2016/1/20放送
板倉邦雄です。 今日はですね「目は体のあかり」という題でお話ししましょう。私の妻は昨年、両目を白内障のために手術しました。白内障は目の水晶体--レンズ--が濁ってきて、やがて見えなくなるのです。イエス様が「あなたの目は体の明かりである」と言われた意味が少し分ります。
ではここでルカの福音書11章の33節から36節を読んでいただきましょう。
「だれもあかりをともして、それを穴倉の中や枡の下に置くことはしない。むしろはいって来る人たちに、そのあかりが見えるように、燭台の上におく。あなたの目は、からだのあかりである。あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいが、目がわるければ、からだも暗い。だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、あかりが輝いてあなたを照す時のように、全身が明るくなるであろう。」(口語訳聖書)
ここでイエス様が言いたい事は何でしょうか。「体の目が澄んでいれば全身も明るいが、目が悪くなれば体全体が暗くなって不自由になるでしょう。だからあなたがたの心の目も悪くならないように注意しましょう。心の目が濁ってきますと心の内が暗く沈んできて全身が不自由になるからです。」
このイエス様のことばからしますと、私たち人間には二つの体が存在するようです。一つは目に見える肉体の体です。もう一つは目に見えない霊的な体です。私たち人間は他の動物や植物とは異なり、肉体と霊そして魂という三つの構造によって成り立っているようです。ですから体の健全さと霊と魂すなわち心の健全さの両方が必要なのです。
では霊魂・心の目が濁って来たらどうしたらいいのでしょうか。心という体全体が暗くなったらどうしたらいいのでしょうか。心を構成すると考えられる理性や感情そして意志が暗くならないようにしたいものです。心が暗くなるのは、私たちの罪の性質から来るようです。ですから汚(けが)れた罪を取り除くことが必要ではないでしょうか。
自分ではできません。汚れた罪を取り除くことができるのは魂の医者でありますイエス・キリストだけです。イエス様は私たちの罪の汚れを取り除くために神の小羊としてこの世に来てくださいました。
次にこの霊魂の医者であるイエス・キリストを信じて委ねることが必要ではないでしょうか。イエスは言われました。丈夫な人には医者は要らない。要るのは病人である。わたしが来たのは義人を招くためではなく罪人を招くためである。マルコの福音書2章17節
(PBA制作「さわやか世の光」2016.1.20放送でのお話より )
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ
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板倉邦雄です。 今日はですね「目は体のあかり」という題でお話ししましょう。私の妻は昨年、両目を白内障のために手術しました。白内障は目の水晶体--レンズ--が濁ってきて、やがて見えなくなるのです。イエス様が「あなたの目は体の明かりである」と言われた意味が少し分ります。
ではここでルカの福音書11章の33節から36節を読んでいただきましょう。
「だれもあかりをともして、それを穴倉の中や枡の下に置くことはしない。むしろはいって来る人たちに、そのあかりが見えるように、燭台の上におく。あなたの目は、からだのあかりである。あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいが、目がわるければ、からだも暗い。だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、あかりが輝いてあなたを照す時のように、全身が明るくなるであろう。」(口語訳聖書)
ここでイエス様が言いたい事は何でしょうか。「体の目が澄んでいれば全身も明るいが、目が悪くなれば体全体が暗くなって不自由になるでしょう。だからあなたがたの心の目も悪くならないように注意しましょう。心の目が濁ってきますと心の内が暗く沈んできて全身が不自由になるからです。」
このイエス様のことばからしますと、私たち人間には二つの体が存在するようです。一つは目に見える肉体の体です。もう一つは目に見えない霊的な体です。私たち人間は他の動物や植物とは異なり、肉体と霊そして魂という三つの構造によって成り立っているようです。ですから体の健全さと霊と魂すなわち心の健全さの両方が必要なのです。
では霊魂・心の目が濁って来たらどうしたらいいのでしょうか。心という体全体が暗くなったらどうしたらいいのでしょうか。心を構成すると考えられる理性や感情そして意志が暗くならないようにしたいものです。心が暗くなるのは、私たちの罪の性質から来るようです。ですから汚(けが)れた罪を取り除くことが必要ではないでしょうか。
自分ではできません。汚れた罪を取り除くことができるのは魂の医者でありますイエス・キリストだけです。イエス様は私たちの罪の汚れを取り除くために神の小羊としてこの世に来てくださいました。
次にこの霊魂の医者であるイエス・キリストを信じて委ねることが必要ではないでしょうか。イエスは言われました。丈夫な人には医者は要らない。要るのは病人である。わたしが来たのは義人を招くためではなく罪人を招くためである。マルコの福音書2章17節
(PBA制作「さわやか世の光」2016.1.20放送でのお話より )
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