ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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円高トラップに嵌まり込む日本 その7.所得収支

2011年11月28日 | 資産運用 

「働いて、円高にして、大ハッピー」になりたいはずが、どうもそうならずに円高は不幸のタネを撒いているようです。その不幸の一番の原因は、生産設備の海外移転で雇用が確保できなくなることにありそうだ、というお話をさし上げました。

 本来であれば為替レートには自動調節機能がついていて、どこかで調整機能働くはずです。

どういうこと?

 円高が昂進すれば輸出競争力がなくなり、やがて貿易黒字が縮小もしくは赤字転換して、円安に戻るハズ。これが為替レートによる調整機能なのですが、最近の貿易収支の減少にもかかわらず、円高には歯止めがかかっていないようです。

 その原因の一つは、貿易収支の他に国の対外収支を構成するもう一つの重要な要素である所得収支が黒字になっているからです。経常収支は貿易収支とこの所得収支の足し算です。

所得収支って?

 所得収支のうちの収入は、企業が海外に進出した結果もたらされる配当などの成果や、外国証券投資から得られる配当・金利などです。反対に海外から日本への進出企業が本国に送る配当や、日本への証券投資の結果海外に支払われる金利や配当が支出で、そのプラス・マイナスを相殺したのが所得収支です。そして繰り返しますが、貿易収支と所得収支の合計が、経常収支です。

 最近の貿易収支は赤字になったりしますが、所得収支がそれを補って余りあるほどの黒字になっています。このため、貿易収支が赤字化しても、経常収支は赤字になりづらく、そのため簡単に円安には振れないのです。

今年に入って四半期ごとの経常収支は以下のとおりです。

        貿易収支   所得収支    経常収支  単位;億円
1-3月      4、806  39、256  39,866
4-6月   △15、575  33、493  15,371
7-9月   △ 8、050  39、943  29、825
(注)貿易収支と所得収支の合計は経常収支と差があります。その他のマイナーな項目があるからです。

 以上のように貿易収支は振れが大きく、赤字も大きいときがあるのですが、所得収支はとてもコンスタントで、毎期3兆円以上の黒字が続いています。この所得収支は04年くらいまで4半期ベースで2兆円台の黒字だったのですが、05年くらいから3兆円台に乗せてきて、常に大きなドル売り要因になっています。

つづく
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最新のCDS市場の動向について

2011年11月23日 | 資産運用 


  このブログでは、CDSスプレッドについて折に触れてアップデートをするとお約束しています。今回は国別CDSの最新の動向をお伝えします。

  ヨーロッパのCDSスプレッドは、AAAの格付けを持つフランスがかなり上昇し、200bpを超えて危険水域に入っています。(5年のフランス国債のデフォルトに対して保険を掛けると、毎年2%も必要だという意味です)
日本のCDSスプレッドは10月の初旬、ギリシャ危機の真っただ中に150台でピークをつけましたが、最近は110台で落ち着いた動きになっています。国別の数値を10月4日、11月18日、米国の債務削減合意ができなかった21日で比較します。

    10月4日    11月18日    11月21日
日本   155       116       117
米国    53        48        50
英国   102        91        93   
ドイツ  116        94        98
フランス 199       222       234
イタリー 488       529       539

  米国は春先の水準からほとんど変わらず、デフォルト騒ぎのあった夏も、ギリシャ悲劇の秋も、びくともせずに低位安定です。将来の財政赤字削減を目指す議会の合意形成が不調に終わっても、さしたる変化はしていません。8月のデフォルト騒ぎのときにも書きましたが、株や為替の相場は参加者が多く、マスコミの雑音も反映される恐れがありますが、債券やCDSスプレッドの動きは投資のプロの見方をもっとも反映していると思われます。 

  ヨーロッパではユーロの盟主ドイツも、日本がピークを付けた10月初旬に110台に上昇したものの、このところは不肖の子分達の無心にもめげず堅調です。そして問題のイタリーとそれに続くフランスは、スプレッドの拡大が継続しています。フランスは200を超えてきていますが、格付がAAAであっても、このレベルは要注意ゾーンです。

 今後も折にふれて、CDS市場を見ていきます。
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円高トラップに嵌まり込む日本 その6.設備投資の減少

