♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して68年の
「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし93- 盗んではならない /大嶋重徳

2019年02月28日 | Weblog
2019/1/24放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒第八戒には、「盗んではならない。」(出エジプト記20章15節、申命記5章19節)とあります。
 第八戒「盗んではならない」ほどシンプルに何をなすべきではないのかを教えてくれる戒めはありません。第八戒はそのことば通り、誰かのものを盗んではならないのであって、どういい加減に取り扱おうとしても言い訳できる何かしらのことを付け加えることはできません。しかしここで問題にしたいのは、これまでもそうであったように、「盗んではならない」という戒めが光を当てている範囲です。つまり盗まなければそれでいいのかということです。また第八戒が私たちの通常の生活でどれだけ無意識に気づかずに盗むという行為をしているのかに気づかせようとしている事に素直に耳を傾けたいと思います。そして盗まない、盗ませない社会・文化の形成のために第八戒はどのような自由への生き方へと導びこうとしているのかを受け取りたいと思うのです。

 さて、「盗んではならない」の前提となっているのは所有する事の問題です。聖書は自分の手の平に載っているものを一体誰のものだと語っているでしょうか。聖書はそれを「あなたのものだ」とは言いません。あるいは「国家の所有だ」とも言いはしません。私たちが「これは私のものだ」と考えやすいものの一つ一つのものは世界を創造された神様が所有されているもの、と考えるのです。「これはあなたにあげたあなたのものだよ」と言ったり、「これは家族みんなのものだからね」と言う時も聖書を信じる者たち「は本質的に神様のものだからね」と言っているのです。

 聖書は所有することそれ自体を禁じてはいません。「わたしのものはすべておまえのものだ」と神様は人間に語りかけられ、創造の最初に「生めよ。増えよ。地を満たせ。地を従えよ。地を耕せ。」と、この地の管理を人に任せられました。人は神様に委ねられたものを自由に手にし、管理し、財産を用い、それを生かし、経済活動をし、働きの正当な報酬を得ることを聖書は禁じてはいないどころか励ましているのです。大切なことは、神様との交わりの中で所有することなのです。今日あなたが手にしているものは神様から委ねられた神のものです。だからこそ私たちは丁寧に取り扱うのです。自分のものだと乱暴に取り扱ったりはしないのです。今日という一日もまた大切に生きていきたいと思います。

    ( PBA制作「世の光」2019.1.24放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■主は彼らとともにおられた /福井 誠

2019年02月27日 | Weblog
2019/1/23放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり。聖書通読は進んでおられるでしょうか? 一日一章を読み進むごとに不思議にも自然と育っていくものがあるものですねえ。では今日も聖書を開いてまいりましょう。今日は士師記 1章 22節から「主は彼らとともにおられた」と題してメッセージをお伝えいたします。

 「 ヨセフの一族もまた、ベテルに上って行った。主は彼らとともにおられた。

今日から士師記に入りますね。士師記はモーセ、ヨシュアについでイスラエル全体を指導する指導者に欠けていた時代の記録です。モーセ、ヨシュアの時代、神は彼らを通してイスラエル全体を導かれました。しかしその後、サウル王、ダビデ王が立てられて王政が確立するまではイスラエルには全体を指導する指導者のない無秩序な状況が約200年間続くのです。神はそのような状況の中で「士師」もしくは「さばきつかさ」と呼ばれる指導者を各地域ごとに召し出し、イスラエルの各部族を個別に導かれました。

 それは現代の状況と非常によく似ています。キリスト教会は全体を優れたリーダーが導いている訳ではありません。むしろ、ここかしこでそれぞれ各教会や教団教派に小さなリーダーが立てられ、個別に小さな勝利を収めている状態と似ていますねえ。そういう意味で士師記は親しみを持ってわたしたちの時代状況に重ねて、小さなレベルで神の力強い御手が働くことを思いながら読んでいけるものです。

 神は葦の海を干上がらせたこともあるし、ヨルダン川を塞き止められたこともあります。けれども今ごく私たちの身近な状況において、それぞれが抱えている動かしがたい現実に個別にも応じてくださるお方ですね。ですから1章は、ユダ族とシメオン族、ヨセフ族による個別の征服の状況が描かれていて、ヨセフの一族がベテルの戦いに出て行った時に、主が小さな彼らと共におられて彼らの手にその地を渡してくださった、と記録するのです。

 健康機能商品やサプリメントは個人によって使用感が違うということがあるかもしれませんが、神の臨在は確かにあり、神の助けは力強い、この私にも、と証しのできる人生を歩むせていただきたいものですね。主を信頼して参りましょう。

 では良き一週を祈ります。
 
 (PBA制作「世の光」2019.1.23放送でのお話より )

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■十二の族長の父(ステパノの説教2)/板倉邦雄

2019年02月26日 | Weblog
2019/1/22放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
今日はステパノの説教その2「十二の族長の父」という題でお話しします。イスラエルは十二部族。イエスの弟子は十二人。今日はイスラエルの十ニ部族の父となったヤコブの話をステパノの説教を通してお話しします。使徒の働き7章です。

 さて先週はイスラエルの父祖となったアブラハムの話をしました。アブラハムの子どもがイサク、イサクの子どもがヤコブです。このヤコブが十二人の族長たちの父となりました。ヤコブの子どもたち十二人からイスラエルの十二部族が誕生します。ステパノは語り続けます。

 十一人の子どもたち、兄たちは兄弟ヨセフを妬みます。ヨセフはヤコブが最も愛して若くして亡くなった妻ラケルの子どもだったということもありました。兄たちはヨセフをエジプトに売り飛ばしてしまいました。しかし神はヨセフと共にいて、あらゆる苦難から彼を救い出し、エジプト王パロの前で恵みを与えられ、知恵を現したのです。そこで太郎うわヨセフをパロ王はヨセフを総理大臣の任に就かせエジプト並びに王家全体の支配に当たらせたのです。時に、エジプトとカナン地方全土に渡って大飢饉が起こり、大きな苦難が襲ってきて、ヨセフの兄弟や家族は食物が得られなくなったのです。父のヤコブは、エジプトには食料があると聞いて初めにヨセフの兄弟たちをエジプトへ遣わしました。ヨセフが兄弟たちに自分の身の上を打ち明けたのでヨセフの親族関係がパロ王に知れたのです。そこでヨセフは父ヤコブと75人に上る親族一同とをエジプトに招きました。こうしてヤコブはエジプトに降り、彼自身も先祖たちもエジプトで死にました。それからヤコブと十二人の族長たちの遺体はカナンのシケムの地に移されてかねて父祖アブラハムが金を出して買っておいた墓に葬られたのです。

 さてここでのステパノの説教の中心は、自分たちの罪深さの中でも主なる神様が万事を益としてくださったことではないでしょうか。妬みでエジプトへ売り飛ばしたヨセフが、やがて自分たちの救い主となったのです。

  (PBA制作「世の光」2019.1.22放送でのお話より )

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■人の本当の必要とことばの力 /岩井基雄

2019年02月25日 | Weblog
2016/1/21放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。第三週の月曜日はマルコの福音書から学んでいます。神の御子キリストは全てのものを創造された神である、と聖書は語っています。それゆえ様々な奇跡を行うことがおできになりました。しかしキリストは奇跡でご自身の力を示そうとしたのではなく、人々への愛のゆえに具体的な必要にお答えになったのです。

 人里離れた所に四千人の人がキリストの教えを聞くために集まってきました。しかも人々は三日間、食べ物も取らずにキリストの教えに耳を傾けていたのです。どれほどキリストのことばに人々は渇きまたそれを求めていたのでしょうか。しかし、空腹の彼らをあわれまれたキリストは弟子たちにパンを探させました。聖書はこう語っています。
 イエスはお尋ねになった。「パンはいくつありますか。」弟子たちは「七つあります」と答えた。すると、イエスは・・・七つのパンを取り、感謝の祈りをささげてからそれを裂き、配るようにと弟子たちにお与えになった。弟子たちはそれを群衆に配った。また、小魚が少しあったので、それについて神をほめたたえてから、これも配るように言われた。 群衆は食べて満腹した。そして余りのパン切れを取り集めると、七つのかごになった。そこには、およそ四千人の人々がいた。
 新約聖書マルコの福音書8章5節から9節

 キリストがこのような奇跡を行なったのはこれが最初ではありませんでした。先に男性だけで五千人もの人々を五つのパンと二匹の魚で満たされたからです。先の奇蹟を経験したキリストの弟子たちよりも、この群集の方がキリストのことばの力を理解し、それを聞き、求めていたようにさえ見えます。群集は三日間キリストのことばによって生かされていたのです。しかしキリストは彼らの空腹も満たされました。キリストはあなたの必要もご存知です。そしてそれにこたえるだけではなく、あなたに本当に必要な神のことばを用意しつつ、その一つ一つを通してあなたが神をほめたたえ、感謝の祈りをささげるように、と招いていらっしゃるのです。あなたも神のことばである聖書を通して力を受け取る人生、神様と人に感謝を表す人生を始めていきませんか? 神様はあなたの必要をご存知で、あなたに最も大切な神のことばを豊かに与えてくださるのです。

  (PBA制作「世の光」 2019.1.21放送でのお話より )
 
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■海を渡る /羽鳥頼和

2019年02月23日 | Weblog
2019/1/19放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今日は旧約聖書 出エジプト記14章からお話しします。14章にはエジプトを脱出したイスラエルの民が海を渡ったことが語られています。海が真っ二つに分れて人々がそこを渡る、映画でも有名な場面です。聖書はこの出来事を、神がなさったこととして語っています。神は積極的に主導権を持ってことを進め、素晴らしいことをされました。

 イスラエルの民がエジプトを脱出してから間もない頃、神はイスラエルの民に、引き返して海辺に宿営するように命じました。神は言われました。「エジプトの王はあなたたちが道に迷っていると思って、あなたがたを逃したことを後悔する。それはわたしが王の心を頑なにするからだ。王はあなたがたの後を追って来る。しかしわたしはわたしの栄光を現す。」 「わたしの栄光を現す」とは、神が神であることを明らかにするということです。それは神がこの時、必ずイスラエルを救うという約束のことばでもありました。神は指導者モーセに、杖を上げ、手を海の上に上げるように命じました。モーセがその通りにすると、神は強い東風で海を押し戻し、海を乾いた地とされました。それでイスラエルの民は海の真ん中の乾いた地面を進んでいきました。その間、水は右と左に壁となっていました。エジプトの王は軍勢を率いてイスラエルの後から海に入ってきました。すると神は海を元に戻されました。それでエジプト人たちは溺れ死んでしまいました。

 これらのことは本当にあったことです。すべて神がなさったことです。神は天地万物の創造主であり、今もそれらを支配しておられます。創造主である神が海を分けて、イスラエルの民をエジプトから救い出してくださいました。この神は今も生きて働いておられます。そして私たちを救ってくださいます。

 明日は日曜日です。キリスト教会では聖書のメッセージが語られます。お近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2019.1.19放送でのお話より )
 
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■問題解決の鍵 /関根弘興

2019年02月22日 | Weblog
2019/1/18放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
今日は新約聖書ヨハネの福音書4章に記されていることですが、イエス・キリストがサマリのスカルと言う町にある井戸の傍らに腰を下ろしておられた時のことでした。

 そこに真昼間、一人の女性が水を汲みにやってきたのです。
 イエス・キリストはこの女性に、「わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(ヨハネの福音書4章14節 ) と言われたのです。

 この女性は人目を避けてでしか生きていけない心の渇きを抱えていました。それは何度も結婚と離婚を繰り返し、これからどう生きていったらいいのだろう、自分の道を見失っているような状態でした。

 イエス・キリストとの出会いは自分自身の心の問題、自分の姿がどうであるのかということを自覚させていく出会いとなっていきます。そして問題を自覚していくとき、人は問題解決のために解決の道を求めていきますね。この女性は、問題の解決はまず神様と自分とのまっすぐな関係を作らなければならない、礼拝を心から捧げることの中にあるのではないか、とぼんやりと知るようになりました。

 そこで彼女はこんな質問したのです。「私たちのどの山で礼拝をすべきなのでしょうか。」 当時、サマリアの人たちはゲリジム山っていう所で、ユダヤ人たちはエルサレムで礼拝をしていたので、こう質問したんですね。

 するとイエス様は、「女の人よ。私を信じなさい。この山でもなくエルサレムでもない所であなたがたが父を礼拝する時が来ます。まことの礼拝者たちが御霊と真理によって父を礼拝するときが来ます。今がその時です。」 こう言われたのです。

 つまりイエス様は、「これからは特定の場所に限定されず、どこにおいても礼拝できる時が来ますよ。今がその時です。心をこめて真実を尽くして礼拝を捧げることを神様は求めておられるんです。」と言われたのです。

 イエス様は「今がその時です」と言われましたね。なぜなら救い主イエス・キリストがきてくださり、イエス様は「わたしはあなたを離れず、決してあなたを捨てない。」(ヘブル13章5節参照)と約束されたからです。だからイエス・キリストがいつも共にてくださるようになるなら、いつもイエス様を礼拝する事ができるようになりますね。

 人は問題を自覚するとき、解決を求めていきます。そして心から礼拝を下げて生きているとき、問題の解決がなされていくのです。

     (PBA制作「世の光」2019.1.18放送でのお話しより)

