毎年恒例、ユーラシア・グループによる「世界の10大リスク」が発表されました。私の尊敬するイアン・ブレマー氏が率いる地政学上のリスクの調査会社ユーラシア・グループの発表です。その10大リスクをブルームバーグ社のサマリーで紹介します。ブルームバーグ1月6日より引用
1.米国の分断
トランプ大統領の選挙結果受け入れ拒否が米国の深い分断を浮き彫りにしている。COVID19ワクチン接種がスムーズに進み、パンデミックが抑制されれば、バイデン氏が共和党からも一定の政治的評価を得る可能性があるものの、厳しい課題が続く。
2.コロナ問題長期化
COVID19ワクチンは世界が21年に正常化に向かうことに寄与するが、「各国がワクチン接種のスケジュール達成に苦しみ、パンデミックが高水準の公的債務や離職者、信頼の喪失という負の遺産を残す」。
3.グリーン化
米国はバイデン政権下で炭素排出の実質ゼロ目標など気候変動のイニシアチブに再び参加しようとしているが、「より野心的な気候変動対策による企業や投資家のコスト」と各国・地域の計画協調を「過大評価することによるリスク」がある。
4.米中緊張関係の波及
米中間の経済関係は今年、これまでほど対立的ではなくなるだろうが、米国から同盟国へのストレス波及や他国へのワクチン配布での競争、グリーンテクノロジーに関する競合により、緊張が再燃する可能性がある。
5.データ競争
国境を越えたデジタル情報の流れが鈍るに伴い米中間の競争が最重要となり、データに依存する企業の重しになるだろう。中国政府は恐らく国外技術への依存を減らし続け、米国は国民の個人情報を安全に保つ取り組みを進める。
6.サイバーリスク
自宅からテクノロジーにアクセスする人々が増える中で、サイバースペースにおける国家の行動に関する世界的ルール作成で政府・民間部門の両方でほとんど前進が見られず、攻撃やデータ盗難の可能性が高まっている。
7.トルコ
トルコは昨年、危機を回避することができたが、21年に入っても脆弱(なままだ。エルドアン大統領は4-6月(第2四半期)に再び圧力に見舞われ、景気拡大を促そうとするかもしれないが、そうすることで社会的緊張をあおる恐れがある。
8.産油国にとって厳しい年に
中東・北アフリカのエネルギー生産国で抗議活動が激化し、改革が遅れる可能性がある。歳入の大半を石油から得るイラクは基本支出予算の確保や自国通貨安の阻止に苦しむ公算が大きい。
9.ドイツのメルケル首相退陣
ドイツのメルケル首相は欧州で最も重要なリーダーであり、同首相が去れば欧州のリーダーシップが弱まることから、今年後半のメルケル首相退陣が欧州最大のリスクだ。
10.中南米が抱える問題
中南米諸国がパンデミック以前に直面していた政治・社会・経済問題が、一段と厳しくなるリスクがある。アルゼンチンとメキシコでは議会選挙が行われ、エクアドルとペルー、チリは大統領選挙を控えている。ポピュリズムに訴える候補者が増え、特にエクアドルでは同国の国際通貨基金(IMF)プログラムと経済安定を危うくする可能性がある。
引用終わり
このリストは1から順に重要性に序列が付けられています。私はどれも確かに大きなリスクで異論はないのですが、一つだけ違和感を感じるものがあるので、それにコメントを付けます。それは一番目の「米国の分断」です。
1のタイトルは「1.米国の分断」となっていますが、英語のタイトルは単純に「46*」となっています。これは46代大統領を示しているのですが、バイデンが果たして今年最大のリスクでしょうか。英語の本文の内容はブルームバーグのサマリーどおり国の分断を指摘しています。昨年1年を通じた大統領選挙戦と選挙後の混乱を引継ぎ、アメリカの分断が世界の最大リスクであるとの指摘で、アメリカ国内の混乱がトランプ後も世界にリスクをもたらすということなのでしょう。私自身はトランプという不確定要素の取り除かれたアメリカの与える影響は、昨年までの半分もないと思います。その理由を説明します。
トランプは17年の大統領就任演説の最初に世界に向かって「オンリー・アメリカ・ファースト」と3回も言い、それを文字通り推進し世界に大きな混乱と迷惑をかけ続けました。世界一の大国としての責任を放棄し、国際社会が長年かかって築き上げた国際機関や多国間条約などから脱退し、資金拠出を拒否してそれらを弱体化させました。
