日本国債格下げの話に戻ります。前回の記事を簡単にレビューしますと、
・日本国債の格付けが中国、韓国を下回り、シングルA格になった
・格付けにはソブリン・シーリングがある
・トヨタのような国際的企業は、日本ばかりに頼っていないため、ソブリン・シーリングを突き破り、国債より上位にいる
・邦銀は日本にどっぷりと浸かっているため、天井の下げに呼応して格下げになった
ということをお伝えしました。
金融機関にとって格下げの意味はとてつもなく大きいものがあります。ブルームバーグのニュースではみずほの会長は「慌てることなく、冷静に受けとめている」と述べていますが、実は大慌てです。その理由をお伝えします。
第一に、国際的な金融ビジネスを展開する銀行にとって、ダブルA格とシングルA格では、雲泥の差なのです。すでに邦銀は今回の格下げ前にシングルA格になっていました。銀行が日本で貸出をするときは、溜まり過ぎているほどの円預金を使えば済みます。しかし前回のシリーズ、M&Aでお伝えしたように日本の保険会社が海外の保険会社を買収する案件にドル融資を行う場合、数十億ドル単位の手持ちがないためドルを調達する必要があります。調達方法は、一般的にはスワップ取引で行います。スワップはちょっと面倒な話ですが、なるべく単純化しますのでみなさんも勉強してみてください。
ドル円スワップを単純化して説明しますと、ドルを得るために例えば米銀に相当額の円を差し出し、その分のドルを得ます。そのドルをM&Aの買手に貸して金利を得るのです。そして貸出したドル元本の返済を受けたなら、そのドルを米銀に渡し、差し出していた円を戻してもらうのです。その間の受け取り金利も交換します。それがスワップ、つまり交換取引です。邦銀がドルを調達するのに何故ドルを借りずにスワップ取引を行うのか? ここがスワップのキモです。
一つには、為替リスクを避けるためです。融資の借り手から最後にドルで返済を受けますが、それをスワップ相手に渡せば、相手は最初に差し出した円を返してくれます。為替変動にかかわらずです。もう一つはドルを米銀から借りるのではなく、円をいわば担保に差し出すことで、コストを下げることができるからです。金利が非常に低い中では、ほんの少しのコストでも金額が巨大なため、大きな負担になるのです。例えば5,000億円分の借り入れでコストが0.1%違えば、それは年に5億円にもなります。溜めに溜めた円を利用しない手はないのです。
では邦銀の格下げはこうしたスワップ取引にどう影響するのか。スワップは契約相手が信用できるか否かが最も大切です。当初の元本の交換と将来の返済元本の交換の時間差がかなりあるため、信用がない相手とは契約しません。そして格下相手に対しては、足許を見てふっかける、つまり高いスプレッドを要求してきます。例えばお互いがシングルA格であれば、信用スプレッドはゼロ。今回の邦銀の格下げはシングルAの中での下げのため、要求されるのは0.1%程度かもしれません。それでも折角スワップで0.1%セーブできたコストが吐き出されてしまうのです。
では過去に契約したスワップは格下げで影響を受けないのか。そうはいきません。スワップ契約には相手が格下げされると契約を巻き戻したり、スプレッドをもらえるという条項が入っている場合があるためです。以上がスワップの簡単な説明と、格下げによるコスト増の説明です。
こうしたスワップ取引での影響の他に、直接調達での影響がもちろんあります。特に9月末のような四半期末はその影響が増幅されて出てきます。みなさんは最近、邦銀のドル資金調達コストが上昇しているというニュースをご存知でしょうか。ちょっと難しいのですが、9月17日のロイターニュースを引用しますので、スワップ市場でのジャパン・プレミアムの数字だけでも見てください。
>海外勢の円需要の低下を反映して、ドル/円スワップ1カ月物では、円投/ドル転に際してのジャパン・プレミアム(日米金利差からのかい離)が92.74 ベーシスポイント(bp)まで拡大。欧州危機が深刻化した2011年12月15日以来、3年9カ月ぶりの高水準となった。
簡単に言いますと、日本勢はジャパン・プレミアムをなんと1%近く(92.74 ベーシスポイント)払わないとドル資金を調達できない状態になっているのです。なお、専門家の方であれば「じゃ、ベーシス・スワップは?」となりますが、それは難しすぎるので省略します。
ここまで述べてきたことをまとめますと、最近日本勢はドル資金調達でジャパン・プレミアムをかなり払う状態になっている。それが今回の格下げでさらに膨らむ可能性が出てきた、ということです。そうした銀行の調達コストの上昇は、企業の借入コストを上昇させ、それが競争力に大きな影響を及ぼします。決して「慌てることなく冷静に」と言えるレベルではありません。
最後に日本国の信用力についてです。機関投資家は債券投資をする際に、明確な基準を持っています。例えば3つのレーティングエージェンシーの中から少なくともダブルAを二つ持っている発行体の債券に限る、などと言う基準です。ダブルAの中で例えばAA+がAAフラットになってもさほどの影響はないのですが、ダブルがシングルになったとたん、投資をしてもらえないという大きな影響が出ます。
今一度、S&Pのコメントを引用します。「日本経済がソブリンの信用力を支える効果が過去3、4年間低下しており、この傾向を今後2、3年で好転させる可能性は低い」。
日本政府はこの言葉を真摯に受けとめるべきで、新3本の矢などと言っている暇はないのです。
おわり