ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

新刊「投資は米国債が一番」幻冬舎刊
「証券会社が売りたがらない米国債を買え」ダイヤモンド社刊
電子版も販売中

シャープ買収の結末

2016年03月31日 | ニュース・コメント

  シャープ買収が期限切れ破たん寸前に、やっと決着が着いたようです。

  しかし相変わらず買収プロセスのABCも知らないマスコミや大学教授、お偉い評論家先生方から的外れな論評が多いので、ちょっと一言釘を刺しておきます。

  本日の日経新聞の1面トップの見出しは「鴻海、シャープ買収決定」とありますが、3面トップの見出しは打って変わって「ホンハイの交渉術に翻弄」とあります。そして内容をそのまま引用しますと、

 「郭台銘薫事長は将来の負債となる恐れがある偶発債務や業績問題でシャープを揺さぶり続けた」。さらに、郭氏のしたたかな交渉術によりシャープや銀行(シャープの後ろ盾)が不利な条件を飲まされていった、とあります。偶発債務とは、いまはよくとも将来出てくる恐れのある業務上、あるいは資産の瑕疵のことで、買収側に損失を与える事項のことです。

   日経新聞の記事のスタンスは旧態依然で、私が常に批判する外資排斥論をベースにしているとしか思えない偏見に満ちたものです。私はホンハイの味方でもないし、外資礼賛者でもありません。ただM&Aスペシャリストとして10年買収実務に携わった経験から、客観的意見を申し上げます。

 

  シャープはそれまでさんざん交渉したのに、調印のなんと前日に偶発債務リストを買収側のホンハイに提示しました。その額は驚愕の3千億円。これは「非常識きわまりない」ことです。ホンハイのテリー・ゴウがよくその時点で、

  「ふざけるな、もうやめた!」と言わなかったと感心するほどです。いや、きっと言ったのでしょう。その証拠にシャープの社長が翌日にはホンハイ中国本社まで出向き、土下座したようですから(笑)

  何で寸前まで隠したのか。私が想像するにそれは買収条件を詰めた最後に、売り手であるシャープの経営陣がサインする「表明保証」を見て経営者がビビったのだと思います。表明保証とは、買ったあとから隠れ債務などが出ては困るので、売り手側のシャープに「これ以上はもう何も出ないと保証しろ。もし出たら損害賠償しろ」という誓約書にサインさせることを言います。このこと自体はまったくもって当然のプロセスで、どのM&Aでも行われます。

   しかし、シャープの経営陣にとって売却は当然生まれて初めてだし、誓約書にサインするのはビビるにちがいありません。それで、「これはヤバい、いままでお化粧したり、出さなかったことも出さんといかん」ということで、それまでヒタ隠していたことを調印前日に出したのでしょう。

   シャープのアドバイザーも、真っ青になったに違いありません。何故ならその責任は不適切なアドバイスにあるからです。今回のシャープにように、ディールを破たんさせることが即経営破たんにつながるような場合、スケジュールを遅らせるようなドジを絶対に踏んではいけないからです。つまり経営陣に対してアドバイザーは初めから「最後に表明保証をさせられるから、ウミはあらかじめ全部出しなさい」と言うべきでした。それが調印寸前になるなど、非常識極まりないのです。

   今回のシャープの救済は、シャープに貸し付けをしている銀行団の救済でもあります。それがブレークしてしまうと、銀行団も一蓮托生です。結局そうした不始末が、ホンハイ側に有利な状況をつくりだしたことは間違いありません。

