ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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不気味なほど静かだった金融市場と平穏無事な経済動向 その11 欧州経済⑤

2015年06月26日 | ニュース・コメント

  ギリシャ問題は依然として決着できずに市場の不安定要因のままです。25日がヤマ場のはずが、27日に先送りされました。チプラス首相は相変わらず悲劇の主人公を演じ続けていますがさてどうなるか、週末には決着するはずですので、それを高見の見物といきましょう(笑)。


  繰り返しになりますが、私の見方は変わりません。何らかの妥協、先送りの案を双方が飲んで本当の解決には至らないがデフォルトは避ける、というものです。そしてよしんばギリシャがデフォルトを選択したとしても、09年から11年にかけての事態とは異なり、他のユーロ圏には波及せず、市場はさほど動揺しないと見ています。


   前回の記事は、ECBの緩和策が大規模な量的緩和にまで踏み込んだが、インフレ率は若干上向きになった程度で、まだまだ安心はできない。しかしGDPは四半期ごとに改善していて、意外にもその改善はこれまで劣等生とみられていたスペインとイタリアが貢献しているということでした。

   では今後をどう見通すかが今回のテーマです。

   私は量的緩和がユーロ安にも貢献し、各国とも雇用が改善しつつあるため、ユーロ圏の経済は最悪期を脱し回復期に入りつつあると見ています。雇用の改善と物価の落ち着きは個人消費を増加させ、今後のユーロ圏経済は比較的安心して見ていられる段階に入ると見ています。

  ドイツの金利上昇は大幅低下の反動もありますが、そうした回復の反映だと思います。そしてギリシャ問題が最悪の事態に至っても、ユーロ圏の回復に大きな影響はないと見ています。もちろんその瞬間は通貨ユーロと株価は暴落することもあるでしょうが、むしろそれは買い場を提供することになるでしょう。

   経済が回復しつつあるユーロ圏ですが、通貨ユーロは長期的に見て投資に値する通貨かどうかを見てみましょう。私のブログのテーマには為替のバクチは入っていませんので、あくまでスコープを長期投資に限定します。

   ちょっと歴史を振り返ります。欧州連合が生まれたそもそもの理由は、ユーロペシミズムとまで呼ばれた欧州諸国の長期低迷からの脱出でした。計画段階から実行までは弱者連合と言われましたが、通貨ユーロの導入は世界経済の地図を塗り替える強烈なインパクトを持ったと思います。

   私は債券の専門家ですので、世間で一般的に語られる株式投資の世界からの見方とは別の見方をみなさんにお示しします。世界標準の投資の考え方とは、債券の世界の考え方が基礎だということも、是非みなさんにも勉強していただきたいのです。

   まず世界の金融商品を株式と債券の2つに分けると、債券の方が株式の時価総額より大きいことを理解してください。日本を考えても株式の時価総額約600兆円に対し、債券の時価総額は国債の800兆円を含めて1,330兆円です。

  ここからはドルベースになりますが14年末の数字で、アメリカは株式26兆ドル、債券36兆ドルとやはり債券が大きいのです。そして日本を含む世界全体は株式64兆ドルに対して、債券は82兆ドルです。2010年に私が著書を書くために比較した時は債券が株式の2倍でしたが、その後株式価格の上昇が効いて差は1.3倍にまで縮まりました。

   突然ですが、投資家にとって運用で一番大切なことは何でしょう?

   たびたび申し上げるようにそれは対象資産の『流動性』です。株式の投資家は流動性について考慮が不足していますが、債券の世界では流動性がすべてなのです。それは例えば株式の世界ではトヨタの上場株はすべて同じですが、債券は同じトヨタでも上場債は少なく、何年発行、何年償還で細かく再分化され、よほど大きな発行額でないと取引がなく流動性を保てないのです。

   元に戻りますが、流動性の大小はまずは発行通貨の大きさによります。欧州諸国がマルクだフランだリラだと分かれていると、各々の通貨量は小さいため、そもそも通貨そのものが流動性に欠けるのです。投資家から見ると流動性に欠ける通貨はボラティリティが大きく、つまり変動リスクが大きいので投資を避けるようになります。それがユーロという一つの通貨になると一気にドルに次ぐ巨大通貨市場が生まれ、巨大さゆえ大きな流動性を備えることになります。流動性はコストの低下に直結します。実需の為替取引しかり、株式や債券の取引もコストが低下し、発行体にとっても投資家にとっても大きなメリットになるのです。そこで通貨ユーロはスタートから世界の投資家に大歓迎を受けたのです。

