ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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アメリカの金融市場について その4

2015年11月29日 | アメリカの金融市場

  前回の記事の要点は、

経済全体は順調ですが、極めて順調で来るべきインフレを早目に抑え込む必要がある、というほどではない。

そして、なのに利上げを行うのは、

・今回の利上げは異例のゼロ金利からの脱却をするためのもの。「利上げではなく異例からの脱却」

こう解説をしました。では今回の利上げによって、長期金利はどうなるのか。みなさんの関心はこの点が大きいのではないかと思われます。


  結論的に申しあげますと私は、「今回の利上げで大きく長期金利が上昇することはない」とみています。期待を削ぐようですがその理由は、

1.市場がすでに利上げを相当程度織り込んでいる

2.利上げ理由が異例の状況からの脱却

  織り込み済である理由は、利上げがコンセンサスになったのがすでに10月中旬以降で、11月の初めの雇用統計の発表でダメ押しになってからすでに3週間が経過しているからです。それでも10年物金利のレベルは2.2%前後です。

  そして繰り返しなになりますが、過去の多くのケースではいったん利上げが始まると小刻みに10回程度連続で利上げされることが多い。ところが今回は世界経済もアメリカ経済も、今後ぐいぐいと成長スピードを速めるほどではなさそうだからです。多くの見通しも来年中にせいぜい2回程度というかんじです。

  では来年の長期金利の見通しはどうでしょうか。その前に私は「アベチャンは新3本の矢の前に旧3本の矢のレビューをしろ」と言い続けていますので、まずは私自身の今年の見通しのレビューをしてみます。

  ちょっと長い引用ですが、昨年12月26日の記事からまず金利見通しの前提として世界経済をどうみていたかチェックします。

引用

世界経済はいまアメリカ頼りになっています。来年を概観します。
・ 欧州は底は打っても大きな回復は望めない。むしろさらなる減速リスクから一段の緩和策(国債買い取りなど)がいつ実行されるかに焦点が移っている
・ 中国も間違いなく成長ペースが鈍り、むしろ不動産価格の下落スピードが増すと大きくスローダウンするリスクがあるため、人民銀行が金利引き下げを繰り返す可能性がある
・ 資源国はこれまで述べてきたように産油国であるロシア、中東、中南米、そして石油以外の資源国である南米、オーストラリアなども回復が見込めない
・ 日本は14年が年間通してもマイナス成長となるのはほぼ確定。物価上昇率も毎月低下が継続し、本日発表の11月実績は消費税分を除くとコア指数で前年比がわずか+0.7%まで低下。来年3月に2%には絶対にならない。15年の夏には成長戦略などカラ念仏だということがバレて政策手段が尽きる。もっとも バズーカクロちゃんだけは国債ネタが尽きると株を買いまくる暴挙に出て国際的非難を浴び、格下げの主犯となる。財政問題を抱えることから大きな財政出動はできずに、結果として成長率はゼロ近辺に終わる可能性が大きい。


引用終わり

以上が前提条件としての世界経済と日本経済の見通しです。では、その前提の元に金利をどう見通していたのでしょうか。

引用
要するに15年は頑張るアメリカの足を世界の大どころがみんなで引っ張る図式です。そして上記の見通しには天変地異を始め、国際紛争など様々な外部リ スクは加味していません。何故加味しないかの理由は、それらが起こる確率は上昇する一方ですが予測が不可能であること、私が投資を推奨している投資対象が悪材料に反応しやすい株式などではなく、世界が真っ暗になればなるほど光を放つ米国債だからで、世界のリスクなど計算に入れる必要がない投資対象だからで す。

①  FRBの米国債買いがストップ(36兆円、金利には大きなプラス)

②   来年なかばにFRBの政策金利上げ開始(金利には大きなプラス)

③   海外投資家のうち産油国からの買いが減少する可能性があり売りに回ることもありうる(ロシア保有分12兆円、OPECなどの保有分31兆円、金利にはプラス)

④    連邦予算の赤字削減による国債新規供給の減少(10兆円、金利にはマイナス)

⑤    雇用の順調な増加(金利には大きなプラス)

⑥    物価の落ち着き(金利には大きなマイナス)

⑦     世界の中央銀行の政策、日本は緩和継続か増強、中国は緩和、欧州も緩和策増強見込み(おしなべて金利にはマイナス)