   新聞記事などにはもう一つ的外れなことが書かれています。それは、「結局ホンハイの買収額は、産業革新機構の提示額と同じくらいになってしまった」という記事です。

  そんなことは絶対にない。

  もし産業革新機構側も、3000億円もの偶発債務リストを示されていたら、価格を引き下げるに決まっているからです。

 「ホンハイにしてやられた」とか「価格が日本側の提示額になってしまった」とかの記事には、あきれる以外にありません。

   いったい記事を書く記者やチェックする編集者の頭の中はどうなっているのか、覗いてみたいものです。マスコミなども、しょせんガラパゴスに暮らすトカゲなんでしょうね。

  そんな日経にも一言おほめの言葉を差し上げます。本日の3面にはコラムがあって署名入りの小さな記事があります。その見出しは「外資傘下 怖がるな」という見出しで、日産、ゴーンの経験を出していて、書かれた内容も評価できます。

   相変わらずの辛口コメントでした(笑)


  一言、解説を付け加えます。ここでは便宜上シャープの経営陣を売り手と書いていますが、経営陣は厳密には株主ではありませんので、売り手でもありません。今回の買収は、厳密には既存の株式の買収ではなく、今の株価でホンハイがシャープの増資を引き受け、ニューマネーをシャープに入れるものです。でないと救済になりません。株価が安くなれば同額でも出資比率は上がります。つまり出資額を1千億円減額しても、隠れ債務の公表で株価が下落したので、ホンハイの出資比率は保たれることになります。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大丈夫か日本財政 その5 財政破たん派、どこが間違っているのか 3

2016年03月29日 | 大丈夫か日本財政

    「大丈夫か日本財政」のシリーズは、1月25日の記事で4回まで進んでいました。すみません、その4、とすべき連番がその3になっていましたので、今回はその5です。

  ところが、クロちゃんのマイナス金利導入と、その後の世界の株式暴落で、マイナス金利に関するミニシリーズとアメリカは大丈夫かのミニシリーズに逸れてしまいました。

   今回から大きなテーマである「大丈夫か日本財政」に復帰します。まず、これまでのレビューからです。

   最初に、私が過去に示した日本財政破綻のメインシナリオは2つあるという話から始まりました。

 「円安シナリオ」と「 政府債務の家計資産超過シナリオ」です。

  これら2つとも、いまのところ深刻な様相からはほど遠く、財政問題は忘れ去られているような状況です。いったいどこが見込み違いだったのか。2つのうち政府債務についての話題からスタートしました。そのシナリオを図式すると、

  貯蓄率低下+高齢者増加で家計の金融資産減少⇒

  国債ファイナンス不能⇒日銀の国債大量買入れ⇒ハイパーインフレ

  このうちまず前半について、以下の見込み違いが生じていると説明しています。

見込み違いその1.貯蓄率低下と高齢者増加でも家計の金融資産は減少しなかった

日本の家計の貯蓄率は順調に低下しています。そして高齢者数も増加していますが、それが金融資産の減少にはつながっていません。保有株式の評価益や、外貨資産の為替評価益が出ていることもありますが、なんといっても「高齢者が長生きをリスクと捉えて、お金を使わない」ことにあると申し上げました。日本の高齢者は100歳になった「きんさん、ぎんさん」が、「おカネは老後に備えて貯める」と言って失笑をかったのが、いまだに続いています。

  きんさん、ぎんさん世代とは違い我々団塊の世代は、元気に生きているうちにもっとお金を使って楽しむものだ、と私は勝手に思っていました。それが大間違いだったわけです。オマエは楽しみすぎだ、という声がどっかから聞こえました(笑)。

  その理由はおカネのない若い世代と同じで、国の財政状況や日本経済の行く末に不安を感じていて、とても使う気になんかなれないのだと思います。


   では、図式の後半部分です。

国債ファイナンス不能⇒日銀の国債大量買入れ⇒ハイパーインフレ

これにも見込み違いが生じています。

見込み違いその2.国債ファイナンス不能とはならず、むしろ国はマイナス金利で国債発行ができている。日銀の異次元の緩和でも、たった2%のインフレにすらできない

  日銀が自らの金融政策の一環で、国債を大量に買入れています。それにより金利は上がるどころか大きく低下し、10年物長期金利までマイナスになってしまいました。

   本来禁じ手である中央銀行による財政ファイナンスを、日本市場も海外市場も当然の政策と捉え、ここまではリスクという認識を持たなかったのです。ただしこれは、「ここまでは」という注釈付きです。これからもずっととは、かぎりません。

