クリントン対トランプのTV討論の結果について、内容の分析がだいぶ進んでいます。政策のどの中身をとっても、トランプの政策が勝っているという判定はありません。というより、一言で言えば「彼は口先だけで中身はない」ということがバレてしまった、ということです。
私はクリントンの支持者ではなく、トランプでさえなければだれでもいいくらいに「反トランプ」です。TV討論の私の勝手な判定は9:1でクリントン勝利と申し上げました。直後のCNNの調査は62:27と出ていました。TV討論前の二人の候補者の平均支持率は46:44程度だったので、その数字を前提に私なりのラフな計算をしますと、
クリントンは 62-46=16 16ポイント支持率が増加
トランプは 44-27=17 17ポイント支持率が低下
つまりトランプ支持者のうち16-17ポイント程度は、ヒラリーに軍配を上げたとなります。
TV討論前の両者の支持率を足し上げると、
クリントン46+トランプ44=90
10%の未決定者がいるため、上記の16-17ポイントの変化はそのまま移動したとは言えません。未決定者を計算に入れていない数字だし、調査は同じ人に行っているわけではないので、私の推定は割り引く必要があります。それでも、トランプ支持者の多くがクリント勝利としたと推定できます。
さらに今回の勝敗を決定づけたニュースは二つ。
その1.「トランプ陣営の有力者が負けを認めたことに、彼が怒りまくった」というニュースが出た。
彼はこれまでも自分が不利になるたびに「俺は悪くない。悪いのはキャンペーン・マネージャーだ」と言ってキャンペーン・マネジャーを交代させています。今回もまた反省することなく、当たり散らすだけでしょう。
その2.「マイクの調子が悪かったので俺の声がよく聞こえなかったし、司会者の仕切りが悪かった」、と当たり散らしている。
当たり散らす行為そのものが負けを認めたからなのですが、そう取られることすら彼は理解していません。
TV討論後も彼に不利な過去の事実が続々と噴出していて、CNNはニュージャージーの電車事故そっちのけでそうした新たな事実を続々と報道し続けています。
ではアメリカの新聞のうち、質の高い、いわゆるクオリティペイパーの判定報道を見てみましょう。
ニューヨーク・タイムズはトランプを「現代史上最悪の候補だ」と酷評しています。「口を開けばウソと暴言と放言ばかりで、女性差別主義者、人種差別主義者、ナショナリスト。政策の比較など無駄だ。ディベートも意味がない」、とまで言い切るほどです。ニューヨーク・タイムズ紙は初めからクリントン支持ではありますが、クオリティー・ペーパーがタブロイド紙のような言葉を使用して大統領候補を批判するのは、本当に珍しいことです。
ワシントンポストは、「この討論はクリントン候補のみが大統領としてふさわしい候補であると証明するものだった」、と言い切りました。
またウォール・ストリート・ジャーナルはまず、「討論中は終始クリントの攻勢にトランプは守勢に立たされ続けた。彼は雇用が海外に奪われていることと、クリントンがいわゆる従来型ワシントンの政治家で、自分はそうではないということを印象付けた」と論評。そして冷静に両者の政策を比較しつつ、「両者とも政策提言には欠けている。この低金利を利用して財政政策を活用してインフラを整備し、教育問題にもっとカネを使うべきだ」、と示唆しています。
世界の他地域の報道でもBBCやフィナンシャルタイムズ紙をはじめ、ほとんどが初戦はクリントン勝利だったと論評しています。
ところがおひざ元日本のNHKだけは別でした。当日夜9時の看板ニュースキャスターが現地まで出向き、第一報をこう伝えました。
「第一回戦は互角で勝負なし」
えっ?
私はそれを聞いて耳を疑いました。彼は普段からインタビューなどで英語をきちんと話すので、討論内容を理解できないはずはありません。なのにいったどうしたと言うのでしょう。
ニュースはその後政治アナリストへのインタビューが放映され、それで謎が解けました。インタビューされたのはアメリカの若手のアナリストで、その第一声が「今回の勝負は互角だった」と言ったのです。たった一人のアナリストの論評をそのまま報道してしまうとは、なんとずさんな取材でしょう。きっと今頃反省しているでしょう。
アメリカのメディアやアナリストは中立の立場でものを言うと思ったら大間違い。先ほどのクリントン支持のニューヨーク・タイムズや、反対に徹底したトランプ支持のロスアンゼルス・タイムズのような新聞がたくさんあります。また新聞だけでなくアナリストですら、一方的にどちらかを支持するのは当たり前なのがアメリカです。NHKのキャスターはそれを知ってか知らずか、他への取材もせずに大見出しとして使ったのでしょう。なんともお粗末の一席でした。
ロスアンゼルス・タイムズは世論調査で常にトランプの支持率がクリントンを7-8%も上回っているという結果を何度も何度も出し続けています。私には異様に見えます。
日本や各国の報道で使う支持率は「リアル・クリアー・ポリティックス」というところのHPに出ている結果を使っていると先日申し上げました。そこが各世論調査結果をいくつも集計し平均値を算出していて、便利だからです。各調査結果もすべて出ているのですが、よく見ると一番頻繁に出るのがロスアンゼルス・タイムズの調査結果です。いつも突出してトランプがリードしているという異様な結果を示しています。
ということは数字ヲタクの私に言わせれば、「平均値がクリントン46対トランプ44だと言っても、実は調査頻度の多い非常に偏ったLAタイムズが、平均値を捻じ曲げている」のです。
日本や世界の報道も、ここの統計を使うときには、そのくらい中身を知って使うべきです。
ということで、私のトランプ嫌いのバイアスを別として、TV討論の第1ラウンドでクリントンが勝利したことと、トランプだけはアメリカの大統領にふさわしくないことが明らかになりました。
トランプは「俺はTV討論の予習なんかしない」と大見得を切っていたのですが、尻に火がついてしまったため予習をすることにしました。その家庭教師は現ニュージャージー州知事のクリス・クリスティだと発表がありました。クリスティはキャンペーン中、いつもトランプの背後霊のように付き従い、名前と顔を全米に売り込んでいたのですが、共和党のプライマリーで早々に撤退した今回の負け組の一人です。それを聞いてきっとクリントンはほくそ笑んでいるにちがいありません。
以上