ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

大丈夫か、バイデンのアメリカ

2022年07月05日 | アメリカアップデート

  バイデンの支持率が下がりっぱなしで、一向に改善しませんね。

  私がトランプ大統領時代いつも引用していた世論調査のおまとめサイト、RealClear Politicsの最新調査では、平均支持率38%、不支持率57%と、不人気だったトランプの大統領と同じような数字です。政権スタート時に56対36だったものが、去年8月のアフガニスタンからの撤退で一気に不人気化し、8月22日は不支持率が支持率とクロス。あとは徐々にその差が拡がる一方となり、発足当初とは逆の数字になってしまいました。このまま11月の中間選挙を迎えると、民主党は上下両院で過半数を割るとまで予想されています。

  日本の場合、内閣支持率が3割を下回ると、政権交代が起ると言われていますが、アメリカは誰もそうは思っていません。大統領が直接選挙で選ばれているため、4年間を全うするのが当たり前だからです。しかし中間選挙での敗北は大統領の残りの2年のレームダック化を予想させます。レームダックとは足の悪いアヒルを指しますが、最近は差別用語であるとして使用を控えることも多くなりました。

  バイデンの不人気のきっかけは昨年8月のアフガン撤退問題でしたが、最近は何といってもインフレの高進が最大の要因です。先月発表の5月の数値は前年比8.6%ですから、かなりの高率です。その最大の原因はガソリン価格で、なんと48.7%上昇。そして食料品が10.1%でした。あいかわらず車社会のアメリカでは、ガソリン価格は消費者の懐を直撃します。それに加えて実はサービス価格が上昇率をプッシュしています。サービス価格は人件費と直結していて、雇用情勢が依然としてタイトであることから、当分この傾向は続くと見られています。

 

  ではバイデンの再選予想はどうか。それを見るにはまずは相手となりそうなトランプを見てみましょう。同じくおまとめサイトの最新の情報では、トランプが好ましいは44%、好ましくないは52%で、全国での人気は決してよくはありません。別の要素で見ると、共和党内だけのことですが、中間選挙の議員候補を選ぶ共和党予備選で、トランプが支持している候補が勝った勝率は9割に達していて、党内では影響力を依然として保持しています。

 

  しかし彼にはアキレス腱があります。それは去年1月6日のトランプ支持者による議会乱入を指令したという教唆疑惑です。現在その直接の被害者となった議会で公聴会が開かれていて、続々と新しい証言が集まりつつあり、全米ではゴールデンタイムにライブ中継され、注目の的となっています。

  下院の公聴会ではディック・チェイニー元副大統領の娘で共和党下院議員のリズ・チェイニー氏が副議長を務め、トランプによる乱入教唆を証明しようとやっきになっています。再度言いますが、彼女は共和党議員であるにもかかわらずです。

 

  すでに何人もが証言台に立ち、トランプが「議会へ行進しよう。われわれは強さを示さなければならない」などと檄を飛ばした事実があきらかになっていますが、さらに当日トランプが自分も議事堂に行くと言い張り、運転手からハンドルを奪い取ろうともみ合ったとか、ホワイトハウスにいろ、と側近から言われながら「どうしても行く」と言って側近に食べ物を投げつけたとか、トランプの狂乱ぶりが補佐官などの元側近から暴露されています。

 

  しかし公聴会はトランプ訴追の権限を持たず、司法省が持っているため結果の予想はつきません。もし訴追となれば、彼は大統領選に出馬はできません。

 

  ではバイデンに戻ります。世論調査だけでなく、民主党内ではバイデンの年齢が大統領再選時に82歳となるため、不安視されていることも大きな問題となっています。

  ところで副大統領カマラ・ハリスはいったいどうしているのでしょうか。就任時は年老いたバイデンの次の大統領候補だろうとまで言われていましたが、移民問題を担当させられ問題解決にはほど遠いためか支持率を落としています。同じ世論調査のおまとめサイトでは、ハリス支持39%、不支持53%とバイデン同様の体たらくです。

 

