シャープ買収が期限切れ破たん寸前に、やっと決着が着いたようです。
しかし相変わらず買収プロセスのABCも知らないマスコミや大学教授、お偉い評論家先生方から的外れな論評が多いので、ちょっと一言釘を刺しておきます。
本日の日経新聞の1面トップの見出しは「鴻海、シャープ買収決定」とありますが、3面トップの見出しは打って変わって「ホンハイの交渉術に翻弄」とあります。そして内容をそのまま引用しますと、
「郭台銘薫事長は将来の負債となる恐れがある偶発債務や業績問題でシャープを揺さぶり続けた」。さらに、郭氏のしたたかな交渉術によりシャープや銀行(シャープの後ろ盾)が不利な条件を飲まされていった、とあります。偶発債務とは、いまはよくとも将来出てくる恐れのある業務上、あるいは資産の瑕疵のことで、買収側に損失を与える事項のことです。
日経新聞の記事のスタンスは旧態依然で、私が常に批判する外資排斥論をベースにしているとしか思えない偏見に満ちたものです。私はホンハイの味方でもないし、外資礼賛者でもありません。ただM&Aスペシャリストとして10年買収実務に携わった経験から、客観的意見を申し上げます。
シャープはそれまでさんざん交渉したのに、調印のなんと前日に偶発債務リストを買収側のホンハイに提示しました。その額は驚愕の3千億円。これは「非常識きわまりない」ことです。ホンハイのテリー・ゴウがよくその時点で、
「ふざけるな、もうやめた!」と言わなかったと感心するほどです。いや、きっと言ったのでしょう。その証拠にシャープの社長が翌日にはホンハイ中国本社まで出向き、土下座したようですから(笑)。
何で寸前まで隠したのか。私が想像するにそれは買収条件を詰めた最後に、売り手であるシャープの経営陣がサインする「表明保証」を見て経営者がビビったのだと思います。表明保証とは、買ったあとから隠れ債務などが出ては困るので、売り手側のシャープに「これ以上はもう何も出ないと保証しろ。もし出たら損害賠償しろ」という誓約書にサインさせることを言います。このこと自体はまったくもって当然のプロセスで、どのM&Aでも行われます。
しかし、シャープの経営陣にとって売却は当然生まれて初めてだし、誓約書にサインするのはビビるにちがいありません。それで、「これはヤバい、いままでお化粧したり、出さなかったことも出さんといかん」ということで、それまでヒタ隠していたことを調印前日に出したのでしょう。
シャープのアドバイザーも、真っ青になったに違いありません。何故ならその責任は不適切なアドバイスにあるからです。今回のシャープにように、ディールを破たんさせることが即経営破たんにつながるような場合、スケジュールを遅らせるようなドジを絶対に踏んではいけないからです。つまり経営陣に対してアドバイザーは初めから「最後に表明保証をさせられるから、ウミはあらかじめ全部出しなさい」と言うべきでした。それが調印寸前になるなど、非常識極まりないのです。
今回のシャープの救済は、シャープに貸し付けをしている銀行団の救済でもあります。それがブレークしてしまうと、銀行団も一蓮托生です。結局そうした不始末が、ホンハイ側に有利な状況をつくりだしたことは間違いありません。
新聞記事などにはもう一つ的外れなことが書かれています。それは、「結局ホンハイの買収額は、産業革新機構の提示額と同じくらいになってしまった」という記事です。
そんなことは絶対にない。
もし産業革新機構側も、3000億円もの偶発債務リストを示されていたら、価格を引き下げるに決まっているからです。
「ホンハイにしてやられた」とか「価格が日本側の提示額になってしまった」とかの記事には、あきれる以外にありません。
いったい記事を書く記者やチェックする編集者の頭の中はどうなっているのか、覗いてみたいものです。マスコミなども、しょせんガラパゴスに暮らすトカゲなんでしょうね。
そんな日経にも一言おほめの言葉を差し上げます。本日の3面にはコラムがあって署名入りの小さな記事があります。その見出しは「外資傘下 怖がるな」という見出しで、日産、ゴーンの経験を出していて、書かれた内容も評価できます。
相変わらずの辛口コメントでした(笑)
一言、解説を付け加えます。ここでは便宜上シャープの経営陣を売り手と書いていますが、経営陣は厳密には株主ではありませんので、売り手でもありません。今回の買収は、厳密には既存の株式の買収ではなく、今の株価でホンハイがシャープの増資を引き受け、ニューマネーをシャープに入れるものです。でないと救済になりません。株価が安くなれば同額でも出資比率は上がります。つまり出資額を1千億円減額しても、隠れ債務の公表で株価が下落したので、ホンハイの出資比率は保たれることになります。