♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■死を超える希望 / 黒木昭江

2021年11月27日 | Weblog

2021.6.12放送

 世の光の時間です。今週は、名古屋にある金山キリスト教会と富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けしています。

 皆さんは、人生は死んだらもうおしまいだと思いますか? 死とはどのようなものでしょうか。

 私が初めて死を意識したのは小学校一年生の時でした。祖父が亡くなったのです。お葬式のあと火葬場へ行き、私もお骨を拾いました。衝撃的でした。自分もいつかは死ぬ。そう思い、怖かったのです。

 死を恐れた幼かった日から何年も経ち、今の私は当時よりも死に近づいています。でも今ではもう死を恐れてはいません。なぜなら聖書が、人は死んで終わりではない、復活して神と共に生きるようになる、と伝えているからです。

 キリスト教の伝道者パウロが死ぬ間際に書いた手紙が聖書に収められています。彼はこう書き記しました。

 「私が世を去る時が来ました。私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。」
                (テモテへの手紙第二 4章6節~8節)

 死への恐れでもなく、人生が終わってしまうことへの嘆きでもなく、死の向こう側にある希望がパウロの心の中いっぱいに広がっていました。「義の栄冠」と語られている神様に、「よくがんばって生きたね。」と言っていただく日が近づいていることをパウロは喜んでいたのです。

 パウロのように死の向こう側に希望を抱いて亡くなった方々を私は教会で見てきました。昨年に天に召された70代の女性は病にかかり、あっという間に悪くなりました。お見舞いに伺うと、「先生、お葬式お願いね。」と言われ、確信に満ちたお声で「早く天国へ行きたい!」とおっしゃいました。この希望はキリストを信じるなら誰にでも神様が授けてくださいます。

 主イエス・キリストのみことば
 「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」
     ヨハネの福音書11章25節

   (PBA制作「世の光」2021.6.12放送でのお話より)
 


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この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

 


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