そしてまとめとしては「何と言ってもFRBの政策スタンスと雇用そして物価」と述べました。では、上記のおおまかな要素を踏まえて来年の長期金利のレベル感をさぐります。FRBの利上げを年の中ごろと想定して、私の10年物金利の予想レベルは15年中は上が3%前後です。

いくら経済が順調だとしても、物価見通しに過熱感が出ないと利上げは急ぐ必要がありません。たとえ6月に利上げが開始されても、その時点で半年後・1年後にかなりの物価上昇が見込まれないと、連続してどんどん上昇させる必要はないのです。政策スタンスがその程度だと、長期金利も簡単には上昇しないと思われるので、私の結論は3%前後がせいぜいだろうと見込んでいるのです。


引用終わり

  さて、これが昨年末の私の見通しでした。私自身がこれにコメントをつける前に、是非みなさんのコメントを聞かせてください。それは私が唯我独尊になることを防ぎたいからです。よろしくおねがいします。

  

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アメリカの金融市場について その3

2015年11月26日 | アメリカの金融市場

  一つ訂正をさせていただきます。前回の記事で「アメリカは特にサービス産業の依存度が大きく、GDPの8割以上をサービス産業が占めています。」と書いていますが、比較はもちろん全産業に対しての比率であって、GDPに対する比率ではありません。お詫びして訂正いたします。

  一昨日、アメリカの7-9月期のGDPの改定値が発表されました。速報値の+1.5%から大幅に上方修正されて+2.1%となっています。予想値に近かったためか金融市場はあまり反応していないように思えます。今後のアメリカ経済の見通しについては、後ほど書いて行くことにします。

  さて、前回は利上げの大事な要素である「物価と雇用」について現状分析を簡単にしてみました。内容は、物価はいまだ目標の若干手前であるが、雇用は十分に利上げ基準に達している。国際商品価格は下落していてデフレ圧力はあるものの、賃金の上昇がしっかりし始めているので、それが将来の物価上昇につながりそうだ。それを見込んで利上げを考えている、というものでした。

  FRBが経済動向を見る要素はもちろん非常に多岐にわたっていて、私が一番大事だと言い続けている「物価と雇用」だけではありません。景気判断の重要な要素である小売売上、PMI(購買担当者指数)、設備投資、住宅販売、為替動向、そして輸出に影響する海外経済動向などもあります。9月のFOMC(利上げを決める理事会)では、中国経済のスローダウンが世界経済にどの程度影響するかの見極めがつくまで延期ということが言われました。それを根拠に多くのエコノミストやフェッド・ウォッチャー(FRBの動向を見ている専門家)は、世界経済は簡単に回復しっこないと見て「12月も見送り」と予想しました。しかし多くの要素を見すぎていると見通しを誤ることになります。10月以降経済指標が極めてよいという訳でもないのに、突然12月の利上げが「確定」になってしまいました。その一番の理由はFOMCの議事要旨や各地区連銀総裁を始めとする理事会関係者の発言が12月の利上げを強く示唆したことでした。

  では連銀関係者、特に連銀議長の発言をちょっと振り返ってみます。するとなんのことはない、すでに夏以降は繰り返し12月までには利上げがあるぞと示唆しています。それを経済指標を細かく見過ぎているエコノミスト連中が自分で自分に雑音を入れすぎて、来年まではなしだ、と勝手に解釈したのです。もちろん連銀関係者も「経済指標に大きな下ブレがなければ」という前提条件はつけてはいますが。

  では12月の利上げは、本当に経済が向かう方向と整合性が取れているアクションなのでしょうか。私は経済の方向性と理事会の方向性に少し乖離が見えるような気がしています。つまり経済全体は順調ではありますが、極めて順調かつ将来もさらに上昇が見込まれ、来るべきインフレを早目に抑え込む必要がある、というほどではない。最近のアメリカの経済見通しで、来年を今年より非常に明るく見ている見通しは少ないし、むしろ巡航スピードくらいなら上出来と見る向きが多くなっています。

  様々な経済見通しを並べたてても意味がないので、代表選手としてIMFの見通しを取り上げます。IMFは3カ月ごとに主要国の成長率見通しを出します。必ずしも当たるわけではありませんが。7月には来年のアメリカ経済の成長率を3.0%と予測していました。それが10月には0.2%下方修正されて、2.8%になっています。0.2%くらいたいした数字ではないのですが、大事なのは方向性です。これで何度目かの下方修正で、それは世界全体の成長率見通しも同じ様に下げているのです。