  中間選挙の結果予想は、インフレがこのままで推移し、ウクライナ戦争で膠着状態、あるいはロシアの優位が続くと、民主党の負けがほぼ決まりそうです。本来なら政権与党の敗北は経済に悪影響を及ぼしそうですが、アメリカ経済が秋の中間選挙により左右されるという論調は少ないのです。実際に敗北したとしても、株価は大きく反応するとは思えません。一つは共和党が経済・金融界寄りであること、そして相場はすでに織り込み済みということでしょう。

  従って、ドルの強さも当分大きな変化はなさそうと見ておくのが無難でしょう。

  ということは、アメリカ経済はバイデンに関わらず、大丈夫。政治の影響は受けづらいというのが結論です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ株式の下落とインフレの脅威

2022年01月23日 | アメリカアップデート

  前回の投稿「世界の10大リスク」の最後に、私が見通している一番大きなリスクは「インフレ圧力」だと申し上げました。そしてこう続けました。「インフレのこれ以上の高進は、金融市場や実体経済に非常に大きなインパクトを与えるでしょう」。今回はそのインパクトについてです。

  簡単に図式化すれば、

インフレの高進→金利上昇→資産価格下落→消費低迷

  インフレのインパクトが顕著に表れるのは、大規模緩和のおかげで膨れ上がっていた株式市場と不動産市場の反転です。「山高ければ谷深し」の格言通り、特にアメリカのナスダック市場にその兆しが表れています。すでに高値より14%程度低下していて、いわゆる調整局面入りしました。そして株式相場と不動産の値下がりは、アメリカでは消費の低迷に直結しますので、日本で考える以上にマイナスのインパクトが大きくなります。

  そのメカニズムを簡単に説明します。アメリカ人はもともといざという時に備えて大きな貯金を持つということをしません。手元にあるお金はすべて使い、それ以上使うのも当然というのが一般的生活スタイルです。

  収入以上に使う必要のあるお金はクレジットカードのローンを使ったりしますが、持家のある人は自宅を担保にしてローンを組むのが普通のやりかたです。それをホーム・エクイティー・ローンといいます。例えば5千万円で買った家のローンが3千万円残っていても、2千万円は自分の持分つまりエクイティーです。それを担保に使うローンの金利は通常のカードローンより低いため、使い勝手が良いのです。通常のカードローンが15%前後ですが、ホーム・エクイティー・ローンは3-5%程度です。最近は日本でもこの手のローンが導入されています。それゆえ家の価格が上がり例えば6千万円になっていれば、ローン残高を引いたエクイティーは3千万円になり、枠が拡がります。逆に不動産価格の低下はローンバリューを低下させ、消費を押さえつけてしまうという日本にはないメカニズムがあるのです。

  さらにアメリカ人の多くは預金や債券投資より株式投資が大きいため、株式価格の高騰はマインドも含め大いに消費を刺激します。株式担保のローンも金利が低いのです。ですので株価が反落した場合、これまた消費行動に大いに水を掛けることになります。

  インフレが高進すると値上がり分だけ消費を減らさざるを得なくなるのに加え、ローンを多用するアメリカ人の消費行動が上記のようなルートがあることを理解しておいてください。

 

  では最近特に高進しているアメリカのインフレの中身を見ておきます。前年比のインフレ率を見ますと昨年11月が6.8%、12月は7.0%と驚異的な数字になっています。品目別では原油価格高騰の影響でエネルギー価格が29・3%上昇、うちガソリンは58%もの上昇。半導体不足に伴い新車価格は11・8%、中古車は37・3%も上昇。エネルギーと自動車が物価上昇要因のほぼ半分を占めています。また家賃も4.1%上昇、衣料品も5.8%上昇、食品は外食を含め6.1%と多くの分野で物価が大幅に上昇しています。特に自動車社会のアメリカでガソリンが58%も上昇すると生活に大きな打撃を与え、物流コスト全体も大きな影響を受けます。原油価格の指標であるWTIは1年前の53ドルから87ドルと64%上昇しています。

 

  さすがにアメリカの中銀であるFRBもインフレは一時的だというこれまでの主張を取り下げ、しばらくは継続すると見通しを一変させました。FRBはこれまで継続していた大規模な金融緩和を停止するどころか、逆に引き締める必要に迫られています。

 

  市場の短期金利はすでに年4回のFRBによる引き上げを示唆するほど上昇していますが、長期金利は前年の1.5%前後のレンジが1.8%と0.3ポイントの上昇になった程度です。しかし株式市場はインフレの脅威が直撃しています。

