因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文化座『稲葉小僧』

2015-02-28 | 舞台

*三好十郎作 原田一樹演出 劇団公式サイトはこちら 田端/劇団文化座アトリエ 3月1日まで
 駅の出口をまちがえてアトリエ到着まで時間がかかってしまった。とはいえ開場して10分程度しか経っていないのに、小さなアトリエはすでにほとんどの席が埋まっており、最前列の丸椅子に座ることに。

 敗戦後まもない東京の小さな外科病院の待合室で繰り広げられる1時間15分の短編である。物語もいたってシンプルだ。上海から帰ってきたやくざ者の稲葉小六(藤原章寛)は、かつての恋人絹子(長束直子)と磐城の炭鉱へ行こうと決心した。一面焼け野原になった東京と、生気のない人々に失望しながらも、絹子との新しい人生にやる気満々だ。
 子分の「のろ文」こと戸部文三(佐藤哲也)とふたり、尋ね尋ねしてやっとたどりついた山田醫院は鎮まりかえっている。ようやく出てきた看護婦や婦長、医師、やがて小六が絹子と勘違いする若い女性とのとんちんかんなやりとりの果て、絹子はべつの男性と所帯を持っており、間に生まれた男の子が急病で手術をしたのだが経過が思わしくないことがわかる。

 きちんと将来を約束したわけでもなく、6年間手紙ひとつ書かずに放っておいた女がずっと自分を待っていると思い込んでいるのはまったく小六がおめでたい男であるからにほかならない。やくざ稼業に身を染めて、さんざんあこぎなこともしてきたらしい。それが心機一転堅気になるという。その輝くような希望が一瞬にして打ち砕かれてしまうのだ。しかし前述のとおり、小六の行状は決してほめられたものでもなく、この点にあまり心は動かない。
 しかし術後の子どもに輸血が必要で、婦長が強引に小六へ採血を迫ったとき、彼がなぜあそこまで拒絶するのかを想像すると、この人もまた戦争によって傷つき、多くの失敗を重ね、後悔を抱えていることが伝わってくるのである。こんな俺の、こんなに汚れきった血を、かつて愛した女が生んだ大事な子どものからだに入れさせたくない。拒絶というよりも怯えて逃げるという感じであった。
 終幕、輸血によって子どもに回復の兆しがみえ、院長から「君の血は立派な血だ」と太鼓判を押された小六はむせび泣く。子どもの命だけではない。彼の人生もまた救われたのだ。

  文化座は本作を敗戦の翌年1946年に初演し、劇団としての活動を再開した。登場人物たちの身の上は実際に多く見聞きするものであったろうし、その実感、実体験の重みは、いくら想像しても追いつかない。70年近い歳月を経て再演に取り組んだ文化座にとってもさまざまな困難を伴ったことであろう。
 しかし客席最前列で目にした稲葉小六はじめ、人々の苦悩や悲しみは、「むかし日本でもこんな時代があったんだな」というノスタルジアに回収されるものでは決してなかった。何とかして立ち上がり、生き抜きたい。立ち直って大切な人と幸せになりたい。その願いは時代を超えて共通のものであり、戦争がなくなって衣食住という点では比較にならないほど安定感のある現在の日本であってもなお、「生きたい」と一心に願う人の気持ちには、通じ合うものがあるのではないか。

 べたついた人情噺に陥らず、時代を超えた普遍的な人間ドラマとして成立したのは、俳優陣の過不足ない演技のためであろう。 今回の登場人物でいえば、しばしば「おどけすぎる子分」や、「きつすぎる看護婦」になってしまうことは十分にある。しかしのろ文役の佐藤哲也は、抑えても抑えても表情や声、しぐさに温かな人柄が出てきてしまい、早とちりで直情型、しかも今回のことでさぞや落胆している小六を、のろ文さんなら何とか支えてくれるのではないかと観客に安心感を抱かせてくれる。また本田婦長役の小谷佳加は、何があっても動じないプロの医療者を堂々と演じ、元軍医という設定の山田院長(白幡大介)が血に染まった手術用手袋をしたまま煙草を吸うのを手伝う所作の手馴れたところなど、惚れぼれするほどであった。

 いい舞台だった。終演後のアトリエ周辺は笑顔の観客であふれ、駅に向かう道々も感想を口にする歩みがしばらく続く。しかしそれも少しずつばらばらになり、いつのまにか消えている。少しさびしいが、この繰り返しが観劇の喜びを形成していく。
 元気を出して明日も生きよう。そう思わせてくれる舞台であった。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (劇団文化座)
2015-03-16 16:02:22
こんにちは。
劇団文化座制作部の朴恩美と申します。
劇評ありがとうございます。
劇団員に力になれる言葉なのでみんなにも読ませていただきます。
これからもよい舞台になれるように頑張ります、よろしくお願い致します。
Unknown (宮本 起代子)
2015-03-22 17:48:54
劇団文化座 朴恩美さま

当ぶろぐにお越しくださいまして、
ありがとうございます。
お返事が遅くなり、すみません。

『稲葉小僧』は忘れられない舞台になりました。
どうかこれからもみる人の心をなぐさめ、元気づける舞台を作ってくださいませ。
楽しみにしております。

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