  そうした下方修正が多くなっているにも関わらず、私には連銀理事会はどうしても利上げをしたがっているように思えるのです。

  このところ世界経済の足を引っ張っているのが、中国も含めた発展途上国です。東南アジア諸国は中国のスローダウンの影響をまともに受けていて、成長率が鈍化しています。そのため先進国の投資引き上げ懸念などで株価も下落しました。ところが途上国の一部には、面白いことを言いだしている国々があります。先ごろ開かれたAPECなどの席でFRBに対して、「利上げをやると言いながら先延ばしにすると不確実性が増すので、いっそのこと早く利上げしてくれ」と言っているのです。

  それと同じ様なことを言っているのは一部の株式アナリスト連中です。何よりも不確実性を嫌うのが株式相場であることから、「やるなら早くやってくれ」と言っているのです。しかし利上げによっていざ株式相場が下落すると、きっと「利上げなんかするからだ」と平気で言うのも彼らです(笑)。

  では世界経済の若干のスローダウンも見込まれる中、何故無理を押して利上げをするのでしょうか。それは最初の頃に申し上げた「正常化」のためだと私は思っています。今回の利上げはこれまでの利上げとは違い、異例のゼロ金利からの脱却をするためのもの。「利上げではなく異例からの脱却」なのだと思うのです。

  リーマンショックでこの先10年はダメだと言われ入院したはずの患者が、実際には驚くほど早く回復、昨年10月に退院し(QEの停止)通常の生活をはじめていた。しかし念のため薬だけは飲んでいたが、もう薬も飲む必要がなくなったということだと思うのです。

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アメリカの金融市場について その2

2015年11月21日 | アメリカの金融市場

  アメリカの金融市場に関する話題に戻ります。前回はまずFRBの金利引き上げの中身の説明でした。利上げとは誘導目標を上げることで、たとえば現在の誘導目標である0%~0.25%を0.25%引き上げるといっても、いつも目標にピッタリ収まるものではないということを解説しました。

  そして肝心なことは何を見て政策金利を決めるかですが、それについては「物価と雇用」をメイン見るが、中央銀行の最大の役割は通貨の番人だから、雇用を捨てても物価を抑えることがあるという過去の事例を上げました。

  日本では政府と日銀が政策協定を結び、日銀に経済再興の責任の一端を担わせています。アメリカもEUも同様に中央銀行がそうした責任の一端を担い、金利だけの伝統的金融調節から踏み出し、量的緩和という非伝統的政策に踏み出していました。その中でアメリカだけが昨年の秋に量的緩和から脱却し、次のステップである金利引き上げの段階に進みつつあります。

  さて、我々がアメリカの利上げを考える時に大事なことは、今回の利上げは引き締めへの変更ではなく、やっと「正常化への一歩を踏み出すものだ」ということです。そもそも世の中のオカネをジャブジャブにする量的緩和策は窮余の一策であって、異常なことだということです。それをちょっと説明します。

  FRBは約1年前に量的緩和策、いわゆるQEを停止しました。国債などを大量購入してオカネをバラまくことをストップしたということです。それでも正常状態からは程遠く、実質的ゼロ金利の継続は異常状態にあります。そもそも政策金利とは、政策が機能する金利でなくてはならないのです。つまりプラス領域にいないと、金利操作での緩和策が取れません。それも例えば12月に目標レベルを0.25%上げても、それだけでは1回の下げ余地しかありません。

「じゃ、何%になったら正常状態なの?」

  当然の疑問ですね。妥当水準を的確に言い当てることはできません。しかし少なくとも数回の利下げができないと、政策金利の意味はないと私は思います。過去の政策金利は非常に大きな動きがあり、上下動の幅は数%に及びます。例えば目標レベルを2.5%動かすには、1回0.25%だとすると10回も必要です。事実04年なかばの1%から06年なかばの5%強まで、十数回の連続切り上げがありました。そしてその後はリーマンショックを経て、5%強からゼロまでまた下げていったのです。

  ではその政策金利5%強の水準は異常だったかと言いますと、実は00年なかばには6.5%にもなっていたので、異常ではありません。その時はみなさんがMMFに資金を置くだけで5%を超える利回りをもらえました。

 

