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「円が安全通貨は誤解だった」・・・元財務官の述懐

2024年06月28日 | 為替相場

 ドル円がまた160円を超えてしまっています。毎日のように財務省の神田財務官がテレビニュースに出没して口先介入をするのですが、どうも効果は怪しい。この1年で大規模介入を2回実行し、いずれもその場は円高に振れるのですが、しばらく経つとじわじわと円安に戻っています。

 昨日も財務官は「行き過ぎた円安には断固とした措置を取る」とオウムのように繰り返しましたが、相場は全く無視しています。

何度も繰り返しますが、そもそも投機のポイントとして押さえておくべきことは、

・投機筋は実需があるわけではないので、売った円は必ず買い戻すし、買ったドルは必ず売り戻す。つまり影響は中立

・火の無い所に煙は立たない。円安になる理由があるので、投機筋は円を売る。

 

 この円安に対して、6月23日の日経新聞朝刊2面の全部を使って渡辺元財務官の述懐が記事になっていました。財務官は為替介入の責任者です。記事の大見出しは「安全通貨は誤解だった」でした。

 為替のアナリストが毎日の相場を説明する際によく使う言葉に「昨日の相場は相対的に安全通貨と言われる円が買われました」というものがあります。この慣用句に私が噛みついていたのを覚えていらっしゃるでしょうか。私は「相対的安全通貨などと言う説明は、説明のしようがない時の枕詞にすぎない。円のどこが安全なんだ」とさんざん毒づいていました。最近はさすがに円が買い戻されていても、この説明は使われなくなりました。それを元財務官がなんと否定したということです。

 渡辺元財務官の就任期間は2004年から7年の4年間でした。財務官は事務次官と並ぶ重要な席次を占め、「通貨の番人」と呼ばれます。ミスター円と呼ばれた榊原氏の財務官在任は97年から99年、その次が先の日銀総裁黒田氏でした。

 彼らは退官後も自分の行った政策や財務省全体を反省する言葉は決して吐きません。日銀を去った黒田氏も「デフレの克服は2年で達成」という公約を全く果たせなかったことについては一言も反省の言葉などなく去っていきました。退任者がめずらしく本音をはいてしまったのが今回のインタビュー記事です。私に言わせれば財務省とは「絶大な権力を持つが故のオールマイティー幻想を常に抱き、無謬性を誇る集団」です。

 インタビューの中では最近の弱い円について以下のように述べています。

・円が高くなる時は、円の利回りが高いからなどではなく、大幅な介入をするからだ

・エネルギー自給率は1割しかなく、食料自給率も4割しかない

・今後はデジタル赤字が大きくなり、海外投資で稼いだドルも日本には戻らない

・輸出で稼ぐ力も失って、強い通貨などではなくなった

・輸出にとって円安がよかったのは90年代までで、その後は「神話の世界の話になった」

 そして最後には今後の為替レートの予想を述べています。

今後アメリカが利下げしても、日本は大きな利上げなどできないので、24年末でも150円は割らないだろう

 

 いくら退官したとは言え、ここまで言って大丈夫かなと心配になるほどの言葉が並んでいます。私は上記の内容を普段からみなさんにお伝えしていますが、それはシロウトの勝手な分析です。しかし元財務官は政策に対する責任を持つ場の人ですので、重みが違います。

 本音がここにあることがバレてしまっては、口先介入を聞いても空しいばかりですね。

 

 さー、どうする神田財務官。

 

  次はコメント欄にいただいた「ドルは基軸通貨の地位を保てるか」への回答です。初めにコメント欄でのやりとりを繰り返します。

まずまっちゃんの質問から。

質問;昨今気になることが。BRICS及びサウジアラビアが決済通貨をUSD以外にしつつある事。中国がサウジアラビアからの石油輸入一位。
ロシアの外貨準備と収益を拘束してしまう米国。自分が目指すセカンドライフの生活費確保に向けて、20年後、30年後にもしかして、基軸通貨の地位をUSDが脅かされているなんて事態の可能性も無いとは言えないのでは無いか。

