♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して70年、
PBA『世の光』を文字で 

■キリストを礼拝する / 羽鳥頼和

2022年12月31日 | Weblog

2022/12/24放送

 「世の光」の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。今週、「世の光」では毎日、クリスマスのメッセージをお話しています。

 今日はお生まれになったキリストを礼拝に来た東方の博士たちのことを聖書からお話します。

 新約聖書のマタイの福音書2章にそのことが語られています。聖書では、「東の方から博士たちがエルサレムにやって来て」と語られています。エルサレムから東の方にあるのは、当時はペルシャでした。ペルシャではずっと以前から星や月、太陽を観察することによって暦が作られ、農業や生活に活かされていました。彼らは夜空を観察していて特別な星を見つけてユダヤのエルサレムに来たのでしょう。ですから彼らはペルシャ人か、少なくともユダヤ人から見れば外国人なのです。それも外国から来て王に謁見できるほどの地位のある人々でした。

 今年9月にエリザベス女王の国葬が行われました。海外からも参列する方々がありました。葬儀の参列者は故人を悼み遺族を慰めるために参列します。

 それでは博士たちは何のためにエルサレムにやってきたのでしょう。博士たちは王となる子どもの誕生をただお祝いするために来たのではありませんでした。聖書は、彼らが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」(マタイ福音書2章2節)

 「その方を礼拝するために来ました」と言ったのです。「クリスマス」はキリスト礼拝という意味です。クリスマスこそキリストを礼拝する時なのです。

 今日はクリスマス・イブです。キリスト教会ではクリスマス・イブの礼拝が捧げられると思います。また明日の日曜日、キリスト教会ではクリスマス礼拝が捧げられます。コロナ感染予防のために入場制限があるかもしれませんが、興味のある方はお近くの教会にお聞きになってみてください。ウェブWebで礼拝に参加できるかもしれません。今年のクリスマス、ぜひキリストを礼拝する時をお持ちください。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.24放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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■映えないクリスマス / 山本陽一郎

2022年12月30日 | Weblog

2022/12/23放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか。山本陽一郎です。

 クリスマスがやってきます。綺麗なイルミネーションを撮影した方もいるでしょう。よく若い人たちがスマホを手に「映(ば)える~」と言いながら撮影していますが、それは見栄えが良い、おしゃれというような意味です。

 ところで私たち人間には承認欲求というものがあります。ある学者は「人間の本性の最も根源的な特徴は自分を評価して欲しいという欲求である」と語りました。人はそれを確かめたい、仕事で評価されたい、自分のSNSの投稿に“いいね”をつけてほしい。それで背伸びをしたり、一喜一憂したりすることもあるのですねえ。

 でも本当は無理しなくていいんです。いつも映えてなくたっていいんです。なぜなら、あなたは今既に愛されている存在だから。実はそのことが凝縮されているのがクリスマスの出来事なのです。

 ご存知ですか? なぜイエス・キリストがこの世に生まれたのかを。それはあなたのためです。イエス様はあなたを愛し、あなたを罪から救うために、いわば神としての"映え"を捨ててこの世に来られました。

 実際聖書に描かれるクリスマスは全然映えていません。泊まる場所がない貧しい夫婦のもとに家畜小屋で生まれた男の子がイエス様でした。私たちの罪をすべて背負って十字架にかかり救いを成し遂げるために生まれてくださったのです。

 たくさんの“いいね”をもらうために努力している人たちもいます。でも、「見て!」と言わなくても、もうイエス様はあなたを見てくれています。むしろ見なくてはいけないのは私たちのほうです。私たちがイエス様を見ることが大事なのです。クリスマスの最大の喜びは、救い主イエスを自分自身の中にお迎えすることです。

 「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
           ルカの福音書2章11節

 "映え"なきゃいけないクリスマス? 誰がいつからそんなことを決めたんですか? "映えない"からこそ良いのです。だって私たちには背伸びしても隠しても罪があります。孤独も弱さもあります。でもそういう心の最も"映えない"ところを受け止め、照らしてくれるイエス様の愛が既に用意されているのです。

 メリークリスマス! あなたは愛されています。

    ( PBA制作「世の光」 2022.12.23放送でのお話しより )


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■届けられた良き知らせ / 大嶋重徳

2022年12月29日 | Weblog

2022/12/22放送

 クリスマスおめでとうございます。大嶋重徳です。

 昨日は、クリスマスに神の子として来てくださったキリストが再びこの地上に来てもう一度あるクリスマスの喜びについてお話しました。

 そのイエス様がお越しになる時に最初に成してくださることは、「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」(ヨハネの黙示録21章4節 )と聖書に書かれています。