  こうした説明はユーロの誕生時に欧米では当たり前にされたのですが、日本では全く見られませんでした。債券が日本では投資対象としてまともに認識されていないため、世界標準の投資基準の重要性を誰も気に留めないからです。

   通貨ユーロは金融市場で最も大切な流動性を担保する意味では、極めて大成功した例なのです。

つづく

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不気味なほど静かだった金融市場と平穏無事な経済動向 その10 欧州経済④

2015年06月23日 | ニュース・コメント

  ギリシャ問題がいよいよ大詰めを迎えています。私はこれまで同様、決定的事態には至らず、歩み寄りと先延ばしをしながら妥協案をさぐるに違いないと見ています。

  昨日6月22日の欧州首脳会談ではギリシャ側が遂に歩み寄りの姿勢をみせました。これ以上の緊縮策はありえないと豪語していたチプラス首相とバルファキス財務相が譲歩案を出し、それを25日に再討議するとのこと。それを受けて欧州の株は軒並み大幅高となりアメリカ株も上昇し、一山越えたかにみえます。マスコミの報道も危機を煽るだけから変化し、妥協の可能性を報じています。

   どうやら「国民が望まないユーロ離脱などできっこない」という私の見通しは正しかったようです。さすがにギリシャ悲劇の主人公達も、国民が銀行から預金を引き出していることに危機感を抱いて、これ以上のハッタリは無意味だし危険だと気付いたのでしょう。ギリシャ国民も威勢のいいチプラス氏に政権を渡したものの、デフォルトの可能性が刻一刻と近づくと、さすがにヤバイということに気が付いたのでしょう。預金の引き出しで政権に牽制球を投げたのです。

   こうした中である方から「もし両者が妥協せずにギリシャがデフォルトをしたら、いったい世界の金融情勢はどうなるのか心配だ」という質問をいただきました。心配の理由は09年のギリシャ危機がイタリアやスペインなどに波及したので、今回もそうした波及が心配だとのことです。

   その質問が来ることを予想していたわけではありませんが、前回は欧州連合の中では劣等生だったイタリアとスペインの状況を見てみました。かつてPIGSと言われた劣等生仲間でもイタリアとスペインはギリシャと違い、このところだいぶリカバリーに向けて動き出しています。そしてその理由は何と言っても欧州連合の勧告に沿った緊縮策を実行してきたことによるとお伝えしました。イタリア、スペインは09年の時とは決定的に経済財政状況が違うため、今回はギリシャ問題のEU内波及は心配いらないと私は思っています。その証拠にイタリアとスペインの国債金利は落ち着いたままです。


   では今日の本題に入ります。まずユーロ圏全体と主要国ドイツ、フランス、それに前回のイタリア、スペインを加えて現状を俯瞰してみます。昨年後半から四半期ごとの成長率を並べてみます。Q=四半期

        14年       15年       GDP成長率(%)

         Q3    Q4       Q1

ドイツ      0.1    0.7        0.3

フランス     0.2    0.0        0.6

イタリア     ▲0.1   ▲0.0    0.3

スペイン     0.5     0.7        0.9

ユーロ圏     0.2     0.3      0.4

 

   こうして見ると盟主ドイツは行ったり来たりしながらもプラス圏を保ち、フランスも行ったり来たりしながら数字はドイツと反対に動いてバランス役を務めています。各国はまちまちに動いているものの、一番下のユーロ圏全体としては昨年の第3四半期から少しずつですが、回復していることがわかります。

  その要因として挙げられるのが12年9月に欧州中央銀行ECBにより開始された短期国債の無制限買い入れ策や、14年9月からの大幅利下げと資産担保証券の買入れです。それらにより成長率は徐々に高まったものの、インフレ率の低下に歯止めがかからず、今年の3月からECBはFRBや日銀同様の量的緩和策QEを導入しました。毎月600億ユーロ、約8兆円もの資産を16年9月まで継続購入するという本格的な量的緩和策です。それらにより昨年後半から徐々に回復傾向が出てきています。