林の回答;そもそも基軸通貨というのは誰かが、あるいは何らかの世界的組織がこれだと決めているものではありません。世界中が決済通貨に使うのが便利だし、リスクが少ないし、流動性に不安がないと思って使っているデ・ファクト・スタンダードにすぎません。日本ではアメリカ嫌いの方々が、昔360円だったドルが150円ほどにまでなったころ、円が基軸通貨の地位を得る日は近いと唱えたことがあります。
今では笑い種です。
最近では中国が同様なことを言いだしたこともあります。およそそういうことを言いだしたころその国はピークを迎え、その後はじわじわと凋落の道をたどります。ご心配なく。

というものでした。追加の説明を数字で行います。

 

 石油の決済にしてもその他の決済にしても、ドルを代替する通貨は何があるのでしょうか。ロシアのルーブルや中国の元などをはじめとする政府の意向でどうにでもなる通貨など全く問題外です。みなさんはルーブルや元を保有しようと思いますか?BRICSの国々などはアメリカ嫌いで悔しいので、なんとか使い勝手の悪いその他通貨を無理やり使っているだけの話です。

 時折申し上げますが、私はアメリカと言う国が特に好きでも嫌いでもありません。日本が大好きな日本人です。そして経済や金融は数字がすべてだと思っている数字ヲタクです。

 では、使い勝手とか、安全性をどう計ったらよいのでしょうか。これだという決定的尺度はありませんが、通貨全体の取引実態を数字で見ることはできます。 

 最近の日本経済研究所の調査によりますと、

引用

  • 世界のGDPに占める米国のシェアは2割程度であるが、為替取引において、円・ドルやユーロ・ドルを含むものの取引高のシェアは8割を超えている
  • 各国中央銀行の外貨準備に占める各通貨のシェア(2023年3月末時点)をみると、ドルは約6割を占めており、続いてユーロが2割、わが国の円が約5%となっている。
  • 国際貿易において、米国のシェアは約1割であるが、世界の輸出品の約半分はドルで価格付けされている。また、企業金融面においても、国を跨いだ貸出や国際金融市場で取引されるCPや社債などの約半分がドルで契約・売買されている。

 

そもそも、こうした通貨毎のシェアの多くは、国際決済銀行(以下、BIS)や国際通貨基金(以下、IMF)といった国際機関が公表しているものだが、基本的にドルベースで算出されている。

引用終わり

 

 世界経済の比較などをする際、すべて米ドルをベースとした数字で行われます。その最も大きな理由は、各国のローカル通貨での表示では比較ができないためで、世界の誰もが容易に理解できるドル表示が便利だからです。何故容易に理解できるかと申しますと、自国通貨の強弱レベルを常に対ドルで日常的に比較しているからです。

 たとえば日本の一人当たりGDPは33,800ドル程度ですが、それをユーロで31,800ユーロですと言われても、えっ?ましてや中国の元で264,000元ですと言っても意味不明。そうした慣用的使用、それがデ・ファクト・スタンダートということです。

 そもそも主要商品相場もドル表示であり、原油はバレルあたり80ドルですとか、金はオンスあたり2,300ドルですというと理解できます。しかし円建てで金が高いなどと言っても、「それは円安のおかげだろう」と言われるのがおち。

 そもそもドル自体が、世界で最も安全な国の通貨であり、取引制限や介入などしない国の通貨であること。見通せる限りの将来も継続される可能性が非常に高いため、基軸通貨の地位はゆるぎないものだと考えています。

 

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有事の円買いが、有事の円売りになる日

2017年08月12日 | 為替相場

  サイコパスのトランプと金正恩のチキンレース、どちらが先にハンドルを切って逃げるか、見ものです。

  なんて、高みの見物を決め込むのに、日本と言う国はむいていませんね。なにせ真上をミサイルが通過するというのですから、見物するには地政学上リスクが大きすぎです。

  なのに何故108円台になるのでしょう?