   現状の日本経済の低迷を見て多くのエコノミストなどは、盛り上がりに欠ける日本経済を刺激するには、さらに日銀がマイナス金利を強化するか、政府が財政出動すべきだと言い始めています。それにプラスして、来年4月に予定される消費税値上げを延期すべきだとも言い始めました。

   それらの手段のいずれもが、深刻な財政問題を一顧だにせず、日銀の爆食にまかせれば金利の上昇などない、という楽観論からです。

   中央銀行が国債金利を強引にでも低下させれば、本当に問題はないのでしょうか。

そんなことは絶対にありません。きっぱりと言っておきます。

   次回は問題の核心に触れる解説を試みます。

 つづく

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカは大丈夫か?  その4 まとめ

2016年03月26日 | アメリカアップデート

  アメリカでは今週3人の地区連銀総裁が、早期利上げを示唆しています。今年に入って、利上げはないかもとか、年1回、あっても2回というような予想に後退したのを真っ向から否定し、次の利上げの布石と思われる見解を述べています。理由はコアインフレ率の上昇です。

   先ごろ発表された2月のアメリカのコア物価指数は前年比で2.3%の上昇。1月の2.2%を若干上回りました。雇用が堅調なのは言うまでもないことですが、それが賃金上昇につながりはじめ、いよいよ本丸の物価にジワリと来ている。

  地区連銀総裁連中は、それが本格的インフレにつながらないよう、あらかじめ金利を正常化しておく必要がありそうだ。3月のFOMCでいったん見送った利上げを次の機会でいきなり行うと、また市場が荒れる可能性があるので、牽制球を投げておこう。そう考えて利上げ示唆発言につながっているのだと私は思っています。

  昨年末私は今年のアメリカについて比較的楽観的な見通しを述べました。ところが年初以来、雇用を除くとあまり芳しくない指標が発表されたことを受け、2月には世界の株式市場も暴落し、あたかも世界はアメリカの利上げにより大不況を迎える恐れが出てきたという見通しが横行しました。

   しかしアメリカの実体経済は強さを維持し、そうした大不況論はたった1か月で大きくトーンダウンしています。私はいつも長い目で経済を見ていますので、そうした目で見ると現在の様子はどのように見えるかを以下にお示しし、それをもって「アメリカは大丈夫か?」のまとめにしたいと思います。

   話は7-8年前にさかのぼります。08年のリーマンショック後に世界経済は奈落の底に落ち、「アメリカにも失われた10年が来る」、ということを世界のエコノミストのほとんどが唱えていました。

  私は一貫して「アメリカに失われた10年など来ない」と言い続けました。11年に書いた著書の137ページにはそのことが記されています。そのころはたとえ回復してもそれは一時的で、これからリーマンショックの後遺症が延々と続くといわれていました。しかし09年に大底を打ったアメリカ経済はその後順調に回復し、ここまで5年以上もの間成長が維持されてきました。2四半期連続でGDPが前年を下回るとリセッション入りという定義にあてはめると、そうしたことはありませんでした。

   好調さの象徴である失業率も最悪の10%から、自然失業率だと言われる6%を突き破り、まさかの5%割れを達成。普通なら景気をちょっと冷やす必要があるというところに至っています。

   一方、物価だけは世界的に上昇機運がありませんでした。中国経済をはじめアメリカ以外のスローダウンから国際商品相場が低迷を続け、力強さに欠けていたからです。それでも景気全体を見ればアメリカ1国は堅調だったため、一昨年10月に量的緩和を終了。昨年末には最初の利上げに至りました。