  アメリカ株式市場の下落幅を見てみます。ダウは市場最高を付けた昨年の高値から直近までの下落率は6%程度ですが、ナスダック市場はすでに14%ほど下落しています。中央銀行の引締め手段は2つあり、政策金利を上昇させるかこれまでさんざん市場から買い上げた国債を売却するかです。金利がまださほど上昇していないのに株式市場を直撃している理由は、今後の金融の引き締め策が金利上昇より、市場に出回るマネーの量的引き締めにつながると見ているからです。コロナ禍でこの2年FRBが供給した過剰流動性を市場から回収する局面が来たと見るべきなのです。

 

  世界のGDPの24%、約4分の1を占めるアメリカですが、そのGDPの7割を占める消費が低迷することで世界経済に大きな影響を及ぼす、それこそが今年の世界のもっとも大きなリスクだと私は思っています。

  アメリカ国債の金利動向についてはまた別途。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプを眠らせるもんか

2019年12月29日 | アメリカアップデート

  いよいよ年の瀬が迫ってきましたね。みなさんは年末年始をどうすごされるのでしょうか。今年はカレンダーがとてもよい当たり年ですので、長期の海外旅行などに行かれる方も多いと思います。

  私は一年で一番忙しいキャットシッターの家内をサポートする主夫として家事に励みます(笑)。お客様の中で一番長い旅行をされるお客様はドイツ人家庭で、毎年この時期には2週間まるまる海外の暖かいリゾートに出かけるそうです。うらやましー。

   今年は株式市場にとってはとても良い年でした。特にアメリカの市場はダウ、ナスダックなどおしなべて3割も上昇しました。至上最高値にありながらの上昇は相当なエネルギーを必要とします。日本株はそれには及びませんでしたが年間19%の上昇で、日本株としては上々のできでしょう。今年の相場を左右したキーワードは年間を通して「米中貿易交渉」でした。それも年末に第一段階の合意というニュースを受け、株価の最後の一押しの要因になったようです。このまま北朝鮮による挑発行為がなければ、トランプ政権にとってはめでたしめでたしで終わりそうです。しかし彼自身は足元で弾劾訴追が決まり気が気ではないでしょう。

   そして来年はいよいよ選挙イヤーです。それを占うように、年末28日の日経新聞朝刊のトップ記事は、「トランプ4業種 失速」というタイトルで、車・鉄鋼・エネルギー・石油の4業種で激戦州の雇用が急減という内容でした。この4州こそが16年のトランプ勝利の道筋を付けた州です。これらの州はいわゆるラストベルトと言われる錆びついた古い産業の地域で、トランプはその復活を約束して当選しました。その後の雇用回復の結果はどうか。

 記事の要点を引用します。

 史上最長の好景気が続く米国で、トランプ大統領が支援する「自動車」「鉄鋼」「エネルギー」「石炭」の4産業の失速が目立ってきた。2019年は自動車と鉄鋼で雇用者数が減少に転じ、7~9月期の4業種の純利益も前年同期から8割超減った。好況が続くハイテク産業との明暗は鮮明だ。激戦州の中西部4州で製造業の雇用は急減し、トランプ氏は20年大統領選の再選戦略の修正を迫られる。

 その典型が鉄鋼だ。18年3月、海外製品に25%の輸入関税を発動して価格が持ち直したが、19年に自動車や建設需要の低迷で相場が急落。雇用者数は3月以降右肩下がりで、2四半期連続の減益だ。大手のUSスチールは19年夏、約200人を一時解雇した。

 トランプ氏は就任早々、自動車や部品の関税撤廃を盛り込んだ環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱を決めたが、自動車産業は19年1月以降、雇用が急減する。新車市場の低迷で1~10月の国内生産は前年同期を3.4%下回った。ゼネラル・モーターズのメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)は「景気後退に備える必要がある」と3工場の閉鎖を決めた。

エネルギー、石炭両産業はパイプライン建設推進や火力発電所の排ガス規制緩和で支援を受けたが、効果は長続きせず鉱山の閉鎖が相次ぐ。エネルギー産業は7~9月に9割減益、石炭は最終赤字に陥った。

