個人向け米国債の証券会社によるプライシングに関するある方からのご質問に、アメリカの証券会社での個人取引で多くの経験と知識をお持ちのPuffinさんからとても有用な投稿をいただきました。みなさんのお役に立つと思われますので、こちらの本文に引用掲載いたします。Puffinさん、ありがとうございました。
引用1
呼ばれた気がしたので、来ちゃいました(笑)。
債券取引については、投資になれている方でもなじみが薄いので、今一つイメージが湧かないようですね。
私も始めた12年前は全く分からず、日本の証券会社に問い合わせていました。しかし窓口の担当者では全く埒が明かず、債券部門に取り次いでもらい返答いただいていました。ここ数年、購入する証券会社を米国のものに移してからも、主にチャットで米国へ質問しています。そこで得た知見の一部を述べたいと思います。
債券投資は株式投資とは大きく違う点があります。
それは、市場規模の違いで、2~数倍の売買取扱高があります。
(林の注)世界の債券全体の残存額自体が、そもそも株式市場の時価総額より2倍程度の大きさがあります。
また、市場参加者は、基本的にディーラー・トレーダー・ブローカー・中央銀行・機関投資家・ヘッジファンドなどの金融のプロが中心となっております。米国債券市場では、1注文の単位が2000万USドル(邦貨に直して約22億円)ですので、個人投資家が入り込む余地は殆どありません。
その債券市場での売り買いの仲値を参考値として、主に証券会社などの金融機関同士で売買単位を小分けにした相対取引が行われ、そこでリテールの金融機関が買い付けた債券が更に小分けされて、一般個人投資家に対して販売される、という仕組みになっています。
これは、日本でも米国でも同様の構図になっております。
日本の場合は、債券投資をしている人が極めて少ないため、リテールの金融機関は「1本値」とよばれる1日1プライスの販売価格を提示して販売します。
当然、直近の債券市場価格は参考にしますが、その債券をいついくらの値で仕入れたか、により各金融機関ごとに独自の値付けをしています。
そのプライスには金融機関の取り分の儲けも乗せられるので、同じ債券でも販売価格が異なるのは当然です。また、仕入れ値よりも逆ザヤになれば、売りを引っ込める事もあるようです。
いきなり販売が無くなるのにはそうした事情もあるようです。
米国の場合は、市場が開いている日中及び時間外取引時間内には、債券も株式と同様にリアルタイムでチャートや板が提示され、かなり細かく売買価格が上下するのを見ることが出来ます。
実際の売買も、株式同様、ask(買い)とbid(売り)、limit(指値)とmarket(成行)、の注文を出すことが出来ます。
債券の場合は特に、買値が最終利回りに直結しますので、自分で買値を決められるのは助かります。
但し、違うのはそこまでで、個人の注文(多くても1注文せいぜい数十万ドル程度?)では、price makingするには桁が違い過ぎており、個人の注文で市場が動くことは絶対ありません。
その為、実際の個人の債券売買では、個人の注文を取り扱う金融機関があらかじめ持っている在庫の中から債券を割り当てられて入手したり金融機関が引き受け手となって買い取ったりする事になります。個人レベルの売買では、そうした相対取引でしか注文が通らないのです。
従って、稀ではありますがlimit注文の値に到達しても、更にはmarket注文していても、約定しない事もありました。
この辺は、小口売買の場合は仕方ないようです。
なお、債券売買手数料が安いのは米国の証券会社の方が上で、米国債の場合、Interactive Brokers証券では額面100万ドルまでは0.002%で100万ドル以上で0.0001%、Firstrade証券では2018年8月23日~は無料となっています。ドル円の為替もスプレッドが2銭程度ですので、まとまった金額ならばかなりの差になってくると思われます。
こんな感じです。
お役に立てれば幸いです。
(林の注)price makingについては後掲
以上がPuffinさんによる最初の投稿です。そしてさらにスプレッドと手数料に関して、追加の投稿をいただきましたので、それも引用します。
引用2
「スプレッド」については、2通りの意味があります。