  利上げしたとたんに世界の株式相場が暴落したため、「利上げは間違いだった」とか、「おかげで世界は不況に突入する」というような悲観的トーン一色になりました。

   かつてBRIC’sと言われ、もてはやされたブラジル、ロシア、インド、中国がものの見事に失速し、世界経済の足を引っ張る側に回っています。そこに日本の不調や欧州の政治的不安、その他新興国全般のスローダウンにより、世界不況論が力を得たのでしょう。

   このような長期視点から見ると、私には「アメリカはたった1国で、よくぞけなげに世界を支えているな」と見えるのです(笑)。

   とは言え、景気とは循環するものです。5年も回復が続けば当然疲れが出てきて一休みするくらいは当たり前です。アメリカに限ってみればそれは単なる景気循環です。アメリカの利上げ発、世界的大不況の始まり、なんかではありません。大不況論者もここにきてだいぶ論拠を失いつつあるようです。

  それでも世間がアメリカの大きな不安な要素として挙げているシェール関連産業について、2回にわたり解説をしました。

 「アメリカは大丈夫か?」シリーズ、

 その2.シェール関連企業のジャンクボンドは、規模から言っても投資家から言ってもサブプライムのような大問題には至らない

 その3.シェール関連企業が続々と破たんしてもチャプター・イレブンに入ってリハビリの上復活してくるので、インダストリーとしてはしっかり生き残る

   一番心配されたことも、実はたいしたことはないのです。皆さんからのコメントはOwlsさんの納得できたというコメント一つでしたが、他のみなさんもこの解説についてはある程度納得されたのではないかと勝手に解釈しています。

   アメリカに大きな不安材料などありません。その中で3月のFOMCは、利上げを見送りました。その議事録に書かれていた主な見送り理由は、アメリカ経済に内在するリスクではなく、世界経済の停滞リスクでした。トランプ氏が大統領になるというリスクを指摘する人もいますが、私は彼が大統領になることはないと思っています。

   ということで、「アメリカは大丈夫か?」

   はい、大丈夫です!

   次回からは、「大丈夫か日本財政」にやっと復帰します(笑)

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカは大丈夫か?  その3 シェール関連企業の行く末

2016年03月23日 | アメリカアップデート

  ゲーリーも帰ったようですので、アメリカの話に戻ります。

   その1では、短期の株式や為替相場の上下動ばかりに気を取られると、先行きを見誤る可能性があるということを指摘しました。

   その2では、原油価格の下落がアメリカ経済にマイナスの影響を及ぼすという、これまた相場の反応でしかないことに気を取られると、本来のメリット・デメリットの計算を間違えるという指摘をしました。そして様々な憶測が流れているシェール関連企業のジャンクボンド市場の崩壊が、まるでリーマンショックの再来だという意見を、数値でそんな大きなものではないと示しました。さらに、そもそもジャンクボンドとは、デフォルトする可能性が高いからジャンクだ。投資家はそれを知っていて、あえて買っているジャンク投資家だから、政府は救済などしないし、経済全体がおかしくなるほどのことはないと申し上げています。


   今回は、それでもシェール産業はアメリカにおける有望な新産業で、それもエネルギーという極めて重要な分野のため、もしシェール関連企業が続々と倒産を始めたらいったどうなるか、私なりの分析をしてみます。

   アメリカ企業の破たんの処理方法として、ご存知のかたもいらっしゃると思いますが、「チャプター・イレブン」という法律があります。倒産企業の多くは、典型的にはそこに入りこむことになります。

  チャプター・イレブンは日本語訳では会社更生法となっていますが、むしろ企業再生法というべき色彩の強い法律です。それが適用されると言うことは、逃げ込む場所ができたということなのです。