2011年11月17日 | 資産運用 

  前回は円高の影響に関連して、日本経済にとって重要なのは、貿易収支より輸出の絶対量だ、と言うお話をさし上げました。そして輸出が減っていくのとは反対に、日本企業の海外での生産が米国ばかりでなく、タイなどのアジア諸国でも増加しているということを示唆しました。

  今回はその海外移転を統計的に裏付ける数値がありますので、ご紹介します。一つは国際収支統計の資本収支。もう一つは国内の設備投資動向です。

  国際収支には貿易などの収支のほかに、資本の出入りを計る資本収支があり、海外への投資と海外からの投資をみることができます。海外への投資を5年ごとに見ると、以下のようになります。

            96年―00年  01年―05年  06年―10年
海外への投資     3.4兆円     5.4兆円   8.2兆円

このように5年ごとに区切ってみますと、直接投資の増加ぶりがクリアーにみてとれます。

  次に日本企業の国内の設備ストックです。毎年の設備投資は、GDPの設備投資額で出てきます。それらは毎年大きく増減しますが、それらは単なるフローの数字です。新規に設備を作る一方で、古い設備は廃棄されていきます。企業決算でいえば減価償却費として計上される部分が減耗分です。
  雇用の維持という観点から大事なのは、投資と減耗をプラス・マイナスして設備ストック全体がいったい増えているのか、減っているのかです。ところがこの減耗分を差し引いたストックの額は政府が定期的に発表している数値はないようです。 GDPというフローの数字だけでなく、減耗を考慮した国富つまりストックの調査もしっかりとされるべきでしょう。

  そこで数値は経済研究所などの調査報告が頼りということになります。私が見つけたのは、大和総研のレポートとBNPパリバのレポートですが、09年に日本全体の資本ストックの減耗分が、新たな資本ストック追加分を上回ってしまったという調査結果が出ています。つまり日本企業が国内の設備投資をスローダウンさせたため、設備ストック全体がシュリンクしてしまったのです。

  設備ストックを量的に把握するには、新規投資と減耗の差を以下のようにGDP対比で考えるのが一般的です。

( 民間設備投資 - 民間企業固定資本減耗 )/ GDP

  70年代はこの数値は10%から5%の間で推移していました。つまり毎年日本の設備はGDP対比で数パーセントづつ増加していたわけです。
  80年代も、実は同様に5%から10%の間で推移しています。
何故5と10を反対に書いたかといいますと、70年代は当初が10%程度、最後は5%程度、80年代は丁度それが逆で、5%からスタートし最後が10%近い数値になったからです。設備投資も80年の第二次オイルショックに向けて低下しましたが、バブルの頂点に向かって再度増加していったのです。
  90年代は当初の10%近い数字が、最後に2%程度まで落ち込むというひどさでした。過剰設備が整理されていく過程ですが、それでも減耗より増加が多く、ストックは増加基調を保っていました。
  2000年代の初頭は、ITバブルで一瞬4%近くまで回復しましたが、すぐにほぼ0%になってしまいました。その後2-4%で推移していましたが、09年には再びマイナスとなり、設備全体がシュリンクしています。

  このような設備ストックの縮小が継続すると、当然企業による雇用の減少という形で、日本経済に影を落とすことになります。
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その5 貿易赤字は本当に限界のサインか

2011年11月13日 | 資産運用 

前回の最後で、日本経済が円高に耐えられるのもそろそろ限界か。そしてその限界のサインは貿易赤字、と書きました。貿易赤字は、象徴的出来事ではありますが、限界の本当の理由は少し違うところにあると私は考えています。

それはどこにあるのか?