 神様自らの手で私たちの流してきた人生の涙をことごとくぬぐい取ってくださるのです。

 私たちの涙をぬぐい取ってくださる神は涙を知らない神ではありません。イエス様の愛されたラザロの死の際には、イエス様の目から涙がとめどなく流れました。涙を知っておられる神は、私たちに「泣いて良い」と言ってくださいます。「しっかりと泣きなさい。わたしがいくらでもあなたの目の涙をぬぐうから。寂しい、悲しいと、泣いて良い。」と言われるのです。

 大切な家族を天に送った方がおられるでしょう。目覚めたら、いつも隣にいてくれたあの場所にあの人がいない。寂しさが私たちの人生に襲います。しかしクリスマスにイエス様は泣いて良いと言われるんです。泣いた分だけイエス様がその涙をぬぐっていってくださる。「わたしの胸で泣きなさい」と、ともにいてくださる神が私たちを泣かせてくださるのです。

 クリスマスはイエス様を待ち焦がれる時を過ごします。その時、クリスマスは人生を終わりから見る機会を与えてくれます。人生を最後から見るのです。その時、私たちは今自分に必要なことは何か、何を選び何を選ばないかが問われます。死を前にし、いかに生きるべきなのかを祈り求める時となります。涙をぬぐってくださるキリストが最後に出迎えてくださるからこそ、私たちは今日もイエス・キリストを信じ信頼したいと思います。

 私たちの罪の為に十字架にかかられた神の愛を受け取り直すのです。その愛を受け取る時、何度も失敗する私たちの信仰の弱さも過ちも、それらを最後には整えてくださる神の大いなる御手を信じることができる。そして、やがてすべての涙を神にぬぐっていただく日まで大胆に泣き、大胆に喜んでいきたいと思います。私たちには一切の労苦が報われ、豊かな慰めの待つ天国があるのですから、そこを静かに仰ぎ望みつつこの世の旅路を一歩、一歩丁寧に踏みしめて、クリスマスをともに過ごしていきたいと思います。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.22放送でのお話しより )


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■涙を拭ってくださるクリスマス / 大嶋重徳

2022年12月28日 | Weblog

2022/12/21放送

 クリスマスおめでとうございます。鳩ヶ谷福音自由教会牧師の大嶋重徳です。

 クリスマスは神の子キリストが赤ちゃんとなってこの世界に来てくださったことを祝う日です。キリストは2000年前にすでに十字架で死なれ復活され天に昇られた、と聖書は語ります。

 しかし聖書はさらにもう一度イエス・キリストがこの地上にいらっしゃることを語ります。初代の教会は「マラナ・タ」(主よ、来ませ) イエス様が再びこの地上にいらっしゃる時を待ち望んだのです。クリスマスの喜びが再び地上に訪れるのです。

 私たちはクリスマスを過ごしながら今年一年のことを振り返ります。神様がおられるのであればどうして?と思うことがたくさんありました。家族を突然に天に送った方もいらっしゃるでしょう。突然の病気が襲う。理解できない人生の不条理に戸惑い、神がともにおられるとは到底思えないと思ってしまうことに心が奪われていきます。

 しかし聖書の黙示録では、やがて新しい天と新しい地において私たちは神様と顔と顔を合わせ、花嫁のごとくに親しく神と出会う、と聖書は語ります。神様から「ずっと待っていたよ。ここまでよくやったね。お疲れ様。本当によく頑張ったよね。ずっと見ていたよ。」とイエス様が大声で迎えてくださるのです。

 ヨハネ黙示録を記したヨハネはパトモス島という島にいました。時代はローマ帝国の教会迫害真っ只中で、キリスト教会は痛みや悲しみ、苦しみにおかれていました。大切な人の死を目の当たりにし、絶望の只中に立たされていたのです。

 ヨハネ牧師の目の前には生きる意味を求める人々がいたでしょう。そこでヨハネが目にしたのは、人生を終えるその時、私たちの目の前に広がっているのは真暗闇の空虚な絶望ではない。地上の人生を終えて目を閉じた時に目に入ってくる光景は新しい天と新しい地だったのです。これまでの人生の光景は過ぎ去って、全くの新しさを神様にヨハネ牧師は見せていただいたのです。