   例えば世界的大航空会社であるノースウェストなどは、私が覚えているだけで3回はチャプター・イレブンに入っています。それにより債権者からの追及を免れ、再生が果たせそうだというところまで債務を削減してもらい、見事カムバックというパターンを繰り返しています。ノースは今ではデルタ航空と合併し、新デルタ航空になっていますが、そのデルタでさえ08年にはチャプター・イレブンのお世話になり、その後再生しました。

  アメリカと日本の破たん処理の決定的差は、再生可能であれば救いの手が伸びてくるかこないかです。日本でもやっと再生法でその芽がでてきましたが、それまではとにかく完膚なきまでに倒産企業からみんながむしり取るというやり方が横行していました。

   シェール関連企業は、原油価格が上昇してくれば簡単に再生が見込めます。そこまでチャプター・イレブン入りして時間的猶予をもらう。その間、新技術を導入し採算分岐点、ブレーク・イーブンを下げ、ちょっと価格が上昇すれば利益を出せる体質の企業にしておく。こういう経路を経るのが一つ。

   あるいはシェール企業同志がデルタ・ノースのように合併しコストを下げ、ファンドの支援などで再生するという経路もあります。

   今一つは、企業としては解体するが、採掘権や設備を大手の石油企業などが二束三文で買い取って事業だけ引き継ぎ、安いコストで生産を始める。その二束三文だけは債権者に配分されます。かなり手荒いやりかたです。

  要するに、シェール関連企業が破たんしまくったとしても産業全体として見ればしたたかに生き残り、サウジが目指すインダストリーの壊滅などには至らないのです。再生までには時間がかかり、その間は従来からの中東産油国などが一息つけるかもしれません。しかし一息ついた結果価格が上昇したとなればすぐまた生産を再開、シェール産業はインダストリーとしての消滅などないのです。

   こうした石油供給の調節弁の役割を果たす生産者をスイング・プロデューサーと呼びます。かつてOPECの全盛時代、最大の生産国であるサウジがその役割を自らの意志で果たしていたことがあります。サウジは生産量がダントツに大きかったため余裕があり、価格が低下すると他国が追随しなくとも自ら供給を絞り、供給を調節する弁になっていました。今後はシェール産業全体が、自身が望まなくとも破たんによりその役割を果たす可能性があると私は見ています。

   ということで、アメリカのシェール関連企業は、サウジなどがいくら価格を低下をさせて倒産させたとしても、そんなものは仮の倒産でしかなく、価格が上昇すればすぐに戻って生産を始める。そしてそれが繰り返されるたびにテクノロジーの進化により、強靭になって帰って来る可能性が強いと私は見ています。

   そうこうしているうちに原油価格は最低レベルよりすでに5割近く値を戻しています。その上、強硬姿勢を取り続けていたサウジなどのOPEC諸国に加え、ロシアまでが増産停止に向け協議をするという新たなステージを迎えました。ミイラ取りがミイラになる前に、自ら痛手を負った傷の手当を始めたのです。

   だからといって原油価格はOPECやロシアが我が世の春を謳歌した100ドル前後のレベルなどには戻りようもありません。今後はお互いに青息吐息ながらも生き延びる程度の生産量をキープし、価格の大きな上昇のない、つまり消費国側有利な状況が続くと私は見ています。

   最後にもう一度申し上げますが、最近の株式相場は原油価格の下落とともに下落しますが、そんなものは過剰反応で、消費国にとって原油価格は安いほどいいのです。OPECやロシアからエネルギー供給の主導権を奪ってくれたシェール産業に、みんなで感謝しましょう。

   次回はすでに私が解説するまでもなく、なんとなく影の薄くなった「アメリカは大丈夫か?」のまとめです。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マイヒーローとともに過ごした2日間

2016年03月21日 | ゴルフ

  とつぜんですが、みなさんにはあこがれのヒーローっていますか?