  日経新聞ニュースの4月18日付記事におもしろいスタディーが載っていましたので、みなさんにご紹介します。タイトル以降、写真を除きそのまま引用します。


「有事の円売り」が復活する日 
日経ヴェリタス編集長 小栗太  2017年4月18日

 

 いつから円は安全資産になったのだろう。米国によるシリアへのミサイル攻撃を機に北朝鮮情勢が緊迫するなかで「有事の円買い」の連想が働き、円高・ドル安が勢いづいている。

リーマン危機が転機に

 為替市場を取材して20年余り。最近気になるのがリスク時に安全資産とされる円にマネーが流れ込む「有事の円買い」だ。取材を始めたころは覇権国の米国にマネーが退避する「有事のドル買い」と学んだが、どこかで180度変わってしまった。

 過去の日本経済新聞を調べると、10年ほど前の2006年10月の記事が出てきた。見出しは「北朝鮮リスクで円売り」。北朝鮮の核実験を受けて「有事の円売り」が強まったという内容だ。ほんの10年で市場の法則がひっくり返ったことが分かる。

 いったい何があったのか。理由は2つ考えられる。1つは2000年代に入り、米同時テロやリーマン・ショックといった米国史に名を残す大事件が相次いで発生。なかでも08年のリーマン・ショックは米国市場の安全神話を根底から揺るがせ、「有事のドル買い」を弱める最大の要因になった。

 そしてもう1つは、市場を占拠しつつある機械取引の急拡大だ。機械取引は過去の相場材料と値動きの相関性を読み込み、自動で売買を判断する。いったん最近の「リスク増大→円高・ドル安」という相関性を読み込めば、地政学リスクの詳細な情勢分析をすることなく円買い・ドル売りが一気に膨らむ仕組みだ。

 ただ冷静に考えてみると、仮に北朝鮮情勢が緊迫した際は安全資産とされる円にマネーが流入するよりも、地理的に近い日本からマネーが流出するという解釈の方が受け入れやすいのではないか。万が一の武力衝突リスクを想定すれば、日本よりも米国の方が安全に思われるからだ。

2段階でリスクに反応

 かつて三菱東京UFJ銀行やドイツ証券で「有事の円売り」から「有事の円買い」への転換を目の当たりにしたFPG証券の深谷幸司社長は「リスク発生時の取引行動には段階がある」と指摘する。まず不透明感が浮上した時点で、市場参加者は持ち高を減らす行動に出る。例えば現状ではトランプ相場で買い上げた株式を売り、円安・ドル高を解消しようと円を買い戻す。そしてリスクが顕在化した時点では、どの国の実体経済や金融市場に悪影響が及ぶかを判断する。例えばリーマン・ショックの時は米国市場が痛むため、日本にマネーを移す動きが強まった。

 11年に東日本大震災が起きた後、「有事の円買い」の連想から円高・ドル安が加速し、円の最高値を更新した。市場では当時、保険会社が被災地で発生する保険金を手当てするために海外資産を取り崩す必要に迫られ、膨大な円買いが発生するという後講釈がなされた。だが実際は東京電力福島第1原子力発電所事故が発生し、企業のサプライチェーン(部品供給網)が寸断されるなど、日本経済に深刻な影響が及んだ。結局、日本が貿易赤字に転じる過程で「有事の円買い」は大幅な円安方向に修正されていった。

 FPG証券の深谷社長は北朝鮮で武力衝突が起きるような深刻な事態に進展した場合は「有事の円買い」がひっくり返り、再び「有事の円売り」に転換する可能性が十分あるとみる。

 トランプ米大統領はツイッターに「中国が協力しなければ、我々が中国抜きで問題を解決する」と投稿。北朝鮮の後ろ盾である中国に働きかけ、それでも改善しない場合は単独行動も辞さない姿勢を示す。