 製造業の不振はトランプ氏の悩みの種だ。激戦州のミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、オハイオ4州で鉄鋼、自動車、機械など製造業の雇用者数は今年約5万人減った。16年大統領選は4州のうち2~3州を落とせば、トランプ氏は敗北していた。

ハーバード大のゲイリー・ピサノ教授は「保護政策で雇用者数を増やそうとしても、米国の製造業の復権にはつながらない」と指摘する。自動車と鉄鋼は環境技術や付加価値の高い製品の創出など、国際競争力の向上が追いつかない。石炭もコスト高で価格競争力に乏しい状況は変わらずだ。

引用終わり

   この記事はいいところを突いてはいるのですが、突っ込みが足りていません。それは、4州でトランプの支持率がどうなっているかの数字が示されていないことです。なので私が調べた数字を追加します。トランプがおちおち寝ていられない理由がはっきりします。

  12月25日付のオンライン・ニュースサイトDaily Wireからの引用で、接戦州におけるトランプ支持率と不支持率の差を16年選挙時と現在で比較したものです。プラスはトランプ支持が多いことを示し、マイナスは不支持が多いことを示します。

 

              16年選挙時  19年12月  (%)

ウィスコンシン州      +0.77     △14

ミシガン州          +0.23     △14

オハイオ州           +8.13     △5

ペンシルベニア州      +7.2      △7

 

  ラストベルトでのトランプは、選挙の投票率ではわずかに勝っていたのですが、現在の支持率は軒並み大きく下がっていて、4州全部がマイナス圏にいます。トランプ政策は掛け声倒れだということが判明した今年の中盤当たりから不支持が上回り始めていました。これで彼が眠れぬ夜をツイッターで紛らわせている理由がおわかりになるでしょう。トランプの全国支持率が45%以下に下がらないといっても、彼を嫌う岩盤も盤石で、支持率は当選以来一度も50%を上回ったことはありません。

  実際の選挙ではウィナーテイクオール(0.01%でも上回っていれば、州の全選挙人を手に入れる)の仕組みから、上の数字のようなわずかな差が勝敗を分けたのです。

    しかし対抗する民主党にはいまだ有力候補がいません。これだけ反トランプ票が待ち受けている舞台でも、役者がいなくては勝負になりません。

   日経記事の最後にハーバード大学教授の言葉が引用されていました。

 「保護政策で雇用者数を増やそうとしても、米国の製造業の復権にはつながらない」

   私は以前トランプのTPP離脱を批判した記事で、以下のように書いています。

 「そもそもアメリカ経済発展の原動力はダイナミックな産業構造の転換によるところが大きい。60年代までの基幹産業であった鉄鋼・自動車など労働人口を多く抱えていた産業が日本、韓国、中国などに市場を奪われたが、逆にシリコンバレーから勃興したIT産業が世界を席巻し、主役が交代した。もし今、鉄鋼産業が中国と競争して雇用を確保しようとするなら、賃金を中国人並みの8分の1にしなければ無理だ。そんなことをしても意味はないし、誰もなり手がいない。TPPの離脱とはそうしたトランプの無知でおバカな政策なのだ。」

   こうした議論はアメリカ経済の順調な成長や株価の上昇により、多くの方は忘れていたと思います。しかし大統領選挙が来年に迫る中で彼の成績を点検すると、こうしたことが見えてきました。トランプ政治3年を経た結果は予想通りで、産業のダイナミックな構造転換を元の木阿弥にしてやろうとトランプがいくらわめいても、無駄な抵抗でしかないのです。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ経済 アップデート その5 長期金利の見通し

2017年04月23日 | アメリカアップデート

  さすがの北朝鮮もいまのところおとなしくしていますね。山場は25日ですが、私は特に心配していません。トランプのシリア攻撃やISISへの巨大爆弾攻撃が効いているのでしょう。どうみても予測不能なのは金正恩ではなく、トランプです。トランプがこれに味をしめるとしたら、さらにリスクは高まるので、このへんにしてほしいところです。トランプリスクの顕在化は、金利に下方バイアスをかけると思って間違いありません。