 神が人々とともにある、神は人々とともに住む。新しい天と新しい地の新しさは神が全くともにいてくださる新しさです。私たちがいまだ経験したことのない新しさが待っている。そこで私たちは人生の不条理と思っていたことの一つ一つのことをイエス様から説明していただきます。ああそういう意味だったんですね。イエス様、そこにもあなたはいてくださったんですね。そうあなたも受け取る事ができるのです。

    ( PBA制作「世の光」 2022.12.21放送でのお話しより )


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■神我らと共にいます / 板倉邦雄

2022年12月27日 | Weblog

2022/12/20放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
「神、我らとともにいます」という題でお話いたしましょう。

 神様が私たちとともにいてくださる。なんと強い味方でしょうか。私たちにとっての励ましであり、希望です。イエス様の父親となるヨセフに、この希望のことばが与えられました。マタイの福音書1章22~25節です。

 さて、イエス様が聖霊なる神様を父親として処女マリアから誕生することは、預言者を通して言われていました。旧約聖書イザヤ書7章14節に預言されています。

 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」

 ヨセフは、眠りから覚めますと神の使いのことばを思い出し、安心してマリアを妻として迎え入れたのです。婚約者マリアの体内に宿っている男の子は、旧約聖書に預言された「インマヌエル」と呼ばれる神の子であるとヨセフは信じました。ですから、マリアを妻として受け入れました。聖書はこう書き記しています。

 「そして、子どもが生まれるまでヨセフは彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。」 

 25節にあります。
 「インマヌエル=神は私たちとともにおられる」 イエス・キリストの誕生祭であるクリスマスの出来事は、まさに神が私たちとともにいてくださることの証明ではないでしょうか。イエス・キリストは、顔や手足のある神のひとり子でした。

 さて、私たちはどんな時、孤独の寂しさを味わうでしょうか? それは愛する人を失い、悲しみと嘆きの時です。失敗したり、敗北感を持った時です。そして、一人ぼっちだと感じる時ではないでしょうか。たくさんの人に囲まれていても、私たちは孤独を感じます。

 「インマヌエル=神は私たちとともにおられる」という名で呼ばれたイエス・キリストは私たちと同じ人間の姿を取られて、この世に誕生してくださいました。飼い葉桶に生まれ、大工ヨセフの家の息子として育ち、貧しさと憂い、生きる悩みをすべて舐めてくださったのです。そして、十字架にかかり死なれ、三日目によみがえられました。

 イエス・キリストのことばです。

 「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
         マタイの福音書28章20節


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.20放送でのお話しより )


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■心配しないで / 板倉邦雄

2022年12月26日 | Weblog

2022/12/19放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
  今日は、「心配しないで」という題でお話いたしましょう。

 私たちの人生には三つの坂がある、とよく言われます。上り坂、下り坂、そしてまさかの坂です。私たちはそうしたまさかの坂に出会いますと心配し、思い煩い、不安の中に取り囲まれてしまうのではないでしょうか? 

 今日はマタイの福音書1章18節から21節、人生の旅路でまさかの坂に出会った、イエス・キリストの父親となるヨセフのお話をしましょう。

 さてヨセフはイエス様の母となるマリヤと婚約していました。ところが、まだ一緒にならない前に婚約者のマリヤが妊娠したではありませんか。ヨセフの心はパニックになったでしょう。自分には身に覚えがないからです。さあどうしたらいいでしょうか。不安や恐れが、そして何よりも憂いの心がヨセフの心を支配したのです。

 そしてヨセフが下した決断は、マリヤとの婚約関係はなかったことにすることでした。要するに、密かに離縁することだったのです。マリヤを愛していましたので、マリヤが世間の晒し者にならないためでした。当時ユダヤでは婚約期間でありましても結婚と看做され、その間に不貞があれば晒し者になったからです。

 ところがある夜、神の使いがヨセフの夢の中に現れて言われました。
 「ダビデの子ヨセフ。心配しないでマリヤを妻として迎えなさい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を生みます。その名をイエスとつけなさい。彼はご自分の民をその諸々の罪から救う者となる。」 聖霊なる神様がイエス様の父親だということをヨセフは理解しました。

 さて翻って、私たちは家族のこと、学校や職場において、様々な人間関係で思い悩み心配します。しかし自分のことだけではなく、マリヤのことを心配したヨセフに神の使いが夢の中に現れて解決を与えてくださったことを覚えましょう。私たちが心配し思い煩う前に、神が私たちのことを心配してくださるからです。

