因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団文化座 166『花と龍』

2024-02-23 | 舞台
*火野葦平原作 東憲司(劇団桟敷童子)脚本 鵜山仁(文学座)演出 2024年都民芸術フェスティバル参加公演 公式サイトはこちら 六本木/俳優座劇場 3月3日まで 
 明治の終わりから昭和まで、北九州若松港を舞台に港湾労働の近代化の時代を力いっぱい生き抜いた玉井金五郎と妻マン、その家族はじめ周辺の人々を描いた大河小説が『花と龍』である。作家火野葦平が両親と長男である自身を実名で登場させた。原作のあとがき(昭和28年5月)に、最後の行を書き終えたとき不覚にも落涙したとある。あとがきの結びにも「―駄目だ。また涙が出て来た」とあり、作家の一念が熱く伝わってくる(玉井金五郎の甥は、アフガニスタンの村々に井戸を掘り、多くの人に慕われた医師・中村哲氏である)。

 『花と龍』と言えばさまざまな俳優、監督の手で映像化され、村田英雄による歌も有名で(Wikipedia)、「任侠もの」のイメージが濃厚であった。しかし原作と今回の舞台からは感じたのは、故郷を飛び出し、「ゴンゾウ」と呼ばれる沖給仕として懸命に働く一人の若者が、同じく家を捨てた娘と惹かれ合って一緒になり、仲間たちと力を合わせ、ここをもっと働きやすい職場にして、皆の暮しを良くしたい、そして大きな夢を叶えたいと願うひたむきな姿である。とにかくまじめで誠実、腕っぷしは強いが「喧嘩は嫌いじゃ」と暴力で相手をねじ伏せることは最後まで避ける。横柄な相手に対しても膝に手を置き、腰を折って深々と辞儀をし、辛抱する。そして結果的に人望を得て、自分では望んでいないのにリーダーとなり、仲間をまとめ上げていく様相は、任侠というより地道で誠実な働き人である。「ゴンゾウの仕事が好きなんじゃ」という台詞が何度もあるように、金五郎は自分の仕事と仲間を愛する人なのだ。

 休憩を挟んでたっぷり3時間の長丁場だが、初めから終わりまで集中が途切れることなく観劇した。俳優が声を張り上げたり、肩に力の入った演技をしないので、客席に台詞の一言ひとことがよく聴こえ、疲れさせない。舞台中央奥には打楽器奏者・作編曲家の芳垣安洋、高良久美子が生演奏で物語を支え、盛り上げる。場面は船着き場や料亭の座敷、賭場、船上と目まぐるしく展開するが、一杯道具の舞台美術に違和感はない(乗峯雅寛舞台美術)。はじめはほんの数本飾られていた菊の花が、物語が進むにつれて次第に増えてゆく。菊はマンという女性を象徴する花であり、金五郎を支え、慰めるものだ。多くの人々が激しく渡り合う熱量の高い舞台において、菊の花のあたりには静けさが漂い、香りまでしてきそうな静謐な空間を作り出している。

 主人公玉井金五郎を演じるのは、昨年紀伊國屋演劇賞を受賞した藤原章寛である。堂々たる主演というより、あくまで謙虚であり、小心で恥ずかしがり屋の玉五郎の気質を丁寧に演じている。妻のマンは新人の大山美咲で、小さなからだから溢れるような熱情と度胸が気持ちよい。壺振りで彫り物師、玉五郎の人生に複雑な影を落すお京の高橋美沙の切ない色香、町一番の実力者吉田磯吉役の青木和宣の上品な貫禄、そして伝説の女侠客と謳われるどてら婆さんこと島村ぎんの佐々木愛は不動の安定感だ。新人は複数役を兼ね、それぞれの持ち場を誠実につとめている。

 俳優を志し、どこの劇団に所属するか、研究生から座員に昇格できるか、自分の望む役、作品に出会えるかは運命のようなものだ。藤原章寛は数々の作品で大役をつとめ、今や劇団の顔と言ってもよい。自分がこれまで観て来た藤原の出演舞台を思い起こしてみると(1,2,3,4)、そこにあるのは、ひとりの俳優を手塩にかけて大切に育て、鍛え上げる劇団の姿勢である。その人ひとりで出来ることではなく、多くの共演者、スタッフが心を合わせなければならない。主役級の俳優が一人生まれることは、その数倍の共演俳優をも充実させ、良き舞台成果に結実する。藤原だけでなく、たとえば『反応工程』の学生、『子供の時間』の女生徒を演じていた俳優方が、今回まったく違う役柄を立派につとめていることからもそれがわかる。

 佐々木愛という人の力を改めて考える。自ら俳優として舞台に立つだけでなく、原作の脚色や演出、後輩の指導を行い、常に新たな舞台を求めてさまざまな劇作家、演出家の懐に飛び込む。文学座の杉村春子、民藝の奈良岡朋子、演劇集団円の岸田今日子など、劇団を背負った俳優は数多いが、その誰とも異なる稀有な存在であると思う。

 舞台は闇討ちに遭った金五郎が奇跡的な快復の兆しを見せたところで終わる。マンの胎内には初めての子が宿っており、これが火野葦平である。いや、無理を承知で、もっと先まで観たいという願いが湧いてくるが、それを収めて今宵の舞台の印象を深く心に刻みつけよう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 劇団民藝公演『やさしい猫』 | トップ | 猿若祭二月大歌舞伎 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事