   REAL CLEAR POLITICSという大統領選挙中にも引用した各種世論調査のおまとめサイトによると、シリア攻撃前のトランプの支持率の平均値が一時40%を少し割っていましたが、攻撃後は42%程度に若干回復しています。しかし彼の思惑ほどではなかったようですし、現在でもそれ以上には上がっていません。

 

  では、当たるも八卦の金利の見通しです。

  金利変動の要素は非常に多く、それらをすべて考慮するのは手間暇がかかりすぎますし、それをもってしても当たるものではないので、ここではトランプの政策実現見通し、GDPの長期推移、そしてFRBスタンスの3つを簡単に確認します。

  まずトランプの経済政策ですが、その要は「減税とインフラ投資で経済を活性化させる」です。両者ともに国家財政を悪化させる方向に作用し、金利を上昇させますが、トランプの皮算用はそれにより「経済が活性化すれば、将来の税収にはプラスで跳ね返るハズ」という皮算用です。トランプは最近「2-3週間以内に驚異的な減税策を発表する」と言いました。しかしスパイサー報道官はすでに「数週間後だ」と言いはじめ、財務長官のムミューチンですら8月までの税制改革は難しいと後ろ向きの発言をしています。

   インフラ投資も簡単には予算がおりません。理由は政権与党の共和党が、歴史的にバラマキ財政をきらう政党だからです。従って減税もインフラ投資も、それが簡単に国債増発にはつながらない、というのがトランプ政策に対する私の見方です。アメリカの新聞報道でも減税とインフラ投資は、トランプの目標のせいぜい半分程度が実現できれば上出来という見方が多いので、長期金利を上昇させるまでにはいたらないと予想します。

   次はさまざまな経済指標を総合したGDPの動きです。アメリカ経済は数字を見れば絶好調です。トランプが言うように失業者があふれているわけではなく、失業率は4.7%と最低水準にあり、インフレもFRBが利上げを何度かできる2%程度になっています。

   アメリカの景気拡大は金融危機からの回復後すでに8年目になりますが、その間にGDPがどれだけ成長したかを見てみます。ちなみに日本の数字も示し比較します。09年から16年までのアメリカの名目GDPの成長は29%、実質GDPの成長も15%を超え、日本はそれぞれわずか7―8%台です。

   名目成長をばかにしてはいけません。消費税収入などは、名目GDPに税率を掛けたものに近似しますので、とても重要です。

 

GDP     アメリカ 10億ドル      日本 兆円

     名目   実質         名目  実質  

09年  14,419  14,419      471    490

16年  18,562    16,656                  505    532

  伸率   29%   15.5%                7.2%   8.6% 

   日本との比較のため為替変動はありますが、1ドルを16年末の120円としてラフに比較しますと、アメリカの名目GDPは16年2,227兆円で、日本の505兆円の4.4倍です。アメリカは09年から16年までの7年間でGDPを約500兆円、つまり日本のGDP総額に匹敵するほど拡大させたのです。その間の日本は、わずか26兆円しか増やせませんでした。なさけないほど小さな数字です。実質成長率もアメリカは日本の約2倍も成長しています。それでも長期金利は低い状況を脱してはいません。

 

   トランプは「アメリカは雇用を海外に奪われているので、それを取り戻す」と言っていますが、失業者はあまりいません(笑)。私に言わせれば「アメリカは鉄鋼などに代表される重厚長大産業をあきらめ、ITなど生産性の高いハイテク分野にシフトしたので、雇用拡大に成功し、めざましい成長を遂げた」となります。

  トランプ当選の原動力はラストベルトの白人労働者層の支持を取り付けたことでした。では、この100日間でそれに対する有効な政策を示せたでしょうか。何も示していません。まあ彼らはコアの支持者なので100日であきらめることはないでしょうが、半年・一年経つとそうはいきません。

   鉄鋼業がアメリカに戻ることはありえません。16年の国別粗鋼生産量を以下に示します。粗鋼生産はスケール・メリットが大きい製品です。日本もアメリカも中国の後塵を拝しています。

1.    中国   808百万トン

2.    日本   105

3.    インド   95

4.    アメリカ  79

 

