今年の全英オープンゴルフは、実に見ごたえのある試合でした。おかげで海の日は寝不足でした。あれだけのビッグスコアで2日間死闘を繰り広げるのはめったにありませんね。優勝はスウェーデンの40歳ステンソン、2位はアメリカの49歳ミケルソン。リンクスの厳しいコンディションに打ち勝ったのはこの二人。若手の居並ぶ3位以下は11打も離されていました。
テニスではしばらくイギリスの選手が勝てずにいたため、「ウィンブルドン現象」という言葉ができてしまいました。場所だけ貸して自分たちは蚊帳の外ということを言い表す言葉です。実はゴルフもアメリカ人が席巻していた時期があったのですが、最近はスコットランドや北アイルランドを含めイギリス人が勝つようになっています。
ウィンブルドン現象の最たる分野がロンドンの金融街、シティーです。英国系金融機関で世界のトッププレーヤーがほとんどいなくなり、それでもシティーは世界の金融センターの地位を保っています。しかしBREXITで果たしてシティーの将来はどうなるか。
最近はかなり悲観的なニュースが流れています。例えばロンドンのREITファンドが解約不能に陥ったとか、英系ファンドから400億ドルが流失したとか。それが果たしてシティーの衰退にまでつながるのかをみてみたいと思います。
キーワードは以下の4つです。
・ウィンブルドン現象
・シングル・パスポート
・国境なきユーロ市場
・資本調達市場
最初の言葉はすでに説明しましたが、イギリス系のメジャープレーヤーがいなくなってもシティーの地位は全く揺らいでいません。
次に2番目の「シングル・パスポート」を説明します。
EU離脱の一番のデメリットはEUへのパスポートをすべての分野において失うことです。
イギリスで得た銀行免許はEUのどこに行っても通用しますので、いちいち免許を国別に取り直す必要はありません。ちょうどEUパスポートの所持者であればEU内での移動には国境がなくなるのと同じです。それがEUメンバーの一大特権、「シングル・パスポート」です。
世界の金融センターとして名をはせているのはロンドンのシティーとニューヨークが双璧でしょう。世界にはその他にもシンガポールや香港があり、最近は中東のアブダビなども頭角をあらわしていますが、2つの都市とは比べるべくもありません。
では本当の意味で世界の金融の中心地はどこでしょうか。
それはロンドンのシティーです。ニューヨークではありません。何故ロンドンのシティーが世界の中心なのでしょうか。それを解くカギは3番目のキーワード、「国境なきユーロ市場」です。
私は米系の投資銀行ソロモンブラザーズで10年間仕事をしていました。仕事内容は資本市場部という部門で、日本企業、あるいは日本企業の海外金融子会社の発行する社債などの引き受けをすることでした。その主戦場はニューヨークではなく「国境なきユーロ市場」、場所は主にロンドンでした。
ここで言うユーロ市場のユーロとは通貨ユーロの意味ではなく、欧州全体をぼんやりと指すユーロ市場という極めて自由度の高い「国境なき欧州の市場」を指します。
ユーロダラーと言う言葉を聞いたことのある方は数多くいらっしゃると思います。実際には通貨はアメリカのドルなのですが、アメリカの国境を越えて、海外市場で自由に動き回るドルをユーロダラーと言います。それが円であればユーロ円と言われ、通貨がユーロだとユーロユーロになり、ちょっとへんですが、使われています。
そうしたユーロダラーやユーロ円、ユーロユーロを運用する投資家をめがけて、社債発行の引き受けをするのが仕事でした。実際には発行された債券を買い取り、投資家に売って手数料を稼ぐのです。
何故米系投資銀行がニューヨークでなく、ユーロ市場で活動するのか。
理由はアメリカの厳しい規制を逃れるためです。発行された債券は株式同様、特定の取引所に上場されます。例えばロンドン証券取引所です。上場されない債券は投資家から買ってもらえません。取引所は上場の承認にあたり基準を設けています。ニューヨークだと数年の財務諸表を専門家がアメリカの会計基準であるUSGAAPのベースで作り直す手間が必要で、費用と時間が膨大にかかるのです。
それに引き換えロンドンの取引所は、普段日本の会計基準に合わせて作られている財務諸表をただ単に英文に翻訳すればそれで許してくれるのです。そのため発行体にとって使い勝手は格段に上です。そのむかし日本国、正確には大日本帝国が高橋是清を送って日ロ戦争の戦費調達を行ったのも、他ならぬロンドンのシティーにおいてでした。それが次のキーワード、
シティーは「世界の資本調達市場」なのです。
ユーロ市場の自由度は投資家側にも大事です。アメリカだと債券保有者は国債、社債に限らず名義を当局に登録する必要があり(ベアラー・ボンド)、資産状況を捕捉され、源泉徴収を受けます。ユーロ市場では昔の日本株のように株券(債券も)を持っていれば名義を変更していなくても所有権を主張できるので、捕捉されづらく、名義変更手続きも不要となります(ベアラー・ボンド)。もっともこのような税制上の抜け道は塞がれつつあります。
こうした資本調達手続きの簡素さは債券発行に限らず、株式発行でも銀行借り入れでも同じで、企業側も投資家側も、使い勝手が非常によいのです。そのため米系の投資銀行でも日本企業の証券の国際的な引き受けはシティーで行うことが多いのです。
以上のことから投資家もおカネをユーロ市場に置いて運用するのです。オイルマネー、チャイナマネー、日本マネー、そしてアメリカの一部のマネーもいったんは「国境なきユーロ市場」に置いておき、そこから運用します。
じゃ、もう一つの国際金融センター、ニューヨークは何なのか?
これは「巨大なローカル市場」です。アメリカ企業はユーロ市場という国際的な資金調達市場に頼らずとも、投資家のフトコロも深いアメリカ国内で調達が完結します。それが巨大なローカル市場、ニューヨークです。
BREXITに伴い、ロンドン・シティーの代わりにフランクフルトやパリが名乗りを上げています。しかし今現在もそうであるように、それらの市場がユーロ市場の代表になることは非常に困難です。理由は、自由度が低いことの他、専門家が少ないことや英語だけでは通じないこと。そのことは金融機関も発行体である国家や企業、また買い手の投資家にも共通して言えることです。
では本当にシティーが将来も世界の金融センターでいられるか否かについてです。
私はBREXIT後も、シングル・パスポートさえ交渉で確保できれば、世界の金融センターでいられる可能性は十分にあると思っています。もちろん残留のほうがイギリスにとっては圧倒的に有利だと思うのですが、金融関係だけはシティーに優位性があるため、さほど悲観的ではありません。それについてもう少しだけ解説します。
BREXITとは、EU内で人の移動や、貿易や投資などあらゆる活動でパスポートを失うということを意味します。企業は製造物の輸出販売許可をいちいち取り直し、それぞれの国と関税協定を結びなおし、銀行は支店や海外子会社の免許を取り直し、投資活動も許可を得なければできなくなる。
今後の離脱交渉の一番のポイントは、27か国とすべての活動でいちいち交渉をしなくてはならないのか、あるいは一つのパスポートで済むよう、27か国全部が一括で認めてくれるのかが最重要になると思われます。
BREXITに怒るEU側は域内のタガを締めなおすためにも、すべてに「ノー」と言う可能性があります。しかし市場の動揺を通じて各国経済を左右しかねない金融分野だけは、シングル・パスポートを認める可能性があると私は見ています。それがメイ新首相にとっても生命線となりそうです。