  ここまでゼロ金利の解除による利上げが12月には行われる前提で話をしてきました。市場のコンセンサスも9割がた利上げを見通しています。私もそれに異論はありません。一昨日発表の10月のFOMC議事録といい、各地区連銀総裁の話といい、否定する話はほとんどないからです。でも念のため一応大事な指標、物価と雇用のチェックだけはしておきましょう。

  まずは消費者物価です。10月の物価指数は11月17日に発表されました。政策金利を判断するために使われる食料・エネルギーを除くコア指数は前月比で0.2%の上昇。前年比では1.9%の上昇です。1月には前年比1.6%であったものが、徐々に回復して9月に1.9%に至りました。目標と言われる2%には届いていません。その上、このところ原油をはじめ国際商品相場が大きく下落しています。私は2年ほど前にみなさんに、あまりなじみはないでしょうが商品相場をぼんやりとでも見ておくべきだと申し上げました。日本経済も大きく影響を受けるので、それをちょっと見ておきます。

  国際商品相場の代表的指数はロイター・ジェフリーズ・CRB指数です。この数年の高値は11年4月で、レベルは370程度でした。それが徐々に低下し、それでも14年6月までは300前後を保っていたのですが、7月に300割れをしてからは下落スピードを速めました。もちろん原油価格の低下が貢献しています。現在の指数は183ですから1年半で4割も低下しているのです。特に中国の回復が遅れているため銅の価格も大きく下落していて、代表的指数のロンドン・メタル・エクスチェンジ(LME)銅先物価格は、この1か月だけで15%もの暴落です。それを横目でみながら、それでもFRBは利上げしても大丈夫なのでしょうか。

  一方雇用は10月の失業率が5.0%と近年にない低さです。非農業部門雇用者数が9月にプラス14万人とかなり落ち込みましたが、10月には27万人と大きく回復しました。レベル的には20万人を超えて増えているかが好況の目安と言われます。失業率が5.0%と完全雇用レベルと言われる失業率に達していますので、今後の増加数はスローダウンする可能性がありますが、それは大きな問題ではないでしょう。

  そして雇用と言った時に最近重要視されているのが賃金上昇率です。10月は前年比で+2.5%と9月の+2.3%から加速しています。何故賃金上昇率が重要視されているかと言いますと、それが将来の物価を左右するからです。アメリカは特にサービス産業の依存度が大きく、GDPの8割以上をサービス産業が占めています。雇用もサービス産業で多く抱えているため、賃金上昇が物価に与える影響はかなり大きいのです。

  先ほど物価上昇率は目標の2%に届いていないと言いましたが、実は賃金上昇率が将来の物価を押し上げるであろうことを予想させているのです。そのため国際商品相場が下落していても、12月の利上げはコンセンサスとして通用しているのです。

つづく

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GDPのマイナス成長と好調な株価

2015年11月18日 | 日本経済コメント

  この矛盾した2つの数字をどう理解したらいいのでしょうか。

理由は単純。合成の誤謬です。

  16日(月)に発表された7-9月期のGDP統計は、アナリストのコンセンサス予想を下回るマイナスで、年率▲0.8%を記録しました。

  原因は投資のスローダウンです。GDPの投資項目は二つあって、設備投資在庫投資です。設備投資がかんばしくないのはもちろん企業、それも設備投資金額の大きな製造業が先行きに強気の見通しをたてられないからです。在庫も同じ理由によりますが、この先物価が上昇しないとみれば在庫を増やさず、むしろ減らすことで評価損を避ける行動をとります。しかし手持ち在庫が少なくなれば、景気が反転した場合には増やしやすくなるので、先行きにはプラスの材料だと言えなくもありません。構成比で6割を占める個人消費は前期のマイナスから改善しプラスになっているのですが、それを設備投資と在庫投資がくってしまった形です。

  ところが翌17日(火)、日経新聞朝刊の1面には「上場企業利益最高に」と言う見出しがありました。内容の要約でも「売上高経常利益率は9年ぶりに過去最高を更新する見通し。M&Aや得意分野への集中を通じ採算重視の戦略に転換した効果が表れている」と書いてあります。そして株価はその好調さを反映して、きのう今日は2万円に迫るほどのレベルに上昇しています。