 「北朝鮮リスクで円売り」という見出しが再び紙面に載ることはあるだろうか。もっともそれは北朝鮮情勢が想定したくない事態に陥ることを意味するのだが。

  引用終わり


  みなさんはどう思われますか。

  私はもちろん「有事の円買いなどナンセンス」だと思っています。特に東日本大震災の時など、なんの根拠もない円高でした。しかし相場は相場。正しかろうが正しくなかろうが、それが相場です。

  じゃ、私が北朝鮮のミサイル準備情報を聞いて円を売るか買うか。もちろん円を買います。今の為替相場はかなりの程度FXと呼ばれる為替投機に左右されています。その参加者が条件反射として、あるいはプログラムに「危機的状況=円買い」と書いている限り、円売りに勝ち目がないからです。そして今の株式や為替の短期的大変動の主役はフラッシュ・ボーイズたち、つまり1,000分の1秒を条件反射として争うコンピューター・トレーディングなので、プログラムに逆らう意味はありません。

  でもある程度ことが落ち着いたら、私はきっと即、反対売買に走ります。根拠のない変動は元に戻る確率が高いからです。もっとも、その売買もプログラム化されているに違いありません。

  しかし、このことは相場の将来を決めてしまうものでないことを理解することが重要です。何故なら、彼らフラッシュ・ボーイズは、即反対売買をしてポジションを手仕舞うので、相場の大きなトレンドに影響することは、あまりないからです。どうぞご安心を。

 



 

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ドル円相場をどう見るか

2015年08月06日 | 為替相場

  暑い日が続きますが、みなさんいかがお過ごしですか。

   ドル円相場も徐々に暑くなっていますね。今回は為替のアナリストの解説で相場の行方に影響のありそうな国際収支に関する予想数字が示されていたので、それを取り上げます。

   予想数字を示したのは野村証券のチーフ為替ストラテジスト池田雄之輔氏で、昨日のモーニング・サテライトでした。示された数字を並べます。

15年予測(単位;兆円)

1.経常収支          +22.0 ・・・下記未還流分を除くと+11.0程度

   うち貿易・サービス収支  +0.9

            所得収支    +21.2 ・・・このうち日本への還流は10.0程度

 

2.投資フロー(資本収支)   ▲28.5

    うち M&A               ▲5.4

       公的年金投資 ▲8.4

       投信・生保投資 ▲14.7  

 

3.1と2の合計は▲6.5だが、真の合計数字は▲17.5程度

 

  解説します。為替の実需という意味から重要なのは1.の経常収支と、2.の投資フローの合計です。このところ言われているのは「貿易・サービス収支が改善し、今年はトントンになりそうだ。しかし所得収支の大幅なプラスから、経常収支は22兆円のプラスとなる。」ということです。

  しかし池田氏は「所得収支のうち半分くらいは海外に滞留したままで、日本に毎年還流するわけではないので、実際の経常収支はせいぜい11兆円くらいだろう」と計算しています。これは私も知らなかったことで、彼は「例えば米国債を外為会計で買っている政府は、毎年の利子3兆円を再投資に回し、還流はさせていない」と言っていました。その他の企業なども配当などを日本にすべては還流させていないと言うことなのでしょう。  

  一方、投資のフローではみなさんの投資分も含めこのところ海外投資が盛んですし、M&Aも超大型案件が多くなっていますので、28.5兆円にものぼる流出超です。その1.と2.の真の合計数字が17.5兆円の流出だと解説していました。数字を正確に計算するとちょっと違いますが、大勢に影響はないでしょう。

   昨年後半以降、資源価格の低迷から貿易収支の赤字が大幅に縮小しています。それが経常収支の改善に貢献しているのですが、為替の実需要因はこの国際収支の統計とは10兆円も違うことを示してくれており、先行きの為替を見る際には大変参考になる分析だと思います。

   こうした為替の実需要因がドル円相場の底流にあることがわかると今相場はより理解しやすいと思われます。

  以上

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