   私は中学生のころ、自分がまだゴルフもしないのにテレビのゴルフ番組が好きで、ゲーリー・プレーヤー、アーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウスという世界のビッグスリーが争う、「ビッグスリー・ゴルフ」をよく見ていました。その中で、南アフリカのゴルファー、ゲーリー・プレーヤーが好きでした。他の二人に比べて体の小さい彼が大柄のアメリカ人に対等に渡り合う姿を見て、日本人として親近感を抱き、あこがれを抱きました。社会人になってゴルフ好きとなったきっかけだったのかもしれません。

  ゲーリー・プレーヤーはゴルフの4つのメジャー大会にいずれも優勝し、グランドスラマーと呼ばれる最高の栄誉に輝いています。歴史上いまだにニクラウス、タイガーなど5人しか達成していません。

  そのあこがれのヒーローに直接会うことができて、しかも通訳を務めるという役割が降って沸いたらどうしますか。2週間ほど前にその依頼が突然訪れ、私は自分の英語力も顧みず、「もちろん、やります」と言ってしまいました。

   仕事の一日目はサントリーホールのセンターステージで彼のスピーチの通訳。二日目は歌手のエンヤさんと一緒の記者会見での通訳です。2つとも台本などなにもないため、ぶっつけ本番です。

  何でそんなことになったのか。舞台は「Support Our Kids」というタイトルの付いた4日間のチャリティー・イベントで、東日本大震災で被災した子供たちを支援するチャリティー・プログラムです。日本が大好きなゲーリー・プレーヤーはそうしたチャリティー活動を世界で行っていて、今回は震災後5年の節目でチャリティー・ゴルフをするために来日していたのです。

   私が通訳を依頼されたのは、知り合いで日本有数の通訳会社の代表の方からです。何故私に白羽の矢がたったのか、詳しくはわかりませんが、きっと私なら食いつくと思ったのかも知れません(笑)。

   一昨日、サントリーホールではチャリティ・コンサートが開かれました。被災地の中学生のコーラス、注目の若手バイオリニスト服部真音、チェリスト水野優也、そしてMCは木佐彩子アナウンサー。

ゲーリーは主催者の一人として、冒頭に挨拶する役割でした。もう一人は衆議院議員の竹下亘氏です。ゲーリーと私は舞台の袖で待機して、木佐MCに呼ばれドアが開き舞台に登場する。ふだんよくコンサートで訪れるホールなので、大勢の聴衆がいるあの舞台に、ゲーリーと一緒に自分が出ていくことなど想像もできませんでした。

   私の得意技は、物おじしないこと。おかげでドキドキすることもなく彼と一緒に舞台の真ん中に立つことができ、彼のスピーチが始まりました。彼はまずチャリティーに集まっていただいたみなさんに感謝の言葉を述べると、すぐ5年前に見た津波の映像の話に移りました。

   津波に流される家の屋根の上で犬を抱いたおじいさんが助けを求めていた、あの誰もが見覚えのある映像の話です。おじいさんと犬は救われ、安全な場所でインタビューに答え、震えながらこう言ったというのです。「大丈夫、犬も私も。大変な目にあったけど、こんなことには絶対に負けない。必ず復興してみせる」。

  日本好きなゲーリーはそのおじいさんの言った言葉が忘れられず、すぐに被災者に支援をしようと決心したそうです。その後も感動的な話が続きました。

   会場はスピーチの最中もそして終わったときも、感動の嵐でした。後で観客の方から主催者が聞いた言葉は、「通り一遍の挨拶ではなく、とても感動的な話だった。ゲーリーの感情こもった話を通訳がそのまま伝えてくれたのがよかった」、とのこと。それを聞いて私も嬉しかったし、役目を果たせほっとしました。

   ゲーリーはコンサートプログラムの一部で歌った、南相馬市の中学生のコーラス・グループの控室を訪れみんなと話し、一緒に記念撮影をしました。彼は被災にも負けない彼女らの美しい歌声、あまりにも元気な姿に、あとで涙しながら、「こんな感動的なコーラスは、初めてだよ」と言っていました。