  では、企業収益の好調=株価の堅調さとGDPの不調という不整合をどう理解したらいいのでしょうか。

  理由は先に述べた合成の誤謬が生じているからです。どういう誤謬かを説明します。

  通常株価は売上よりも、1株利益の成長見込みを反映します。例のPER何倍という指標です。1株当たり利益の15倍程度が居心地のよい株価レベルと言われます。1株利益が100円であれば、株価は1,500円程度。それが1割改善して110円になれば、株価も1,650円が妥当ということになります。それを実現するには売上を増やすことではなく、利益を上げることが重要です。それはコストを削減しただけでも達成できるのです。

  個々の企業は、個人消費が低調な時には売上に頼る経営ではなく、コストを削減して利益を追求し、株主に報い経営陣の安泰を計る行動に出ます。コスト削減の材料は、一つには資源価格の低迷から来る原料安。いま一つは生産性の向上か人件費のセーブです。日本企業は首切りを簡単にはできないため、人件費の抑制は正社員の増加を抑え、その分契約社員を増やすことで行ってきました。同じ仕事をしていても、人件費は半分程度で済みます。それが今日では行き過ぎて、非正規社員の割合がかつての1割から4割程度にまで増加してしまいました。アベノミクス導入後も非正規社員の比率は毎年上昇しています。その結果当然の様に個人所得が低迷し、消費が伸びない最大の原因になっているのです。消費が伸びなければ、GDP成長率も当然低下します。

  個々の企業にとって経常利益率の向上は間違いなく「よいこと」なのですが、そのよかれという行動が日本全体では経済低迷の原因を作ってしまっている。それが私の指摘する「合成の誤謬」の中身です。

  現在の好調な株価はアベノミクス成功の証なので、政府も日銀も株価が政権の支えであることを意識しています。しかし利益を優先するあまり企業が投資を抑え、人件費を抑えてしまう。それに対し安倍政権は、

「賃金を上げろ!」、「投資をしろ!」とひっちゃきになって合唱を繰り返しています。

  アベノミクス当初から言い続け早3年。これらの言葉、私には自民党が社会主義政党に転向したように思えるほど、悲痛な叫びに聞こえます。

  かつて消費税を上げた時に安倍政権は鞭を片手に、「その分値上げをしなかった企業名を公表するぞ」と脅しをかけました。幸いそれは実行されなかったようです。庶民を敵にはしたくなかったのでしょう。今回は鞭をアメに持ち替えて、「賃上げをした企業には減税のアメをあげます」ときました。これは組合も給料が上がれば文句はないので、本当に実行するかもしれません。

  しかしみなさん、よく考えてください。法人税減税はアベノミクスの成長戦略の一つであるとして、着々と準備が進んでいます。一方で庶民は消費増税に苦しみ、年金削減に苦しみ、社会保険料の値上げに苦しんでいる。その中での法人減税、本当にまっとうな長期戦略といえるのでしょうか。アップルの様にアイルランド現法を使った節税策や、本社を本当に海外に移すなど、日本企業にそんな根性のある企業が多数いるとは、私には思えません。

  そもそも法人の中で圧倒的多数の中小企業はほとんどが赤字かトントンで、減税と言われてもその恩恵に浴せないところが多いのです。法人税減税も賃上げ同様実は大企業のみが恩恵に浴する政策です。そうした企業が契約社員を増やしてコスト削減に走り、株価を上昇させる。

  株価は上がれど、GDPは低迷する。それが「合成の誤謬」の中身です。

  いつもいつもKEIDANRENのじいさんたちと一緒にいると、日本は道をあやまりますよ、アベチャン。

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アメリカの金融市場について その1

2015年11月16日 | アメリカの金融市場

  パリのテロに対しては、言葉がありません。ただただ哀悼の意を表するのみです。

  あの日息子がバルセロナ出張の帰りにパリのシャルル・ドゴール空港でトランジットしたのですが、テロは飛行機が飛び立った直後の出来事だったそうです。私としては大好きな街の一つであるパリが危険地帯になってしまうのはとても残念です。

  先ほど7-9月期の日本のGDP速報が出ました。なんと2期連続のマイナス、それもマイナス0.8%と大きなマイナス数字が出ています。2期連続のマイナスとは、定義上の不況入りです。大丈夫かニッポン?


  さて、今回からアメリカに関してです。このブログをご覧いただいているみなさんの中で、米国債への投資のタイミングを計っている方はとても大勢いらっしゃるようです。そこで今回から何度かに分けて私がアメリカ金利や金融市場をどう見ているかについて書いていきたいと思います。

  金利上昇を期待されている方の多くは、12月のFOMCで利上げがありそうなので、その場合に長期金利はどうなるかの見通しを知りたいのだと思います。しかしいつも申し上げますが、金利見通しは株価や為替の見通しと同じ様簡単なものではないし、私の見通しが当たるものではありません(笑)。FRBによる政策金利の上昇が見込まれる時でも予測は難しいので、見通しについては参考程度に聞いておいてください。

  まずはお勉強から。

上の文章で私は、

>FRBによる政策金利の上昇が見込まれる時でも予測は難しい

と、書きました。

「えっ、利上げがあったら長期金利も一緒に上がるんじゃないの?」

こう疑問に思われる方が多いと思いますが、そうでもありません。政策金利と長期金利の関係の前に、そもそもFRBによる利上げって何の金利を上げるんでしょうか。答えはフェッド・ファンド・レートです。

「フェッド・ファンド・レートって何?」

  中央銀行の行う政策金利の上げ下げは、以前は公定歩合で行われていました。公定歩合とは中央銀行が市中銀行に貸し出す翌日物金利です。翌日物とは丸一日で返済される超短期の借入です。でも今は日本でもアメリカでも公定歩合は使われていない飾り物です。世の中が資金不足から解放され、中央銀行からオカネを借りなくてもよくなったからです。じゃ、金利政策には何を使うのか。銀行間の貸出金利を使うのです。

「えっ、じゃあ中央銀行はどうやって銀行間の金利を調節するの?」

銀行間のことですから、FRBは資金量の調節で間接的にしか調節できません。

「ということは決めたとおりピッタリのレートになるとは限らないの?」

そうです。毎日少しずつ目標よりずれたりします。現在の政策金利はあくまで「誘導目標」であって、市中銀行間の金利を直接決めるものではありません。日本でもアメリカでも同じです。

「じゃ、政策金利と長期金利の関係は?」

もちろんないことはないのですが、直接には関係ありません。お互いに背景となる経済実態を見てはいるものの、視点などが異なります。そして短期金利の誘導目標は政策的に決めますが、長期金利は長期債の需給によって決まる完全な自由市場金利だからです。ですので、短期の政策金利を上げたからといって、長期金利は必ず連動して上がるものとは限りません。

  これだけ聞いただけでも、長期金利の予想が単純なものではなさそうなことはご理解いただけると思います。

  みなさんもお気づきのように、このところ長期金利の代表である10年物金利がFRBの利上げを前にすでにじわりと上昇しています。ちょうど1か月前、10月14日に直近のボトム1.97%をつけたものが、現在は2.27%程度です。その間に為替は118.82から122.62へと円安に動き、セオリー通りにドル金利高=ドル高です。

  市場環境としてはこの1か月の間に、アメリカの雇用統計が非常に強く出ました。雇用の増加は市場の予想をはるかに上回る27万人の増加でした。そのため12月の利上げが既成事実になるほどです。それを受けて多くの地区連銀総裁が、「利上げするぞ」という発言を行っています。しかしこれとて絶対とまでは言えません。

  私はいつも中央銀行の政策金利は基本的には2つの要素で動かすものだと言っていました。それは「物価と雇用」です。その他に見るものがいくらあっても、基本はこの二つです。

  アメリカの現状は雇用は非常に強いのですが、物価はまだ強いとはいえません。失業率がほぼ完全雇用と言えるレベルなので、普通なら賃金の上昇が伴うのですが、それがプラスではあっても物価をぐいぐい押し上げるまでに至っていません。

  じゃ、中央銀行にとって物価と雇用のどちらがより大事なのでしょうか。それは物価です。中央銀行の役割は通貨の安定が第一であって、経済成長に責を負うものではないからです。日本は日銀と政府が政策協定を結んでいますが、それはあくまで異例のことです。アメリカやヨーロッパのQEも異例なのです。

  ポール・ボルカ―というかつてのFRB議長がいます。彼は79年代から議長をしていた人ですが、79年の第2次オイルショック後に失業率が10%にもなっている時に、インフレを抑えるために大幅な利上げをしました。その時のフェッド・ファンド・レートはなんと20%にもなっています。彼は歴史に残るインフレ・ファイターで、インフレを収束させました。

  究極の事態に至った場合、雇用を捨てても物価を取るのが通貨の番人なのです。

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