ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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米中の覇権争い その2 中国による米国債大量売却への懸念

2019年05月27日 | トランプのアメリカ

  日本訪問中もツイッターでつぶやき続けるトランプに、日本も世界も翻弄され続けていますね。

  その中で中東ではトランプの脅しが効いて、サウジなど3か国がアメリカから9千億円もの武器調達に合意しています。ユダヤ人の票を得るという個人的目標のためにイランを悪者扱いして刺激し、中断していた核開発を逆に再開させました。そして中東に向けて1,500名の米軍の派遣を決め、わざとキナ臭さを漂よわせ、サウジなどはアメリカからの武器購入を決めています。5月25日のNHKニュースを引用します。

引用

アメリカ政府は、イランからの攻撃を抑止する必要があるとして、サウジアラビアなど中東の3か国に日本円でおよそ9000億円分の武器を売却すると発表しました。アメリカのポンペイオ国務長官は24日声明を出し、中東のサウジアラビアとUAE=アラブ首長国連邦、ヨルダンの3か国に対して、軍用機の部品や無人機など合わせておよそ81億ドル(日本円でおよそ8900億円)分の武器を売却すると発表しました。声明で「今回の売却は、イランからの攻撃を抑止し、同盟国の防衛力を高めるためだ」と説明しています。

引用終わり

 

  まさに典型的マッチポンプで、自分で勝手にイランに放火し、消してやるから消火器をオレから買えというのです。

 

  北朝鮮が言うことを聞かないと、日本・韓国も同じ目に遭わされます。今トランプは「金正恩は約束を破らない」と言っていますが、事がうまく進まなくなると第七艦隊を派遣して日本海波高しの状況を作り出し、オマエラもアメリカの武器で準備しろと言い始めかねない。このキマグレ放火魔には要注意です。

   米中問題に戻ります。ある読者の方から、米中貿易戦争に関連して以下のような質問を受けました。他の方も同様な疑問を持たれている方がいらっしゃると思いますので、今回はその質問に回答させていただきます。

「中国側は、「対米報復手段」の一つとして手持ち(約1兆ドル?)の「米国債の投げ売り」も考えているという「うわさ」もあるようですが、現実にそうなれば世界経済(金融市場)は大変な状態に陥りそうですね。如何お考えですか?」

  この議論は最近マスコミでもよく見られる議論ですね。ではその妥当性を検証してみましょう。

  そもそも何故中国が友好国ではないアメリカの国債を大量に保有しているのでしょうか。理由は莫大な対米貿易黒字の結果積みあがっているドルを、現金のままにしておいても1銭のリターンも生まないからで、それを世界で一番安全な金融資産である米国債に投資しておくのは妥当な行動です。日本も中国に次いで対米貿易で黒字を積み上げていますので、保有額は中国に次いで2位です。

  どの国であっても、国の外貨準備に積みあがっている資金を損失の可能性のある投資などには回しません。損をすれば非難されるに決まっているからで、対米黒字国は例外なく米国債に投資しています。ではその額がどれほどなのか、中国と日本、そして3位の英国までと海外投資家合計の数字を見ておきましょう。

   下記の数字は国別の月別保有高で、単位は10億ドルです。今年3月の中国の保有高は1兆1205億ドル。1ドル110円換算で123兆円です。それに迫る日本の保有高は118兆円です。公表数字は米国財務省の以下のHPで見ることができます。時系列は逆になっています。

https://ticdata.treasury.gov/Publish/mfh.txt

  

          2019    2019    2019    2018    2018    2018     

           3月  2月  1月  12月  11月 10月

China, Mainland    1120.5  1130.9  1126.7  1123.5  1121.4  1138.9 

Japan                 1078.1  1072.4  1070.2  1042.3  1036.6  1018.5 

United Kingdom     317.1    283.8    273.5    271.7    258.9   263.9 

 