  アメリカがこの差を埋める手立てなどありえませんし、失業者の少ない今、必要もないと思います。今後トランプはアメリカの成長をどこまで邪魔できるでしょうか。ラストベルトに鉄鋼業など持ってこれるはずはないので、邪魔はできません。せいぜいワーキングビザの制限くらいがせきのやまでしょう。現在その大統領令もIT産業から猛反発を食らっています。

   GDPがたとえこれまでのように堅調に伸びても金利上昇は限定的だし、トランプのラストベルト対策などとうてい期待できません。

  では3つ目のFRBのスタンスはどうか。利上げは年内にあと2・3回あるかもしれませんが、必ずしも長期金利がFRBの利上げに連動するとは限りません。重要なのはむしろFRBのバランスシート縮小が年内にあるかないかです。

  現在のFRBは保有国債などが満期を迎えると、その償還資金と同額の債券を買い入れ、バランスシートの大きさは保たれています。つまり金利に対して中立の立場を取っています。しかしFRBの多くのメンバーは、今後年末にかけては償還される債券の補充はせず、自然にバランスシートが縮小するのを容認すべきだという考えを持っています。

  トランプは退任するFRBメンバーの後任に、緩和維持派の新メンバーを迎え入れる決断をしていますので、極端なバランスシートの縮小はないと見ておいた方がよさそうです。

  オバマ嫌いのトランプは以前、オバマと長く良い関係を保っていたイエレン議長を取り換えると宣言していました。しかし最近はイエレンのハト派姿勢を評価し「低金利が好きだ」と言いはじめ、前言を翻しました。もっともまたいつ考えを翻すか、見当がつきませんので、彼の言葉など無視しましょう。

  FRBの利上げを市場は年内に2~3回とみていますが、それでも長期金利は上昇していません。トランプラリーは長期金利にもありましたが、それはすでに半分剥げ落ちています。

   こうして3つの重要な要素を見ていきますと、長期金利の上昇余地は限られていることが見て取れます。

   そして最後に重要なのは「世界のカネ余り」です。日本しかり、欧米もしかり。最近新興国の経済が若干回復し、新興国市場へカネが回り始めています。しかしそれも相当程度アメリカの好調さによるところが大きいので、自力更生とまでは言えません。つまりそれがカネ余り状況を変えるところまでには至らないと思われます。

    まとめますと、

1. トランプの政策はどれをとっても実現性にとぼしく、部分的に実現できても金利上昇の大きな圧力にはならない

2. アメリカのGDPはトランプ以前に十分に成長しているが、その間金利は上昇していなかった。今後は景気のスローダウンに注意する時期にさしかかっているので、その場合金利は抑えられる

3. FRBの利上げはすでに織り込まれていて、バランスシートの縮小が現在の見通しより大幅でない限り金利に大きな上昇圧力はかからない

  そして世界の「カネ余り」に変化はない。

  従って今年中に3%を突破するのは難しいと私はみています。

以上

 

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ経済 アップデート その4

2017年04月17日 | アメリカアップデート

  これまで述べてきたのは、アメリカ経済は今年中に利上げを繰り返すほど順調に推移している、ということでした。特に雇用が強く、賃金もそこそこ上昇しているので、GDP7割を占める消費が依然として強い。ただ、景気循環論からみると、そろそろ一休みしてもおかしくないほど拡大が長期にわたり続いている、ということでした。

  そしてサブプライム自動車ローンのバブルが崩壊するリスクを騒ぎ立てる人がいるが、実際の規模はさほどでもなく、巨大リスクなどではない。リスクは経済に内在するより、むしろトランプの地政学上のリスクの方が心配だ、とも申し上げました。

  北朝鮮は昨日ミサイル発射に失敗しました。トランプがそれにかこつけて反応するか否か、まだわかりません。政治の専門家や報道は、北朝鮮の金正恩は何をするかわからないと言いますが、彼の行動は大方が予測するのとたいした違いはありません。それよりも突然シリアを爆撃したり、アフガンに巨大爆弾で爆撃したりするトランプの方がよほど予測不能の大統領です。

   シリア爆撃も巨大爆弾投下も、それをもって戦況を変えるようなものでは決してなく、国内で自分の政策がうまくいかないトランプによる自作自演のパフォーマンスであるという見方が欧米では多くなっています。私もどちらかというとその見方をしています。なので予測のつかない出方をするのは金正恩よりトランプだ、ということなのです。実際、今回のミサイル発射も北朝鮮を分析しているアナリストの予想の範囲でした。