   では、ECBの政策効果を大事なインフレ率の面から見てみましょう。同じく国別とユーロ圏全体で四半期ごとにみてみます。

       14年        15年       インフレ率

        Q3    Q4       Q1

ドイツ     0.8    0.4        ▲0.1

フランス    0.5    0.3        ▲0.2

イタリア    ▲0.1    0.1    ▲ 0.1

スペイン   ▲0.4   ▲0.6      ▲0.1

ユーロ圏    0.4     0.2       ▲0.3

 

   物価は成長率とは違って、徐々に低下してきています。おおどころのドイツとフランスが低下傾向にあり、全体の足を引っ張っています。そのため今年の第一四半期にはユーロ圏全体がマイナス圏に沈みました。経済の低成長もさることながら一番の原因は昨年秋以降の原油価格の下落です。しかし月ごとに追うと4月の物価指数は水面上に浮上しました。今後はQEによるユーロ安も物価にプラスの影響を与えることと、原油がすでに下げ止まっているため、これ以上の物価の低下は防ぐことができそうです。

 つづく

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不気味なほど静かだった金融市場と平穏無事な経済動向 その9 欧州経済③

2015年06月17日 | 米国債への投資

  アベチャンの街に待った3本目の矢、成長戦略の概要が出て来ました。株式市場の反応はいまいちで、NY株が上昇しているにも関わらず今日は下落して終わりました。安倍政権発足後半年目で出された3本目の矢には、市場が暴落で応えたのをみなさん覚えていらっしゃるでしょうか。私はその後何度か3本の矢の評価をこのブログで書いてきました。3本目の矢である成長戦略については、政権成立後半年・1年経ってロクなものが出てこないのに、2年半経ったら出てくると思ったら大間違いだと言い続けて来ました。これまで金融・財政の無茶な政策も、3本目の矢が成功することですべては払拭され、メデタシ・メデタシとなるはずでしたが、その矢がまさかのハズレに終わりそうです。この話題は別の機会に譲り、欧州の3回目に入ります。

 

  欧州編第1回目で申し上げたように欧州に関する私の問題意識は、個別の国がどうという話ではなく、以下の様な大きくかつ長期の視点に立ったものです。

 ・ギリシャ問題を抱える欧州動向は世界の経済・金融市場にどのようなインパクトを与えるか

・ドイツの金利が上昇していることをどう見るか

・通貨ユーロは投資に値する通貨か

   2回目ではギリシャ問題を取り上げました。そして私はギリシャとEU欧州連合の問題は、アメリカ財政における議会と大統領のつばぜり合いと同じで、最後まで突っ張り合ったままでもデフォルトに至ることはなく、肩透かし程度の解決になると申し上げました。現時点では6月末にはかなり危機的状況になりそうだと報道されていますが、私の見方は変わっていません。きっと根本解決には至らない何らかの妥協点を見出してやり過ごすことになるだろうと思っています。

  それが当たっているとすると、このギリシャ問題はいつまでも幕が下りない悲劇だということになります。国民は緊縮財政による締め付けを嫌っていても、実はEUからの離脱や通貨ユーロから離れることを望んでなどいません。自主独立する実力がないことを分かっていてダダをこねているのです。そのためこの問題は今後も尾を引きます。いっそ離脱でもしてしまえばEUとしては一時的混乱だけであとはすっきりするのですが、そうならないのがこの問題だ、というのが私のギリシャ問題に対する見方です。

  

  ではこれまでたびたび問題児とされてきたイタリア、スペインを見てみます。最近の両国はある程度リカバリーしつつあります。個別の国にはなりますが、欧州の大どころだし、将来の日本の参考にもなるので、やはりちょっと見ておくことにします。

   これらの国は09年から始まった欧州危機第一弾では国債金利が暴騰し危機的状況に至りましたが、EUの支援でとりあえず最悪の事態は乗り切ることができました。ギリシャと違うのは、支援側のEUに正面切って逆らうのではなく、言うことを聞き妥協をしながら破綻を回避したことです。

  特に失業率が高く、不動産バブルの後遺症に悩んでいたスペインは、13年第4四半期からGDP成長率がプラスの圏内に入り初め、14年は順調に回復。今年の第一四半期もプラス0.9%と欧州の中ではドイツの0.3%やフランスの0.6%よりも高い成長率を示しています。失業率も13年に26%台だったものが、今年の第一四半期には23%台にまでわずか3%とは言え下がりました。しかし若者の失業率は相変わらず50%を超えていて、問題解決には程遠い状態です。

   スペインの成長はそれまでの不動産投資主導から経済構造を改革し、個人消費主導に移ったことによります。その裏にはインフレがおさまり、デフレ的になって実質購買力が増したということと、失業率の低下が購買力を増やす好循環が出てきたことによります。しかしデフレは当初はよくとも、今後は逆に経済をスローダウンさせかねないため、まだスペイン病からは回復したとはいえません。金融機関の不良債権も依然残っていますので、かつての日本病にかからないよう注意が必要です。

 

  一方イタリアの成長率は14年中はゼロから若干のマイナスが続いていましたが、15年の第一四半期にやっとプラスの0.3%に浮上しました。失業率はスペインの半分ですが回復は遅れました。厳しい緊縮財政が一因です。しかし財政再建の目途が立ったおかげで、今後はある程度の安定成長が見込まれます。なんといってもそれまでは緊縮一方だった財政が、「増やしてもよい」とEUからお墨付きをもらえるところにまで至ったのです。どこぞの国のように再建が最も必要な財政に目をつぶりバラマキを続けると、国民が国家破綻に備えて防衛行動に走るという悪循環に陥り、抜け出すことができません。元キリギリスだったイタリアは、アリさんドイツの指導のもと財政再建に目途がついてきたのです。

  そしてそれを後押ししたのがユーロ安による輸出の回復です。そう、イタリアはブランド王国です。中国のブランドバブル崩壊の影響をかなり受けていたのですが、ユーロ安により全世界に向けた輸出が回復し、貿易収支・経常収支ともに黒字が増えているのです。

   改革は財政だけでなく、労働市場でも大きな改革が進展しました。労働者には厳しい改革ですが、それにより失業者が大きく増えるようなことにはなっていません。そして政治の安定もあげておきましょう。少数政党が乱立し政権交代が年中行事であったイタリアに、安定政権の兆しが見えています。

  現在の首相レンツィは14年2月に若干39歳でフィレンツェ市長からいきなり首相に指名された人物で、連立政権ながらもかなり安定度が高いと評価されています。あのスキャンダルまみれの富豪ベルルスコーニ元首相などと比べれば天と地ほどの違いがありそうです。

   元々イタリアの改革は二人のマリオによって開始されました。イタリアではマリオ・モンティという首相が先頭に立って進めたのですが、このレンツィ首相もその路線を継いでいます。ちなみにもう一人のマリオは、欧州の超緩和政策を推進する欧州中銀のスーパーマリオ、マリオ・ドラギ総裁です。

   一方イタリアの野党にはやぶれかぶれではベルルスコーニに引けを取らない「五つ星運動」の党を率いるコメディアンのベッペ・グリッロがいて、緊縮路線を批判し一定の支持を得ています。緊縮拒否グループはいずれの国にもいて、移民拒否の極右政党と連携することもあり、決して侮ることはできません。

  にも関わらずイタリア国民が財政緊縮プランをある程度成し遂げたことで自信を深め、今後は経済の本格持ちなおしに進む可能性もでてきています。ドイツなど支援サイドの国は、こうしたEU内での成功事例を持ちだして、ギリシャの説得にかかっています。

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不気味なほど静かだった金融市場と平穏無事な経済動向 その8 欧州経済②

2015年06月09日 | ニュース・コメント

  ブログの議論が欧州に移ったとたんにギリシャ問題が深刻化しています。不気味なほど静かだった金融市場に暗雲が立ちこめているので、今回はこの問題に特化して私の考えをみなさんにお示しします。

   私はギリシャ問題についてこれまでいつも「世界が騒ぐほどの問題ではない。ギリシャがEUから離脱などできっこない」と言ってきました。そして実際にここまでギリシャ問題が世界を震撼させてはいません。何故そんなに自信を持って大丈夫だと主張できるのでしょうか。ゆっくりと解説します。

   ギリシャは今年1月に威勢のいい旗印を掲げて急進左派のチプラス首相が政権を取り、彼の指名したコワモテのバルファキス財務相と二人が債務問題の主役を演じることになりました。しかし「債務なんかぶっ飛ばしてやる」という政権公約と期限の迫る債務履行とのはざまで、実は二人は窒息寸前に追い込まれています。6月5日に予定されていたIMFへの3億ユーロを始めとし、6月中に4回の返済期限が来る合計16億ユーロの融資返済を月末まで延期してもらいました。

   EUはギリシャ政府に対して年金給付の削減などを始めとする歳出削減と増税による歳入増加で財政黒字化を求めてきました。そうした措置に国民が疲れ切っていたところに威勢のいいチプラス氏が出現、国民がそれに飛び付いて年初にチプラス政権が誕生したのです。

   この首相はIMFやEUの交渉窓口である欧州委員会に対してちょっとしおらしくしてみたり、今回のようにギリシャ議会向けに突然豹変して、「支援国の要求は不条理だ」と強気に出てみたりしています。今回の演説は欧州委員会の不興を買い、委員長と首相の間で予定されていた債務返済問題の交渉を拒否されてしまいました。豹変は国内での自分の支持基盤が危うくなったのでそれを回復するためで、こうした豹変はしょっちゅうです。そのたびに実は自分自身が支離滅裂になりつつあります。

   では強気に出ているチプラス首相とバルファキス財務相に何か切り札があるのでしょうか。

 

  4月8日にこの二人はロシアに行きプーチンに会って救済を求めました。しかし石油・天然ガスの価格暴落でロシアに余裕はなく、プーチンは会うだけ会って二人におみやげは持たせませんでした。二人にとって本当のおみやげは、プーチンに会ったこと自体だと私は見ています。つまり「欧州連合にソデにされたら、俺たちはロシア側に行くぞ」という脅しが切り札なのです。

   欧州にとってはウソをついてEUの加入基準を満たした困りもののギリシャなど、いなくなったら支援も必要なくなりせいせいとする存在なのですが、政治的・軍事的にはロシア側に行かれるのは好ましくありません。特に軍事同盟であるNATOにはギリシャは1952年から加盟していて、地中海の不沈空母の役割を果たしているからです。

   ではチプラスを支持した国民は今の状態をどうみているのでしょうか。私はこれまでいつも、「ギリシャ国民は通貨ユーロを捨て去ることなどできっこない」と書いてきました。もし昔の通貨ドラクマにでも戻したら、また長年の通貨切り下げとインフレに悩まされることになるからです。ちなみに1954年の新ドラクマ導入時に1ドル30ドラクマだった為替レートが、2001年にユーロに切り替わる前には1ドル400ドラクマと10分の1以下に切り下がっていました。そうしたひどい状態に国民は戻りたくなどないのです。

   欧州の交渉窓口である欧州委員会はどう見ているのでしょう。多分見方は私と同じで、「ドラクマになどもどれっこないし、ロシア側になどいけっこない」とみていると思われます。プーチンがおみやげを持たせれば別でしょうが、そうはしませんでした。きっとプーチンもギリシャの首相と財務相は取るものが取れればEUに戻ったままになるだろうことを見越しているのでしょう。EUもそうしたことを見越しているのです。

 

  つまり二人がギリシャ悲劇をどう大見えを切って演じても、そんなものは演技にすぎないことを見透かしていると私は思っています。なのでいずれは妥協点を見出す以外はない。もし悲劇が劇でなく現実になったら国民はしまったと思いチプラスとバルファキスの二人を追い出すことになります。

   これと同じ様な劇ってどこかで見たことありませんか?

   そう、アメリカの演目、「財政の崖」喜劇です。私が著書の中でもブログでも一貫して言っている「アメリカはデフォルトなんかしっこない」という例の喜劇。実はあれと同じ図式なのです。アメリカの喜劇とギリシャ悲劇、市場は最初は劇と見抜けずに荒れたりしていましたが、次第に学習効果が働いたのか、最近はいちいち大きな反応はしなくなりました。一部のエコノミストはギリシャ問題はいよいよ6月末に期限が来ると言い立てていますが、きっと肩透かしで終わると私は見ています。


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不気味なほど静かだった金融市場と平穏無事な経済動向 その7 欧州経済①