Foreign Gov.TTL     6473.3  6385.1  6334.4  6262.3  6199.9  6200.3

   同月の海外勢全体の保有高は6兆4733億ドル、円で712兆円。全体に占める中国の割合は17.3%、日本は16.6%です。3月の数字が公表されているもっとも新しい数字で、トランプが中国に突然関税の25%への引上げを通告した5月下旬より以前の数字です。

   5月15日のフィナンシャルタイムズにタイミングよく以下の記事が載っていましたので、私が勝手に翻訳して引用します。( )内は林の注です。

 「今年3月に中国はこの6か月で最大の米国債売りを行った。(上の表でわかりますが、売却額は104億ドルです)。しかしその間米国債長期金利は、月初から月末まで一貫して低下した。(2.71%から2.41%に0.3ポイント低下)中国の米国債売却の理由は主に自国通貨の買い支えで、米国債を売却して得たドル資金で元を買うもの。」

   売却額は中国の保有額全体からすればわずか100分の1ですが、私に言わせれば「中国は市場に影響を全く与えずに、実にうまく売却した」となります。債券価格は金利とは逆数で、金利の低下は価格の上昇を意味しますので、中国による売却にもかかわらず、米国債の価格は一貫して上昇を続けました。

   では、こうした事実から何が見えるかを解説します。

  もういちどそもそもに戻りますと、中国が米国債を保有するのは溜まったドルを有効活用するためでした。投資家が自分が保有する大事な外貨資産の価格が暴落するようなバカなまねをするでしょうか。売るにしても普通の投資家であれば、市場に影響を与えないように、うまく売り抜けます。そして中国がアメリカへの報復として大量売却すれば、その間に自分の資産も暴落するため、合理的行動とはいえず、単なるおバカさんになります。

   一方、米国債は世界で一番流動性が高い金融資産のため、そう簡単に売り崩すことはできません。流動性とはわかりづらい概念ですが、売買高が常に大きいため、多少の売買ではあまり値が動かないことを示す用語です。

   以下の話は何度か差し上げていますが、好例として私の在籍していたソロモンブラザーズによる米国債の大量売却のお話をします。それも1か月ではなく、わずか数日の話です。91年に米国債を巡るスキャンダルに見舞われたソロモンブラザーズは資金繰りに窮し、わずか数日で500億ドルの米国債を市場で売却し、資金繰りをつけて見せました。110円で換算すれば5.5兆円ですから、1日に1兆円もの売却です。その間米国債の価格はほとんど動きませんでした。米国債とはそういう流動性の高い投資対象なのです。  

  まとめますと、一国の政府は自分の大事な保有資産を、たとえ貿易戦争の最中であっても、暴落させるようなバカなまねはしない。それでも米国憎しで100兆円以上もの米国債を一気に売り出したらどうなるか。安全でしかも金利の稼げる投資対象の枯渇で困り果てている世界中の投資家が、喜んで買い入れるでしょう。ですので、暴落などさせたくともできない、それが米国債という特異な地位を持つ金融資産です。

 ということで、現在すでに米国債に投資をされている方、どうぞご安心を。

 そして今後投資をしようと待ち構えている方は、中国の投げ売りをもろ手を挙げて大歓迎しましょう(笑)。

 

  最初のご質問「現実にそうなれば世界経済(金融市場)は大変な状態に陥りそうですね。如何お考えですか?」に対して私の回答は、

 「全くもって問題なし。むしろ世界の投資家は大歓迎です。」となります。

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今回の首脳ゴルフの会場は?

2019年05月25日 | ゴルフ

  本日、いよいよトランプ大統領が来日しますね。明日は安倍首相とゴルフの予定だそうですが、ゴルフ会場はあまり聞きなれない千葉県のコースです。そこについて書いてみました。

   トランプ大統領と安部首相のゴルフの同伴プレーヤーは、1980年にジャック・ニクラウスとメジャートーナメントの全米オープンで死闘を演じたレジェンド、青木功氏が予定されています。

   そのトーナメントでは二人は初日から同組となり、決勝ラウンドに進んでも1位と2位で、最終日も2打の差の同組でスタートしました。最後まで2打差だったため、会場の名を取り「バルタスロールの死闘」として語り継がれています。メジャートーナメントですので、アメリカのゴルフファンにも忘れがたい思い出になっているようで、青木氏はアメリカの「ゴルフの殿堂」入りを果たし、歴史にその名を残しています。

   ところで前回のトランプ大統領来日時のゴルフは、ご存知のように霞が関カンツリークラブで行われました。そこはオリンピックでも会場になる予定で、メンバーは原則世襲のため名門の名にふさわしいコースです。しかし今回は千葉県のさほど有名でもないコースが選ばれました。コース名は「茂原カントリークラブ」。ゴルフ場予約サイトを検索してもめぼしい情報は出てこない、日本では珍しい完全なプライベートコースです。

   このコースを、実は4年ほど前に私はプレーする機会がありました。もともとは三菱系のゴルフ場であったものをある老舗の会計ソフト企業のオーナーが買い取ったと聞きました。私はそのオーナーの主催するコンペに参加したのですが、コンペ名は「青木功インビテーショナル」。青木功夫妻を囲む会費制で、約100名が参加する貸し切りコンペでした。私をそのコンペに招待してくれたのは銀座の老舗すし屋のオーナーです。昔からのゴルフ仲間のため、ときどき素晴らしコースに私を連れて行ってくれます。もっともそのすし屋は高いので、私が行くのはほとんどがランチタイムです(笑)。

   当日、ラウンド前に練習場に行き打っていると、隣の打席に偶然青木プロがきて練習を始めました。私は昔から青木プロのファンで、彼の本を読んで育ちました。そこで「私は昔から青木プロのファンです」と名乗り、「アマチュアのコンペでもラウンド前に練習をされるんですね」と話しかけると、「そう、体をほぐすのと、今日初めて使うドライバーを試しにね」と言って、真剣に打っていました。私は早々に練習を終え、「ショットを見ていてもいいですか」と聞くと、彼は「もちろん」と許してくれたので、目の前でじっくりとショットをみることができました。

  すると彼は「よし、あの目標からすこし右へ行くフェードを打つぞ。今度は逆にドローだ」と一人で宣言しながら打つのですが、なんとも見事に宣言どおりのボールを打って見せてくれました。一流プロの技は年をとっても健在でした。「なかなかいいじゃん、このドライバー」と新ドライバーにご満悦の様子。私はナイスショット、と言いたい心を抑えて、プロはほとんどナイスショットだよなと思いながら、黙って最後まで拝見しました。

   その後のラウンドで彼のスコアは72 のパープレー。73歳の年齢に対してスコアは1アンダーのエージシュートを達成。お見事というよりほかありません。ラウンド終了後にオーナーは、エージシュートをお祝いする品を青木プロに渡していました。きっとエージシュートを見込んで用意していたのでしょう。あとで聞いた話ではコースのオーナーとの縁から、このコースの改修を青木プロが手伝ったそうです。

  以上、またまたゴルフ自慢を交えた首脳ゴルフの会場についてでした(笑)。

 

 


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米中の覇権争い その1

2019年05月21日 | トランプのアメリカ

  トランプのファーウェイ包囲網がいよいよ狭まってきました。

  米商務省は16日、米政府の許可なく米企業から部品などを購入することを禁止する「エンティティーリスト」にファーウェイと関連68社を正式に追加しました。部品調達に支障が出ると業績には大きな悪影響が出ます。その中でグーグルは20日に自社の開発したアンドロイドのアップデートを、ファーウェイ製の新しいスマホ端末には認めないという制限を発表しました。アップデートができないとグーグルマップやG-mailなどが使えず、実用に耐えなくなりますので、影響は甚大です。

   こうした包囲網はファーウェイだけでなく、そこに部品を供給しているアメリカや日本の半導体などの部品メーカーに大きな打撃を与えます。こうしたアメリカの強硬措置は、自国のメーカーなどにも甚大な影響を与えるものであるばかりでなく、他国にも強制力を持つことになる危険な行為です。

  米中の貿易戦争が単なる貿易の不均衡問題にとどまらず、将来を見据えた覇権争いの様相を濃くしています。貿易戦争が不均衡の是正を目的としているのであれば、単にトランプの選挙キャンペーンが世界を混乱に陥れているだけの話です。しかしそれだけでなく米中の様々な分野における覇権争いであれば、貿易戦争の解決がある程度見えてきたとしても、覇権争いは非常に長期にわたって継続します。様々な分野とは、

 1.5Gに代表される次世代技術への国家支援など、「中国製造2025」政策

2.軍事力を背景とした南沙諸島の領土化

3.一対一路によるインフラ整備に名を借りた政治的・経済的影響力の世界への拡大

   そうした背景の中でトランプによる米中貿易戦争は中国の「国家支援体制」を問題視し、技術的覇権を許さない姿勢を取っています。そのための手段の一つがファーウェイの集中攻撃です。ではそもそもファーウェイはトランプのいうような中国政府の手先なのか、様々な見方を紹介します。

   ファーウェイの創業社長は最近よくニュースに顔を出し、ファーウェイの企業としての安全性をアピールしていますが、彼が元人民解放軍の兵士であること、共産党員で全国大会にも参加していること、そして中国の「国家情報法」による制約を受けることから、我々も決して安心はできません。

   中国の国家情報法とは、どれほどのものか、17年6月の日経新聞ニュースから引用します。

 引用

中国で28日、国家の安全強化のため、国内外の「情報工作活動」に法的根拠を与える「国家情報法」が施行された。国家主権の維持や領土保全などのため、国内外の組織や個人などを対象に情報収集を強める狙いとみられる。

効率的な国家情報体制の整備を目的に掲げ「いかなる組織及び個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」(第7条)と明記する。

習近平指導部は反スパイ法やインターネット安全法などを次々に制定し、「法治」の名の下で統制を強めている。だが、権限や法律の文言などがあいまいで、中国国内外の人権団体などから懸念の声が出ている。国家情報法は工作員に条件付きで「立ち入り制限区域や場所」に入ることなどを認めたほか、組織や市民にも「必要な協力」を義務付けた。

引用終わり

   「組織・個人」の範囲には海外在住の中国人も含まれると解釈可能なため、中国人はいつでもどこでも国家のために他国でのスパイ行為を義務付けられている、という解釈も可能であると言われています。

   アメリカが中でもファーウェイを目の敵にする原因の一つは、彼らの機器を使用したスパイ行為の発覚です。18年1月30日の毎日新聞ニュースを引用します。

 引用

エチオピアの首都アディスアベバにあるアフリカ連合(AU)本部の通信ネットワークが不正アクセスを受け、大量の機密情報が漏えいしていたと、仏ルモンド紙が報じた。AU本部を無償で建設した中国によるスパイ行為の疑いが指摘されているという。

 複数のAU関係者の話によると昨年1月、AU本部内がほぼ無人となる深夜に、通信量が大幅に増加しているのを技術者が発見。その後の調査で、ネットワークに保存されていた情報は、上海にあるサーバーにコピーされていたことが判明した。これを受け、安全対策が取られたという。

 情報流出はAU本部が2012年1月に完成した直後から始まったとされる。資源外交を通じてアフリカとのつながりを強める中国によるスパイ行為の実態が明らかになった。

引用終わり

   そして情報を盗んでいたネットワークシステムがファーウェイ製品だったのです。ということは「国家情報法」の成立以前から中国の企業は政府の手先になっていて、今後は法律により国家のための情報収集を義務付けられた組織・個人が、海外においてそれを実践していくであろうと考えられます。ファーウェイ会長の発言はそうしたバックグラウンドを念頭に聞く必要があります。

   そもそも国家が全国民にスパイ行為を義務付け、それに違反すると罰せられる国、それが現在の習近平体制の中国で、トランプでなくとも日本もこうした実態の恐ろしさをしっかりと自覚すべきでしょう。

   中国も恐ろしい国ですが、アメリカも同様に恐ろしい国であることを次回のテーマにします。

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反田恭平を聴きに行ったつもりでした

2019年05月13日 | 音楽の楽しみ

 

  きのう日曜日の午後、サントリーホールで若手ピアニスト反田恭平のコンサートを聴いてきました。彼のことはすでに何度か書いていますが、簡単にプロファイルをお知らせします。現在24歳でポーランドのワルシャワ音楽院で勉強中ですが、昨年は日本全国でコンサートツアーを行っていて、今チケットが一番取りにくいピアニストと言われています。うちも夫婦で彼が10代の頃からオッカケをしています。

音楽に全くかかわりのない一般家庭で育ち、自分ではマンガ「のだめカンタービレ」で勉強したと称しているユニークなピアニストです。高校生の時、最年少で日本音楽コンクールに優勝。モスクワ音楽院に最高点で入学という素晴らしいデビューですが、現在ワルシャワ音楽院に在籍しているということは、多分2020年のショパンコンクールに出場するのではないかと期待されます。

   彼のすごさをまじまじと感じたのは、昨年の3日間連続のコンサートでした。ドイツの夕べ、フランスの夕べ、ロシアの夕べと、それぞれの国を代表する大作曲家のピアノ曲数十曲を3日間連続で弾くという離れ業コンサートを成功させました。その時に使ったピアノが往年のロシアの名ピアニスト、ホロヴィッツの愛用していた古いピアノで、タカギクラビーア社から提供されていたのも印象に残りました。

 

  昨日のコンサートは日本フィルハーモニーとの共演で、ロシア人の指揮者アレクサンドル・ラザロフによる指揮、プログラムはチャイコフスキーのピアノコンチェルトの他に、バイオリニストに神尾真由子を招いたチャイコフスキーのバイオリンコンチェルト、そして同じくチャイコフスキーのバレエ組曲、白鳥の湖など3曲、という豪華な組み合わせでした。

 

  ピアニストもバイオリニストも文句なしの演奏をしてくれ大満足だったのですが、実は最も驚いたのは指揮者ラザロフの指揮ぶりでした。彼は舞台のそでから式台まで小走りで登場したかと思うと、聴衆に向かい深々と一礼。ここまでは型通りなのですが、折った体を真っすぐに戻しながら半回転してオーケストラに向き、その時には指揮棒と手を高々と上げ、いきなり振り下ろして最初の音を出してしまったのです。

 

  普通であれば指揮棒を振り上げる前にオーケストラを見渡し、準備が整ったのを確認してから指揮棒を上げ始め、おもむろに音出しをするのですが、その準備動作は全くなし。陸上短距離のスターターが、「よーい」という言う前にピストルを「ドン」と鳴らしたようなものです。聴衆はあっけにとられていますが、指揮者もオーケストラも何事もなかったように演奏が始まっていました。楽団員はそのタイミングに慣れているのでしょう。

 

  そうした驚くべき指揮ぶりは、曲の途中でも発揮されます。とてもノリのいい指揮者のため、狭い指揮台をフルに使うのですが、時々体を翻し、「どうだ、いい演奏だろう」と、聴衆に向かって満面の笑みで指揮棒を振ったりします。

  そして極めつけの驚きはピアノコンチェルトのフィナーレで起こりました。反田恭平のあまりにも素晴らしいフィナーレのテクニックに聴衆も指揮者も酔いしれているのですが、最後の大きな音が鳴っている最中に彼は我々に向かって体を向け、なんと聴衆の誰よりも早く一人で大きな拍手を始めたのです。

  もちろんその拍手はピアニストへの称賛なのですが、「ちょっと待ってよ。それは我々聴衆が最初にするもんでしょ。指揮者じゃないよ」と私は思わず口に出してしまいました。横にいた家内と友人の二人も顔を見合わせビックリした表情でした。

  驚きのパフォーマンスはまだまだ続きがあります。指揮者と独奏者はソデに引き上げ当然何度も呼び戻されますが、ラザロフはソデに戻るときも舞台へ戻る時も聴衆に向かって、「オーイ、拍手が足りないよ。もっともっとだ」と両手でみんなを煽り、自分も拍手をするのです。煽られた我々はそのたびに笑いながら一段と大きな拍手を返しました。ちょうどサッカーでゴールした選手が、サポーターを煽って称賛を受けようとするのと同じ動作を何度も繰り返していました。

 

  二つのコンチェルトが終わり、最後の組曲が終わった時に、また驚きのパフォーマンスがありました。よく指揮者は演奏が終わった後、コンサートマスターと握手をしたり、出来栄えがよかった演奏者を立たせて称賛の拍手をしたりしますが、彼はなんとフルートの女性奏者とトランペットの男性奏者のところまで楽団員をかき分けて自身が出向き、手を取ってそのまま指揮台まで連れて行き二人を指揮台に立たせて、万雷の拍手を聴衆に要求したのです。楽団員が指揮台に上がったのを見たのは私もさすがに初めてです。

 

  この指揮者のパフォーマンスは見ていて実に小気味よく軽妙で、全く嫌味がありません。曲の途中で聴衆に向かったまま指揮をしたり、手を挙げて煽ったり、演奏が終了してからも我々は最後の最後まで楽しむことができました。

 

  Viva LAZAREV!

 そして反田君、あんたはすごい!

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米中そして米朝、2つの争いの行方

2019年05月12日 | トランプのアメリカ

  米中の交渉が決裂しました。その最中に北朝鮮はミサイルを発射し、スネてみせました。今年2月に2回目の米朝会談が実現しましたが、結果は決裂に終わりました。私には米中貿易会談と米朝会談の決裂に共通点があるように見えます。共通点とはトランプという大統領を金正恩も習近平も見誤った。逆にトランプも金正恩と習近平を見誤った、というものです。

  トランプのような唯我独尊オレ様男は、相手に対して強く出るかカネで釣れば、必ず屈服するだろうと考える。実は独裁体制を国内で完璧に築いている金正恩も習近平もオールマイティー幻想の塊のため、トランプを屈服させられると考えている。三人とも同じオールマイティー幻想を抱くオレ様同士なので、簡単に合意などできるはずもない。

  中国や北朝鮮のような完全独裁だと、トップには周囲の誰もが逆らえないので暴走は許さざるを得ません。しかし民主主義体制のアメリカなら、トップの暴走が国を危うくする場合、周囲による抑制が効くはずなのですが、トランプの場合は違います。「そして誰もいなくなった劇場」が続いているため、彼の周囲には彼と同じような極端な意見を持つ者しかいません。そのため完全独裁と同じになり、抑制は効きません。

  ではいったいこの2つの対立は今後どうなっていくのでしょう。私の勝手な大胆予想をしてみます。端的に申し上げれば、白旗を先に上げすり寄るのはトランプでなく金正恩であり習近平の側だと思います。理由はとても単純で、いずれの争いでもアメリカが絶対的に優位な立場にあるからです。

   まず対中国ですが、貿易そのものの実益は輸出額の大きい中国側が圧倒的に大きい。ということは逆に制限されれば実害の大きさは圧倒的に中国が受けることになります。IMFの推定では、25%の関税を双方が課するとアメリカのGDPは0.6%のマイナスインパクトを受け、中国のGDPはマイナス1.5%の影響を受けるとされています。そのため中国はアメリカより早く解決したいというインセンティブが働きます。

  かねてから私は米中の貿易戦争に対して、二つのコメントをしてきました。

 その一は、中国の著作権や特許侵害、技術移転の強要ははなはだしく、やめさせるべきだというもので、これはトランプ側に立つ意見ですが、日本にもメリットのある話です。毒を持って毒を制すという若干危険な考え方であることには注意する必要があります。

  そして二つ目は世界経済への悪影響です。トランプの言う「中国に25%の関税を払わせる」は「メキシコに壁の代金を払わせる」と同様全くのお門違いで、関税は中国が払うのではなく、アメリカの輸入業者が払い、消費者がそれを尻拭いさせられます。アメリカの実害もかなり大きい。その証拠に今回の25%への関税引き上げに対しアメリカの業界団体や消費者団体はこぞって反対意見を表明しています。

   そしてもちろん貿易戦争による世界景気への悪影響は、あまねく東南アジアや日本にも影響を及ぼします。多くの研究機関がその影響のシミュレーションをしていて、なかでもJETROの地域別の影響シミュレーションは東南アジアの漁夫の利まで計算していて面白いので、それを引用します。

  想定は「2019年から3年間、米中の関税が全品目について2018年以前の水準に対して25%引き上げられる「ワーストケース」の場合で、各国・各地域への経済的影響を2021年時点で貿易戦争がなかった場合と比較する」ものです。日本は意外にも貿易戦争長期化によりメリットが上回ると計算されています。米中のマイナスインパクトの数値は、IMFとは異なります。

引用 

  • 米中貿易戦争のワーストケースについてIDE-GSM(計量モデル)を用いて推計を行った結果、各国・地域への影響は米国が-0.4%(GDP比)、中国が-0.5%、東アジア(中国を除く)が+0.1%となった。
  • 産業別にみると米中両国の電子・電機産業に大幅なマイナスの影響が出る一方、東アジアの電子・電機産業にはプラスの影響が出る可能性がある。
  • 米中貿易戦争で東アジア各国には当面「漁夫の利」があるが、米国の関税引き上げに対しては大国・中国よりも脆弱である。
  • 中国を除く東アジア地域(日本・韓国・台湾・ASEAN10カ国・インド)については、マレーシア(0.5%)、台湾(0.4%)などにプラスの影響があり、中国を除く東アジア地域合計では0.1%のプラス、日本経済への影響も0.2%のプラスとなっている。これを県別にみると東京に最大となる14億ドルのプラスの影響がある。これは、米中両国間の貿易の一部が高関税を回避するために第三国との貿易に代替される効果によるものである。

引用終わり 

  以上がJETROの見解です。とはいえ、日本経済のプラス0.2%の数値は、もし日米貿易戦争が開始されたら、簡単に吹き飛んでしまいそうな数字です。いずれにしろ最も重要なポイントは貿易戦争の結果米中ともに大きなマイナスの影響を受ける点で、私はいずれは2か国のスローダウンが世界経済に悪影響を与えるためいいことはないと思っています。


   次に北朝鮮との交渉を見てみます。北の現状は昨年の凶作により人口の40%、1,000万人が食糧不足に陥っています。そのため北は耐久力を失っていて、圧倒的に不利です。いくらミサイルを発射しても、人民の飢えはしのげません。トランプは北朝鮮の「リトル・ロケットマン」が吠えても痛くもかゆくもなく、自分のディール見通しが狂ってちょっとカッコ悪い程度のことなので、自ら譲歩するインセンティブに乏しい。なので譲歩は北側からというのが私の見立てです。

   私がトランプ側の勝を予想するもう一つのそして最大の理由は、トランプの強硬姿勢は選挙を前にしてより強まり、それが支持者の支持を受け続けていることです。彼はすでに今年に入ってから全米で支持者集会を順次行っていて、その時のアピールポイントが「貿易戦争勝利」です。「メキシコに壁代金を払わせる」というウソはすでにバレていて、最近は使えません。この上貿易戦争で負けてしまっては何も残らないので、使い続けるでしょう。そのためには簡単に決着するより強硬姿勢で臨み、選挙期間中めいっぱい長引かせるほうが有利に働く、という計算が成り立ちます。アメリカの愚かな選挙民により世界が混乱に陥る構図は、当分変わりそうにありません。

   実にばかばかしい争いですが、以上が私の見立てです。

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