   二日目は記者会見とTVインタビューです。私は記者会見での通訳が役割と聞いていたのですが、突然通訳の配役が変更になり、TV収録の通訳もやってくれとのこと。プロでもない私がと思いながらも、お願いしますと言われ、15分ほど日本語のインタビュアーとゲーリーの話の通訳をしました。込み入った質問が多いため、サントリーホールのステージよりも緊張して通訳をしました。

   その後の記者会見はアイルランド人の歌手で、80年代終わりから90年代に一世風靡したエンヤさんとニュージーランド大使の3名が壇上に並び、それぞれ5分ほどのスピーチと質疑応答が行われました。

   質疑応答が終わり写真撮影タイムになったとき、80歳のゲーリーが突然エンヤさんをお姫様ダッコして、みんなを驚かせました。彼はダッコしながら、「私は今でも毎日ジムに通っています。まだまだこの会場の誰にも負けないと思うよ」と冗談を言って、数十人の記者とカメラマンを笑わせていました。エンヤさんは最終日のディナーショーで歌うことになっています。

   そして「マスターズでの名誉スターターは何歳までされるのですか」という記者の質問に、「100歳になってもだよ!」と答えていました。

   ということで、通訳仕事はなんとか無事終了しました。

   しかし実はさらに面白かったのはゲーリーの控室での彼との会話です。ステージに上がるまでにかなり時間的余裕があり、彼の息子さんでマネージャーをしているマークも一緒に雑談をしていたときです。彼から私に仕事の質問があり、「以前は投資銀行にいたけど、今は個人で資産運用のアドバイザーをしている」と答えると、いきなり彼が、

「今は何を買ったらいいんだ」と質問してきました。

   私が、「こんなに世界が混乱しているときは、何も投資しない方がいいですよ。したとしても超安全な資産だけですね」と答えると、

 「じゃ、金か?それともダイヤモンドか?」

私「いや、金もダイヤもプライスの変動を読むのは難しいです。あなたの国で取れるダイヤも、最近デビアスでさえ苦しくなっていますからね」。

(注;デビアス社は世界最大のダイヤモンド取り扱い会社で、世界の価格を支配していると言われる)

 「じゃ、どうしたらいいんだ」

私「どうしてもと言うなら、世界で一番安全なアメリカ国債です」

 「えっ、アメリカは借金漬けだろう」

私「いいえ、日本に比べれば全く問題ありません」

 「日本はそんなにひどいのか?」

私「はい、かなり。国の借金とGDPを比べると、日本の借金はGDPの2.3倍。アメリカはわずか1.3倍です」

 「でもアメリカは大丈夫か?リーマンショックみたいなのがあったし、テロや大統領選挙も」

私「それでも世界で最も強い軍隊を持ち、テクノロジーでは世界をだんぜんリードしていますよ」

 「うーん、そうか」

  ここで意外にも私に助け船を出してくれたのが、ゲーリーの息子さん、マークでした。

  マーク「うん、なるほど。小金を賭けるなら別だけど、1ビリオンどうするかって言われたら、たしかに今の世界じゃ安全な米国債以外は買えないな」

「お前もそう思うのか。なるほど」

   その後ゲーリーは、「日本は安全だし、きれいだし、いいもの作っているし、どうかな」というので私は、「それとこれとは違います。GDPは伸びないし人口は減り、国の借金は増える一方です」と数字を並べながら説明しました。すると彼も最後は納得したようでした。

   いやー、まさかゲーリーと資産運用の話になるとは夢にも思いませんでした。でも私にとってこの二日間はヒーローに出会え、何時間も楽しく会話を交わすことができた、夢のような2日間でした。

   改めて、私に声をかけていただいた方には感謝いたします。それとともに、通訳の評判を落としてしまったとしたら、申し訳ありません。この場をお借りして・・・、いや、私のブログでした(笑)。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする