♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■「光」の交わりに生かされて / 岩井基雄

2021年11月30日 | Weblog

2021/6/15放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 私がラジオ番組「世の光」を初めて聴いたのは中学生の時でした。羽鳥明先生と出会い先生のラジオメッセージを書き留め始めていた私の父に促されてでした。

 ある日、父の代わりに先生のメッセージをノートに書く手伝いをしましたが、進化論と聖書の記述の違いに葛藤を覚えていた私にとってそれは恵みの時でした。メッセージを幾度も聴き、書き下ろすひと時は、聖書が語る神の大きさを改めて知るきっかけとなったのです。

 そしてその後、キリストの光に心の闇が照らされ自分の傲慢さを示されていきました。それが光の交わりに生かされる始まりだったのです。

 キリストはこう語りました。
 「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」
                  新約聖書 ヨハネの福音書8章12節

 光には四つの働きがあると言われます。物を照らし、暖め、人を導き、いのちを育みます。そのとおりに神の御子キリストは私たちの心を照らし、心の闇を明らかにします。しかしそれは愛のゆえであり、私たちはその愛によって心暖められるのです。さらに私たちは光によって正しい方向に導かれ、豊かな成長が与えられていくのですね。

 この光であるキリストとの交わりが私の神様への信頼の始まりとなりました。他のラジオメッセンジャーにも励まされ、私は中学二年生の時に自分の罪を認め、その罪のゆえにキリストが十字架にかかって下さったことを信じ告白し、洗礼を受けました。その後、幾度も自分の罪を示され、そのたびに神の前に悔い改める機会、罪の赦しを確認する恵みの時が与えられ続けています。

 あなたもキリストの光に照らされることを恐れず、心を開き、罪を認める勇気を持ちませんか? そこからあなたの新しい人生が始まるのです。

 聖書のことば
 「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」
         新約聖書 ヨハネ第一の手紙1章9節

 イエス・キリストは、あなたの全てをご存じで、なおあなたを愛してくださっているのです。

   (PBA制作「世の光」 2021.6.15放送でのお話より ) 


*** 

このサイトは URL名として 
 http://yonohikari.biblica.info  
が使えます。。。携帯からもこのURLでどうぞ。 

*** 

東海福音放送協力会へのお問い合せは、 
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ 

***  

 

 


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■「世の光」との出会い / 岩井基雄

2021年11月29日 | Weblog

2021/6/14放送

 世の光の時間です。お元気ですか、岩井基雄です。
 この「世の光」のラジオ放送が始まって70年が経ちました。神様の愛とあわれみ、また皆様のお祈りとご支援を通してこの働きが守られ支えられていますことを心から感謝しています。

 私がラジオ番組「世の光」の放送を初めて聴いたのは中学一年生の時でした。当時、徳島県で牧師をしていた私の父が、番組を始められた羽鳥明先生と出会い、そのメッセージに感銘を受け、私の父がこの番組を私に紹介してくれたのです。

 私の父は三代目のクリスチャンで、牧師になる前は軍人でした。敗戦後に神の愛を伝える伝道者となり、文章で神の愛を届ける働きをしていました。しかし身体を壊し、同じく軍人を経て牧師をしていた私の祖父のところで休みを得ました。その後、高知県でのキリスト教会の開拓、兵庫県で副牧師としての歩みを重ね、私の祖父が天に帰った後、徳島の脇町教会で牧師として歩みました。

 その間、さまざまな葛藤も経験したようです。しかし羽鳥明先生との出会いは父に力と励ましを与えました。3分という短い時間で聖書の中心的なメッセージを語り心に届けるこの「世の光」の放送に豊かな感銘を受けたのです。

 そして父は毎朝「世の光」のラジオメッセージを自分のノートに書き取り始めました。今年で95歳になる父ですが今も尚それは続いていて、メッセージノートは既に数百冊になっています。そしてその聖書からのメッセージを何度も味わって日々を過ごしているのです。95歳になろうとする今も歩みが支えられ認知症からも守られています。全てが主の恵みという他ありません。

 父はこのラジオ放送の働きを四国でも広げたいと願い、1997年からは徳島での「世の光」放送のスタートに関わり24年が経つことも神様の大きな恵みです。

 聖書のことば
 「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。」
          新約聖書 ローマ人への手紙 8章28節

 あなたも神のことばである聖書のことばを心に深く受け止め、神の愛と平安に生かされる歩みを続けていきませんか?

   (PBA制作「世の光」 2021.6.14放送でのお話より ) 


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このサイトは URL名として 
 http://yonohikari.biblica.info  
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、 
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■死を超える希望 / 黒木昭江

2021年11月27日 | Weblog

2021.6.12放送

 世の光の時間です。今週は、名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 皆さんは、人生は死んだらもうおしまいだと思いますか? 死とはどのようなものでしょうか。

 私が初めて死を意識したのは小学校一年生の時でした。祖父が亡くなったのです。お葬式のあと火葬場へ行き、私もお骨を拾いました。衝撃的でした。自分もいつかは死ぬ。そう思い、怖かったのです。

 死を恐れた幼かった日から何年も経ち、今の私は当時よりも死に近づいています。でも今ではもう死を恐れてはいません。なぜなら聖書が、人は死んで終わりではない、復活して神と共に生きるようになる、と伝えているからです。

 キリスト教の伝道者パウロが死ぬ間際に書いた手紙が聖書に収められています。彼はこう書き記しました。

 「私が世を去る時が来ました。私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」
                (テモテへの手紙第二 4章6節~8節)

 死への恐れでもなく、人生が終わってしまうことへの嘆きでもなく、死の向こう側にある希望がパウロの心の中いっぱいに広がっていました。「義の栄冠」と語られている神様に、「よくがんばって生きたね。」と言っていただく日が近づいていることをパウロは喜んでいたのです。

 パウロのように死の向こう側に希望を抱いて亡くなった方々を私は教会で見てきました。昨年に天に召された70代の女性は病にかかり、あっという間に悪くなりました。お見舞いに伺うと、「先生、お葬式お願いね。」と言われ、確信に満ちたお声で「早く天国へ行きたい!」とおっしゃいました。この希望はキリストを信じるなら誰にでも神様が授けてくださいます。

 主イエス・キリストのみことば
 「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
     ヨハネの福音書11章25節

   (PBA制作「世の光」2021.6.12放送でのお話より)
 


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この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

 


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■誰でもやり直せる / 黒木昭江

2021年11月26日 | Weblog

2021.6.11放送

 世の光の時間です。今週は、名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 皆さんは、人は変われると思いますか? ことばや態度に問題を抱えて生きてきた人がそれを変えることは可能なのでしょうか。

 聖書にザアカイという人が登場します。この人は、たくさんの財産を持っていました。けれどもそれは汚(よご)れたお金でした。当然、町の人たちからは嫌われていました。悪循環というか、人々から嫌われ、それを見返すように不正なやり方で富を築き、ザアカイはお金と二人ぼっちの生活に陥っていきました。

 ある時、イエス・キリストがザアカイの住む町を訪れます。ザアカイは木に登ってキリストを上から眺めようと考えます。キリストはザアカイが登った木の下で立ち止まって、「ザアカイ、わたしは今夜、あなたの家に泊まることにした。」と言うのです。

 ザアカイはキリストを家に招きました。それだけでなく、心を開いてキリストの愛を受け入れました。そしてこう言ったのです。「私は財産の半分を貧しい人たちに施します。脅し取った物は四倍にして返します。」

 ザアカイはキリストによって人格を造り変えられたのです。新しい人生が始まったのです。

 私も長年、ことばも態度も問題を抱えていました。周りの人たちを責めることが多く、自分の人生にも不満を抱いて、とげとげしいことばを吐くことが多かったのです。けれども、イエス・キリストが私の心を徐々に造り変えてくださいました。キリストが私をありのままで受け入れ、愛して下さることを実感する中で、人に要求するのではなく人を愛し人が幸せになることを喜びとするようになりました。

 キリストは私たちを変えてくださいます。キリストがついているならだれでもやり直せるのです。

 聖書のみことば
 「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」
         (コリント人への手紙第二 5章17節)


   (PBA制作「世の光」2021.6.11放送でのお話より)
 


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この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

 


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■神のみわざが現れる / 黒木昭江

2021年11月25日 | Weblog

2021.6.10放送

 世の光の時間です。今週は、名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 皆さんは、「これさえなければいいのになぁ」と思うご苦労をしておられることが何かありますか? 聖書に生まれた時から目の見えない男性が登場します。この人は物乞いをして暮らしていました。苦労に苦労を重ねて生きていたのです。

 キリストの弟子たちはキリストに尋ねました。「この人が盲目になったのは、この人が罪を犯したからですか。それとも両親ですか。」

 弟子たちの心ないことばにキリストは答えます。
 「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。」 (ヨハネの福音書 9章3節)

 そして男性の目を癒やされました。盲目の男性は見えるようになり、それだけでなく、このことがきっかけでキリストを信じ、礼拝するようになりました。

 私たちは生きる上で様々な苦労があります。でも、キリストについて行くなら苦しみとの向き合い方が変わっていきます。苦しみ自体は変わらなくても、苦しみの上に神のみわざが現れるようになるのです。

 私は子どもの頃、勉強も運動もできず忘れ物も多くて、先生に怒られてばかりいました。クラスメートも私をからかいました。子ども時代は嫌な思い出しかないと思っていたのですが、信仰をもつことによって過去の捉え方が変わったのです。自分はダメな人間だと思っていたのが、そんな私をも愛して下さる神様がいるのだという感謝へと変わりました。

 さらに、教会で自分の過去と同じような経験をもつ方々と出会い、一緒にその体験を、神様の視点で見直してみるという作業をするチャンスに恵まれました。私のネガティブな過去は神様の素晴らしさを知るための体験となったのです。

 イエス・キリストはおっしゃいます。
 「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです。」
                ヨハネの福音書9章3節

   (PBA制作「世の光」2021.6.10放送でのお話より)
 


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■たった一人が大切 / 黒木昭江

2021年11月24日 | Weblog

2021.6.9放送

 世の光の時間です。今週は、名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 あなたはかけがえのない大切な存在です。そう言われて、「はい、そのとおりです。」と答えることができますか? 聖書にイエス・キリストがなさったこんな話があります。
 ある羊飼いが百匹の羊を飼っていたのですが、一匹が行方不明になります。羊飼いはそのたった一匹のために、どこまでも探し歩くのです。ようやくその羊を見つけた時、羊飼いは大喜びで羊を肩に担いで連れ帰りました。そして何と近所の人々を集めて羊が見つかったことをお祝いするパーティーを開きました、という物語なのですが、「そこまでするの?」と思います。

 でも、そこまで私たちのことを心にかけているのが神様なのです。この羊飼いがたった一匹のために全力を尽くしたように、神様も私たち一人ひとりを大切に思われ、いのちをかけて愛されます。

 私が岐阜県の小さな教会に通い出した頃の話です。その教会はオープンしたばかりで、宣教師の夫婦と私だけしか出席者がいない、そんな週が続いていました。

 ある時、教会で特別なイベントが企画されました。宣教師夫妻と私は、当日、大勢の人が来るのを待ちましたが、結局誰も来ませんでした。この時、宣教師の奥さんは、「どうして誰も来なかったんでしょう。」と、恨めしい思いで神様に祈りをささげたそうです。
 すると奥さんの心に神様がお語りになりました。「誰も来なかったのではない。あの中学生の女の子がいるではないか。」 それは私のことだったのです。

 神様はたった一人を大切にされるお方です。小さく、弱く、役に立つことがなくても、それでも誰もが神様にとっては、かけがえのない大切な一人なのです。

 聖書のみことば
 「この小さい者たちの一人が滅びることは、天におられるあなたがたの父のみこころではありません。」
         マタイの福音書18章14節

   (PBA制作「世の光」2021.6.9放送でのお話より)
 


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■本当に必要なもの / 黒木昭江

2021年11月23日 | Weblog

2021.6.8放送

 世の光の時間です。今週は名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 皆さんが今一番求めているものは何ですか? 必要なものとは何でしょう? 聖書に、十二年もの間、闘病してきた女性が登場します。その病気は当時の社会においては差別される病気でした。

 ある時彼女は、イエス様なら直してくれるのではないか、そう思ってキリストのもとへ行くのです。目立たないようにキリストに近づき、そーっとキリストに触れると病気はたちまち治りました。「ああ、良かった。」 彼女はこのまま目立たないように帰ろうとしましたが、何とキリストは大勢の人々の前で彼女を呼び止めました。

 キリストが彼女に本当に与えたいものとは、病気の癒しだけでなく、病気のせいで失った人間関係の回復だったのです。彼女は孤独でした。その孤独からの回復こそ彼女にとって必要なものでした。

 キリストは人々の前で、この人の病気は完治した、と宣言し、彼女の信仰をほめました。それによって彼女は人々に受け入れられ、社会に復帰する道が開かれたのです。

 私の話ですが、ある時、山積みの仕事を抱えて途方にくれていました。そんな時、クリスチャンの友だちから連絡が来て、「今日、一緒に祈りませんか?」と誘われたのです。二時間ほど一緒にビデオ通話で祈り、おしゃべりもしました。一人になった時、私の心は不安から解放されていました。私に必要だったのは、仕事から少し離れ、友人と会話を楽しみ、心を打ち明けて祈ってもらうことだったのです。

 神様は、私たちの本当の必要が何であるかをご存じです。その本当の必要が満たされることこそが私たちの人生をより良いものにします。

 聖書のみことば
 「私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」
          ピリピ人への手紙 4章19節

   (PBA制作「世の光」2021.6.8放送でのお話より)
 


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■人生を変える出会い / 黒木昭江

2021年11月22日 | Weblog

2021.6.7放送

 世の光の時間です。今週は名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けします。

 皆さんは何のために生きていますか? 人生の目的は何ですか? 聖書にペテロという人が登場します。この人は漁師でした。自分の腕一つで家族を養い、誇りをもって働いていましたが、ある時、仕事で失敗してしまうのです。そんな時、ペテロはキリストに出会います。

 キリストは、ペテロが失敗したことを知って、彼に人間の限界を優に超える神の力を体験させます。そして新しい人生の目的を授けるのです。それは、キリスト教の伝道者になるのだという意味でした。ペテロはこのことばを聞いてキリストに従って行きます。

 彼は、自分一人で頑張る人生から神様の力によって生きる人生へ、また自分と家族の幸せだけを求める人生から世界中の人々を救いに導く人生へと、生きる方向を変えました。キリストに出会って人生が変わったのです。

 私は若い頃、華やかな生活を追い求めていました。人が羨むような毎日を送りたいと思っていたのです。けれどもある時、教会でこんな話を聞きました。

 「あなたがそこにいることで周りの人が幸せになっていく祝福の源のような存在になることが神様の願う生き方なのだ。」

 その時、周りの人々が幸せになるために生きていきたいと思うようになりました。それは、華やかな人生ではありませんが、華やかさを求めていた頃よりずっと心が満たされています。

 聖書のみことば
 「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」
     エペソ人への手紙 2章10節

 キリストと出会うなら人生が変えられます。価値のある目的に向かって生きるようになり、毎日が意義深いものとなるのです。

   (PBA制作「世の光」2021.6.7放送でのお話より)
 


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■旅人よ、天の故郷を目指せ! / 原田憲夫

2021年11月20日 | Weblog

2021.6.5放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。

 私はこの一週間、旅人に焦点を合わせたお話をさせていただきました。それで今日は、その締めくくりともいうべき、私たちが目指す旅の終着地、天の故郷についてお話しします。ヘブル人への手紙11章16節をお読みします。

 「しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。」

 私が牧師として御用をさせていただいている教会に、奥様の深刻な病気、入院、手術を機に毎週欠かさず日曜日の礼拝時間に来られるようになった方がいます。ゆたかさんと言います。長年、大手の新聞記者、論説委員として、その後は、大学の教授として歩まれてこられた方です。ゆたかさんは自分の礼拝出席こそが、クリスチャンである奥様への最高のプレゼントだと確信されたのでした。ところがその後、ゆたかさん自身、末期癌と診断され、その時の心境をこう記されます。

 「病気知らずで来た私には鉄槌で頭を打ち砕かれたような衝撃だった。しかし、これらのことを通して私は、神の御前に一人の罪人であることに気づき始めたのである。私は生まれて初めて、自らの死と正面から向き合った。何事にも自力を信じてきた私の胸中に、何かにすがりたい、助けを求めたいという気持ちが急速に芽生えていった。日曜ごとに教会に足を運び聖書に馴染むにつれて私の心を強くとらえたのは、永遠のいのちを持つというくだりである。キリスト教にはほとんど無関心であり批判的でさえあったこの私に永遠のいのちを与えてくださるために、キリストは、私の身代わりとなって十字架に死なれたのだ。」

 ゆたかさんはイエス・キリストを救い主と信じ、2004年クリスマスに洗礼を受けました。ゆたかさんを見送って安心された奥様は2013年に天の故郷へ旅立ちました。救い主イエス・キリストを信じる人すべてに与えられる永遠のいのち、この永遠のいのちこそ、私たちの旅の目指す終着の地、神のおられる天の都への入国保証なのです。

 さあ旅人よ! 天の故郷を目指そうではありませんか。

   (PBA制作「世の光」2021.6.5放送でのお話より)
 


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■旅人の同伴者 / 原田憲夫

2021年11月19日 | Weblog

2021.6.4放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 原田憲夫です。

 さて今日も私たちの人生を旅に重ねながらご一緒に考えてみます。新約聖書ルカの福音書24章32節をお読みします。

 「二人は話し合った。『道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。』」

 エルサレムの西約11キロ離れたエマオという村へ向かう二人のキリストの弟子がありました。それは悲しみと失意の旅、まさに日没の旅でした。というのも、救い主、主と慕っていたイエス・キリストがエルサレムで十字架刑に処せられたことで、すべては終わったと希望をなくしていたからです。

 そんな二人に近づき話しかけてくる旅の人がありました。二人は道々、エルサレムで起きた悲劇をこの旅の人に話します。するとこの旅の人は、聖書が約束する救い主キリストについて熱く語ります。そうこうしているうちに夕暮れ時にエマオに着きました。

 二人は旅の人を客として迎え入れます。食事の時間になり旅の人がパンを祝福し裂き、二人に渡した時でした。その瞬間、二人の心の目が開かれ、何とこの旅の人がキリストだと初めて気づいたのです。二人は悟りました。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内に燃えていたではないか。ああ、十字架にかけられた主キリストが三日目によみがえったという話は本当だったんだ」と悟ったのです。
 ところであなたは今、どんな人生の旅路にあるでしょうか。悲しみと失意、孤独と不安の旅路でしょうか。誰でも、心の支えであった大切な存在を失うということはその心にぽっかりと大きな空洞をもたらすものです。何もかも投げ出したい、生きることに疲れた、そんな風に心が荒んでしまうものです。しかし復活されたキリストは、こう呼びかけています。

 「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」

 そうです。キリストは、私たち、あなたの旅の間、ずっと共に歩まれる旅人の同伴者なのです。あなたもこのキリストを心にお迎えください。心は燃えてくるでしょう。そしてぜひ一度、あなたの町の教会に行ってみてください。心に静けさが訪れるはずです。

   ( PBA制作「世の光」2021.6.4放送でのお話より )
 

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