最近の国際収支は、貿易収支がほぼトントンか赤字になっています。しかしこうした「収支」という数値は、輸出の大きさや輸出産業の産出量を示す数字ではありません。例えば輸出に支えられた経済構造を示す数値は、収支ではなく輸入は無視して、輸出額そのものであるべきです。

 解説しますと、貿易収支が年間10兆円の黒字だとします。実際日本の貿易収支が大幅黒字の時は10数兆円の黒字でした。でも黒字10兆円の収支差は、輸出が70兆円、輸入が60兆円で差が10兆円なのか、輸出が50兆円・輸入が40兆円で差が10兆円なのかで、大きく違います。同じ黒字10兆円を維持していても、国内製造業の輸出量が70兆円から50兆円に減っていたら、それは大問題なのです。

 新聞の報道やエコノミストの解説では、いつもこの収支差だけが大きく取り上げられ、大きな黒字だったのが、最近は赤字に転落した、という報道がなされます。実は輸出の絶対額は、07年の80兆円が08年77兆円、09年51兆円、10年64兆円となっています。11年も3四半期終えたところで47兆円、このまま数字を年間に拡大すると62兆円です。07年の80兆円は世界景気のピーク、09年の51兆円はリーマンショック後のボトム、現在は回復しそうで実はちょっと息切れ気味、という段階のようです。息切れの原因の一つは明らかに震災・津波の影響ですが、ここにきていよいよ円高による国内生産の限界がきているのかもしれません。

さまざまなところで海外への製造業の移転が本格化している兆しがあります。先にあげましたが、タイが日本の海外生産の基地になりつつあることや、今週号の週刊ダイヤモンドは「家電淘汰」という特集で、日本の大メーカーによるテレビ事業の終焉を書いています。巨大工場がどんどん閉鎖されていく様子は驚くばかりです。そうしたことによる雇用の減少が、円高の負の側面をいよいよ浮かび上がらせているようです。

まとめますと、貿易は収支だけを見るのではなく、輸出量の絶対量の増減こそが国内生産の大きさを計るには重要だ。そして今年は輸出の絶対量が昨年に比べ減少しそうです。

つづく
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その5 成長と円高

2011年11月08日 | 資産運用 
 
 飛び石連休に淡路島に旅行をしていたため、記事のアップが空いてしまいました。海流の激しい場所で育つ海の幸を堪能することができました。


 前回は、円の自由化以来40年間と言う長いスパンでみた場合のドル円レートと日本の成長率を、バブル崩壊前の20年間と崩壊後の20年間で比較してみました。前半の円高スピードは後半の倍も速かったのですが成長率は高く、円高のハンディを乗り越えたようだ、というお話をしました。

 それはきっと日本が発展途上にあったため、円高下にあっても勢いが止まらなかったからなのかもしれません。国によって発展のスピードに差はあっても、一人当たりのGDPが1万ドルあたりまでは超ハイスピードで成長し、2-3万ドルくらいになるとそこそこのスピードになり、3万ドルを超える先進国のレベルになるとスローダウンするというのが、一般的なパターンです。日本の場合、名目GDPが3万ドルを超えたのは92年頃で、およそこのパターンにあてはまります。そこからのさらなる成長にとって、円高は重くのしかかっているようです。
 
 今一度、「働いて、円高にして首を絞め」ということの本当の意味を私なりに考えてみます。円高で本当に困るのはどのような状況でしょうか。私は国内で雇用が守れなくなる状況だと思っています。消費者が物の消費や旅行でエンジョイできたとしても、多数の人が失業したのでは国として「円高で大ハッピー」とはいきません。

 この数年の企業の海外流失の勢いは相当なものがあります。タイの洪水で、それに気付いた方が多いと思います。しかし一方東北の津波被害で、多くの大企業・中小企業が、国内でもコストの安いと思われる地方に展開をしていたという事実にも気付かされました。
 日本の失業率自体は現時点でも、他の先進国に比べて依然として低い状況が続いています。どうやら日本企業は地方展開と海外展開のハザマにいるようです。地方に展開するだけでは円高の対応に限界をきたしつつあり、海外への本格展開も行い、企業の存続を目指しつつある。従来は大企業と系列企業が主に海外に進出していましたが、遂に一般の中小企業まで海外に出てゆく段階になったようです。すると今後はいよいよ失業率が高くなるかもしれません。

 これまでは円高が昂進するたびに、「もう耐えられない」と言いながらも日本企業は頑張りを見せてきました。海外への直接投資は証券投資などと違い、ある日突然日本での投資が止まり海外投資が主流になる、というものではないと思いますが、私はそろそろ本格的限界に近づいているのではないかと思っています。

その理由は?

貿易収支が赤字に転じたことです。

つづく
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