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■十戒 -自由への励まし92- 姦淫してはならない /大嶋重徳

2019年02月21日 | Weblog
2019/1/17放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは、人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒の第七戒は、「姦淫してならない。」(出エジプト記20章14節、申命記5章18節)とあります。
 姦淫とは結婚以外の関係で身体の関係を持つことです。

 この夫婦関係が壊れやすくなっている時代、愛し合っている夫婦の存在は既に周囲にインパクトを与える存在です。周りの人は、なぜ彼ら夫婦は愛し合い続けることができるんだろうか、と見ています。そしてああ彼らはクリスチャンだからか、聖書から学んで愛し合うこと赦し合うことができるのか、そう受け取るのです。愛し合うことを選び取り、変わろうとしていく夫婦の子どもたちは、自分たちもまたあの親のように愛し会う夫婦になりたい、そのためには信仰を持って生きることなんだなあ、と受け取って行きます。そうやって両親の信仰が子どもたちにも継承されていくのです。愛し合う夫婦は子どもたちをまた愛し合う夫婦になりたいと思えるようになるのです。

 また、性的に乱れた時代の中で自分の貞操を保つ存在もこの世界にインパクトをもたらします。私はクリスチャン男性ばかりの合宿を持つことがあります。そこで聖書の語るように結婚まで自らが聖書的にきよく生きることを選び取る男性たちが起こされていきます。またあるいはこれまで犯してきた罪を悔い改め、新しく生き直そうとする男性たちが起こされます。その中の一人の男子学生が自分の友達に対しても「俺は一人の女性のために体をとっているんだよ」と胸を張って答え、友人の恋愛の相談に乗りながら、「お前、やっちゃってるからだめなんだよ」と、このテーマを持って聖書の結婚観を伝道しようとしています。お付き合いをしたら身体の関係を持つことは当たり前だという時代の中で、本当は誰かれ無く身体の関係を持つことはおかしいんではないかと考えている人々にも彼らの存在は大きな共感を与えるのです。

 今、聖書を読んでそこに生きようとする者に求められることは、胸を張ってこの第七7戒のもたらす祝福のメッセージをこの日本社会の中で語り抜いていくことです。そうする時に、姦淫しない文化形成がこの国の中で生まれていきます。第七戒の語る姦淫しない文化こそ裏切らない文化であり、愛されている安心を生む文化なのです。そしてそれこそが実は誰もが心から求めているものなのです。

 これで第七戒を終えたいと思います。次から第八戒の「盗んではならない」に入って参りましょう。

    ( PBA制作「世の光」2019.1.17放送でのお話しより )

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■いつまで延ばしているのか /福井 誠

2019年02月20日 | Weblog
2019/1/16放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり。聖書通読は進んでおられるでしょうか? 一日一章を読み進むごとに不思議にも自然と育っていくものがあるものですねえ。では今日も聖書を開いてまいりましょう。今日はヨシュア記18章3節から「いつまで延ばしているのか」と題してメッセージをお伝えいたしましょう。

  ヨシュアはイスラエルの子らに言った。「あなたがたの父祖の神、主があなたがたに与えられた地を占領しに行くのを、あなたがたはいつまで延ばしているのか。」

 先週もお話しましたように、イスラエルの民は約束の地を戦ってこれを取り戻さなくてはなりませんでした。ただイスラエルの民は十二の部族で構成されていましたが、すべての部族が同じ力量、同じ思いがあった訳ではありません。カレブのような強いリーダーシップに率いられたユダ部族もあれば、人数的にも力のあるマナセやエフライム部族がある一方で、この章に描かれるようにグズグズと手をこまねいていて具体的な行動を起こすことのできないでいる部族もあったのです。それらの部族は、ベニヤミン、シメオン、ゼブルン、イッサカル、アシェル、ナフタリ、ダンの七族でした。

 ヨシュアは言います。「 あなたがたの父祖の神、主があなたがたに与えられた地を占領しに行くのを、あなたがたはいつまで延ばしているのか。」 

 しかしヨシュアはここで単にに叱咤激励している訳ではありませんね。「部族ごとに3人の者を選び出し、その地を行き巡り、その地について書き記し帰ってきなさい。」と共に戦いのための戦術を考え、戦い方を教えているのです。そして戦う前にまず調査を命じています。最初の一歩を踏み出すことは勇気を要するものです。しかしその一歩を踏み出さなければ結果も得られません。カレブのように大きなことはできないかもしれません。マナセやエフライムのように大きな挑戦に出ることもできないかもしれませんねえ。しかし、小さな一歩がやがて大きな実りを得させることを覚えて、どんな事も手に渡してくださる神の誠実さを覚えて、信仰による最初の一歩を踏み出していきたいものです。
 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.1.16放送でのお話より )

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■私たちの父祖アブラハム(ステパノの説教1)/板倉邦雄

2019年02月19日 | Weblog
2019/1/15放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
今日は「私たちの父祖アブラハム」という題でお話ししましょう。
 
 先週から知恵と聖霊で語る人ステパノの話を始めました。今ステパノは不当に逮捕されてユダヤの最高議会で裁判を受けている所です。人々の嘘の証言に対しステパノの弁明の説教が始まります。今日はその一回目、使徒の働き7章に入ります。

 「議場にいる70人の兄弟たち、父である先輩たち、聞いてください。私たちの父祖・先祖アブラハムがカランに父親と住む前、栄光の神がアブラハムに現れて言われました。『あなたの土地と親族から離れてあなたに指し示す地にいきなさい。』 そして父テラが死んだ後、神はアブラハムを今私たちが住んでいるこの地に移住させました。しかしこの地では遺産となるものは何一つ、一歩の幅の土地すらも与えられませんでした。ただこの地を相続地として授けようという神様の約束だけでした。」

 さて今ユダヤの最高議会の議員になっている人々にステパノは何を語りたかったのでしょうか。私たちの民族の父アブラハムは信仰によってこの地に寄留者として住み、神の約束を信仰によって待ち望んだと言うことです。私たちの父祖は信仰の父だったということですね。信仰なくしては神に喜ばれることはないからです。

 更にステパノの説教は続きます。「神はこう仰せになった。『アブラハムの子孫は他国に身を寄せるであろう。そこで400年の間、奴隷にされて虐待を受けるであろう。その後彼らは奴隷の地から逃れ出て、この場所でわたしを礼拝するであろう。』」

 ステパノの説教は神の民の苦難とその回復を語ります。信仰と苦難と解放、この三つの事柄は全ての信仰者の上に実現してゆくものなのです。

 聖書のことばです。
 「 あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。
    ピリピ人への手紙 1章29節 (新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」2019.1.15放送でのお話より )

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■祝福を受け継ぐ者~父ヤコブの祝福の手~ /岩井基雄

2019年02月18日 | Weblog
2016/1/14放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 第二週の月曜日は旧約聖書に登場するヨセフの人生について学んでいます。人生の最後に自分の子どもたちに何を語り祈るかということを考えたことがあるでしょうか。人生を終える備え。最も伝えたいこと、残したい宝、それが何かを問われることがありますねえ。

 かつてヤコブの父イサクは息子ヤコブを全能の神の名で祝福しました。それはヤコブが母リベカと一緒に父をだまし、兄の祝福を奪ったからでもありました。しかし「兄は弟に仕える」と神が母リベカに約束していた通りに、ヤコブは祖父アブラハムに神が注がれた祝福を受け継ぐ者とされたのです。それは「押しのける者」という意味を持つヤコブが、「神ご自身が戦われる」という意味のイスラエルという名を与えられる祝福、すなわち砕かれ、謙遜にされ、神様に信頼する勝利を教えられる祝福でもありました。神様は私たち固有の問題を取り扱い、砕き、憐れみの器そして恵みと祝福の器としてくださるのです。神はこの約束の通り、ヤコブに多くの子孫を与え、約束の地を永久の所有として与え、彼の歩みを祝福しました。自分の死を直前にしてヤコブは、ヨセフの子マナセとエフライムを自分の子とし祝福します。この時ヤコブは敢えて手を交差し、次男エフライムに祝福の中心を与えます。それを間違えたと指摘したヨセフに父ヤコブはこう語ります。
 「分かっている。わが子よ。私には分かっている。彼もまた、一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし、弟は彼よりも大きくなり、その子孫は国々に満ちるほどになるであろう。」 旧約聖書 創世記48章19節

 その後ヤコブの祈りの通りに、弟エフライムは約束の地の北部の頭となります。神様の祝福は人の思いを超えて他の人々にも届けられていきます。私たちも神様の祝福を受け継ぎ、それを次の代に渡していくのです。

 聖書のことば
 「悪に対して悪を返さず、侮辱に対して侮辱を返さず、逆に祝福しなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのです。
      新約聖書 ペテロ第一の手紙3章9節

 神様の祝福を受け取り、またその祝福を他のどんな人にも届ける者とさせていただきたいと願います。

  (PBA制作「世の光」 2019.1.14放送でのお話より )
 
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