   ついでに言うなら、金正恩が何をするかわからない独裁者だという理由は、本気で戦争をすれば負けるに決まっているのに、何故そこまで国際社会に歯向かうのか、その非合理的行動のことを指すのでしょう。私の見立ては以前も申し上げましたが、彼は国内にいても日常的に自分が殺されるか、敵を先に殺すかの瀬戸際にいるため、常に外に敵を作り続けて国民の目を逸らし、国を自分中心にまとめなければならないからだと思っています。でなければスイスのボーディングスクールで国際社会を知ったエリートが、親類縁者まで殺しまくる殺人鬼にはなれないと思うのです。

 

   トランプのアメリカに戻ります。トランプのように突然海外で予想もできない火遊びをするような大統領がいるアメリカ、いったい経済は大丈夫なのでしょうか。すでにこのシリーズの最初に申し上げた通り、経済ファンダメンタルズは揺らいでいないし、今後も崩壊の可能性のあるバブルなどないので、大不況に陥るようなことはないという見方をしました。

    しかしこうしたトランプの気まぐれにより左右される金融市場は別です。相場をされている方は、さぞ大変なことと思います。トランプラリーに振り回され、それが反動を呼び、彼がひとこと「円は安すぎ」と言うだけで反応するような地合いですので。

    ではトランプ相場を見るために16年年初から数字を簡単に見てみましょう。117日は選挙結果寸前、31日は株価のピーク、そして先週末を比較します。

          16年年初  117日   31日  413

S&P500         2,012        2,131        2,396       2,329

米国債10年     2.13         1.83          2.45        2.24

ドル円レート    120.6        104.5         113.7      108.6

  まず株価ですが、16年年初から当選前までゆっくりと6%上昇していましたが、当選後はご存知の通りトランプラリーが始まり、31日までに11月比7%上昇。その後は現在まで3%の下落です。

   一方10年物国債のイールドは当選直前の1.83%が31日までに2.45%まで上昇。それにつられるようにドル円は9円も上昇しました。しかし実はドルのピークは1216日の117.9円で、その後はむしろ穏やかな下落基調です。

トランプラリーの一環として、ドルのラリーはすでに収束、株式のラリーも収束しつつある。それが現状だと私は見ています。

   昨年末私は、大学の同級生で大手金融機関の会長をしている友人と、トランプラリーはいつまで続くかという話をした、と書きました。株式相場については二人とも春頃までで一致し、今のところそのような推移です。しかし為替については友人が「もう115円は下回ることはない」と断言したのに対し、私は予想を出していません。自信がないのと、トランプリスクと口先介入に反応しやすいとみたからです。結果は年末のクラス会の時がドルのピークで、株価はさらに上昇したにもかかわらず、ドルはむしろ低迷しています。

   コメント欄でもシーサイドさんが為替変動の原因についてご自分の考え方を述べられていました。基本的には私も賛成です。4年ほど前に私がシリーズ「円高デフレのトラップにはまり込む日本」で書いた為替変動に関する長期的原因追求と同様だと思います。つまり長期の流れは経常収支に沿い、そこに投資による変動要素が加わる、というものです。

  従ってトランプラリーなどは雑音に近い。もしトランプが本当に貿易制限を実行すると対米黒字の流れが変化する恐れがあるので、それがドル高を一時的に演出したが、すでにトランプの力のなさが露呈したので、巻き戻しが起こっている。それでも短期的には口先介入による変動が加わるので、先を読むのはとても難しいと思います。

  トランプの言う事など朝令暮改。中国は為替操作国だとあれだけ言い続けていたのに、突然「中国は為替操作国ではない」と言い出す。「ドルは安いほうがいい」と言っていても、突然「ドルは高い方がいい」と言い出すにちがいない(笑)。

  それに付き合わないといけない為替のアナリストは本当にお気の毒様です。でもドルへ投資を考えている方には、トランプリスク=チャンス到来ということがあるので、リスク大歓迎かもしれませんね(笑)。

  では米国債金利はこの先どうなるのか。次回は当たるも八卦の金利予想をしてみます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする