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大統領候補TV討論会 その2 報道による評価

2016年09月30日 | アメリカアップデート

  クリントン対トランプのTV討論の結果について、内容の分析がだいぶ進んでいます。政策のどの中身をとっても、トランプの政策が勝っているという判定はありません。というより、一言で言えば「彼は口先だけで中身はない」ということがバレてしまった、ということです。

   私はクリントンの支持者ではなく、トランプでさえなければだれでもいいくらいに「反トランプ」です。TV討論の私の勝手な判定は9:1でクリントン勝利と申し上げました。直後のCNNの調査は62:27と出ていました。TV討論前の二人の候補者の平均支持率は46:44程度だったので、その数字を前提に私なりのラフな計算をしますと、

  クリントンは 62-46=16  16ポイント支持率が増加

 トランプは 44-27=17 17ポイント支持率が低下

   つまりトランプ支持者のうち16-17ポイント程度は、ヒラリーに軍配を上げたとなります。

   TV討論前の両者の支持率を足し上げると、

   クリントン46+トランプ44=90   

10%の未決定者がいるため、上記の16-17ポイントの変化はそのまま移動したとは言えません。未決定者を計算に入れていない数字だし、調査は同じ人に行っているわけではないので、私の推定は割り引く必要があります。それでも、トランプ支持者の多くがクリント勝利としたと推定できます。

   さらに今回の勝敗を決定づけたニュースは二つ。

その1.「トランプ陣営の有力者が負けを認めたことに、彼が怒りまくった」というニュースが出た。

彼はこれまでも自分が不利になるたびに「俺は悪くない。悪いのはキャンペーン・マネージャーだ」と言ってキャンペーン・マネジャーを交代させています。今回もまた反省することなく、当たり散らすだけでしょう。

その2.「マイクの調子が悪かったので俺の声がよく聞こえなかったし、司会者の仕切りが悪かった」、と当たり散らしている。

当たり散らす行為そのものが負けを認めたからなのですが、そう取られることすら彼は理解していません。

  TV討論後も彼に不利な過去の事実が続々と噴出していて、CNNはニュージャージーの電車事故そっちのけでそうした新たな事実を続々と報道し続けています。

  ではアメリカの新聞のうち、質の高い、いわゆるクオリティペイパーの判定報道を見てみましょう。

   ニューヨーク・タイムズはトランプを「現代史上最悪の候補だ」と酷評しています。「口を開けばウソと暴言と放言ばかりで、女性差別主義者、人種差別主義者、ナショナリスト。政策の比較など無駄だ。ディベートも意味がない」、とまで言い切るほどです。ニューヨーク・タイムズ紙は初めからクリントン支持ではありますが、クオリティー・ペーパーがタブロイド紙のような言葉を使用して大統領候補を批判するのは、本当に珍しいことです。

   ワシントンポストは、「この討論はクリントン候補のみが大統領としてふさわしい候補であると証明するものだった」、と言い切りました。

  またウォール・ストリート・ジャーナルはまず、「討論中は終始クリントの攻勢にトランプは守勢に立たされ続けた。彼は雇用が海外に奪われていることと、クリントンがいわゆる従来型ワシントンの政治家で、自分はそうではないということを印象付けた」と論評。そして冷静に両者の政策を比較しつつ、「両者とも政策提言には欠けている。この低金利を利用して財政政策を活用してインフラを整備し、教育問題にもっとカネを使うべきだ」、と示唆しています。

   世界の他地域の報道でもBBCやフィナンシャルタイムズ紙をはじめ、ほとんどが初戦はクリントン勝利だったと論評しています。

   ところがおひざ元日本のNHKだけは別でした。当日夜9時の看板ニュースキャスターが現地まで出向き、第一報をこう伝えました。

 「第一回戦は互角で勝負なし」

   えっ?

   私はそれを聞いて耳を疑いました。彼は普段からインタビューなどで英語をきちんと話すので、討論内容を理解できないはずはありません。なのにいったどうしたと言うのでしょう。

  ニュースはその後政治アナリストへのインタビューが放映され、それで謎が解けました。インタビューされたのはアメリカの若手のアナリストで、その第一声が「今回の勝負は互角だった」と言ったのです。たった一人のアナリストの論評をそのまま報道してしまうとは、なんとずさんな取材でしょう。きっと今頃反省しているでしょう。

   アメリカのメディアやアナリストは中立の立場でものを言うと思ったら大間違い。先ほどのクリントン支持のニューヨーク・タイムズや、反対に徹底したトランプ支持のロスアンゼルス・タイムズのような新聞がたくさんあります。また新聞だけでなくアナリストですら、一方的にどちらかを支持するのは当たり前なのがアメリカです。NHKのキャスターはそれを知ってか知らずか、他への取材もせずに大見出しとして使ったのでしょう。なんともお粗末の一席でした。

   ロスアンゼルス・タイムズは世論調査で常にトランプの支持率がクリントンを7-8%も上回っているという結果を何度も何度も出し続けています。私には異様に見えます。

   日本や各国の報道で使う支持率は「リアル・クリアー・ポリティックス」というところのHPに出ている結果を使っていると先日申し上げました。そこが各世論調査結果をいくつも集計し平均値を算出していて、便利だからです。各調査結果もすべて出ているのですが、よく見ると一番頻繁に出るのがロスアンゼルス・タイムズの調査結果です。いつも突出してトランプがリードしているという異様な結果を示しています。

   ということは数字ヲタクの私に言わせれば、「平均値がクリントン46対トランプ44だと言っても、実は調査頻度の多い非常に偏ったLAタイムズが、平均値を捻じ曲げている」のです。

  日本や世界の報道も、ここの統計を使うときには、そのくらい中身を知って使うべきです。

  ということで、私のトランプ嫌いのバイアスを別として、TV討論の第1ラウンドでクリントンが勝利したことと、トランプだけはアメリカの大統領にふさわしくないことが明らかになりました。

  トランプは「俺はTV討論の予習なんかしない」と大見得を切っていたのですが、尻に火がついてしまったため予習をすることにしました。その家庭教師は現ニュージャージー州知事のクリス・クリスティだと発表がありました。クリスティはキャンペーン中、いつもトランプの背後霊のように付き従い、名前と顔を全米に売り込んでいたのですが、共和党のプライマリーで早々に撤退した今回の負け組の一人です。それを聞いてきっとクリントンはほくそ笑んでいるにちがいありません。

以上

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大統領候補TV討論会第1ラウンド、クリントン圧勝

2016年09月27日 | アメリカアップデート

  全米、そして世界が注目するクリントン対トランプの一回目のTV討論が行われました。討論の出来栄えによっては今後のアメリカ、ひいては世界動向を左右するほどの影響があるので、私も注目しています。

   市場関係者は「トランプの勝利など、市場は全く織り込んでいない」。

   ということはつまり、もし逆に彼が勝利をするとBREXITどころではなく、世界の金融市場が一瞬にして大混乱に陥るだろうということです。世界の株式は暴落し、ドルも暴落。これが一般的見方で、私も同感です。付け加えるなら、「しかしなぜか米国債だけは暴騰してしまう」、でしょう。

   今回の会場はNY州ヘムステッドのホフストラ大学という聞きなれない大学です。実は私の妻と大学で同期の仲の良い日本人女性が、この大学で教授をしています。彼女によりますと、「本日のキャンパスはいつもとは全くちがう異様な雰囲気で、千人もの報道陣と両氏の関係者が訪れ、セキュリティーも厳しく、全学が休講になってしまったと」のこと。学生はTV討論を会場で直接聞くことができるので、期待して待っていたそうです。

   共和党と民主党の大会のあと両者の支持率は10ポイント以上の開きになり、私はヒラリーの楽勝を予想して選挙戦のことをアップデートしなくなりました。両者の支持率がかなり拮抗してきた現在も同じスタンスで、心配していません。なぜ心配しないのか。

   理由は単純で、ブログでアップデートしていた時にみなさんに紹介した世論調査の集計サイトであるリアル・クリアー・ポリティックスを、より詳しく見ているからです。アメリカの報道も日本の報道も同じサイトを見ていて、数ある個別の世論調査結果を集計し平均値を出しているこのサイトを利用しています。

   私はサイトの紹介で、「重要なのは平均支持率ではなく、選挙人の獲得予想数だ」と申し上げていました。大統領選挙はあくまで選挙人の数で決まるからです。そして、同サイトにある選挙人獲得数のアップデート欄も紹介しました。

  選挙人の総数は538人、過半数は270人です。現在の予想数は、クリントンの188人に対してトランプは165人、未定185です。マスコミ報道で言われる「差はわずか2ポイントだ」というのは、かなりミスリーディングなのです。といっても選挙人予想も一時は250対120くらいだったので、差が大幅に縮んでいることは確かです。こちらもだいぶ接近してきているので、今後はまたアップデートしましょう。

   今回私はTV討論を見ていましたので、まずその第一印象からお伝えしますと、クリントンの圧勝でした。

   今回は3回ある討論の初回で、テーマは「繁栄の達成、アメリカの進路、安全の確保」です。各論点の両候補評価などは今後大いに報道されると思いますし、私は選挙のプロではありませんので、報道におまかせします。私は討論中の二人の言動、所作、心理状況をどう見たかについて、お伝えします。

   クリントン圧勝の評価は、そうした観点からは特に圧倒的だったと言えます。司会者はABCの優秀なコメンテーターで、二人は彼の指示に従い発言することになっています。まずテーマごとに2分ずつのスピーチをして、その後討論します。スピーチは耳で聞くことができるので、私の眼はしゃべっていない方の候補の所作に注目していました。

   まず、単純な統計から。

 その1.お邪魔虫

クリントンのスピーチ中にトランプが邪魔して割り込み、司会者が「今はクリントン氏の時間だ」ととがめたのは実に8回。そのうち1回は、クリントンが始めた途端にギャーギャー言いはじめたため司会者が止めに入り、クリントンが思わず笑いながら「時計を最初に戻してくださいね」というほどのひどいものでした。とがめられない程度の邪魔は最初はカウントしていたのですが、あまりの多さにやめました(笑)。

   一方、トランプ氏のスピーチ中クリントン氏が割って入り制止されたのは1回。制止されないほどの邪魔の数はたぶん30対1くらいでした。

 その2.回答はぐらかし

司会者は重要なポイントを両候補に質問し、両候補は答える義務を負っているのですが、それに対して全く答えずはぐらかしに入って、司会者が思わず「質問はこれこれですよ。こたえてください」と言われたケースは、トランプが3回。クリントンはゼロ。トランプの3回では、いずれもその後も回答はせず逃げまくっていました。つまり重要事項ではほぼクリントンがトランプをやり込めたのです。

その3.そわそわ

 相手のスピーチ中の所作もなかなかの見ものでした。トランプは都合が悪いことを言われると体が揺れ始め、みけんにしわを寄せ、肩をすぼめてマイクに向かい口をすぼめます。「Wrong」、のウをサイレントで言い誤りだと示唆するのです。

もし私と彼がポーカーをしたら、彼のハッタリなど簡単に見分けられるので、絶対に勝てます。名前はトランプなのにね(笑)。

 そして不利になったことがもっとわかるのは、反論する時に声がどんどん大きくなって、子供がウソの指摘をかわそうとするのと同じように体まで大きく揺れることです。

それに対してクリントンは正々堂々と構え、全くスキを見せませんでした。あえて厳しく見ますと、相手が必死の反撃をしているときにも笑みを浮かべ、ちょっと顎が上がってアロガントに見えたことでしょう。

   これらの分析と討論内容の勝敗点数をつけるなら9:1でクリントンの圧勝と私は見ました。

  CNNにはすでに1回目の世論調査結果が出ていて、見出しは「第1ラウンドはクリントンの勝利」。テレビを見ていた人の判定カウントは、62:27でクリントンの勝ちでした。

 今回のコメントはここまでです。

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日銀に明日はあるか その5 クロちゃんが神になった

2016年09月22日 | 日本の金融政策

  世界の金融界・経済界が注目していた日銀の「総括検証」に基づく新政策と、FRBの現状維持が表明されました。さすがに総括検証前にはブログを書きづらくなり6日間のブランクとなりましたので、早速総括検証を総括検証しましょう。

  まず市場の反応ですが、債券10年物は変化なしで若干のマイナス圏維持、株が300円以上上げ、円が101円台から102円台後半になり、「めでたしめでたし」。というのは勇み足の見方です。

  本当は、「非常にわかりづらい検証結果を消化しきれずに、株式もドル円相場も日本時間では方向を間違えた」。なぜなら株式の先物も円ドル相場も東京の引け後すぐに逆転しはじめ、効果を帳消しにした以上に下げてしまったからです。特に株式市場は3時までですから、ヘッドライン・ニュースだけで反応しています。3時半からの黒田総裁の記者会見を見ていません。それを見ていたら、違う反応になったでしょう。記者会見は質疑応答を含め1時間もあったのですが、それを見ていた私が中身を検証します。

   みなさんも総括検証の要約は見ていらっしゃるでしょうが、日経新聞をもとに簡単にレビューします。大きくは3つ、

 1.物価目標は達成できなかった。その理由は、

  ・原油価格の下落

  ・消費増税による消費の落ち込み

  ・新興国経済の落ち込みと、国際金融市場の不安定化

2. 過度な金利低下が金融機関の収益を圧迫し、保険や年金の運用利回りが低下

3.  予想物価上昇率は直近の物価に影響されてしまうので、上げるには時間がかかる

   1の外的要因はまだしも、2の過度の金利低下は自分がやったことだし、3も20年来同じことで、いずれも検証というよりも「反省なき言い訳」に聞こえます。

   そして今回新たに決定した内容は、

1.これまでの「マイナス金利付き量的・質的緩和」に、「長短金利操作」を加えた

2.長期金利がゼロ%程度で推移するように国債を買い入れる

3.物価上昇が安定的に2%を超えるまで緩和を継続する

  以上です。

  この要約説明に対して、記者たちは鋭く切り込みましたので、その中で最も重要な一問一答を振り返ります。

   記者会見での黒田総裁の回答の歯切れの悪さは、彼の咳払いの数に比例します。今回は10秒から20秒に1回程度エヘン虫が出てきていたので、自分のウソに苦しみながらの会見だったことがよくわかります(笑)。みなさんも咳払いには注意しましょう(笑)。

  では私が常に指摘し続け、記者たちも一番知りたい部分を、まとめて皆さんにお示しします。

Q: 物価の2%上昇は、外的要因がなければ、達成できたのか?

A: エヘン。石油下落と新興国経済の低迷がなければ、できたはずだ。その検証は、モデルを使ってしているので検証を見てくれ。足もとの物価上昇率に引きずられるという傾向を払拭はできなかった。

Q: 総裁は「物価2%は2年で達成する」と言っていたができていない。その後は「できるだけ早期に」と言っているが、いつになったらできるのか?

A: エヘン、エヘン。できるだけ早期に達成するが、今の目標は日銀の展望レポートに示すとおり17年度中だ。(林の注:当初目標の2年後がすでに4年後になっていて、目標はいつもこれから2年先だ(笑))

Q: 総裁は「政策の逐次投入はしない」と言っていたが、最初の量的・質的緩和策に、その後マイナス金利を導入し、今回長短金利操作を導入するのはどういうことか?「マイナス金利は最強の政策だ」とも言っていた。

A: エヘンエヘンエヘン(爆笑)。(ここからは、えへんの連発で、しどろもどろでした。) 今回も思い切った政策の導入に変わりはなく、逐次投入ではない。なぜなら、80兆円の買い取り策などを含め、「日銀の政策というのは次回の決定会合間までの政策」であって、見直すものだから逐次ではない。

  この辺まで来ると、あまりの苦しい言い訳に彼が脳卒中を起こすのではないかと心配になりました。

  もうお気の毒にとしか言いようがありませんので、これ以上の一問一答はやめておきます。

   かわいそうなので、彼が成果だという部分も載せてあげましょう。成果とは、

1.134月のバズーカ1号発射以降、いったんはデフレマインドが払しょくされ、物価も1.5%くらいまでは行った

2.GDPギャップもこの3年半で縮小している

3.それが景気回復につながり、賃金上昇にもつながった

4.企業や個人の資金調達金利は下がった

  それは確かなのですが、我々が忘れてはいけないのは、日本経済全体は成長していないし、資産運用は困難を極め、国債を350兆円も買ってしまっていて、それが将来の爆発のマグニチュードを高めてしまっていることです。

   しかし彼は、「欧米は国債をGDP20%程度まで買ったが、日本は80%に達した」とまるで自慢するように言っていました。そして「市中には国債が発行残高の3分の2も残っているので、余地はまだいくらでもある」とウソぶいています。

   以上でおわかりのように、完全に記者たちの勝ちで、「日銀による総括検証とは、言い訳になっていない言い訳を苦し紛れにしただけだ」と言えます。日本の市場時間後の動きが、それを如実に示しています。

   では今回導入された新政策を次に検証します。

  名前は長たらしいですが、「マイナス金利付き長短金利操作付き量的・質的緩和」です。新たな追加部分はイールドカーブまでコントロールしようという長短金利操作の部分です。

   9月13日の私のブログのタイトルは「イールドカーブが立った」でした。その時の解説を引用しますと、

 ここにきてイールドカーブが立ってきた理由は、日銀の行き過ぎた国債爆食で金融機関が疲弊するのを、さすがに日銀も見て見ぬふりはできないだろうとの、市場の思惑によります。私の言う「日銀包囲網」の一角である金融機関の離反に、日銀もこたえる必要があると考え、市場もそれに同調したのでしょう。』

   この解説どおりのことを、新政策として発表したのです。それが長短金利操作の導入です。英語で言いますと、「イールドカーブ・コントロール」。

  私に言わせれば、「クロちゃんは遂に債券市場を完全支配するオールマイティ・ゴッドになった」つもりなのです。

   本当は国債購入が限界に達したので政策を変更したいが、変更したと言いたくないがために、追加だの強化だのと言っているのです。

   80兆円を買い続ければ、長短ともに金利低下はまぬがれません。それでは金融機関を殺してしまう。そこで長短金利差を付け続ける。そうすれば短期調達・長期運用で利ザヤを確保できる。その微妙なさじ加減を「神の手」で行うのが今度の政策です。

   単刀直入に言えば、マイナス金利という間違った政策をしてしまった後始末を必死に行うことにしたのです。

 つづく

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日銀に明日はあるか その5 金融機関の悲鳴

2016年09月17日 | 日本の金融政策

  昨日9月16日金曜日、3連休を控え秋のマンション大売出しのチラシが新聞に一番たくさん入るハズの日です。うちは東京の世田谷にあるため、毎週金曜日に東急線・小田急線・京王線などの沿線のマンションのちらしが、多い時には10数枚、すくなくても7・8枚入っているのが普通です。

   それが昨日はなんとたったの1枚だけという異常さでした。本日土曜日は一戸建て広告の日なのですが、それも複数枚あるとはいえ寂しいかぎりです。首都圏のマンション販売戸数は、このところ壊滅的に減少しています。一昨日、9月14日の日経ニュースを引用しますと、

「不動産経済研究所が14日発表した8月のマンション市場動向調査によると、首都圏の新築マンション発売戸数は前年同月比24.7%減の1966戸だった。減少は9カ月連続。契約戸数は1310戸で、月間の契約率は7.7ポイント低下の66.6%だった。」

   戸数も減り、契約率もかなり少なくなっています。都心、それも湾岸地域の高層マンションに飛びついていた人たちの需要も、ついに一巡したのでしょうか。価格の高騰もありますが、郊外から相続税対策と喧伝され乗せられていた人たちのタワーマンション需要が異変を起こしています。買ってすぐに相続が起こった場合、課税回避行為として税務署から低価格評価を否認されるケースも出ていると聞きます。

   しかしなんといっても一番の原因は、少子高齢化で需要が減っていること。いくら金利がただのように安くても、需要が金利に反応しなくなっているのです。

   このことを金融機関側から裏付けるニュースが、出ています。金融機関による日銀への猛反発です。

   銀行界からの反発は、すでにお知らせしていた三菱UFJ銀行のプライマリー・ディーラー返上に加え、この一両日で一気に湧き上がっています。来週の日銀の政策決定会合に対し、「ものもうす」なのですが、お上の意向には絶対服従であった銀行界が、これほどまでに反発するのを私は見たことがありません。

 その1.全銀協会長による日銀非難声明・・・一昨日の日経ニュース

全国銀行協会の国部毅会長(三井住友銀行頭取)は15日の記者会見で、従来よりも強めのトーンで日銀のマイナス金利政策に否定的な見解を示した。

「景況感の向上は感じられない。そもそも金利水準が低く、これ以上下がっても景気や資金需要への影響は乏しい」。マイナス金利導入後も「企業の前向きな動きは出ておらず、資金需要は盛り上がりを欠いているというのが営業現場の実感だ」と言い切った。ほかにも、金利低下が個人や企業の運用収益の減少を招き、退職給付債務の増加が企業財務にも悪影響を及ぼすと指摘。「マイナス金利の深掘りはコストがベネフィットを上回りかねない」と指摘。現時点の深掘りは理屈に合わないとの認識を示している。

 

その2.三菱UFJ銀行頭取非難声明  9月16日付ブルームバーグから引用

三菱東京UFJ銀行の小山田隆頭取は、日本銀行が来週の政策決定会合で、マイナス金利の副作用について考慮してほしいと述べ、同政策が融資の利ざやを圧迫し続けると訴えた。同頭取はインタビューで、マイナス金利と厳しい競争環境によって利ざやが圧縮される状態が続いているとし、従って全体としての純金利収入が増える公算は小さく、増加するとは考えにくいと語った。中銀のマイナス金利政策への対応として個人や企業顧客の預金に金利を課すのは難しいとして、預金者の理解を得る必要があると述べた。

次は金融庁のレポートですが、その中に地銀の悲鳴が聞こえました。

その3.金融庁の「金融レポート」、9月15日公表  ・・・ロイターを引用

金融庁は、15日に公表した「金融リポート」で、2025年3月期には6割超の地銀が顧客向けサービスで赤字に陥るとの試算を紹介し、人口減で資金需要が減退する中、顧客のニーズに合ったビジネスモデルの構築を急ぐよう求めた。金融庁は2025年時 点の人口予測などを基に、貸し出しや投信販売といった地銀の顧客向けサービスから得られる利益が預金残高に占める割合を推計。その結果、2015年3月期 は4割の地銀の利益率がマイナスとなったのに対し、2025年3月期には利益率がマイナスになる地銀が6割を超えた。貸し出しを単純に積み増すことで収益拡大を狙うのは困難だと指摘、顧客のニーズに沿ったビジネスモデルを構築するよう再度求めた。

   これまで国債からの金利収入にかなり依存していた地銀ですが、国債の枯渇とマイナス金利でそれがままならなくなっています。2025年はあまりにも先の話ですが、20153月期に4割の地銀の利益率がマイナスになった」点がポイントです。その上、本業中の本業である貸出での収益確保も難しくなると金融庁が指摘しています。

   ついでに損保業界からも。

その4.損保協会会長からも日銀非難声明  日経ニュース

日本損害保険協会の北沢利文会長(東京海上日動火災保険社長)は15日、日銀が今後マイナス金利の深掘りを進めた場合の影響について「超長期の金利が低下すれば貯蓄性保険の販売をさらに抑えざるをえない会社が出てくる」と指摘した。日銀が超長期の国債買い入れを抑えて1年以下の短い期間の金利を中心に下げた場合でも、「損保会社の運用がさらに制約を受ける可能性がある」と影響を懸念した。

  銀行業界も損保業界も日銀の決定会合寸前のタイミングを見計らって、大きな声をあげています。こんなことはかつてなかったことで、異例中の異例です。

  さてクロちゃん、それでもマイナス金利の深堀をしますか?

 

  一方、金利低下に対してポジティブは反応を示したのは借り手側の「借り換え」です。低利と思って住宅長期のローンを借りていた人が、まさかの超低金利を目の前にして更なる金利低下のメリットを取りに行っています。

  そして企業は長期の設備投資資金やM&A資金の借り換え、もしくは将来の金利上昇に備えた先取りをしています。

 じゃ、マイナス金利はいいことなんじゃないの?

   こう言いたくなるのですが、そうは問屋が卸しません。金融機関は借り換えにより金利収入を減らしますし、もっと重大な問題を抱えることになります。

  貸し手の金融機関にとって一番こわいのは、調達金利上昇リスクです。そもそも銀行は短期の低い金利で調達し、それを長期の高い金利でまわし、利ザヤを稼いでいます。前回の「イールドカーブが立ってきた」というのは、利ザヤが増えたことを示します。

   長く続く日銀のゼロ金利政策の対象はもともと、オーバーナイトと呼ばれる超短期の金利です。それにつられて3か月物や1年物もかなり低い金利で調達できます。しかしこれらはごく短期の調達資金で、あくまで変動金利なのです。一方、長期あるいは超長期で貸し出す住宅ローンや設備投資の資金は固定金利です。

   景気や経済環境により短期の変動金利は大きく上昇する可能性があります。すると銀行の利ザヤは逆ザヤとなり、収益はマイナスになる危険性をはらんでいるのです。

   こうしてみれば、そもそも「異次元緩和とは、成功して景気が上昇しても金融システム全体がおかしくなるリスクを持ったまま運営されている」のです。

   「異次元だ、低金利だ」などと言って喜んでいると、内在する矛盾に後で泣くことになります。

つづく

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日銀に明日はあるか その4 イールドカーブが立った

2016年09月13日 | 日本の金融政策

  日銀の「総括検証」の中身と新たな緩和策について、様々な憶測が飛び交っています。黒田総裁や中曽副総裁の発言から、日銀が緩和自体を本格的に見直すようなことはなく、現状の追認あるいは深堀、もしくは政策の多様化だろうとの見方が多くなっています。

   検証を一般に披露するということの意味は、多少なりとも市場との対話を大事にする方向に舵を切ることだと私は評価します。その姿勢はFRBが普段から行っていることで、日銀とクロちゃんには欠けている部分です。きっとイエレンおばさんはクロちゃんに、「サプライズはダメよ」に加え、「唯我独尊もダメ」とジャクソンホールでさとしたのでしょう(笑)。

 

   前回の記事で私は日銀の保有資産と自己資本を比較して、いかに危うい状態にあるかを数字でお示ししました。日銀の自己資本はわずか3.5兆円なのに、保有資産は405兆円。そのうち国債が350兆円もあります。

   その国債の評価額は、金利がわずか1%上昇しただけで26兆円が吹っ飛んでしまう。2%の上昇では49兆円もの評価損になるという債券計算をお示ししました。3.5兆円の自己資本など風前の灯にすぎないほどの少額でしかありません。

     こうした金利上昇と評価損の発生シミュレーションは、民間銀行を規制するバーゼル銀行監督委員会のストレステストと同じ手法です。民間銀行はストレステストを受け、自己資本を積み増す必要に迫られます。なのに、中央銀行がストレステストを受けない理由は見当たりません。健全性は中央銀行にこそ必要なのですから。健全性は不換紙幣を発行している中央銀行にとって、最も大事なことだとも書きました。

   それをあざわらって国債を爆食しているのが日銀です。一方、民間銀行は日銀に国債を売却したことで、一見リスクを逃れたように見えます。しかし考えてみてください。民間銀行に分散していたリスクが中央銀行に集中したのですから、それこそがリスクの集中で、全部の卵を同じバスケットに入れたことになります。

   一国として考えると、中央銀行の資産劣化は財政危機がもとで始まる危機ですから、その波及は金融システム全体を含む国全体の危機となり、民間銀行だけがそれを免れるというものでは決してないのです。

   では、実際の市場金利の動向をちょっとチェックしておきましょう。今年に入りクロちゃんによる国債爆食ため市場金利もマイナスの度合いを深めていましたが、このところ日銀会合と「総括検証」を前にして、長期金利がかなり上昇しています。指標である10年物国債の金利も7月末から8月初めにマイナス0.3%程度まで低下していたものが、昨日はマイナス0.01%と、ほぼゼロ近辺まで急に上がってきました。さらに長期の20年、30年物金利は10年債以上に上昇しています。債券の専門家が言う、「イールドカーブが立ってきた」という状態です。

   「イールドカーブ」というのは金融用語では大事な言葉なので、ちょっと説明しておきます。

  イールドカーブとは、年限ごとに金利をプロットしてつないだ線の様子を示す言葉です。例えば一番短い翌日物金利がゼロ、3か月物が0.1%、1年物が2%、10年物が3%という右肩上がりの状態であれば、線は右肩あがりとなり、ノーマルな順イールド状態にあると言います。それがさらに翌日物の政策金利はそのままで、3か月物が1%、1年物が3%、10年物が7%になったとするとカーブの傾斜がきつくなるので、「イールドカーブが立った」と言われるのです。

  実際のグラフは日本相互証券の以下のサイトを参照ください。ちなみに日本相互証券とは、BBとも呼ばれ、証券・銀行などの債券トレードの仲介をする、ブローカーズ・ブローカー、なのでBBと呼ばれます。

http://www.bb.jbts.co.jp/english/bb-cmi/bb-cmi01.html

   ここにきてイールドカーブが立ってきた理由は、日銀の行き過ぎた国債爆食で金融機関が疲弊するのを、さすがに日銀も見て見ぬふりはできないだろうとの、市場の思惑によります。私の言う「日銀包囲網」の一角である金融機関の離反に、日銀もこたえる必要があると考え、市場もそれに同調したのでしょう。

   銀行というのはそもそも短期資金を調達し、長期で運用して利益を出します。日銀の翌日物政策金利はゼロ金利になったままですから、それで資金を調達し企業や個人に長期資金として0.5%とか0.8%で貸し付ければ、それなりのスプレッド、つまり儲けを確保することができます。

   10年物国債の利回りがゼロだと、それに連動して企業や個人への長期の貸付金利も下がってしまうので、儲けが出ません。イールドカーブがフラットだと金融機関がもうからなくなるので、金融機関の健全経営のためには、イールドカーブは若干でも傾斜し、つまり立っていなければならないのです。

   ちょっと面倒な話になってしまいましたが、これがいま金融界で最も重要な話題になっている「イールドカーブ」の解説です。

 つづく

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