大リスクを話題に取り上げました。その時の私のコメントは、「前年に第一のリスクとして記されていたトランプのアメリカ第一主義のリスクが消えて、トランプは大きなリスクではないような形になっている。それには違和感を感じる」、というものでした。しかし10か月余りが過ぎた今、現況はやはり「トランプこそ最大のリスクで、すでに地政学的戦争状態だ」と彼は解説したのです。
ここに至ってトランプはお友達であるサウジのムハンマド王子の扱いに困り果てて、歯切れが悪くなっています。王子関与の証拠は次々に現れ、責任を免れそうもありません。それでも王子は最後まで部下に責任を押しつけて逃げ切ろうとしていますが、それをトランプがサイドから応援して、おとといまで「王子は関与していない」と断言していました。
ところがきのうのトルコのエルドアン大統領の演説以降はそうした発言を避け、「サウジへの制裁は議会にまかせる」と自らは逃げを打ちました。
中東を巡っては、6か国核合意を破棄することでトランプが放火したイラン危機に加え、同盟国サウジの問題も生じ、今後原油の供給に重大な危機を起こしかねません。
それに加え先週末には旧ソ連との中距離核ミサイル廃棄合意も一方的に破棄するという新たな火種をトランプは作り出しました。世界に放火しまくるトランプの暴走をいったい誰が止められるのでしょう。それはアメリカ議会であり、選挙民である国民以外ありません。まずは中間選挙に期待しましょう。
さて、リーマンショック後10年の最終回です。その3ではリーマンショックとはそもそも何だったのかを解説しました。それは、「資産価格の下落が保有者である金融機関の資金繰りを悪化させ、それが金融機関全般に拡がり、「流動性危機」を産んだ」ということでした。ちょっとわかりづらい金融用語ですが、実は平たく言えばそれは「取り付け」です。リーマンショックの最中も、リーマンが破綻するとその直後に「次はどの金融機関か」という犯人探しが始まり、投資銀行や商業銀行、そして保険会社のAIGに至るまで破綻候補を恐怖の取り付けが襲いました。
それを止めたのは政府と中央銀行であるFRBによる資金供給です。流動性の枯渇を強烈な資金供給で止めたのです。だったらそこに至る前にリーマンを救ってしまえば、金融恐慌を起こさずに済んだのではないか、という疑問が残こります。そのあたりのことを後に多くの研究者が金融当局を含む当事者たちに聞き取りをしながら調べています。その結果結論として出されたのは、
「リーマンが破綻したことで政府・FRBの尻に火が付き、資金供給に反対していた議会をやっと説得できた。」ということでした。
「破綻なくして救済なし」だったと言えます。
これは日本のバブル崩壊の後始末とは大きな違いです。90年代初頭に始まった日本のバブル崩壊では、97年に至ってやっと山一、98年に長銀など大手金融機関が破綻しました。そこに至るまで実に7年もの時間が無為に経過してしまいました。その間、銀行が貸し込んだ「住専」問題も複雑化し、救済するしないで国会が連日もめにもめました。破綻する金融機関をアメリカのようにもっと早く破綻させていたら、事はそこまで長期化しなかった可能性があります。
ではリーマンショック後10年にあたり、こうした金融危機の経験から今後の教訓を導き出しておきましょう。
今後破綻に瀕する可能性があるのは金融機関ばかりではありません。現在の世界を見渡すと、最もバブルが大きく膨らんでいるのは国家債務です。中でも最悪なのは日本。主要国の債務とGDPの比率を比べます。
GLOBAL NOTEという国際比較サイトから10月12日更新分を引用します。
日本 238%
ギリシャ 182%
イタリア 132%
アメリカ 105%
スペイン 98%
フランス 97%
ドイツ 64%
中国 47%
日本とアメリカは国家債務の膨張に加え、もう一つ問題を抱えています。それはリーマンショックに過剰反応した中央銀行による膨大な資金供給で、それが次なるバブルの呼び水になっていると私は思っています。
日銀やFRBが国債買い入れで資産を大膨張させました。アメリカはすでに買い入れを停止し、出口に向かい資産圧縮を始めています。財政を膨張させないために歯止めの役割も担う金利もしっかりと上昇させています。
それに対して日銀はいまだに国債を買いまくることで金利を押さえつけて財政の健全化をはばみ、資産を膨張させて出口など知ったことかという政策を継続しているのです。
世界ではすでに次の不況にどう備えるかの議論が始まっています。なのに日銀のみが完全に取り残されました。アメリカは今後さらにFRBが政策金利を上げますので、景気のスローダウンに対しては利下げで対処することが可能です。一方日本は全く打つ手がありません。
ではこの「リーマンショック後10年に寄せて」のシリーズをまとめます。初回にみなさんにリーマンショックは何をもたらしたかということで、以下の3点を挙げました。
第一は、震源地のはずのアメリカが10年後までに先進国諸国では一人勝ちした
第二は、危機後に報道やエコノミストなど誰もが言っていた「アメリカにも失われた10年が来る」というようなことは全くなかった
第三は、金融危機を作り出した側の投資銀行のほとんどが消えてなくなった
そして今回、最も大事なことを追加しました。
第四として、金融危機からの脱却政策の行き過ぎが、政府債務と中央銀行資産を膨張させ、次のショックの火種を残した
ということです。
私はこれまで同様、
「今後の世界の最大のリスクは、出口のない日本の財政・金融政策にある」
と見ています。
みなさんはそれに対してしっかりと自己防衛をしましょう。防衛策は、円リスクからの脱却しかありません。円資産を米ドル、そして米国債へシフトを進めることで乗り切りましょう。
おわり