一つは、日本の証券会社が行っている米国債などの取引での、「売値」と「買値」の乖離幅、という意味。これは、相対取引での売り手である証券会社が顧客の我々に対して提示する金額差が、事実上の手数料となります。この値は、人為的に決められる値です。
もう一つは、金融商品の市場取引での、「売り気配値」と「買い気配値」の差、という意味。
現在の金融市場では、1秒間に数百万回の約定がなされる高速取引が主流となっており、我々が以前からよく目にする「約定価」は「過去に成立した取引値」を見ているに過ぎません。売りと買いが合致してしまうと即座に約定して、直ぐに次の取引に移りますので、板情報を見ていると常にこの2つの気配値のみが表示されます。
この値は、市場動向による結果として売り買いに開きが生じるもので、人為的には決められず、相場が大きく動くときには大きくなり、落ち着いている時には小さくなります。
個人相手のリテール業務でなく市場参加者として債券売買を行ってらした林先生が仰る「スプレッド」はこちらの方をさすと思われます。
従って、IB証券の手数料は林先生の「スプレッド」とは別物です。
IB証券の場合、「手数料」は債券の額面価格に対してかかってくる売買手数料です。例えば額面1,000USドルの米国債を買えば、2セントの売買手数料(最低手数料が1ドルと決められているので最終的には1ドルです。但し口座管理料が別途月10ドルかかっており、手数料は10ドルまでならばその口座管理料に含めるので、実質無料になります)がかかります。Firstrade証券ではこれが無料になります。
米国証券会社で米国債を買う場合は、リテールでは相対取引にはなりますが、購入または売却の値は市場取引レートが採用されていますので、物凄い量の米国債が頻繁に売買されている米国債券市場では大きく売り買いの金額差が開くことは無いです。その差額は市場動向に依るので一概に決められませんが、大体1,000USドル1単元当たりで数セントの金額になっています。
IB証券とFirstrade証券、両方の証券会社にも問い合わせていますが、答えは同様に”Net Yeild Basis”とのお返事でした。
因みに、為替の手数料に関しても、日本では仲値に対して1USドル当たり25銭~1円くらいの固定スプレッドが徴収されますが、米国では債券価格と同様に為替市場での約定値で決まるので大体2セント前後の変動スプレッドになっています。
引用終わり
Price makingに関して林が追加で(注)を入れます。
PuffinさんはPrice makingプライスメーキングと書かれていますが、その趣旨が「値付けをして取引を成立させる」という趣旨であれば、金融関係者の専門用語ではmarket makingマーケットメイキングと言われ、それを行う専門業者をマーケットメーカーといいます。
日本では相互証券(BB)と呼ばれる事業者がそれに当たり、BBという名前の由来は証券会社=ブローカーの売買を請け負うブローカー、Broker’s Brokerからきています。彼らの提示する価格は取引履行が義務付けられています。
アメリカでも同様の専門業者がいて、かつてほぼすべての大口債券取引を独占的あるいは寡占的に行っていましたが、近年はIT技術とデータ処理の発達により証券会社同士が直接相対での取引を行うことが多くなっています。ブルームバーグのプロ用端末ではいち早くそれを扱っていて、債券業者は債券のbid askプライスを端末で提示して取引を行えます。システムを作ったMr.Bloombergはもともとソロモンブラザーズのボンドトレーダーで、債券市場の情報不足や計算処理に不満を感じていたため、自分の気に入ったボンドトレーディングシステムを開発しました。それをまずプロに提供し、今日の金融市場の最重要インフラにまで発展しました。
ちなみに私は債券部のボンド・トレーダーではありませんでした。私はプロフィールにありますように、債券資本市場部で企業や公的金融機関などの発行する債券の引き受けをする部門にいました。というと簡単な業務のように思えますが、実は単純な利付債券は少なく、ほとんどがデリバティブを付けた複雑な仕組債で、プロの投資家でもなかなか価格の妥当性を判断しかねるようなシロモノを扱っていました。引き受けた債券を機関投資家売るのが債券セールス部隊です。さらにその債券に流動性を持たせるためにトレーダーは活発にセカンダリー市場でトレードを行います。するといずれは債券は細かく細分化され、個人用に出回ってくるということになります。
以上、ご参考まで