世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。
今日は、聖書の中のヨハネの福音書20章27節から読んでみましょう。
それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」
十字架にかかられたイエスは予(あらかじ)め弟子たちに、三日めによみがえることを話されていましたが、まさにその通りイエスは復活されました。 イエスは弟子たちが集まっていた場所に現れ、復活が確かであることを示されます。
ところがトマスという弟子がその場に居合わせず、復活のイエスにお会いすることができなかったのです。 トマスは、みんながどんなに、復活のイエスが現れた、と言っても信じられませんでした。 そしてかたくなになって、しまいには、イエスの手に釘痕をみて自分の指をそこに差し入れまた脇腹にも差し入れなければ信じるものか、と、へそを曲げてしまったのです。
そんなトマスにイエスは御自身を現わして言いました。 「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。・・・見ずに信じる者は幸いです。」(ヨハネの福音書20章27、29節)
確かめられたものは、信じることつまり信仰にはなりません。 信仰を持とうと思ったら、何も見ずに神の言われることは確かだと思うぐらいの気持ちが必要です。 また信仰の人生というのは見ずに信じることの連続です。 何でもかんでも一々確かめていては信じていることにはなりません。 神を信じるというのは、目に見えない神のことばは確かだと信じて生きていくことです。 神のことばに自分の全存在をかけて生きていく営みです。 どこかで、信じられないものを信じる覚悟を決めなくては、信仰の歩みなど始めようがありません。
しかしそうできないのは、それだけ私たちが深い不信仰の世界に生きているせいなのかもしれません。 神を信じず人を信じない不信仰の世に絡(から)めとられて生きているためなのでしょう。
しかし神を信じる人生には幸いがあります。 見ずに信じる生き方へと踏み出してみませんか? ちょっとした勇気が私たちの人生を変えるのです。
(PBA制作「世の光」2008.7.31放送でのお話しより)
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