現在最も大切なコロナ対策でも、最重要機関であるWHOから脱退を表明し資金拠出も拒否。それらが解消されるため、世界にとってバイデンは救世主です。少なくともバイデンはそうしたトランプが破壊しまくった国際関係を修復しようとします。日本も大きな迷惑をこうむっていたトランプの異常な行動から解放されます。だとすれば、少なくとも国際社会にとって46*は最大リスクなどではないと思うのです。
アメリカ国内の分断は確かに大きなリスクですが、世界の他国にとって分断は直接攻撃をもたらすわけではなく、対岸の火事よりは少し多めに火の粉が飛んでくる程度でしょう。バイデンはトランプと違い、突然シリアに爆撃したり、イランの軍人をイラク領内で暗殺したりすることはありません。
私はトランプのことを「去る者日々に疎し」と書きました。アメリカ国内でもすでにその兆候がはっきりと数字で表れ始めています。私がよく引用したアメリカの各社の世論調査のおまとめサイトであるRealClearPoliticsの最近のトランプ支持率調査結果では1月6日の国会暴動以降、それまで45%前後だった岩盤支持層に大きなヒビが入り、多数の調査結果はトランプ支持が30%台となっていいます。直近15日のクイニペグ社による調査では、遂に支持率が29%に落ち込んだというニュースが流れました。トランプ最後の1週間でさらに支持率は落ちるでしょう。
単純計算をします。選挙ではトランプ7,400万票対バイデン8,100万票で、トランプの得票率は48%でした。しかしこの調子で支持率が下がり、最後に平均で35%程度に下がると仮定すると、計算上は5,400万票にさがります。つまり選挙での獲得投票数より2,000万票も少なくなる勘定です。7,400万票も支持者がいたというのはすでに過去の話で、暴動以降様変わりしているのです。
それらに追い打ちをかけるのがアメリカ国内・海外を含む金融機関と企業などの動きです。トランプとその一族の関わる企業に対して融資を延伸しない、口座を封鎖する、取引を停止するという動きが顕在化しているのです。融資の継続停止によりトランプのグループ企業はあっという間にデフォルトしかねません。新規の融資先を見つけるのは非常に困難でしょう。アメリカをはじめ世界の金融機関や企業は今後トランプと取引したりすると暴力行為に加担する企業だとみなされ、ガバナンスの欠如を問われるため、停止せざるを得ません。私が先日指摘した「トランプの中核ビジネスは、コロナの影響を最も受けるビジネスだ」ということ以上のことが起こりつつあります。もちろん今彼が必死で集めようともがいている24年の大統領選に向けての献金もしかり。すでに大富豪の大口献金者たちはトランプとの決別を宣言しています。
ツイッターという口をふさがれ、食い扶持も召し上げられ、その上弾劾されれば単なる犯罪者ですから、文字通り「去る者日々に疎し」となるのです。そしてさらに「溺れた犬を棒で叩く」以下のようなニュースも流れています。1月14日の日経ニュースから引用します。
「トランプ米大統領の支持者が連邦議会議事堂に乱入した事態を受けて、バイデン氏の大統領選勝利認定に反対した共和党議員への献金を一時的に停止したり、打ち切ったりする企業が相次いでいる。11日にはアマゾン・ドット・コム、AT&T、ゼネラル・エレクトリック(GE)などが資金提供の停止を発表した。」
アメリカの議員にとって献金の停止は致命傷になりかねませんので、共和党内のトランプ支持議員たちもさぞ慌てていることでしょう。それが大統領の任期後に行われる上院の弾劾裁判の賛否で大きな効果をもたらす可能性があると私は見ています。つまり「この際、トランプから離れておこう」という動きが顕在化するだろうということです。
さて、今年の10大リスクのコメントのはずが、相変わらずのトランプ批判になってしまいました(笑)。このようにトランプの影響力が雲散霧消しつつあることから、46代バイデン大統領自体がリスクのトップであるとはとても思えないのです。もちろんユーラシア・グループは10リスクを国会での暴動以前に発表していますので、気の毒ではあります。
しかし今後1年を見通すと、国際問題も国内問題もひたすら元に戻る復元力が働くに違いない。ただアメリカ国内の分断については、根本問題の解決には程遠いが、トランプなきあとはそれが世界に及ぼす影響は大きく減ずるだろうというのが、私の見方です。
長くなりましたので、今回の投稿はここまでにします。次回は2番目のリスクであるコロナウイルス問題ですが、それに伴いアメリカの財政問題にも触れるつもりです。