 聖書のことばです。
 
 「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」
   ペテロの第一の手紙 5章7節 


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.19放送でのお話しより )


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■家畜小屋で寝かされる救い主 / 関根弘興

2022年12月24日 | Weblog

2022/12/17放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。

 イエス・キリストがお生まれになったのはベツレヘムという町でした。しかし母マリヤと夫ヨセフが住んでいたのは、ベツレヘムから100キロ以上離れたナザレという町でした。ところが丁度その頃、ローマ皇帝アウグストから大規模な住民登録を行なえという勅令が出されました。

 そこでヨセフは、ダビデの家系であり血筋でもあったので、やむをえず本籍地であるベツレヘムまで行くことになったのです。そしてベツレヘムに着くと、人口調査のために戻ってきた人たちでいっぱいでした。この身重のマリヤたちのために暖かい家を提供してくれる人など誰もいませんでした。しかしマリヤは月満ちて今にも赤ちゃんが生まれそうな状態です。そんな彼らがたどり着いた場所は何と家畜小屋でした。

 旧約聖書によれば、キリストは王の王としてベツレヘムでお生まれになる、と預言されていました。しかしその生まれた場所は、王宮でもなく、暖かい暖炉のある家でもありませんでした。羊たちが戯れる家畜小屋だったのです。

 クリスマスの賛美歌の中に、「入れまつる家あらず」という曲があります。「入れまつる家あらず 休めまつる宿もあらず」と歌われる賛美ですが、3節はこう歌われます。「内の戸(こころの戸)を今開き 真心より汝を(キリストを)迎えん。入り給え住み給え 救い主よわが主よ」
 こう歌われるのです。

 イエス様が家畜小屋でお生まれになったということは、私たちは少なくとも2つのことを考えることができると思います。

 1つは、家畜小屋は、この世界を、あなた自身を暗示しているということです。
 そして2つめは、家畜小屋ですからそこには羊がいますよね。旧約聖書では、羊は人の罪を贖うために神殿で犠牲として捧げられていきました。イエス様が家畜小屋で生まれたと言うことは、イエス様が私たちのもとにきてくださり、私たちの罪を身代わりに背負い、救い主として来てくださったと言うことを示しているのですねえ。

 私たちは自分の心を見つめたら何がわかりますか? 汚(きたな)さもあるし、不誠実な思いもあるかもしれません。しかし2000年前に家畜小屋でお生まれになり、そして十字架につけられ復活され今も生きておられる主イエス様は、あなたの心に住まおうと今、招いてくださっているのです。ですから私たちの祈りは、「イエス様、あなたを救い主としてお迎えします。どうぞお入りください。」と応答することです。イエス様はあなたの心に住んでくださると約束してくださっているのですから。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.17放送でのお話しより )


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■すべての人を照らす光 / 関根弘興

2022年12月23日 | Weblog

2022/12/16放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
  新約聖書ヨハネの福音書1章9~11節のことばをお読みします。

 「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。」

 この福音書が記された時代は、いろいろなまやかしが氾濫していました。様々な教え、偽預言者たちが現れ、人々を混乱させていきました。そして至る所で紛争がありました。
 今、世界を見るとどうでしょう。コロナの猛威があり、大きな戦争があり、分断ということばを目にしない日がないほどです。人を見下し、非難と批判を繰り返しいる現実をあちこちで目にしますねぇ。そうしたことだけを見ていると憂いは増していきます。希望は失せてきてしまいますね。人々は光を見ようとせず闇ばかりを見る癖をまるで持っているかのようです。

 しかし聖書は何と素晴らしいニュースを私たちに伝えているでしょう。すべての人を照らす光、すなわちイエス・キリストが来てくださいました、と伝えています。

 そのニュースが伝えられたとき、人々の反応はどうだったでしょうか。それは大変冷たいものでした。イエス様を拒否し、無視し、受け入れようとしない態度、いや知ろうともしない態度だった、というのです。

 マザーテレサは、愛の反対語は憎しみではなく無関心だというふうに言ったそうですが、2000年前にイエス・キリストが来られたとき、この無関心が漂っていました。心の闇を取り除き、いのちを与えることのできるイエス様に無関心だったのです。

 イエス様はご自分が愛してやまない一人ひとりのもとへ来たのに、人々はその愛を理解しようともせず、受け入れようともしませんでした。でもそれでも、それでも、それでもイエス・キリストは来てくださったのです。

 人々はイエス・キリストに無関心でした。今もそうかも知れません。でもイエス・キリストはそんな一人ひとりを愛さずにはおられない方なのです。

 そして今でも、そのキリストの愛はあなたに向けられていることをあなたはご存じですか? それは憂いを闇を取り除く、すべてを照らすまことの光となってくださるお方、イエス・キリスト。このキリストを信頼し生きていくとき、あなたの人生にすばらしい光が差し込んでくるのです。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.16放送でのお話しより )


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■クリスマスだからこそ、出かけたい場所 / 福井 誠

2022年12月22日 | Weblog

2022/12/15放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井誠です。「継続は力なり」 日々聖書を手に取り心の糧とするなら自然に養われてくるものがあるものです。
今日も聖書を開いてまいりましょう。

 今日は「クリスマスだからこそ、出かけたい場所」と題してメッセージをいたします。
 ルカの福音書2章14節
 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」

 以前、私がイスラエルへ行った時、この聖書に書かれた出来事が起こった場所を訪れました。小さな洞窟のような場所があって、ここに羊たちが集められていたと、いろいろ歩き回りながらガイドの説明を聞きました。今思い起こせば、そこは何か霊験あらたかな場所という雰囲気はなかったように思います。私が訪問した時は、近くで建物を建てている音が響き、地元の人がぶらぶら歩いている。私もそこでザクロジュースを買って飲んだ記憶があります。つまり、ありきたりの場所、普通の生活の場でした。

 そこで思うのです。天使がイエスの誕生を告げ知らせた最初のクリスマス。その日も、当時の人々はいつもと変わらない、また何の変哲もない一日を感じながら過ごしていたのではないかと。羊飼いたちもいつも通りの仕事を終えて、のんびり夜の時間を過ごそうとしていたのではないでしょうか。

 それが突然、日常ならざることが起きたわけです。主の御使いが現れ、急に光が差し込んでくる。そして無数の御使いが現れて神を賛美する。さらに主イエス・キリストの誕生が告げられる。当然彼らはこの出来事の結末を見たいと出かけたことでしょう。クリスマスに羊飼いたちは行くべき場所を示されました。そして彼らはまさに自分たちの救いのためにお生まれになったというキリストを見出すのです。

 クリスマス、この日こそキリスト教会へ行って、あなたのための救い主がお生まれになったその祝福を知っていただきたいと思います。

 それでは、よきクリスマスの時をお過ごしください。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.15放送でのお話しより )


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■クリスマスだからこそ、あげたいプレゼント / 福井 誠

2022年12月21日 | Weblog

2022/12/14放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか。福井誠です。「継続は力なり」日々聖書を手に取り、心の糧とするなら、自然に養われてくるものがあるものです。今日も聖書を開いてまいりましょう。

 今日は、「クリスマスだからこそ、あげたいプレゼント」と題してメッセージをいたします。ヨハネの福音書3章16節

 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

 今年もクリスマスが近づいてきました。クリスマスと言えばプレゼント。今、忙しい中、慌てて子どものためのプレゼントを探し回っている方がおられるかもしれませんね。私にもそのような経験があり、懐かしく思い出します。そういえば、プレゼントのために、妻とあれこれ話したことなども思い起こします。子どもが欲しいと言うものを用意するのもいいけれども、本当は親が子どもにあげたいと思うものを考えて用意するのがよいのではないか、そんな話をしたことがありました。子どもにとって本当の必要は何か、何が子どもにとって最善か、あれこれ考えさせられた時でした。

 今日お読みした聖書のことばは、イエスの弟子・使徒ヨハネが書いたものの一節ですが、ヨハネは、そのように私たち一人ひとり、人間のことをあれこれ考えて、ご自分の御子を与えてくださった神様がおられる、と語ります。人間を愛する神様が、まさにクリスマスにおいて人に与えたいと思ったプレゼントは、私たちが滅びることのない永遠のいのちであったと言うわけです。

 この使徒ヨハネが語る永遠のいのち、それはただ単に長いいのちを意味しません。使徒ヨハネが思い描いていたのは自らを神とされたイエス・キリストとともに歩んだ3年間の素晴らしい満たされた人生でした。天地創造の神がともに歩んでくださる人生、それは素晴らしいものであることに間違いはないでしょう。それがプレゼントとして与えられる。ぜひ聖書を読んでその素晴らしさを知っていただきたいと思います。

 それでは、よきクリスマスの時をお過ごしください。


    ( PBA制作「世の光」 2022.12.14放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


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