2015年06月06日 | ニュース・コメント

  昨日アメリカの雇用統計が発表されました。好調な数字に為替市場がきっちりと反応し、ドル円はNYで125円台後半をつけています。それには目もくれず(笑)、今回から欧州のお話しに移ります。まず私の問題意識から。

   私の欧州に対する問題意識は個別の国や欧州全体の経済動向がどうという一般的話題ではなく、撹乱要因、例えばギリシャ問題やドイツの金利上昇が世界の経済・金融市場にどのようなインパクトを与えるか、そして通貨ユーロは今後投資に値する通貨かというような部分が中心です。

   そして先走るようですが、このシリーズの最後のテーマは私にはちょっと重すぎる感じはしますが、ここまで金融緩和策を取り続けた日米欧3つの経済圏と世界経済が、アメリカの利上げで今後いったいどうなるか、ということを見てみようと思っています。←ほんとにできるか(笑)

   ではまず欧州経済を簡単に概観してみたいと思います。みなさんと一緒に最近の欧州のお勉強からスタートです。

 

  いつもなんとなく使っている「欧州」という用語ですが、本当は分けて考える必要があります。それは「欧州連合(EU)」という28カ国にまたがる大きな経済圏と、その中で通貨ユーロを使用する「ユーロ圏」19カ国です。ほんとはもう少し小さく分かれていて、モナコのように独立国でEUに属さないのにユーロだけはちゃっかり使うという国もあれば、フランス領ですがユーロは使わないニューカレドニアなどの地域もある、という具合です。しかし事が複雑になるし大勢に影響はないので、EUは28カ国、その中でユーロを使っているユーロ圏は19カ国としておきましょう。

   ユーロを使わない代表的な国は英ポンドを使うイギリスや、クローネなどの自国通貨を使用するスウェーデン、デンマークなどの国々です。イギリスはEUには属しながらユーロを使用していません。なのにキャメロン首相はEUに居残るか否かの国民投票を17年に行うと宣言し、先日の選挙の大きな争点にもなっていました。ではいったいユーロを使わないでEUにいるメリットとは何か?また何故離脱を検討しているのか?ちょっとひも解いてみます。

   EUでは域内における人、商品、サービスの移動の自由が保証され、加盟国間の国境という障壁を原則として除去していくことになっています。それは言うまでもなく経済的に大きなメリットがあるからです。また政治的には自国に政府はあるものの、より大きく統合された欧州議会を持ち大統領もいて、域外に対する政治力は国別よりはるかに大きいというメリットがあります。そしてなにより大事なことは欧州の平和を維持するための共通の外交・安全保障体制が組まれています。具体的には欧州連合部隊などいくつかの目的別部隊が編成されています。またNATOは大西洋をまたぎアメリカ・カナダなどが加入している軍事同盟ですが、EUのほとんどの国もNATOの加盟国で、それにより強固な安全保障体制を組んでいます。

   ではイギリスはそれらのメリットを享受しながら、何故ユーロを導入しないのでしょうか。

  それは世界を制覇したかつての基軸通貨であるポンドの栄光を失いたくないというだけではなく、通貨の発行権こそが独立国の独立国たるゆえんだからです。つまりイギリスは独立を放棄したくはないのです。例えばユーロが強くなって競争力を失いかけても、ポンドを保持していれば独自の通貨政策で競争力を維持し、ギリシャの様に苦しまなくてよいかもしれません。

  では逆に政治・経済的メリットも多いEUから何故脱退を検討しているのでしょうか。

  理由のすべてが明示されているわけではありませんが最も大きな問題は「移民問題」です。

  ヨーロッパの中でイギリスは現在経済発展が著しく、また英語圏であることとあいまって、域内移民に人気があるのです。移動の自由があれば必然的に元東欧圏や南欧州の比較的貧しい国からイギリスには人が集まりやすく、それが手厚いと言われるイギリスの社会保障費を増大させるという問題を起こしています。そうしたジレンマを抱えることが反対する右派勢力を刺激しているのです。

  この移民問題は域内だけでなく域外からも増加し、フランスやドイツ、そしてアフリカ難民にイタリアも悩んでいます。このためこの問題は今後の統合欧州の台風の目と言われています。

   ここではまず「欧州連合EU」と「ユーロ圏」の違いを勉強し、イギリスを例に問題点を把握してみました。

つづく

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