連休がはじまりましたね。みなさんのご予定は?
連休中にお時間のある方向けに、黒田日銀の緩和策の本当の中身をじっくりと解説します。
長文にご注意を!
4月4日に発表された黒田日銀の「異次元の金融緩和策」の中身の解説から始めます。かなり難しいお話ですが、極力易しく説明していきますが、わかりづらい部分などございましたら、遠慮なくご質問ください。
黒田日銀の次元の違う緩和策の中核は、「マネタリー・ベースの2倍増」です。新総裁が「2年で2倍」といっているものです。みなさんにとってわかったようでわかりづらいのが、この「マネタリー・ベースの2倍増」だと思います。
デフレ克服のために「日銀は世の中に出回るオカネを2倍にする」とみなさん考えていらっしゃいませんか?
違います。
「日銀の緩和策は、世の中に出回るオカネを増やすための仕掛を大きくするだけで、世の中のオカネが増える保証はありません」。
その仕掛の巨大化は00年代の前半から世界に先駆け日銀はずっとやってきて効果が全くなかったのですが、今回はそれをさらに2倍にしてやってみるだけです。数字を交えて解説していきます。
日銀の仕掛を「マネタリー・ベース」と言います。それが元手になり、その何倍かのオカネが世の中に出回るはずなので、「ベース」と言うのです。
実際に世の中に出回っているオカネの量は、「マネー・ストック」と言います。昔の「マネー・サプライ」と同じです。サプライという言葉は「供給する」というフローの概念の言葉ですが、世の中に存在しているオカネは新規の供給ではなくすでに積み上がったストックの概念の言葉なので、用語をマネー・サプライからマネー・ストックに変更しています。
ではまず大元の仕掛である日銀の「マネタリー・ベース」とは何かを説明します。
簡単に言いますと、「日銀が世の中に供給する現金と、銀行が日銀に預けている当座預金の合計」です。
日銀が市場から(売り手は銀行)国債を買うと、現金で支払うのではなく、日銀にある銀行の当座預金の額を増やすことで、支払ったことにします。銀行は自分の当座預金ですからいつでも引き出し可能です。こうして日銀はマネタリー・ベースを今後2倍に増やします。
マネタリー・ベースの大きさは13年3月末で146兆円です。それを大きくすると、その後世の中のオカネも増えると言われています。
一方、世の中に出回っているオカネ=「マネー・ストック」とは、みなさんや企業の手元にある現金と両者が銀行に預けている預金の合計です。預金はいつでも現金化が可能なので、カウントに入れます。マネー・ストックは3月末で828兆円です。日銀のマネタリー・ベースが146兆円で、世の中のオカネ、マネー・ストックが828兆円ということは、倍率を計算すると
828 ÷ 146 = 5.7倍・・・レバレッジの倍率は5.7倍です
日銀がマネタリー・ベースを1増やすと、世の中のオカネ、マネー・ストックは5.7増える、ということです。ですので日銀のマネタリー・ベースのことを威力のある「ハイパワード・マネー」と呼んだりします。
では、過去の「大胆な金融緩和」の結果を数字で見てみましょう。
00年代前半の「大胆な金融緩和」は01年から04年の間に行われました。マネタリー・ベースとマネー・ストックの数字を比較します。
01年 04年
日銀マネタリー・ベース 68兆円 ⇒ 108兆円 プラス 60%
世の中のマネー・ストック 640兆円 ⇒ 683兆円 プラス 7%
倍率 9.4倍 ⇒ 6.3倍
日銀は01年から04年にかけて世界に先駆ける「大胆な金融緩和」で「仕掛」であるマネタリー・ベースを60%増やしましたが、世の中に出回るオカネは7%しか増えなかったのです。
最初に「日銀の緩和策は、世の中に出回るオカネを増やすための仕掛を大きくするだけで、世の中のオカネが増える保証はありません」と申し上げましたが、それを数字で示すとこのようになります。
マネタリー・ベースとマネー・ストックの倍率をレバレッジ(テコ)と呼べば、レバレッジは01年の9.4倍から04年には6.3倍に低下して終わった、ということになります。
そして現時点のレバレッジ倍率はさらに減って先ほど5.7倍だとお伝えしました。倍率は低下の一途をたどっています。日銀がマネタリー・ベースを増やした時、レバレッジが低下しなければ、世の中に出回るオカネは倍率どおり増えますが、実際にはそうはなっていません。
日銀は自分でマネタリー・ベースをほぼ自在にコントロールできますが、世の中のオカネの量は、ままならないのです。
何故か?
世の中のオカネの量は、銀行が日銀に預けた当座預金をおろして貸したり、日銀から借り入れて貸し付けることで増加します。しかし、みなさんの金融資産が1,500兆円もあり、銀行にジャブジャブに滞留しているので、銀行は日銀に預けたオカネをおろす必要がありません。銀行は企業や個人への融資に対して、自分のオカネで対処可能です。高度成長時代のようにオカネに飢え、日銀からの資金供給を渇望することなど全くないのです。
ですので今回の「異次元の緩和策」も、日銀がマネタリー・ベースをいくら2倍にしたところで、世の中のオカネの量はたいして変わらず、これまでのようにただレバレッジ倍率が縮小しただけで終わる可能性のほうが大きいのです。「今回だけは違う」という説明は、黒田総裁から全くありません。
01年の日銀マネタリー・ベースは68兆円でした。現在は146兆円だとお伝えしました。すでに日銀は仕掛をすでにちょうど2倍にしているのです。その間、世の中のオカネであるマネー・ストックは1.3倍にしかなっていません。その仕掛を4倍にしようというのが「異次元の金融緩和」の中身です。
日銀がいくら仕掛を大きくしたところで、世の中がそれに反応して経済が活性化し、インフレにつながるとは限らないのです。
こうして説明しても、みなさんは日銀のマネタリー・ベースが3月末で146兆円なのに、何で世の中に出回っているオカネ、マネー・ストックが828兆円もあるのか、ということに疑問を抱くかもしれません。そのメカニズムはとてもわかりづらいことですので、具定例を使って説明をさせていただきます。
日銀のマネタリー・ベース146兆円の内訳は、現金88兆円、当座預金58兆円です。世の中のマネー・ストックは828兆円です。日銀の現金88兆円は、世の中のオカネ、マネー・ストックでも同額の88兆円です。マネー・ストック全体の828兆円から現金88兆円を差し引いた残りの740兆円はみなさんと企業などの預金です。
日銀マネタリーベース =現金88兆円+当座預金58兆円
世の中マネー・ストック=現金88兆円+預金740兆円
それを勘案すると次の様に言いかえることができます。「日銀の当座預金が58兆円しかないのに、何故世の中には740兆円も預金があるのか」。
理由を説明します。例えば企業は100のオカネを元手として借りて、商売を始めそれを120に増やします。翌年は20を預金し、また借りた100を元手に120に増やす経済活動を続けます。銀行は預金された20を他の企業に貸して、それがまた新たな商売により次の預金増加になって返って来るという循環が起こり、金融が経済活動により増殖を続けます。そのオカネの一部は賃金として我々に払われ、それが個人の預金を増加させ、銀行はそれをまた貸し出す。これが「信用創造」という金融の基本的メカニズムです。
そうした資金の循環は経済が活発だとどんどん膨れます。企業の資金需要が強ければ、銀行は日銀に預けた当座預金をおろして貸出をします。銀行は準備預金という日銀への強制積立部分を残して全部貸出すことが可能ですし、さらに足りなければ当座貸し越しという形で日銀から借金をして企業に貸します。こうしたことを繰り返して世の中の預金が日銀当座預金の58兆円をはるかに超えて740兆円に増えたのです。
このメカニズム、似たものがあります。政府による公共投資です。高度成長期には、公共投資を1実行すれば、投資が投資を呼び、それがまた次の投資を呼び・・・1が2を超えて効果を持つ「乗数効果」というメカニズムが働きました。しかしそれも今は昔、すでに乗数効果はほとんどない段階に入りました。理由は過剰に設備が存在するからです。ということで政府もさすがにバラマキをあきらめたのを、みなさんもご存知でしょう。実は信用創造もこの段階にすでに達しているのです。
現在、日銀にある市中銀行の当座預金は58兆円だと申し上げました。銀行が日銀に準備預金として強制的に預けなくてはならないのは7兆円だけです。なのに58兆円も積んでいるのは、企業の資金需要がないからです。余りの51兆円は言葉は悪いですが「ブタ積み」と言われます。みなさんもその言葉をお聞きになったことがあるかもしれません。
「異次元の金融緩和」によって日銀は銀行からさらに国債を買い上げても、銀行は売ったオカネの大部分を日銀にブタ積みするだけです。なにしろ今でも51兆円もブタ積みしているのですから。
異次元の緩和策で日銀は「今後1年で60兆、2年目には70兆、合計130兆円銀行から国債を買い上げて資金供給をする」としています。
51兆円もブタ積みをしている銀行はその上2年で130兆円の余剰資金がきたら、いったいどうするのでしょうか。日銀は、いやがるがちょうの口を強引に開けてエサを詰め込み、フォアグラでも作るのでしょうか。
その前に、果たして銀行は日銀に130兆円も国債を売るかとうい問題もあります。最近、こうした強引な日銀の買いオペレーションに対して銀行が国債を売らず、目標買入れ額に届かない「札割れ」を起こすことがしばしばあります。銀行は余剰資金をもてあましていて金利の低い国債をしかたなく買っていますが、それを売ってしまえばさらに運用に困るのです。
黒田日銀は、こうしたことになるのも重々承知したうえで、「異次元の金融緩和」をしようというのです。
今回は「黒田日銀はそれをわかっていながら何故やるのか?」の解説をするつもりでしたが、信用創造という深遠な世界の説明で終わってしまいました。
次回は黒田日銀の本丸に迫りましょう。